第十一章 元王子、開拓地から華麗に脱走する
朝靄の残る開拓地に、乾いた鐘の音が鳴り渡った。
鐘は一日の労働開始を告げるものであり、英雄の旅立ちを祝福するものではない。
少なくとも、管理官の認識ではそうである。
「見よ、マリア!」
朝日を背負ったエドバードは、畑の中央で鍬を天高く掲げていた。
「この荒れ果てた大地こそ、天が俺に与えた試練なのだ!」
かつて光沢を放っていた金髪には藁屑が絡まり、上等な衣装の代わりに支給された麻の作業着は、膝にも肘にも土汚れを蓄えている。
それでも本人は、祖国奪還を誓う英雄のように胸を張っていた。
背景が広大なカボチャ畑でなければ、多少は格好がついたかもしれない。
「英雄なら口じゃなくて手を動かしてよ」
マリアは畑の端に置かれた木箱へ腰掛け、焼いた芋をかじっていた。
調理場から朝食用として渡された芋である。
正確には三十人分の朝食として渡された芋のうち、最も大きな一本だった。
「なぜ君は休んでいる」
「料理係だから」
「朝食はどうした」
「作ってる途中」
「君が食べているように見えるが」
「味見よ」
「その芋で四本目ではないか?」
「四回味見したの」
マリアは悪びれもせず、芋の焦げた皮を剥いた。
開拓地へ送られてから三か月、彼女の涙を潤ませる技術と弱者を演じる才能は、いまだ衰えていない。
ただし、ここには高価な宝石を贈ってくれる貴公子も、彼女の上目遣いに惑わされる若い官吏もいなかった。
いるのは日焼けした開拓民と、帳簿の数字に厳しい管理官と、芋を盗まれたことに必ず気づく料理長だけである。
「ローゼンジ!」
調理場の方角から、体格のよい料理長の声が飛んできた。
「また食材をつまみ食いしたね!」
マリアは残った芋を一口で頬張った。
「してませぇん!」
「口の中を空にしてから言いな!」
彼女は両頬を膨らませたまま、エドバードの背中へ隠れた。
かつて王立学園で見せていた儚げな仕草の名残は、どこにもない。
「殿下、助けてくださいませぇ」
「任せろ、マリア」
エドバードは鍬を地面へ突き立て、料理長の前に立ちはだかった。
「彼女を責めることは、この俺が許さない!」
「じゃあ、あんたが三十人分の朝食を作るのかい?」
「それとこれとは話が別だ」
「別じゃないよ」
「未来の国王である俺に、炊事をさせるつもりか?」
「あんたの今の身分は、監督付きの開拓作業員だよ」
「一時的な肩書にすぎぬ」
「一時的かどうかは、働きぶりを見てから決めるって王都の司法官が言ってたね」
料理長がエドバードの足元へ視線を落とす。
彼の前には、朝から耕すよう命じられた畝が延びていた。
ただし耕された土は、わずか二歩分しかない。
「鐘が鳴ってから一時間たってるけど、その畑はいつ英雄的に耕し終わるんだい?」
「俺は作業の全体像を把握していたのだ」
「鍬を十回振って倒れてただろう」
「力を温存していた」
「そのまま冬まで温存しないでおくれ」
周囲の開拓民から笑いが漏れる。
エドバードは己の威厳を守るため、勢いよく鍬を引き抜いた。
「よかろう!」
そのまま振り上げる。
「刮目せよ!」
振り下ろす。
「これが王家に伝わる――」
鍬の刃が固い石へぶつかり、甲高い音が鳴った。
柄から伝わった衝撃が両腕を駆け抜ける。
「ぐあっ!」
エドバードは鍬を放り出し、その場で手を押さえた。
「卑怯だぞ、この大地!」
「地面に文句を言う人、初めて見たわ」
マリアは呆れながらも、彼を助け起こそうとはしない。
料理長は彼女の襟首をつかみ、調理場へ引きずっていった。
「待ってくださいませぇ!」
