姉・梓のその後
6.
楓と姉の梓と裏山に行ってから数日後、僕は恵利華に、梓が入院している病院に来て欲しいとお願いされた。
僕は指定された時間に病院の中には入らず、入り口の外で待っていた。何故かと言えば、僕の手には子猫が一緒に居たからだ。
「お前を雨から守ってくれたお姉さんが今日は退院するんだってさ」
僕が抱いている子猫にそう話すと、子猫は良かったとでも言うように「みゃあー」と鳴く。
猫は話しかけると尻尾や声で返事をするということに、この子猫と過ごしている間に知った。
「お前、僕の言っていること分かるのか?」
「みゃあ」
今まで猫を飼うことに縁はなかったけれど、今回こうして猫の世話をすることで、僕は結構猫のことを知ったかもしれない。
「今日から、お前は別の家に行くよ。可愛がってもらってな」
子猫の行き先は、楓と梓の家になった。退院をしたら、猫を迎えたいと、梓が願ったそうだ。
「結人」
恵利華が病院の出入口から、僕の方に近づいてくる。
「楓とお姉さん、もうすぐ来るよ。子猫、連れてきてくれてありがとう」
「子猫の行き先が決まって良かったよ。あの家だと、一緒に居れる時間が少なくて、寂しい思いをさせちゃうからさ」
「とか言って、実はちょっと離れがたいんでしょう?」
恵利華が僕の腕の中にいる子猫を撫でる。
「そうなのかな」
この子をちゃんと可愛がってもらえる家が決まったのだから、それが一番だと思っているけれど。
恵利華に撫でられた子猫は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「恵利華。柏木くん。お待たせ」
入院中の荷物を抱えた楓と、以前見た時よりも顔色がだいぶ良くなってる梓が歩いてくる。
「退院おめでとうございます」
「ありがとう。あなたが楓とお友達だったなんて、びっくりしたわ」
「僕もですよ」
僕は腕に抱いていた子猫を梓の腕へと差し出す。
「これからは、梓さんがこの子を守ってあげてください」
「ええ、ありがとう。これからは私が大切にするわ」
「お願いします」
梓がとても明るい顔で僕に微笑み、そして子猫にも笑いかける。梓が子猫に頬をなすりつけると、子猫は小さな手を梓の頬に伸ばした。
病院の出入口にあるロータリーに、楓たちを迎える車が入ってきて、2人の父親であろう男性が楓の荷物を受け取りに来る。
「恵利華、柏木くん。本当にありがとう。また学校で」
「うん」
「またな」
楓が梓を促し、車に2人が乗り込む。僕と恵利華は彼らの車が去っていくまで見送った。
「……良かった」
車が見えなくなった後、恵利華がそう呟く。
「ん?」
「前に楓のお姉さんの纏っている色の話をしたでしょ?」
「ああ」
「青色に変化してた」
「青色?」
「うん。まだ悲しみは残ってるけど、生きることに前向きにはなれたみたい」
「そうか……。それは本当に良かった」
「うん」
恵利華が楓のことを僕たちに相談したことから始まった今回のこと。
『CWC』の対応も合わせて、良い方向に落ち着いたようだ。恵利華の表情がそれを物語っていてホッとする。
「結人、ありがとう。今回のことで、実際にオーラをこうやって変化させることができるんだって実感できたし、あの神社の門の秘密を知ることもできたし、本当に良かった」
「ああ」
「あ!そういえば。あの神社の門を使ったとき、結人は嘘をついていたわね」
「え……」
やはりあの時、恵利華は気付いていたようだ。
「きっとまだ、私たちに話していない秘密がまだあるってことなんでしょう」
恵利華は僕を責めたいわけではないようだった。ただ穏やかに事実を確認するような口ぶりだから、僕は「ごめん」と謝る。
「いいわよ。どうせテルに言われて、話したくても、話せないとかそんなところなんでしょう」
「テルがっていうより、どちらかというと僕が話すかどうかを迷っているんだ」
僕は恵利華に正直に答えた。そうすることが、僕の感情を読める恵利華に対する誠意だと思っているから。
真剣な顔をして答えた僕に、恵利華は「ふふっ」と笑う。
「な、なんで笑うの」
「私、結人のこと、結構信頼してるの」
「え?」
「こんな私でもね、実は感情が読めないことってあるのよ」
「そうなの?」
「意識すれば感情の変化を鈍くだってできるものよ。実は結構いるの。色の変化に乏しい人。なのに結人って、私に変化の色をまったく隠さなくて、本当に分かりやすいくらいコロコロ変えてくれるから……、あはは」
