たどり着いた異世界
1.
鳥居をくぐり抜けた先は、見たこともない景色だった。
産まれた町しか知らない僕だけど、そうだとしてもだ。次元が違うのだ。
足元には白く透き通った道。光に照らされ、キラキラしているそれは、しばらく先まで続いている。
綺麗さに圧倒される。道のすぐ真横には、これまた光り輝く神殿がそびえたっていた。
竹林の切れ間から、地上が見えた。ここは高台だ。どこまでも続く緑の大地。その先には海。
神秘的な神殿の印象とは裏腹に、そちらの景色は遥か古代。理解が追い付かない。
ここは異世界だ。僕が知っていた神道神社ではない。
鳥居をくぐり抜けた瞬間、僕は別の世界に来てしまったのだ。
そう自覚すると、背筋が冷えた。慌てて鳥居に振り返る。
鳥居はなかった。代わりにあるのは真っ白な門。
その門に飛びつき、開けようとするも取っ手のようなものがない。押してみるが動かない。絶対に通さないとでも言い張るように、門は硬く閉じられていた。
まさか、帰れない……?
数分前の自分の衝動を恨む。隼人があの先に居ると思って、後先考えずに、あの空間に飛び込んでしまった。
そうだ、隼人だ!
隼人はもしかしたら、この世界のどこかに居るのか?
「あ!居たー!結人くーん!」
ここなが走ってくるのが見えた。
「ここながいる……」
まったく見知らぬ世界に来てしまったけれど、ここなが見える。どういうことだろう。
「結人くんが門の先を通り抜けちゃったから、道を引き返してきたよ。良かったー、会えて」
整理が追い付かない中、ここなの『門』という言葉が気になった。
「ここに門がある?」
「うん、あるよ」
「それは真っ白?」
「うん、真っ白」
ここなの見えているものと、僕の見えているものが一致している?
「じゃあ、ここに神殿がある?」
傍にある建物を指さす。
「神殿?うん、神社はあるよ」
神社という響きには似つかわしくないけれど、建物はあるようだ。
「ここな、そしたら、こっちは?」
僕とここなとその場所から歩き出し、目の前に見えてくるものを順々に確認し合う。もう十分だろうというくらいに。
「やっぱり、僕が見えている景色は、ここなと同じだ」
それを十分に受け止めた後、ひとつの仮説が浮かび上がった。
「たぶん僕は、ここなの住んでいる世界に来た」
「私の住んでいる世界?」
「ああ」
つまり、ここなは幽霊ではなくて実在する存在。そして僕が住んでいる世界とは別に、ここなが住んでいる世界も実在している。
あの鳥居をくぐりぬけて、僕はここなの世界に転移したのだ。
僕らは白石で造られたベンチに座った。ここなが何かを思い出したのかクスクス笑う。
「さっきもここに、座ったね」
「ここに座った?」
「ここだと人目が付くからって、移動したのに」
ということは、僕の住んでいる町の神道神社、三の鳥居の傍にあったベンチ。それがこの場所ということなのか。
僕は頭上を見上げ、近くにある大きな鳥居を見る。
そこには真っ白く、光に反射すると輝く鳥居があった。
僕の町の鳥居はくすんだ鼠色で古めかしかった。目の前の鳥居はあまりに雰囲気が違い過ぎる。だけどよく見れば、鳥居の形はそっくりだ。
ベンチから見上げる景色。僕の町の鳥居と、目の前の鳥居。その景色が頭の中でしっかりと重なる。
周囲を見回した。こちらもよくよく見直すと、建物の配置が僕の世界と同じ。
だから、神道神社を歩くここなの姿に違和感がなかったのか。
僕の世界とここなの世界の建物が同じ位置に配置されているのなら、ここなの姿が建物や木々にぶつかることもなく、消えることもない。
「結人くん、これからどうする?」
「うーん……」
僕の世界とここなの世界、どうして二つの世界があるのか。どうしてこの境内の中は配置が同じなのか。
気になることはたくさんあるのだけど、まず優先すべきは、隼人の行方と僕の世界への帰り方だろう。
「僕がこの世界に来れたということは、行方不明になった僕の友達もこの世界に居るかもしれない。だから友達を探したい。あと、さっき門は開かなかったけど、帰り方を調べたい」
「うん、分かった。私、手伝うよ!」
「ありがとう、ここな」
まったく知らない世界に来てしまったけれど、ここなが居ることの安心感。
もし隼人がこの世界にいるとしたら、きっと独りぼっちだろう。
それがどんなに心細いか。早く隼人を見つけ出してあげたい。
「そうだ!神職の人に聞いてみる?そのお友達を見たかどうか」
「神職の人?」
ここなが境内に居る男性に目を向けた。クリーム色の麻のローブを着ている。僕の世界で神社の服装と言えば白衣と袴だが、ここなの世界ではローブらしい。
「友達の特徴を教えて」
「身長は180㎝くらいで、髪は短髪。服は緑の線が入った白い半袖シャツに、緑の短パンだと思う」
「分かった。一緒に行く?」
「そうだね。彼から僕が見えるか、確認したいし」
ローブの男性に近づくと、僕はここなの隣で、その男性に視線を送り続けた。男性はまるで僕の視線に気付きもしない。やはり見えていないのだろうか。
「すみません。友達を探しているんです。身長が180㎝くらいで、短髪の男の人、見ませんでしたか?服は緑の線が入った白い半袖シャツで、緑の短パンを着ていたと思います」
「そうですね……今日は朝からこちらに居ますが、見ていないと思いますよ」
彼の声がはっきり聞こえた。ここな以外の声が聞こえたことがなかった僕は、思わず聞き返していた。