「待たないよ!」
「殿下ぁ、マリアをお助けくださいぃ!」
「安心しろ、マリア!」
エドバードは痛む手を掲げた。
「この試練を越えた先で、必ず君を迎えに行く!」
「調理場まで三十歩だよ!」
こうして英雄は畑へ残され、悲劇のヒロインは芋の皮むきへ戻された。
開拓地の一日は、今日もおおむね平和に始まったのである。
昼休みになると、王都から届いた新聞が食堂の談話卓へ置かれた。
何日も前の記事をまとめて送ってくるため、速報性はほとんどない。
それでも、外界から隔てられた開拓地では貴重な娯楽だった。
エドバードは誰よりも早く新聞を奪い、椅子へ深々と腰を下ろした。
労働で疲弊した民衆を前に、未来の国王が国内情勢を分析する。
本人の中では、そのような場面であるらしい。
実際には、午前中に耕せた畝が五歩分に増えただけだった。
「王都は、俺の不在でさぞ混乱しているだろうな」
エドバードは満足げに紙面を開く。
「民もようやく理解したはずだ」
「何を?」
「俺という太陽を失った王国が、どれほど暗いかをだ」
「今朝、太陽を背にして鍬を持ってたら、自分の影で石が見えなくて転んでたじゃない」
「あれは太陽の嫉妬だ」
「太陽にまで嫌われてるのね」
マリアは豆の煮込みを口へ運びながら、新聞へ興味のない素振りを見せた。
だが、紙面に宝石店の広告があると分かった瞬間、横から覗き込んでくる。
エドバードは政治欄を読み飛ばし、社交欄を開いた。
難しい言葉が少ないからである。
そこで彼の目が止まる。
見開きの中央には、異国の議会堂を背景に並び立つ男女の姿が掲載されていた。
黒髪金眼の青年はヴァルハイト帝国皇太子ルーク。
その隣で淡い銀髪を風になびかせる女性は、レティシア・ヴァンガードである。
見出しには、大きな活字が躍っていた。
《氷の令嬢、帝国皇太子の最有力妃候補か》
《難航した関税交渉を鮮やかに決着》
《皇太子殿下、特別顧問へ私的な紅茶会を用意》
エドバードの指が、紙面の端へ食い込む。
「レティシア……!」
「破らないでよ」
「なぜだ」
「料理長が、その新聞で魚を包むって言ってたから」
「俺の婚約者が、他の男と並んでいるのだぞ!」
「元婚約者でしょ」
「形式上はな」
「正式に婚約解消されてたわよ」
「一時的な誤解だ」
「全国生中継で成立した一時的な誤解って、何年くらい続くの?」
マリアが素朴な疑問として尋ねる。
エドバードは答えず、写真の中のレティシアを睨み続けた。
王国にいた頃の彼女は、いつも完璧に整った微笑を浮かべていた。
この写真でも微笑んでいる。
だが、何かが違う。
隣にいる男を見上げる眼差しには、エドバードの知らない温度が宿っていた。
その事実を認める代わりに、彼は新聞を机へ叩きつける。
「分かったぞ!」
「今度は何が?」
「レティシアは俺を嫉妬させようとしているのだ!」
食堂にいた開拓民たちが、一斉に匙を止めた。
誰もが同じ疑問を抱いたものの、誰も口にはしない。
下手に関わると昼休みが終わるまで演説を聞かされるためである。
「わざわざ帝国皇太子へ近づき、この俺の心を試している!」
「殿下の心を試すために、帝国の関税交渉をまとめたの?」
「レティシアは昔から回りくどい女だった」
「回りくどいのは、たぶん殿下の解釈よ」
「俺が追いかけてくるのを待っているに違いない」
エドバードは写真へ顔を近づけた。
その肩越しから覗き込んだマリアは、レティシアでもルークでもなく、背景の宮殿へ目を奪われている。
白い石造りの壮麗な建物。
窓には細やかな金細工が施され、奥に見える庭園では冬咲きの花が咲き誇っていた。