恵利華がまた笑いだす。
僕のことを信頼しているって言っていた気がしたけれど、馬鹿正直だとけなされているような気がしてならない。
「……なんでそんなに笑うんだよ。僕がおかしいってこと?」
「あはは……、ごめん。違うの、そうじゃないのよ」
恵利華が笑いを堪えるように、目元の涙をふく。
「私、嬉しいの。こんな私の能力を知っても、そうやって真っ直ぐに答えてくれるから」
いつもみたいな照れ隠しをせず、真っ直ぐな表情で恵利華が微笑む。
「だから話せないことがあったって、私は結人をもう怒ったりしないわ。結人が話せると思える時まで待ってる。いつだって私たちのために結人が動いてくれているって分かっているから、それだけで十分なのよ」
恵利華の言葉が胸に染みる。
まだみんなに話せていない書庫部屋の存在。そして、この世界の秘密が書かれている書物たちの存在。
恵利華は僕のことを信頼してると言ってくれたけれど、僕だって、恵利華を含め、ここなも隼人もしずくのことも信頼していないわけじゃない。
むしろ仲間だと思えるくらいに信じていて、この世界の『CWC』についてだって、僕が知ったこの世界の新しい事実だって、ずっと伝えてきた。
それならば、あの書物たちの存在を明かすことで起こる事態を心配するよりも、彼らと秘密を守っていけると信じてみればいいのかもしれない。
* * *
「子猫さんの行き先が決まって良かったですね」
「猫ちゃんと遊ぶなんてしたことなかったら楽しかったし、本当に可愛かった」
辻村家に恵利華と戻ると、しずくとここなは段ボールの中に子猫がいないことを気にしていたから、すぐに事情を説明した。
「このおもちゃは、私が楓に持ってくわ」
「おもちゃなら、いくつあっても良さそうだし、あの子も喜ぶだろうな」
段ボールの中には、まだ子猫のために買った器やおもちゃが残っていた。隼人がおもちゃを拾い集めて、恵利華に渡す。そして、段ボール自体を片付け始めた。
段ボールが解体されていくのを見ながら、僕の中に思いもしなかった感情が込み上げてくる。
このリビングに子猫の段ボールが無くなる。この家に来た時に、段ボールからひょこっと顔だして「みゃあ」と鳴くあの声はもう聞こえないんだ。
「……寂しいな」
僕は無意識に小さく呟いてしまっていた。リビングに居た四人が一斉に僕に振り返る。
「ほらぁ、やっぱり寂しがってる!」
「子猫の分も俺がお前にじゃれてやるからな!」
恵利華と隼人が、面白がって僕をからかう一方、
「猫さんが集まっている場所を私、知っています。一緒に行きましょう!」
「結人くんは、絶対気に入るはずだよ!」
しずくとここなは、僕をすっかり猫好き認定してくれたようだ。
猫の話題で盛り上がったあとは、自然と楓と梓の話題になった。
「梓さんはどんな様子だったんだ?」
病院に同行していない隼人を始め、ここなとしずくも梓の様子を知りたがった。
「楓からは、天海さんに協力してもらったあの日以降、お姉さんが少しずつだけど笑うようになったし、『心配かけてごめんね』って謝られたとも聞いてる」
「そっか、それならば。少しずつとはいえ、気持ちを切り替えられるようになってきたのかもしれないな!」
「天海さんと結人くんが考えた方法、上手くいって良かったね。手紙を運ぶ役割、上手にできるかドキドキしたよぉ」
「ここなさんの手紙の動かし方、とても良かったわよ。本当に風に吹かれて、飛んできたみたいだった」
天海に楓の思いを伝えたことによってアカシアに提案されたのは、『亡くなった彼の言葉を梓に伝える』ということだった。
それで考えたのは、あの裏山で天海の姿を梓に見せた後に、手紙によって言葉を伝えるという方法。
「私が書いた手紙の文字は大丈夫でしたか?ちゃんと読めましたか?」
しずくが尋ねてくる。
「ああ。梓さん、信じてくれていたよ」
「そうですか。それなら良かったです」
しずくは器用な特技があって、それは真似が得意ということだった。
それは字だけに限らず、絵や音楽などあらゆる分野で発揮され、その人特有の癖すらも感じ取り、似たような作品を作れてしまうらしい。
今回、亡くなった彼からの手紙を作成するために、楓に彼の筆跡を集めて貰った。
天海がアカシアから降ろしてくれた『言葉』を、その彼の筆跡を僕が繋ぎ合わせて、しずくに文字を起こしてもらったのだ。
「あの手紙の内容って、ガチなのか?」
次回の更新は明日16時です。
ついに第二部完結です!




