学校の裏山へ会いに行く
次の休日、僕と隼人、恵利華は、その噂になっている学校の裏山へ向かうために、一度、学校の校門前で待機していた。
「ここなちゃんは来た?」
「まだ。もう少しだけ待ってみてもいい?」
例の場所がここなの世界ではどの場所なのかが特定できれば、あの男性がそこに実際に存在する人なのかも確認できる。だから、ここなも一緒にいくことになったのだけど、待ち合わせに予定していた時刻をだいぶ過ぎていた。
ここなとそれぞれ自分の世界に居ながら合流するのは、実は毎回、思うようにはいかない。まず時間の数え方が違うから、そこからすり合わせないといけない。
そして場所。そもそも、この場所で合流できるかどうかも分からない。世界が違えば、僕とここなのそれぞれ見える景色は、道や建物の位置が違う。
僕たちの世界では歩道であっても、ここなの世界では歩道であるとは限らない。
僕たちの学校の場所、ここなの音楽レッスン室の場所が同じだということは分かっているから、今回は試しにこの場所にしてみた。
これまでの経験から、建物などの遮蔽物にそれぞれ当たらない限り、5メートル範囲は互いの姿が見えるはず。僕がどこから現れるかと、ひたすら周囲を見渡していると、道路の脇の壁から、やっとここなの姿が出現した。
「あっ、結人くん!会えた!」
「ここな!良かった。ひとまず合流できて」
僕はホッとして、ここなに駆け寄る。
「住居の方から歩いてきてみたんだ。この場所はこれからは待ち合わせにできそうだね!」
ここなは笑うけれど、待っている僕としては毎回、心配で気が気じゃない。
「そうだね。だけど理由がない限りは、同じ世界で一緒に行動する方がいいかな」
ここなは見えても、ここなの見ている景色は見えないから、隣同士で歩くのに気をつかえない。それに……。
「世界が違うと、手を繋げないもんね?」
ここなに僕が思っていた理由を言われて、顔が火照る。
「ここなちゃんと合流できたのかー?」
少し離れたところにいる隼人の声が聞こえてきた。
「い、行こう、ここな。隼人たちが待ってる」
僕は照れを隠して、隼人たちの方に歩き出した。
「ここなと合流できたよ。隼人、分かる範囲でいいから、歩きながら先の道の位置や方向を教えてくれる?ここなと向かう方向をすり合わせながら、行きたい」
「ここな。もし僕たちと逸れたら、辻村家で待ち合わせることにしよう」
「うん。分かったよ、結人くん」
「おっけー。じゃあ、まずはこの先にある細い路地を入っていくんだ。それでずっとあの山の方へ歩いていく」
隼人が学校の後ろ手にみえる山を指さす。
「ここなのところからは山は見える?あの辺りの山だ」
僕は隼人に習って、同じ方向を指さす。
「うん、あの辺の山だね。あの山に登っていける道は何カ所かあるよ。果樹園の方からも、学校や研究関連のスペースから繋がってるはず」
「この先に、歩ける道はありそう?」
隼人が進もうとしている道を指差す。
「通れなくはないと思う。とりあえず向かってみていいよ。結人くんの後ろを歩いていく。行きどまりだったら言うね!」
「分かった。じゃあ、隼人、道案内を頼む」
「ほーい」
隼人を先頭に、僕らは歩き出した。
学校脇の細い路地を抜けてしまえば、そこはハイキングコースになっていた。
学校の裏側にある山は県境までいくつかの山が連なっていて、山の高さも順々に高くなっている。その高さに合わせて、初心者から上級者まで楽しめると登山家には人気があるらしい。
そんな隼人の豆知識を聞きながら、雑木林の中を歩いていく。
「昔はカブトムシとかクワガタをこの辺りに取りに来てたって親父が言ってたよ」
「カブトムシやクワガタかぁ。お店で売っているのしか見たことないや」
「カブトムシとかまだ好きなの?あいつらも他の虫と一緒じゃない」
「何を言うか。カブトムシやクワガタは男のロマンだろう。あのフォルム、かっこいいじゃないか。なぁ、結人」
「飼ったことはないけど、見た目はかっこいいと思う」
僕ら3人がそんな話をしていると、後ろにいたここなが反応する。
「カブトムシとかクワガタの話?夏になるとたくさん飛んでるよね」
「ここなの世界では、たくさん飛んでるの?」
「え?うん。果樹園とかにも居るし、住居スペースの木にも飛んでくるよ?」
「隼人。ここなの世界には、まだまだたくさん生息してるってさ」
僕は隼人に伝える。
「なに!やはりそうか!ここなちゃんの世界なら、それは納得だな。いいなぁ、俺、もう一回行きたいなぁ」
「誰も見えないのに、それでもいいのか?」
「俺、サバイバル感覚で楽しめると思う。ここなちゃんの世界だって分かっていれば余計安心だしな!異世界転移。いいなぁ、ロマンだなぁ」
「男のロマンって、分かんなーい」
恵利華がいつもの呆れた声を出した。
裏山の道はしっかりと整備されているわけではないけれど、歩きやすくはなっていた。ここなも姿が見えなくなることは無く、僕の後を付いてきてくれる。
