男性の正体、そして伝えられたこと
「この身体での経験を終わりにすると決めた時、魂は必ず天に還ります。それを見守り、見送る者です」
僕の世界で言う、亡くなった時に葬儀で念仏を唱えてくれる僧侶のようなものだろうか。
「ですので本来なら、この場所には魂の転生を願う人、それを見届ける人しか訪れないのです。なので、若いあなたたちが来られたので不思議だったのです。そもそもこの建物自体が映し出されないので、たどり着けないはずなのです」
「だから私の世界では、この建物はずっと映し出されていなかったんだ」
ここなが天海の言葉に納得したようだ。
「しずくさんは幼い頃、何度か来られたことがありましたから、ご存じだったのですね。あの時はしずくさんのお父様を見届けに来られていました」
「それは私の身体の元になっているお父さんのことですか?」
「ええ、そうです。あなたのお父様は割と早い段階で転生されることを望まれたので、来條さんがしずくさんを連れて、何度か引き留めに来られていたんですよ」
「おじいさんから聞いています。お父さんの決意は硬すぎて、もう応援するしかなかったと言っていました」
「ええ。お父様はお望み通りに転生して、好きな事をしていらっしゃいますよ」
「そうですか。それならばよかったです」
なんだろう。この会話の違和感は……。とても僕には理解できない内容が飛び交っている気がする。
「ねぇ、ここな」
僕はここなの耳元に口を持っていく。
「望み通り転生できるって、どういうことなのか、教えて欲しんだけど……」
「え?そのままの意味だよ?」
「僕たちの世界だと寿命があって、その寿命の間は事故とか病気とかない限り、人生を終えるということができないんだけど」
「もちろん、この身体自体の寿命はあるよ。多くの人はその寿命に合わせて転生してる。だけど、そもそも私たちの本体は魂の方だから、魂が新しい人生をしたいと強く望むなら、転生させることはできるんだ。転生する先によっては、記憶がなくなっちゃうこともあるらしいけどね」
「じゃあ、死んだら終わりっていうわけじゃないってこと?」
「そういえば、結人くんの世界では『死』っていう表現を使うんだっけ。人は皆、転生して、新しい人生を歩むから、終わりはないんじゃないかな」
以前、来條から『CWC』によって、大切な仲間を失ったという話を聞いた時、僕は怖さと辛さを感じたのだけど、ここなはあまり動じていないとは感じていた。そもそも『死』に対する考え方がまったく違うのだ。
*
天海に建物の奥にある祭壇のような場所に案内され、僕たちは椅子に座った。
「それで、相談とはどういった内容になりますか?」
「あの…前提として、僕はこの世界の住人ではないんですが、天海さんは、僕たちの世界がそれぞれ独立していることを知ってますか?」
「ええ、存じ上げています。私たち、『人』。いえ、私が普段使い慣れている言葉を使うのならば『魂』ですね。魂はそれぞれ独立して、各々の世界を作り上げています。
そもそもそうでなければ、一個人の魂を転生させることができないのです。魂がまとまって世界を作り上げていた場合、その魂が1つ新しい道を歩んだ時、世界に穴が空いてしまい、歪みが生じる恐れがありますからね」
「あぁ、確かにそうですね!」
ここなは天海の言葉に興味を示していた。
「それで僕は、他人の世界に入ることができるんです」
「そのようですね。先ほど、アカシアより教えていただきました」
「相談したい出来事が起きているのは、ここに居る2人の世界の中でのことではなくて、僕の世界の中のことなんです」
僕は天海に、起きていることを話す。天海は時折、アカシアを読み解きながら、僕のつたない説明を理解してくれたようだった。
「そもそも世界が違うので、彼女の会いたいという思いを叶えることができるかどうかも分からないのですが、ひとまず天海さんが実際に存在している人なのかどうかだけ、確認しようと思って、今日は来たんです。こうやって、まずはお話しできて、良かったです」
「そうですね。その彼女の思いによって、こうして私たちが関わることになったのには意味があるのでしょう。そうでなければ、結人さんがここに来られることはなかったはずですから」
「そうなんですか?」
「ええ。何事にも意味があって、そのことに後々になって気付くことになるものです。ちなみに、その彼女が私に会いたい理由はご存じないのですか?」
「あ……、すみません。まだそこは本当の理由を聞けていないんです」
「そうですか。ではアカシアに、『私がその彼女に会う必要があるのか』をとりあえず聞いてみましょうか」
「はい。お願いします」
天海は優しく頷いて、目を閉じた。そして、しばらくしてから目を開ける。
「そうですね。まずはその彼女に伝言をお願いしていいですか?」
「伝言ですか?」
「はい。その返事次第では、お力になれるかもしれません」
そういって、天海は優しく微笑んだ。
* * *
校舎外の渡り廊下には、シトシトと雨の音が響いていた。ここ数日は晴れていたのに、またしばらく雨模様だそうだ。
「じゃあ、楓には写真の男性は幽霊ということで通せばいいのね?」
「ああ。本当のことを話しても混乱させるだろうから、その方がいいと思う」
「分かった。……ありがとう、結人」
「なにが?」
「だって、楓にとって結人は、これから霊能力者になっちゃうわけじゃない?」
「あはは、確かにそうだね」
僕と恵利華は、楓が来るのを待っていた。天海から預かった伝言を彼女に伝えるためだった。
「恵利華!柏木くん!」
楓が渡り廊下の反対側から小走りで近づいてくる。
「私に話があるってことだけど、柏木くんも一緒ってことは、もしかして、あのこと?」
「うん、そうなの。あの幽霊のこと」
「そっか。えっと……、柏木くん、ごめんね。変なことをお願いしてるっていうのは分かっているの。でも不思議なものが見えるって恵利華から聞いたら、もしかしたらって思っちゃって」
「ああ。恵利華から、楓さんがあの幽霊に会いたいって言ってるから、どうにかできないかって相談された。それで、こないだ恵利華とその幽霊を見に行ってきたんだ」
「え!そうなの?」
「ああ。噂どおり、学校の裏山にあの幽霊は居たよ」
「本当?私も会える?」
「写真越しであれば、見ることはできると思う。だけど、会いたいっていうのはそういうことじゃないんだよね?」
「うん。出来ることなら、話したい」
「そっか。話したいか」
「うん。あ、……あの、ごめんね。私、やっぱり変なこと、言ってるよね?」
楓は助けを求めるように恵利華を見る。そんな楓を見た恵利華は、すぐに楓を気遣って、話題を切り出した。
「その幽霊からね。結人が伝言を預かってきてるの。ね!結人!」
「え!本当に!?」
「ああ。幽霊から、言われた言葉をそのまま伝えるよ」
僕が前置きをすると、楓が緊張した表情で、僕を見る。
「『私はあなたが探している人ではありません。そうであっても会わせたいですか?』」
僕の言葉を聞いた楓は驚いたように目を見開いて、その後、悲しそうに目を伏せた。
「ねぇ、楓。楓が会いたいわけじゃないの?会わせたい人がいるってことなの?」
「うん。……そっか、違うんだ」
楓は落胆した顔を見せた後、僕たちに向き直り、寂しそうに微笑む。
「……2人に本当のことを話す。今日の放課後、一緒に来てくれる?」
次回の更新は明日の16時です。