別の小さな写真には、条約締結後の晩餐会で供された料理まで掲載されている。
銀の皿。
黄金色に焼き上げられた肉。
砂糖細工の白鳥。
宝石のように輝く果実菓子。
マリアは手元の豆の煮込みを見た。
もう一度、紙面の晩餐会料理を見る。
再び、豆へ視線を落とす。
彼女の中で、重大な比較検討が行われた。
「ねえ、殿下」
「何だ」
「帝国皇太子って、本当にお金持ちなのよね?」
「そこか?」
「だって宮殿が王国のより大きいじゃない」
「レティシアを取り戻す話をしているのだぞ」
「そうよ」
マリアは急に真剣な顔になった。
「取り戻しに行きましょう」
エドバードが目を見開く。
彼女は机の上で両手を組み、かつて学園で幾人もの令息を虜にした愛らしい微笑を浮かべた。
「殿下の言うとおり、レティシア様はきっと助けを待っているのですわ」
「マリア……君は分かってくれるのか」
「ええ、もちろんですぅ」
声まで甘くなる。
ただし、その瞳は新聞に載った帝国宮殿から離れていない。
「殿下がレティシア様を連れ戻せば、国王陛下もお喜びになりますわ」
「父上が?」
「王国は今、レティシア様がいなくて困っているのでしょう?」
「当然だ」
「でしたら、殿下が連れ帰れば、廃嫡だって取り消してもらえます」
「なるほど」
「王位継承権も戻り、殿下は未来の国王へ返り咲くのです」
「おお……!」
エドバードの脳内で、泥にまみれた開拓地が割れ、王都へ続く光の道が現れた。
その道の先では大衆が歓声を上げ、父王が涙ながらに両腕を広げ、レティシアが後悔を詫びながら跪いている。
現実には、食堂の隅で料理長が新聞を待ちながら腕を組んでいた。
「俺がレティシアを救い出し、王国を立て直す」
「そうですわぁ」
「帝国皇太子に欺かれている彼女を、真実の愛で目覚めさせるのだ」
「はいはい、真実でも愛でも何でもいいわ」
「何か言ったか?」
「殿下は素敵、と言ったのですぅ」
マリアの計画は、エドバードのものとは少し違っていた。
彼女はレティシアを連れ戻す気などない。
帝国へ到着したら、より裕福で、より美しく、何より本当に個人資産を持っている男性を見つける。
皇太子が無理でも、高位貴族や大商人はいるだろう。
帝都の晩餐会へ潜り込み、可憐な亡命令嬢を演じればいい。
王国で一度成功したのだから、帝国でも通用するはずである。
失敗から何を学ぶべきかという発想だけは、二人とも驚くほど欠けていた。
脱走計画は、物置小屋で極秘に練られた。
極秘といっても、エドバードが「帝国潜入作戦」と大書した紙を壁へ貼り、マリアが隣で干し肉をかじりながら意見を出すだけである。
「正門突破だ」
「却下」
「なぜだ」
「捕まるからよ」
「俺の威光を示せば、衛兵も道を開ける」
「開拓地の衛兵が殿下の威光にひれ伏したこと、一度でもあった?」
「彼らは己の職務へ忠実なのだ」
「便利な解釈ね」
マリアは炭筆で正門に大きな×印をつけた。
「明日の午後、王都へ野菜を運ぶ荷馬車が出るわ」
「荷馬車に隠れろと?」
「そうよ」
「未来の国王たる俺が、カボチャと一緒に運ばれるのか」
「未来の国王たる殿下は、今日の夕食を増やしてもらうためにカボチャを洗ってたじゃない」
「それは民の暮らしを知るための視察だ」
「とにかく、荷台に隠れるの」
「いや、待て」
エドバードは顎へ指を当てた。
「荷馬車に潜む元王子……身分を隠し、敵地へ赴く英雄……悪くない」
「でしょ?」
「歴史書には、こう記されるだろう」
彼は木箱の上へ片足を載せた。
