二十七話《邪魔をする変人》
「ご主人様ぁ……本当にあの、宴さんに勝てるんですかぁ……? くふふ」
「さあね。でもこの一週間、僕は何度も死を見たからね。少しは強くなっているはずだよ」
「少し……くらいじゃあ勝てないんじゃないですかぁ?」
「そうかもしれないね……影入。でも、勝たないといけないんだよ」
「くふふ……まぁ、頑張ってくださいねぇ」
あぁ、と僕は答えて、足を早める。
そろそろ、約束の時間だ。
一週間が経った。
この一週間は、音萌さんの家から毎日、影入に来てもらい、京歌を止めてもらったり、猫夜に特訓してもらったりで、あっという間に過ぎた。
結局、あの悪魔の少女に会うことはなく、特に新しい能力なんかは入手出来ていない。
でも、戦うしかない。
伝説の殺し屋、慈宴宴と……戦うしかないのだ。
ということで今、僕は影入と共に、宴さんの待つ、近くの空き地へ向かっている。
空き地で決闘なんて王道にもほどがあるだろ……と思う。
「やぁ……。来たんだね」
宴さんはそう言って、右手を上げる。
「負け……ませんよ」
僕は宴さんを睨みながら言う。
「あー、あー、怖いよ? そういうの似合わないから止めておいたら?」
「……わかってますよ」
「君を殺したら……京歌ちゃん、だっけ? 殺しても良いんだよね?」
「良いとは言いませんね」
「あはっ! まぁいいやぁ……始めようか」
言うと宴さんは手をスッと振り、早速カマイタチを出した。
でも、見える。
こんなの、猫夜の攻撃に比べたら遅いくらいだ。
右、左、上、下、と僕は避ける。避け続ける。
よし、これなら……!
そう思った時だった。
肩に焼けるような痛みが走った。
否、肩が焼けた。炎に、焼かれたのだ。
炎……なんて、一体どこから?
「あはは、カマイタチを避けるなんて驚いたぁ……でもね。私くらいになるとさぁ、風だけじゃなく、炎なんかも出せちゃうわけだよ。摩擦力とか使って」
「……⁉︎」
思ったよりやばいぞ……この人。
無茶苦茶すぎる。
こんなのに、僕は勝とうとしていたのか?
「ほらほらぁ……早く避けないと燃えるちゃうし、死んじゃうよ?」
宴さんの攻撃は終わらない。
風を、カマイタチを避けるだけで精一杯なのに、炎なんて、予想外だ。
さっきから、肩だけでなく、所々が焼けていっている……。
左手なんかはもうほとんど動かない。
「か、影入! 僕の左手を操ってくれ!」
「え、ひゃ、ひゃい!」
こんな時のために、影入を呼んでおいて良かった。
これなら動けなくなっても操ってもらえばいい。
まぁ、全身が動かなくなったら、そんなこと出来ないけど……。
「さて、と……次は地割れでも起こそうかな?」
「な……⁉︎」
地割れだと……?
コツンと足のつま先で宴さんが地面を叩いた。
すると、雷のような音を鳴らしながら、地面が割れていく。
その間も、風と炎は止まない。
むしろ勢いを増していく。
足場は割れ、前からは風と炎。
逃げ場がない。
完全な包囲網を形成している。
「ぐっ…………!」
そして全ての攻撃は僕を直撃した。
痛みにより、声とは思えないような声を出す。
出すというよりは捻り出す、と言ったほうが正しいような、物凄い声だ。
地獄に行ったとしても、こんな声は出ないだろうと思えるほどである……。
「もう、諦めれば? ボロボロだよ」
「あ、あ、諦めませんよぉ……宴、さ、さん」
「はぁ……でもその身体でどうやって戦うのよ」
「は、はは……この水を使うんですよ」
言って僕が取り出したのはフェニックスの炎で熱した、回復効果のある水。
この一週間の内に、秋宮君に貰ったものだ。
それを僕は飲み干す。
すると、みるみる内に傷は回復していく。
これなら、まだ戦える。
「へぇ……凄いね。でも、そんなものがあるなら、容赦なく出来るね」
その声が聞こえた時、腹に強烈な痛みが走った。
と思った時には顔、その次には肩。
終いには全身を痛みが走る。
気づけば、僕は血みどろで地面に倒れていた。
「やりすぎちゃったかな? あーあ、拳が血まみれだよ」
この人間は、一秒とかからず人間の身体をここまでボロボロに出来るというのか……!
