青い鳥の飼い主の事情
青い鳥の飼い主である彼女・凜花は高校1年生。僕たちが通っている星種高校ではなく、町外の私立高校に通っているという。顔立ちがとても整っていて大人びているから、まさか年下だとは思ってもいなかった。
リビングのソファに、ここなと凛花、しずくが座り、青い鳥はテーブルに置かれた餌を食べていた。
人数が多すぎては話ずらいだろうと思い、僕と隼人、恵利華はキッチン側にあるダイニングテーブルで、離れて話を聞くことにする。
「ピピは仲が良かった子が飼っていた鳥なの。その子が転校することになって、『預かってほしい』って言われて、それからは私がずっと飼ってた」
凛花は青い鳥について、ここなたちに話し始める。
「ピピは私だけにしか懐かないし、窓を開けっ放しにしても逃げない子だった。だから、月がとても綺麗だった夜、窓を開けて一緒に空を見上げていたの」
凛花が膝元に置いていた手をギュッと握る。
「……そ、そしたら急に、部屋の中に誰かが居る気配を感じて、怖いって思った瞬間、私は気を失ってしまって……。気が付いたときにはもうピピは居なくなってたの」
俯いた凛花の声が震えていた。そんな凛花に、ここなが優しい声で相槌する。
「そんなことがあったんだ。それは怖かったし、ピピちゃんが急に居なくなって辛かったよね」
「……うん。ピピが居なくなってからも、部屋に誰かが居る気配がする時があって、それを感じると身体が強張って、意識が薄れていって。気付くとベランダに立っているという日が続いたんだ」
ここなとしずくが驚いて目を合わせている中、ダイニングテーブルにいる僕たちも目を合わせた。恵利華がウンウンと頷いてみせたから、凛花は嘘をついていない。
「それは今も続いているの?」
「ううん、ここ最近は……。そう、いつだったか。ベランダの下から二人の男性がこっちを見てきたことがあって怖かったんだけど、そう言えばその日から、その変な気配を感じてない」
凛花の言葉に、僕は顔を引きつらせ、隼人は声にならない乾いた笑いを吐く。ベランダの下に居た男性二人とは僕たちのことだろう。しかし、僕たち以外の凛花を怖がらせた『気配』とはいったい何だろうか。
「でも、こうしてピピが戻ってきたから、もう大丈夫な気がする。ね!ピピ」
凛花が名を呼ぶと、テーブルでおとなしくしていた青い鳥が凛花の手の上に飛んでいく。
「ピピ。一緒に帰ろう。もうどこにも行かないでね」
青い鳥が凛花に答えるように短く鳴いた後、さっきも鳴いていた長めの歌うような鳴き声を続ける。
「……ねぇ、凛花ちゃん。そのピピちゃんを預けたお友達は、今、どうしているの?」
ここなの突然の突拍子もない質問に、凛花はドキリとするように目を見開く。
「……え?」
「預かっているって言ってたけど、いつか返す予定があるの?」
更なる質問に、僕も驚く。今まさに戻ってきて喜んでいる最中だ。どこにも行かないでねと願ったばかりなのに、どうしてそんな質問が出てくるのだろう。
「……あ、あの……。えっと……」
案の定、凛花はすごく戸惑っていた。腕をモジモジとし出し、どう答えようかと困っている。そんな凛花の頬を青い鳥は肩に飛び乗ってから、ツイツイとついばみ始めた。凛花がそれをくすぐったそうにして、小さく微笑む。
息を整えるように小さく深呼吸した凛花は、顔を上げてここなの方に向き直った。
「……実は、その友達とは喧嘩別れをしちゃったの。転校先も分からないし、預かっているとは言っても、返す予定とか、まったく決まってないの」
その返答を聞いたここなが、今度は困った顔をしていた。思ってもみなかった返しだったのだろう。
「そっか……。変なことを聞いちゃって、ごめんね」
ここなは大きく頭を下げる。