「ここな。足元は大丈夫そう?」
「うん。道はないけど、歩けなくはないよ」
「結人、この道をもう少し進むと、山の崖側に当たる。そしたら崖を沿って少し進んだところが噂の場所だ」
「おっけー。ここな。このまま進むと崖にあたるらしい。足元、余計に気を付けて」
「うん。分かった」
しばらく歩いたところで、道の様子が変わり、山の斜面に近い場所にたどり着いた。
「あ!結人くん。こっちは歩きなれた道に繋がったよ。学校から果樹園の方に抜ける道」
「本当か。良かった。じゃあ、ここで逸れたとしても、ここなはちゃんと帰れるね」
どんな場所なのか知らなかっただけに、逸れたここなが山で遭難することになったらとどうしようかと思っていたけれど、これで安心だ。
そのまま道なりに進んでいくと、壁のように崖側に生えていた木々が途切れた。隼人が立ち止まる。
「この辺のはずだ」
「景色は悪くはないわね」
山の崖側だけあって、足を滑らせたら落ちそうだけど、目の前に広がる山間は雄大で解放感に包まれる。大きく窪んだ谷の向こうには、大きな山がいくつか見えた。
「ここなは何が見える?」
「山の景色。足元には大きな谷があって、その向こうには山が連なっている」
「それなら見えている景色は同じかもしれないね」
「結人、誰か見えるか?」
「うーん、いや。見えないけど……」
僕は途切れた木々の合間のギリギリまで寄り、谷の中を覗き込む。足元から山上の方へ視線を移すと、一瞬、空中を誰かが歩いている姿が見えた気がした。だけどその姿は目の前の木々に遮られ、ハッキリしない。
「もっと上に行ってみよう」
僕は一瞬見えた気がしたその姿の方向に視線を合わせながら、さらになだらかな道を登り始める。
しばらく歩いた先に、またさっきと同じように木が途切れた場所があるのが分かった。その木は他の木よりもまっすぐ伸びていて、やけに姿勢が良い。
直立した二本の木の合間から、山間を覗くと、そこには空中の上を歩く男性がしっかりとそこに存在していた。
「隼人、噂の場所はここだよ。ここから、あの写真の男性が見える」
その男性は写真に映っていたように白い服を着ていた。
写真の服はぼやけていたが、目の前の服はどんなものかハッキリわかる。その服は、ここなの神社で会った神職の方の服とよく似ている。
「えー、こっちだったのか。もっと手前かと思ってたぜ」
「ここな。そこに神職の人、居ない?」
隼人たちには視えない存在がそこに居るのだから、ここなの世界の住人だろうと踏んでいた。だけど、ここなからは意外な返事がくる。
「神職の人?……うーん、誰もいないよ。私には、さっきと変わらない山間の景色だけだよ」
僕と同じ位置から同じ方向を見ているにも関わらず、ここなに男性の姿は見えていない。男性の様子からして、ここなの世界にはここに神殿か建物があるのだろうと推測していたのだけど、そうではないなんて。
「写真撮ってみていいか?」
隼人がスマホを取り出す。
「そしたら、ここの辺りかな」
僕はスマホを構えた隼人の手を動かして、男性の方に向ける。
「ここでいいか」
「ああ」
隼人がシャッターを切ると、写真にはうっすらと白い男性の影と光が映り込んでいた。
「おぉぉ、やべーー。撮れちまった!」
隼人の興奮した声に、恵利華もスマホをのぞき込む。
「本当ね、映ってる。こうやって見ると、この男性って光っていて、幽霊っていうより、天使って感じね」
「天使か。確かにそうも見えるな。だけど、はっきりと映ってないな」
「たいがい持ち込まれる写真はこんな感じよ。こないだ見せたのはハッキリ映っている写真を選んだの」
「そうなのか」
僕はそっと空間に手を伸ばした。ここにゲートができているのだろうか。
「この場所に生えている木って、周りに生えている木と種類が違くないか?」
「後から植林したんじゃない?ほら、足元に小さい苗木もあるし」
恵利華の言葉にピンときて、僕は空間の両端に植えられている片方の木を触り、ここなに尋ねる。
「ここな。ここに木はある?」
「木?ないよ」
「じゃあ、こっちには」
「ないよ。そもそも崖側には一本も植わってないよ?」
僕の世界では、山道の崖側にはずっと、落下防止のための木が列を成すように生えていた。ここなの世界では木は一本も生えていないようだ。
「結人くん、私、よく分かっていないんだけど、そこに神職の人がいるの?」
「ああ、僕には男性の姿が見える。だけど、ここなの世界には居ないんだよね?」
「うん、いないよ。……そうなると、結人くんは誰の世界の人が見えてるの?」
隼人たちと解散した後、僕は念のため、ここなの世界に訪れた。
ここなが話してくれたとおり、山道の崖側に木は生えていなかったが、例の場所には建物はなく、男性の姿も実体としては存在しなかった。
次回の更新は明日16時の予定です。