「……宴、さん」
「あれ? まだ話せるんだ」
「……お願い、です」
「ん?」
「お願いですから、妹を、京歌を、見逃してはくれませんか……?」
もう、これくらいしか僕には出来ない。
頼むことしか、出来ないのだ。
「無、理、だ、よ」
でもそんな頼みもその言葉に打ち消される。
だが、負けない。
僕は頼み続けるしかないのだ。
ズルズルと這ってでも宴さんに近づいていき、僕は言う。
「……なんでもします! なんでもしますから……だから、妹を……見逃して下さい!」
「なんでも……ねぇ。なら命令だ。君の妹を殺せ」
……酷すぎる。
「出来……ません」
「じゃあ残念。君の妹は殺させてもらうよ」
「なんで……なんでここまで頼んでるのに! 見逃してくれないんですかぁっ!」
「仕事だから」
「……どうすれば、いいですか?」
「うん?」
「どうすれば、見逃してくれますか?」
「うーん……よし。私も悪魔じゃあない」
言って宴さんはゆっくりと歩いて行き、僕から離れる。
「私の肩に触れたら、君の妹を見逃してあげよう」
……十分、悪魔だ。
もう、身体が動かないことを分かっている癖に……。
ピクリとも、動けないことを、知っている癖に……。
でも、唯一の手段だ。
唯一、妹を助ける方法なんだ。
僕が、意地でも、無理矢理でも、身体を動かして、宴さんの肩に触れさえすれば……京歌は、助けられるんだ。
動け……僕の身体。
後、少しだけで良い。
これからずっと動けなくてもいいから、頼むから! この身体を少しの間だけでも、動かしてくれ!
地面を掴むように、僕は右手で前へ進む。
痛い……が、耐えろ。
耐えるんだ、僕。
痛みを、忘れろ……!
もっと、頑張れ!
自分の身体に言い聞かせるように、頭の中で繰り返す。
ちょっとずつ、ちょっとずつ宴さんに近づいていく。
そして遂に、半分の距離を進んだ時、宴さんはその分だけ後ろに下がった。
「え…………?」
「肩に触れろって言っただけで動かないとは言ってないからね。あ、でも安心してよ。攻撃はしないからさ」
ああああああああああああああああああ!
頭の中で叫ぶ。
どうしようもない、どうしようも出来ない。
こんなの最初から勝ち目は無かったんだ。
最初から意味は無かったんだ。
ただ僕を諦めさせるために、こんなことをしたんだ。
「……あ」
いや、まだだ。
僕には、まだ秘策があった。
使う間もなく、宴さんにボコボコにされてしまったが、僕にはあの能力があったのである。
音萌さんから吸収しておいた、筋力を増やす能力。
これを使えば、宴さんの肩にくらい触れれる。
脚の筋力を増やして、ダッシュ。
これしか、ない。
でも、僕の能力は決してコピーではない。
吸収と、解放。
つまり、チャンスは一度。
この一度を逃せば、完全に終わり。
だが、決めてやる。
ここで決めるのが、兄として、そしてなにより、男としての意地だ。
「宴……さん」
「何?」
「すみません。仕事の邪魔をさせてもらいます」
僕は地面を蹴り出し、僕と宴さんとの間にあった距離を瞬時に縮める。
肩に意識を集中し、手を伸ばす。
そして遂に、僕は肩に……触れた。
「え……?」
宴さんは、そんな間抜けな声を出し驚く。
「勝ちましたよ宴さん」