「ううん、いいの。私も友達にピピを返せたらいいのにってよく思っている。……それで、謝ることもできたら、楽になれるかもって」
最後の方の凛花の声は、低く重たい響きを帯びていた。
帰り際、凛花を玄関まで皆で見送りにきた時、恵利華は名残惜しそうに、鳥かごの中の青い鳥をじっと見ていた。
「ピピちゃんって本当にとても綺麗ね。まさに幸せの青い鳥ね」
恵利華が見惚れてそう呟いたけれど、凛花はその言葉にスッと冷めた目になって首を横に振った。
「ピピは、幸せの青い鳥なんかじゃないよ」
凛花のその表情と、幾分温度を失った乾いた声に、僕の心が何故かざわつく。それは恵利華も同じだったようで、返す言葉を失っていた。
「ピピを見つけてくれて、ありがとう。それじゃあ」
そう言って凛花は笑顔で去っていったが、僕の中に生まれた幾つかの違和感は消えていかなかった。
*
リビングに戻ると、テルがあたかもさっきも居たかのようにソファに座り、お茶を飲んでいた。
「たまにはお茶もいいなぁ。みんな。おつかれー。任務完了だな。お茶でも飲んでくれたまえ」
テーブルには人数分のコップが置かれていて、既にこの家の主人かのように、僕たちを労う。
「青い鳥の飼い主が、いまさっき帰ったところですよ」
分かっているだろうと思いつつも状況を伝えると、テルは案の定、「知ってる」と頷いた。
「手紙で彼女をこの家に呼んだのはテルですか?」
「ああ、そうだよ。青い鳥を見つけてくれてありがとうな。お前たちなら出来るって思ってたよ」
テルは全てが終わったかのように満足している様子だ。だけど、僕の中の拭いされない違和感がそれを受け止められなかった。
「青い鳥を彼女の元に返せたのは良かったです。だけどそれとは別に、気になることがあるんですが」
僕がそう言うと、しずくとここなも会話に入ってくる。
「凛花さんの部屋に、変な気配があったっていう話ですよね?」
「もしその気配のせいでピピちゃんが逃げてしまったんだとしたら、また同じことが起きたりしないのかな?」
その得体の知れない『気配』については、僕もとても気になっていた。
「その気配については、玲人が対応済みだから大丈夫だ。もう彼女の元には現れないと思うよ」
父の名前が出て、ここなが大きく目を見開いた。
「先生が!?結人くんが言ってた特命ですか?」
「そうだ。だからその気配については玲人に任せておけばいい」
彼女もここ最近は、その気配を感じなくなったということだった。つまりは父が対応してくれたということなのだろう。だけど……。
「そもそもその気配って、いったい何なんですか?」
父の特命はある対象者の観察と保護だと聞いていた。その対象者というのがその気配ということなのだろうか。
テルは僕の質問にすぐに答えてくれなかった。その代わり、隼人が思いついたことを話し出す。
「凛花ちゃんの話を聞いていて思ったんだけど、彼女の身に起きていたことって、憑依されていたってことじゃないかと」
「憑依?」
「気配がしたあと、身体が動けなくなって、気付いたらベランダに立っていたってことだっただろう。つまり、そのせいであの噂が出回ったんだろうけど、結人が何か影を見たっていうなら、その影が凛花ちゃんに乗り移っていたってことじゃないか?」
僕が隼人に検証させられたあの現象の背後にはそんな理由があったのか。
「それじゃあ、その気配は、幽霊だったってこと?」
隼人と恵利華の見解を聞き、僕はさらにテルに聞く。
「父さんの特命って、幽霊の観察と保護なんですか!?」
テルは仕方がないかとでも言いたそうな顔をして、ふぅっと小さく息を吐いた。
「幽霊ではないよ。だけど、性質的には似たようなものかな。その気配は、結人たちの世界で分かりやすく言うなら、『生霊』ってやつだ」
「生霊……ですか」




