青い鳥とその飼い主
恵利華がその木を指さす。僕は目を閉じて、その木の中の気配を探ってみた。小さい鳥が木の中の枝をちょこちょこと飛んで移動しているのを感じられた。
「耳を澄ますと、小さく鳴き声も聞こえるな」
隼人がいう。
「どの木だろう」
「木はたくさんありますね」
ここなとしずくが首をかしげているのが見える。僕はここなに近づき、木がある方向を指さす。できうる限り、木の特徴を伝えると、ここなはどの木か見当がついたようだ。どうやらここなの世界にも似たような木が存在しているようだ。
「だけど、どうする?近づいたら逃げちゃう可能性が高いよな」
「そうね。木の中でもじっとしていないのが分かるから、下手すると見失うことになるかも」
隼人と恵利華が、木の傍にいくかを悩んでいると、ここなとしずくが木の方へと近づいていく。
「3人はそこから動かないで、じっとしててね」
「そうですね。ここからは私たちの出番ですよ」
ここなとしずくの意気込みから、自信を感じられる。テルから教わった特訓の成果をどうやら見ることが出来るらしい。
鳥をどう捕まえるのだろうと思っていたら、それは僕が思っている捕まえ方とはまったく違った。ここなとしずくは、その場にただ立ち尽くし、目を瞑っただけだった。
すると不思議なことが起きる。
2人の元に周囲に居たのであろう鳥が、一羽、一羽と飛んでくるのだ。公園で餌を撒くと鳥が集まってくることがあるけれど、ここなたちは餌を持っているわけでも、撒いているわけでもないのに、いろんな鳥たちが集まってくる。
だけど、集まってきた鳥たちは2人の姿が見えていないようだった。近くに集まってはきていても、傍には飛んで行かない。逆を言えば、ここなたちも鳥たちが集まってきていることに気付いていない。互いに引き寄せ合っているのに、世界が違うせいで見えていないということなのだろうか。
その不思議な光景を呆然と見ていると、そのうち、木々の中に隠れていたあの青い鳥が、小さい羽根を小さく羽ばたかせながら、ここなの傍に近づいてきた。
ここながそれに気付いて、目をそっと開ける。青い鳥は、ここなの目の前の地面に降り立った。ここながその場にしゃがみこんで、青い鳥と目を合わせる。
ここなは特に何か言葉を発しているわけではないけれど、ここなと青い鳥は言葉を交わしていると、そう感じた。ここなが微笑むと、青い鳥はちょこちょこっとここなの方へと近づいて行って、パタパタと小さく羽根を羽ばたかせて浮いたと思ったら、ここなの手の上に飛び乗った。
「可愛くて、綺麗ですね」
ここなの手の上に乗っている青い鳥を見て、しずくが優しい声で話しかける。青い鳥はここなの手の上で、小さく可愛く嬉しそうに鳴いた。
「なんて綺麗なの……。見惚れちゃう……」
恵利華は青い鳥を見て、そう声を漏らしていた。鳥はとても綺麗な色を纏っているのだろう。恵利華の瞳は今まで見せたことのない光を映して、潤んでいた。
* * *
僕たちは辻村家のリビングで合流することになった。戻る途中、恵利華は青い鳥が纏っている色がどんなに綺麗だったかを話してくれた。
恵利華にしては意外なその高揚さに、僕もその色を見てみたい欲求に駆られたほどだ。ここなたちは青い鳥を刺激しないようにと、ペンダント装置はオフにしたようで、声は聞こえてこなかった。
僕たちが辻村家に先に到着し、リビングのソファで待っていると、ここな側の玄関が開いた音がして、ここなとしずくがリビングへと入ってくる。
「青い鳥ちゃんを連れて帰ってきました」
「この子、とっても良い子ね。頭もいいみたい」
青い鳥は、ここなの肩の上に留まっていて、リビングに入った途端、人の多さに驚いたのか、パタパタと羽根を広げる。
「大丈夫よ。落ち着いて」
