凛花の身に起きていること
凛花と初めて会った夜、僕は彼女がベランダから飛び降りたように見えたけれど、あの時落ちてきたのは彼女に憑りついていた生霊だったということなのだろうか。
だけど、ベランダの下で視たのは父だけで、それ以外の存在には気付かなかった。僕が視えた影がその生霊で、父がそれを追いかけているのならば、僕は本来なら二体の姿を見るはずだった。
視えたのは父だけ。それに以前、僕はテルに『結人は幽霊が見えない』と言われている。
これまで、他の人には見えない存在が視えてきたけど、それが異世界の住人なのか、はたまた生霊なのかを区別したこともない。
「ねぇねぇ、生霊ってなあに?」
「生きている身体から抜け出した魂のことだぜ」
隼人がここなに説明をしている横で、僕は唸る。僕は父を助けたいとテルに意気込んだけれど、今の僕では父を助けることはできないのか?
「俺が玲人の案件で話してあげられるはそれくらいかな。また何か進展があったら、教えるよ。結人、あまり深く考え込むな。お前がそんなに心配しなくても大丈夫だって言っただろう」
テルは今の僕の気持ちはお見通しのようで、僕にわざとらしい笑みでニカリと笑ってくる。そうは言われても、もどかしい。
父を助けたい。だけどそれを父とテルから受け入れてもらえず、しかも僕には助けられる技量もない。僕がスッキリできず、渋い顔をし続けていると、それに気付いたここなが僕の顔を覗き込んでくる。
「結人くん、テルさんがそう言ってることだし、先生は大丈夫だよ。私も先生と会って話したいけど、今はその特命で動いているということなら、それを尊重した方がいいんだと思う。それにこうやってテルさんの任務に携わっていれば、いずれ先生に会えるってことだったし。きっとまた会えるから大丈夫だよ。ね!」
ここなだって父のことで思うところはあるはずだ。だけど僕がそれ以上に父に会えないことを残念がっているように映ったのかもしれない。ここなにそう励まされてしまったなら、今は気持ちを切り替えるしかなさそうだ。
「……そうだね。大丈夫だって今は信じよう」
「うん!」
ここなが僕に温かい笑顔を向けてくれる。その顔を見ていると、心が落ち着いてきて、何故か本当に大丈夫な気がしていくるから不思議だ。僕たちの様子を確認したテルは、その場から立ち上がる。
「さて。じゃあ、今回の任務はこれで完了ということで、俺は帰るかな」
「あ!テルさん、待って!」
「ん?」
「凛花ちゃんが、あの鳥を元の持ち主に返して謝りたいって言っていたけど、私、それを叶えてあげたいんです」
確かに彼女がそれを望むなら、そうしてあげたいと僕も思った。帰り際の彼女の様子が気になっていたから。
「それは出来ないな」
だけどテルはきっぱりと拒否した。
「どうしてですか?」
「彼女にはどうしたって返せない相手だからさ。あの鳥の元々の飼い主は、彼女の世界とは別の世界の住人なんだよ。だからもう会うことはできないんだよね」
テルは肩をすくめてみせた。
「その元の飼い主は、今どこにいるんですか?」
「自分の世界に戻っている」
「ということは、その人は以前、彼女の世界に迷い込んだってことですか?」
「まぁ、そんな感じかな。元の飼い主はあの鳥と一緒に彼女の世界に来た。そしてあの鳥を彼女に預けて自分の世界に帰った」
テルのこれまでの話からすると、あの鳥の元の飼い主は、凛花や僕が今いる世界とは次元が違う世界の住人なんだろう。
「ちなみにあの鳥は、元の世界に返さなくても大丈夫なんですか?」
「敢えて返さなくても問題はないかな。あの鳥は彼女の世界と元の飼い主の世界を行き来できるんだよ。だから帰りたいと思えば、あの鳥は自分で帰ることができる。ここなたちがあの鳥を自分たちの世界で保護できたのはそういうことだ」
確かにあの鳥は僕たち全員の世界でその姿を映し出せる。それはつまり自由に世界や次元を行き来できるということなのか。あの鳥が纏っているオーラ。それがどんな色なのか僕には分からないけれど、恵利華が見惚れるほどの色を放っていることが、そういう存在であることの特徴なのかもしれない。
「だけどテルさん。あの鳥がね……」
「ここな。この件はこれで一件落着だよ。青い鳥はしっかりと彼女の手元に戻ったからな」
テルがここなの言葉を遮る。
「待ってよ、テル!」
だけど今度は恵利華が、ここなに代わりにテルを引き留めた。
「彼女のオーラの色はあのままでいいの?このまま何もしなかったら……」
「ああ、分かっているよ。恵利華」
「それなら!私、このまま終わりなのは納得いかないわ!」
恵利華が真剣な顔でテルに詰め寄ると、テルはどうしてか嬉しそうに笑い出す。
「あはは!恵利華、変わったな!いい感じだな!」
「……な、なによ!そういうことじゃなくて!」
笑ってごまかされてしまった恵利華は、さらに必死になってテルを逃がすものとかと服を掴む。
テルはそんな恵利華に優しく微笑むと、恵利華に掴まれた手をそっと外した。そして僕たち全員に向き直って、少し離れたところに立つ。
「ここなと恵利華が、彼女のためにどうにかしてあげたいという気持ちはよく分かった。だけどな。この件はここで一度終了だ。これは評議会の決定だからな。俺にはこれ以上、この件に踏み込めない。評議会の任務として俺が介入できるのは『CWC』に関することだけだ。それは分かってくれ」
テルはそう言うと、力なく笑った。宇宙人のテルはこの地球と関わる上での決まりがある。僕に対しては自由に介入できるらしいが、それ以外にはそういうわけにはいかないらしい。
「そういうことだから、後は結人に相談してみたらいいよ」
「え?僕に?」
「だってお前は、《《地球人》》なんだからな」
テルがそう言うと、恵利華がすぐに僕の元に詰め寄ってくる。
「結人」
「は、はい」
「凛花さんは一つだけ嘘をついたの。喧嘩をしたっていう言葉よ。凛花さんのオーラは『罪悪感』の色を纏ってるの。謝りたいって言っていたけど、その理由は些細なことじゃなくて、私たちが想像するよりも、もっと重たい理由だと思うのよ」
「もっと重たい理由……」
「凛花さんの帰り際の様子もすごく気になった。元の飼い主に謝ることで、凛花さんの気持ちが少しでも楽になるなら、私、凛花さんと元の飼い主を再会させてあげたいの。世界が違うせいで会えないのなら、私たちが会わせてあげるしか方法がないわけでしょう?」
恵利華の言い分はよく分かる。彼女自身ではどうしたって謝りたくても謝れない。それには僕たちが手を差し伸べる必要がある。
「結人くん、私の話も聞いてくれる?」
恵利華がここなに場所を譲ると、ここなは僕の服の袖を引っ張り、部屋の隅の方へと行きたがった。
「どうした?ここな」
皆には聞かれたくないことなのだろうか。ここなと部屋の隅に移動してから、ここなは僕だけに聞こえるように、小さな声で尋ねてくる。
「私、おかしな事を言っていい?」
「ああ、いいよ」
「……私、鳥の言葉が分かるかもしれない」
「え……?」