「後の大王エドバードは、あえて粗末な荷馬車へ身を潜め、祖国奪還の第一歩を踏み出した、と!」
「足音がうるさい!」
物置の外から見回り役の声が飛んでくる。
二人は同時に口を閉じた。
数秒後、足音が遠ざかる。
「完璧な隠密だな」
「今ので見つからなかったのが奇跡よ」
翌日、野菜を積み終えた荷馬車へ二人は潜り込んだ。
エドバードはカボチャの山へ身を埋めたものの、大柄な身体を隠しきれず、荷台の後ろから両足が出ている。
本人は野菜袋を頭から被っているため、その事実に気づいていない。
マリアは開拓地の礼拝堂から借りた修道服を身につけていた。
顔には普段以上に濃い化粧を施し、耳と首には、没収を免れて隠し持っていた模造宝石が輝いている。
「マリア」
「何よ」
「修道女が、そのような装いをするだろうか」
「質素すぎると、かえって怪しまれるでしょ」
「俺には既に怪しく見えるが」
「殿下にだけは言われたくないわ」
荷馬車の御者が振り返る。
二人は慌てて息を潜めた。
御者の視線は、荷台から突き出たエドバードの足へ落ちる。
しばらく眺めた後、彼は何も言わず前を向いた。
エドバードたちが夜ごと何かを企んでいることは、開拓民の大半が知っていた。
そのうえで、彼らは脱走を止めなかったのである。
監督官への忠誠心が薄いわけではない。
王都へ向かう道の最初の関所には、既に連絡が届いていた。
そこで捕まれば、開拓地へ送り返されるまでの数日間、少なくとも二人分の面倒を見る仕事が減る。
それが開拓民たちの静かな願いだった。
ところが、関所の衛兵は荷馬車から出ている足を見ても、なぜか通行を許可した。
彼もまた、その先の関所へ面倒を譲りたかったのである。
こうして責任の押しつけ合いによる奇跡が重なり、荷馬車は開拓地を離れてしまった。
夕暮れ時、森の中で二人は荷台から転がり落ちる。
エドバードはカボチャを一つ抱えたまま、泥の上へ着地した。
「成功だ!」
「声が大きいってば!」
「見たか、マリア!」
彼はカボチャを頭上へ掲げた。
「いかなる監視も、俺の知略を阻むことはできぬ!」
「足が出てたけどね」
「何だと?」
「何でもない」
マリアは荷物を確認した。
干し肉、固焼きパン、水筒、毛布、盗み出した銀貨。
その大部分は彼女が調理場や倉庫から少しずつくすねた物だった。
エドバードが用意したのは、派手な赤いマントと、剣に見せかけた木の棒だけである。
「帝国までは、どれくらいかかる?」
「歩けば二週間くらいじゃない?」
「二週間も歩くのか?」
「英雄の修行なんでしょ?」
「移動と修行は別の概念だ」
「都合のいいところだけ分けるのね」
幸運なことに、二人は街道沿いの宿場で、帝国方面へ向かうという商人に出会った。
商人は、どこから見ても怪しかった。
片目を覆う眼帯。
季節外れの厚い外套。
愛想のよすぎる笑み。
そして商品を載せていない馬車。
「帝国へ入りたい?」
商人は二人を値踏みするように眺めた。
「ええ」
マリアは修道女らしく両手を組んだ。
「わたくしたちは、敬虔なる巡礼者でございますぅ」
「その首飾り、帝国でも有名な夜店の模造品だな」
「そういう話はしてないの!」
商人は肩を揺らして笑う。
「帝国の国境審査は厳しいぜ」
「俺の顔を見せれば通れる」
「それは別の意味で通れないと思うがね」
「ならば、どうすればよい」
「通行証を用意してやるよ」
提示された金額は、二人の銀貨のほとんどを失うほど高かった。
エドバードは迷ったものの、マリアが彼の腕をつかむ。
「殿下、王位を取り戻せば、こんなお金はすぐ返ってきますわ」
「そうだな」
