目を覚ませば……。
5.
目を覚ますと、僕は自宅のベッドの上にいた。もぞもぞと動き出した音を聞きつけ、母が顔を見せる。
「目を覚ましたのね。どう?痛いところはない?」
僕はさっきまで、父が居た廃墟のような場所にいたはずだった。父を追いかけようとして、テルの声がして、強烈な頭痛に襲われたというところまでは覚えている。
「どうして僕はここに?」
「隼人くんが運んできてくれたのよ。倒れて目を覚まさないから、心配してたわ。テルさんも様子を見に来てくれて、寝かせておけば大丈夫だっていうから、そうしたけど。どう?今からでも病院行く?」
「いや、大丈夫」
今はまったくどこも痛みは感じなかった。身体の動きに違和感もないし、気持ち悪さも眩暈もない。
「そう?でも今日はこのままゆっくりしていなさいね」
母は安心したように優しく微笑んで、去っていこうとする。
「ねぇ、母さん」
「なあに?」
僕は父と会ったことを母に話そうとしたけれど、ハッとしてそれを止めた。
父は僕が見えていなかった。テルが言っていたとおり、父は母も見えないのだろう。そして母も父が見えない。
それに父は思っていたよりも深刻な状況を抱えているようにも見えた。どんな様子だったと聞かれたとして、正直に答えるのも気が引ける。
「……いや、やっぱ何でもない」
母は不思議そうに首をかしげたけれど、さほど気にせず、ダイニングの方へ歩いていった。
『結人、大丈夫か?』
姿はないのに、テルの声だけが聞こえてきた。あの不思議な空間で、ずっと僕の頭に直接、話しかけてきたから、もう慣れた感覚で返事をする。
「大丈夫ですよ。さっきはすごく頭が痛かったですけど」
『……そうだよな、ごめん』
明らかに沈んだ声が聞こえてきたけれど、テルが見えないから様子が分からない。
「なんで謝っているのか、分からないんですが?っていうか、どうして姿を現さないんですか?」
『……いや、結人に合わせる顔がなくて』
「意味が分からないんですけど」
僕が呆れて溜息をつくと、視界の先に光がキラキラし始めて、うっすらとテルの姿が現れてくるのを感じた。そのうち、それはくっきりと輪郭を表し、僕の目の前でちゃんと姿になる。
何もない空間から姿が現れたのだけど、今回ばかりは驚かなかった。だっていかにもテルが、そこにこれから現れますと宣言するように、出てきてくれたからだ。
今までなら、僕を驚かすためにわざと突然、出てきていたくせに、どういうことだろうか。そして、声の印象どおり、テルはいつもの覇気がなく、すごく落ち込んだ顔をしていた。
「なんか元気ないですね」
「……本当に、もうどこも痛くないか?」
「え?はい」
どうやらテルは、僕の身体のことをすごく心配しているようだ。
「ごめんな。人間の身体に強制的に介入したのは初めてだったから、加減が分からなかったんだよ。結人があんな風に倒れるなんて、思ってもなくて」
身体に強制的に介入?加減が分からなかった?
「もしかして、あの頭が割れそうな痛みを引き起こしたのはテルだったんですか?」
「そうだよ。空間の切れ間がもう消える寸前だったんだ。お前をあの空間に放流したくなかったから、つい……」
健也と桃花を探す時点で消えそうだとテルから聞いていたし、井戸が消えたのも確認していた。僕も考えなしだったと反省する。
「助けてくれたってことですよね。僕も悪かったです」
テルは僕のその言葉を聞くと、はぁと重たい息を吐きながら肩を落とした。そして疲れたようにベッドに座り込む。
「今回のことで、結人は、恵利華よりも言うことを聞かないということがよく分かった」
なんだかやっぱり僕が悪いということになりそうだ。
「テルは僕と父さんが居た世界を見ていたんですか?」
「見てたよ」
「あれはどこなんですか?」
「うーん。俺も分からん。誰かの世界であることは確かだけど、たぶん玲人自身も分かってないんじゃないか」
「父さんも分かってない!?父さんは縄で縛られていたんですよ?あれはどういう状況なんです!?」
不可解すぎて、僕が前のめりでテルに詰め寄ると、テルは困った顔をしてたじろぐ。
「玲人の案件に関して、俺は関わってないんだよ。だから聞かれても分からない」
「じゃあ、『辻村』という女性のことは知っていますか?あの家の表札に書かれている『辻村』という名です」
その質問に、テルの眉がぱっと上がり、驚きを映した瞳が僕を見た。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「あの場所に女性が書かれたスケッチブックが落ちていたんです。そこにアルファベットでツジムラって書かれていた。だから、父さんが関わっていることと、その辻村っていう人は関係があるのかなって。それにあのスケッチブックに書かれていた女性を見たとき、懐かしいって思いました」
そういえば、僕はどうして懐かしいと思ったのだろう。
「もしかして、何か思い出したのか?」
「え?」
テルの目にどことなく僕に対する期待が混じっているように感じて、逆に戸惑う。
「えっと……。その女性に関しては、ただ懐かしいって感じただけです。でも、父さんのことは思い出しました。幼い頃、僕は父に何度か会ってた。今日会って、父の姿もハッキリと認識しました」
「そっか。そっちだけか」
テルはちょっとだけ残念そうにする。
「そっちだけって……」
テルの反応は明らかに僕が思い出していないという言い方だ。
僕は父のこと以外にも、思い出せてていないことがあって、あの女性のことも知っているということなのか?
「あの女性は誰なんですか?」
「まぁ、玲人のことみたいに、そのうち思い出すんじゃないか。俺も気長に待つよ」
「それは誰だか知っているのに、教えてくれないってことですか?」
テルはやっと、いつものテルらしい顔に戻って、意地悪そうにニヤリと笑う。
「ほら、玲人も関わるなって言っていただろう。今はその方がいいってことだ。下手に関わることで悪化することもあるからな」
そう言われてしまえば、僕はもうどうすることもできなくなる。
「大丈夫だよ。ちゃんと良い方向に向かうと信じていれば、そうなるから、な!」
テルはベッドから勢いよく立ち上がると、部屋の中から、台所に居る母に声をかける。
「ゆりさーん。今日は夕飯食べていってもいーい?」
「は?食べていくのか?!」
台所から母の嬉しそうなキャピキャピした声が返ってきて、僕はただただ苦笑いした。




