眼鏡さんの正体
2.
僕はここなと穏やかな表情で話す来條をじっと見つめてしまっていた。
彼と過ごしてきた日数は僕の年齢と同等。まるで家族のように同じ場所に居ながら、ただそこにいるだけだった存在。
そんな彼がここなに微笑んでいる。声を出してしゃべっている。
来條は僕にまったく気付いてくれなかった。それをどことなく寂しく感じるくらい、僕は彼に会えたことに感動していた。
「それで今日はどうされたんですか?」
「あの、どう説明したらいいか分からないんですけれど……」
「うん、大丈夫ですよ。思いついたままでいいから、話してごらんなさい」
来條の包み込むような優しい声。ここなは僕を見てから、頷く。
「……あの、来條さんには見えないと思うんですけれど、私の横に、結人くんが居るんです」
「『結人くん』というのは、こないだしずくが私に話していた『しずくには見えない人』のことですね?」
「はい」
ここなが僕を見る。そしてその視線の先を追って、来條が僕の方に目を向けた。
「ここなさんの隣に、結人さんがいらっしゃると……」
来條の目が僕を探すように、こちらを伺う。目が合ったような気もした。だけどそれは一瞬。来條の目は僕の居場所を掴もうと、視線が彷徨っていた。
「しずくがどこまで話したのかは分からないんですが、私も来條さんに結人くんのことをお話させていただいてもいいですか?」
「ええ、もちろんですよ」
来條さんが頷く。それからここなは、僕たちの出会いから今日までのことを説明し始めた。
* * *
「なるほど。それで結人さんはもとの世界への帰り方を探しているということなんですね。……ふうむ」
来條は話を聞き終えた後、顎の白髭をいじり始めた。考え事をするように、宙を眺め始め、目を閉じる。そして、しばらく黙り込んだ。
ここなはその様子を静かに眺め、来條が話し出すのを待っている。
「………ふむ、……ふむ」
来條は目を閉じたまま、小さく何度か頷いた。そしてゆっくりと、目を開ける。
「安心してください。結人さんは、もとの世界に帰れますよ」
来條はハッキリした口調で、そう言った。
「本当ですか?」
ここなが嬉しそうに声をあげる。
来條が何を根拠にそう判断したのか。ここなが何故、来條の言葉をそのまま素直に受け止めたのか。僕には皆目不明だった。
「しかし、あの神社の門にそんな秘密があったとは。これまで一度も聞いたことはなかったですね」
「え!?来條さんでも知らないことってあるんですか!?」
ここなが心底びっくりした声を出す。
「ここなさん。例え神職を学び、世の理を知ることになったとしても、本当の全てを知ることはできないんですよ」
「そうなんですね」
僕は彼らの会話を聞き、目の前にいる来條という人物がどういう人物で、どういう立場の人なのかが気になった。
歳を重ねたからこその生き字引。相談役といったところだろうか。
だけど異世界に転移してしまうような奇妙過ぎるこの事態に、あまり動揺していないところも気にかかる。
こういうことは、過去にもあったのだろうか。
「ではさっそく私は結人さんに起きていることを星ノ川銀河評議会に報告してきましょう。ここなさんと結人さんはこちらで待っていなさい。お迎えがくるだろうから」
星ノ川銀河評議会に報告?お迎えがくる?
それはどういうことだろう。
あの門の鍵を開けてくれるのは、星ノ川銀河評議会ということなのだろうか。
門を通り抜けることができたら、僕は僕の世界に帰れるかもしれない。だけど、僕には帰ることよりも大事なことがある。
来條がソファを立ち上がろうとする。 僕は慌てて、立ち上がった。
「待ってください!僕は隼人がこの世界に居るか探したいんだ!」
「隼人…って、結人くんのお友達のこと?」
ここなが僕の声に反応し、その声に反応した来條が、その場で立ち上がったまま、こちらを見る。
「来條さん。結人くんは友達を探したいそうです」
来條はまたソファに座りなおした。 そして、困った顔をした。
「……しかし、そのお友達が私たちの世界にいらっしゃるかどうかは確かですか?」
「結人くんの友達がこっちの世界にいるのかどうかは分からないです。でも探してみないことには……」
「ここなさんは、その結人さんのお友達を探せますか?私には結人さんが見えません。そのお友達も見えないでしょう。それはこの世界にいる人たちも同じこと。私たちではそのお友達を探すことが出来ないのですよ」
「……そっか。私は結人くんのお友達が見えないから、探せないんだ」
ここなと来條が暗い表情で言葉を無くす。確かに二人には隼人が見えない。だけど僕なら……。
「ここな。僕には僕の世界の人も、ここなの世界の人も見える。だから、僕がみつける」
誰も探せないのなら、僕は一人でも、隼人を見つけ出す。
「結人くん……」
「来條さんに僕が元の世界に帰るのは、待って欲しいって伝えて。僕はこっちの世界を歩き回って、隼人を見つけてみせるから」
「だけど、こっちの世界を歩き回るって言っても、結構広いよ?」
「ああ、分かってる。だけど、隼人がこっちの世界にいるかもしれないなら、納得できるまで探してからじゃないと帰ることはできない」
僕の真剣な目を見て、ここなが熱のこもった瞳を僕に向ける。
「分かった!私も付き合う!」
「ありがとう」
僕たちは二人で力強く頷いた。
ここなの声しか聞こえない来條が、僕らの意思を確認してくる。
「ここなさん。結人さんは何て言われていますか?」
「結人くんは元の世界に帰るのは待って欲しいと言っています。結人くんは、友達のことも私たちのことも見ることができるから、自分で探すって言っています」
「そうですか。お友達がこの世界に居るかどうかが分からなくても、探したいということですね」
「はい」
「分かりました。ちょっと待ってください。……ふうむ」
来條はまた、そう言って宙を眺めて、目を閉じた。そしてまたしばらく黙り込む。
「ねぇ、ここな。来條さんは何をしてるの?」
僕は気になって、ここなの耳元にそっと小さく尋ねた。
来條に聞こえないのは分かっているが、何か静かにした方がいいような気がして、そうしてみる。
ここなも僕のその仕草を真似て、僕の耳元に手を持ってきて、小さな声で答えてくれる。
「来條さんは神職の人でも最高位の学びを受けた人でね。私たちがこうして相談事を持ってくると、ああやって目を閉じて、そして答えをくれるんだよ。
その答えはいつも的確なの。お母さんたちは「来條さんは空の声が聞こえるのよ」って言ってた」
最高位の学びを受けたということだから、博識なのだろう。
空の声が本当に聞こえるのだとしたら、神託を受ける巫女みたいなイメージが浮かんだ。
「おやおや、結人さんはそんなお姿でしたか」
「え?」
来條の声に驚き、僕とここなは二人して同時に来條を見た。
「おや、見えなくなってしまいました。お姿を見たような気がしましたが、気のせいでしたかね」
「来條さん、結人くんの姿が見えたんですか?」
「ええ、お二人が仲良くお話している様子が見えた気がしたんですけれどね」
「仲良く……」
僕とここなは目を合わして、どことなく恥ずかしくなる。
「お友達を効率的に探す方法として一つ、思い当たることがありました」
来條が僕の居る方を見る。
「その能力が役に立つはずです」
引き続き、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
続きは明日12時30分に更新予定です。
私がこれから描いていく、ここなの住んでいる異世界は、私が住んでみたい異世界。
皆さまが住んでみたい異世界はどんなところですか?
ぜひ、お聞かせください。
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