王位を失った男と、返す気のない女が、将来の収入を当てにして偽造文書を購入する。
その構図に疑問を呈する者は、そこにはいなかった。
商人は二枚の通行証を渡した。
一枚にはエドバードの似顔絵。
もう一枚にはマリアの似顔絵。
どちらも本人とは似ても似つかない顔だったが、エドバードは文字を追うだけで精いっぱいだった。
「名前が違うぞ」
「偽名だからな」
「職業は何と書いてある?」
「カボチャ商人だ」
「なるほど」
エドバードは深く頷いた。
「開拓地で得た経験が役立つということか」
「どんな経験よ」
マリアは自分の通行証を覗き込む。
「わたしの方は?」
「妻・カボチャ」
「妻は分かるけど、後ろのカボチャは何?」
「家名ではないか?」
「変な家名ね」
読解力に難のある二人は、商人の肩が笑いで震えている理由へ気づかない。
かくして、カボチャ商人と妻カボチャは、夜明けとともに帝国国境へ向かった。
同じ頃、ヴァルハイト帝国古代魔道研究院の地下で、双響鏡が突如として明滅した。
青銀色の輪が展開され、静かな警告音が響く。
『国境管理記録より、照合対象を検出しました』
山積みの石板を解読していたレティシアは、書きかけの筆を止める。
向かいの机で報告書を読んでいたルークも顔を上げた。
「照合対象?」
『過去の重要記録対象者が、帝国領内へ侵入しました』
赤金色の輪が遅れて現れる。
『緊急速報です! かつて王都視聴率九割を記録した、あの御方が帰ってまいりましたぁ!』
「ジョン」
『はい!』
「詳細を」
『エドバード・フォン・グラディス元第一王子です!』
中央の光へ、国境審査で提出された通行証が映し出される。
似ていない似顔絵の横に、《職業・カボチャ商人》の文字が浮かんだ。
もう一枚には、《妻・カボチャ》とある。
沈黙が研究室を満たす。
ルークは書類を置き、極めて真剣な顔で通行証を見つめていた。
レティシアは目元を指先で押さえる。
「……まさか」
『補足します』
セネカの声は、慈悲深いほど冷静だった。
『偽造精度は低品質です』
『しかし笑いの品質は高得点だぁぁ!』
「なぜ帝国へ来たのでしょう」
「君を連れ戻しに来た可能性が高い」
「根拠を伺っても?」
「彼なら、そう考える」
ルークは通行証の職業欄を手元の帳面へ書き写した。
その唇の端が、わずかに上がっている。
「殿下」
「何だ」
「楽しんでいらっしゃいませんか?」
「国境侵犯は重大な問題だ」
声は厳粛だった。
しかし彼は、《カボチャ商人》という文字の下へ二本の線を引いている。
レティシアは長い息を吐いた。
せっかく静かになった人生へ、過去の騒音が、偽造通行証を携えて歩いてくる。
それも、よりによってカボチャを名乗りながら。
『対象者は帝都方面へ移動中です!』
『推定到着時刻は三日後です』
レティシアは閉じていた目を開いた。
深い青の瞳から呆れが消え、代わりに研ぎ澄まされた思考の光が宿る。
「警備局と司法局へ連絡を」
「直ちに拘束するか?」
ルークの問いに、彼女は通行証の発行番号を見つめた。
番号の書式が、帝国で半年前に摘発された偽造文書と酷似している。
これは単なる元王子の悪あがきではない。
彼らへ偽造証を売った者がいる。
国境を越えさせた経路がある。
個人的な騒動を片づけるだけでは、帝国に巣食う穴を塞げない。
「いいえ」
レティシアは静かに答えた。
「少しだけ、泳いでいただきましょう」
ルークの金色の瞳が楽しげに細まる。
『おっと、所有者が作戦立案へ入りました!』
『対象者二名へ申し上げます』
セネカが淡々と続ける。
『既に手遅れです』