ここながそういうと、青い鳥はここなの頭の上で、可愛く首を傾げた。
「恵利華ちゃん、この子で間違いなさそう?」
「ええ。……本当に綺麗な色を放ってる。この子だと思う」
青い鳥はピピっと小さく鳴き、ここなの頭の上からチョコンと跳ねて、肩の上へと移動する。その様子がとても可愛らしくて、僕たちの目を引き付ける。隼人が手乗りさせようと手を伸ばしたが、青い鳥は身を引くようにその手から逃げてしまった。
「こら、隼人。脅かすようなことしないでよ」
「ちぇ。俺は本当に触れないのか試しかったのにな。さて、青い鳥は見つかったけど、この後、どうするんだ?」
隼人の言葉に、ひとまずテルに報告だろうと思った時、ピンポーンとチャイムがリビングに響いた。
「え……?お客さん?」
辻村家のチャイムなんて、今まで一度も鳴らしたことがなく、鳴ったこともなかった。ここなの世界にはそういった類なものはないから、僕たちの世界の玄関の方だろう。僕は玄関へと続くドアを開ける。
玄関扉は開いていない。この家に客人なんて誰だろうか。僕は玄関扉に近づいて、そっと開けて外を見た。
「あ……。今日、あった人だ!良かった!ここで合ってた!」
そこには、あのマンションで青い鳥を探していると言った彼女が鳥かごを持って立っていた。
「自宅の郵便受けに手紙を入れてくれたでしょう。私の青い鳥を見つけたから迎えに来て欲しいって、住所が書いてあったから、急いで来たの!」
彼女の言っていることがすぐに理解に及ばす、僕は眉間にしわを寄せ、首を傾げた。
「あの……?」
彼女が戸惑っていると、隼人も玄関にやってくる。
「結人、誰だった?」
「今日会った彼女」
隼人が玄関に立っている彼女を見る。
「おう、あの鳥の飼い主か。捕まえたって連絡を入れたのか?」
「いや、僕は……。彼女に手紙が届いたんだって」
「……あの、これです」
僕が困惑しているのを感じ、彼女はおずおずとその手紙を見せてきた。その手紙の内容を読ませてもらうと、確かに彼女が言ったとおりのことが書かれていた。
隼人にも手紙を見せると、隼人も驚く。僕たちは今さっき、青い鳥を見つけて、この家に帰ってきたばかりだ。彼女の家には誰も行っていないし、連絡もしていない。つまりこの手紙を入れたのは僕たちではない。
「とりあえず、リビングにいる青い鳥を見て貰ったらいいんじゃないか?」
「そうだね。中へどうぞ」
隼人がそう促して、僕は彼女をリビングの中へと案内した。
僕たちに続いて、彼女がリビングに入ると、青い鳥がパタパタと羽根を羽ばたかせて、そして、ふわりと飛び立ち、彼女の元に向かってきた。
「ピピぃ……。良かった。無事だったのね」
ピピと呼ばれた青い鳥は躊躇いなく彼女の手の上に乗る。
「……会いたかったよ」
彼女がちょっと泣きそうな顔をして、青い鳥の背を撫でると、青い鳥は気持ちよさそうに目を細めた。隼人の手からは逃げた鳥が、自ら近づき、そして懐いている。しかも触れられるならば、彼女はこの青い鳥の飼い主で間違いなさそうだ。
青い鳥は彼女に背を撫でられた後、キョロキョロとしたかと思うと、彼女の手の上から飛び立った。
「あ……、ピピ!」
青い鳥は飛び立った後、ここなの元へと飛んでいき、ここなの差し出した手の上に留まる。
「……ピピが私以外に懐いたのは初めて」
青い鳥がこれまでよりも長く歌うように鳴き始める。その声に、ここなは驚いたようで、目を丸くさせた。
「……えっと、あの」
ここなが彼女の方を見る。そして戸惑いながら、彼女を誘う。
「……良ければ、お茶でもしていかない?」
すると、ここなの手の上の青い鳥が、また小さく可愛く鳴いた。
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