「今日じゃなくて、二、三日前に見ませんでしたか?」
男性は僕の声に反応しなかった。ここなが僕を見て視線を移動させたことに違和感を感じている様子だ。
「あ……、えっと今日じゃなくて、二、三日前に見ませんでしたか?昨日でもいいです」
僕の質問をここなが代わりに聞いてくれる。
「そうですねぇ。そもそも緑色の服って珍しいでしょう。だから見ていないと思いますよ」
「そうですか。分かりました。ありがとうございます」
ここなは男性にお礼を言って、頭を下げる。
「お役に立てなくて申し訳ないね」
男性は軽く頭を下げると、白い建物の中に入っていった。
「神職の人、結人くんの姿も声も聞こえないみたいだね」
「ああ。だけど僕は彼の声が聞こえた」
僕がここなの世界に移動することにより、聞こえ方は変化するようだ。
* * *
神社から移動することになり、ここなに連れられて、乳白色の石段を降り始めた。
神道神社の石階を登ったときは修行のようだったが下りは容易い。まさか違う世界の石階を下ることになるとは考えてもみなかった。
石階を下りきると、やはり異世界に来たのだと再び強く思い知らされた。
原始時代さながらの自然そのままの大地。大きな川。
その大自然の景観と真逆の人工物。空想の物語でしか見たことがない近未来的な橋が出迎えたからだ。
その橋は、大きな川を跨るほどの丸い輪の建物だった。360度ガラス張り。中からも外の景色が眺められそうだ。
「ここを渡るの?」
「うん」
「そうか……」
渡ることに怖気づいた。高いところが怖いとか、そういうわけではない。別の意味で落ち着かなかった。
得体の知れないその輪は、今にも空に飛び立ちそうな見た目なのだ。まさに宇宙船。
ただでさえここが異世界なのに、さらに別の次元に連れていかれそうな気がする。
ここながその中に入っていくので、後をついていくしかない。橋の中から神社を見ると、降りてきた階段とは違う位置に、鳥居と石段が見えた。
それは綺麗な乳白色ではなく、僕の世界で見たことあるような鼠色でくすんだものだ。
僕はここなに指さして、尋ねる。
「あの鼠色の鳥居をくぐらなかったよね?」
「あの辺は道が整備されていなくて歩きずらいの。だから、いつもみんな、敢えて通らないよ」
その鼠色の鳥居が、僕の世界の一の鳥居とどことなく重なって見えて、僕の心に引っかかりを残す。
橋は途中で浮き上がることはなく、無事僕らは川の反対岸に渡ることができた。胸をなでおろす。アスファルトなど一切ない舗装されていない野道を歩き出す。
しばらく歩くと、人が住んでいる気配を感じさせる農業地帯が見えてきた。
川から引いた水を使った水耕栽培。穀物を育てる畑。田植えを始めたばかりの田んぼ。僕の理解が追い付く風景が広がり出した。
ところどころ農作業をしている人の姿も見えれば、心は一気に安堵感が増す。
「いろいろなものを育ててるんだね」
「うん、いろいろあるよ。山側には果樹園もある」
生活感を感じれば、この世界に住んでいる住人たちにも意識が向いた。
「こんなに広大な土地にこれだけの作物があるとなると、農家の人は大変だね」
「そんなことないよ。分担制で皆交代で世話をしているから、大変だって思ったことないよ」
「え?ここなも世話をしているの?」
僕の質問が検討違いだったようだ。ここながクスクスと笑い出した。
「え?当たり前だよ。っていうか、世話をしない人なんて、誰もいないよぉ」
ここなの世界では住人全てが農作業をする。僕の世界とは、文化の違いも大きそうだ。
「そろそろ、しずくのおじいさんの住まいが見えてくるよ」
しずくのおじいさんも神職という役職の人だそうだ。ここなやしずくは、何か問題事があると、まずは彼に相談することが常らしい。
案内された彼の住まいは、一階建ての大きな円柱型の建物だった。2mくらいの常緑木に囲まれ、相変わらず周囲の景色と似つかわしくない曲線美のそれは、かなりの大きさ。しずくの祖父が一人暮らしをするようなサイズではない。
「おじいさん、ここに一人で住んでいるの?」
「ここは集会所でね。住居区画ではないんだ。だけど、しずくのおじいさんはここで寝泊まりしてるの。こうやって私みたいに相談に来る人がいるからね」
ここなは建物に向かって歩いていく。一見、どこが入口なのか僕には分からなかったが、ここなは慣れたようにガラス面の一カ所を押し、建物の中へと入っていった。
「来條さーん、ここなです。相談に来ましたー」
建物の中は外観と打って変わり、安心できる空間だった。人の営みを感じられたからだろう。絨毯が引かれたロビー。それを囲むように入口が解放された部屋がいくつかある。集会所という名に相応しい内観。
今立っている場所から右手に目を向けると、居心地の良さそうな応接室が見えた。その奥から、眼鏡を掛けた初老の男性がゆっくりとこちらに歩いてくる。
「おやおや、ここなさん。よくいらっしゃいました。さあ、中へどうぞ」
そう言って、にこやかに微笑んだその男性の姿に、僕は大きく目を見開いた。
「……眼鏡さん」
僕の口はそう勝手につぶやいていた。
来條と呼ばれたその眼鏡をかけた初老の男性は、長年僕のアパートに住み着いている『眼鏡さん』と同じ見た目だった。
第二章に入りました。
引き続き、ここまで読んでくださり本当に感謝です!
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