衝撃の更なる事態
ふと、目の前から突然現れた気配に、僕の足は立ち止まった。
僕よりも背が高く、スラっとした出で立ちの男性が、こちらに向かって歩いてくる。僕はその男性に意識を吸い込まれるように、何故か目で追っていた。
僕は彼を知っている。どうしてか、強くそう思った。
彼の顔がしっかりと分かる位置まできて、僕は無意識に目を見開き、そして口が勝手に呟いていた。
「……父さん」
その声に出た音を聞いた瞬間、脳裏に過去の記憶が一気にフラッシュバックした。
幼い僕の頭を撫でながら微笑んでいる顔。僕を優しく抱きしめてくれたときの横顔。
それ以前にも、僕は何度か、その男性と会っていた。その時の光景が次から次へと思い浮かんだ。
父だと確信したその男性と、僕は視線が合わなかった。
僕が他に視えてきた彼らと同じように、僕からは父が視えても、父からは僕が視えていない。父は僕に気付かないまますれ違い、切れ間があるところへと真っ直ぐ向かっていく。そして、切れ間の中に消えていった。
「父さん!」
僕はもう何も考えれなくなって、その場から走り出していた。父が消えたその切れ間まで、鉄砲玉のように突っ走り、そして僕の身体も、パッと一瞬で『空』に包まれた。
とてつもなく眩しい光が強く輝いた。眩しくて反射的に瞑ってしまった目をゆっくりと開くと、僕の目の前寸前に、恐ろしく暗い光が一瞬見えて、またあの宇宙空間にいると気付いた時には、一つの光の粒の中に身体はすっぽりと中に入っていた。
バリっと靴底の下で音がした。足元には割れたガラスの破片が散らばっていた。鼻を刺すような冷気とカビ臭さ。辺りは薄暗い。割れた窓の外が見えて、その先にも薄汚れた壁があった。雨がシトシトと降っている。
ここはいったいどこなんだ?こんな場所は、これまで一度も見たことがない。
足を踏み出すと、腐りかけた床板がみしりと不気味な悲鳴を上げた。剥がれ落ちた壁紙が天井から垂れ下がり、もう何年も使われていないであろう家具が、無残な姿になって転がっている。
突然置かれた状況に混乱していたけれど、僕は父を追いかけて、ここに来たのだということを思い出した。父のことだけを考えて、あの空間の一つの粒に入り込んだ。これは父が今いる世界であることは間違いないはずだ。
「……父さん!どこかに居るのか?!」
父は僕が視えてなかった。だから、僕の声も聞こえないかもしれない。だけど、僕は声を上げずにはいられなかった。明らかに不穏なこの場所に、父は何故居るのだろう。
「父さん!」
僕は父を呼びながら、今いる場所から移動し始めた。ドアの役目を果たしていない崩れかけた隙間をくぐりぬけ、僕は次へと続く部屋へと父を求めて足を進めた。
いくつかの部屋を渡り歩き、おそらくここはどこかの廃屋なのだろうと察しがついた。もう何十年も放置されたのであろうこの場所で、生活している人がいるとは思えない。
父はここには居ないのだろうか。そう思い始めて、来た道をそろそろ戻った方がいいだろうと冷静になってきた時、奥から物音が聞こえた。
恐る恐る物音が聞こえた方へと進むと、ある部屋にたどり着いて、暗闇に目を凝らす。部屋の隅に、何かがあるのが分かった。
「……父さん!?」
それは、椅子に縄で縛り付けられた父だった。
父以外、周囲には誰もいない。僕は急いで父に走り寄る。椅子の手前で、コツンと僕の足先に何かが当たった。足元を見ると、そこには廃屋には似つかわない 真新しいスケッチブックが落ちていた。
髪の長い若い女性の絵が描かれていた。どことなく懐かしい感じがするその女性の絵に、僕はスケッチブックを手に取る。右下には筆記体で文字が書かれていた。
───Thujimura
「つ…じむら?」
それはすぐに、僕たちが拠点としている辻村家と結び付く。そして僕は視線を感じる。
それは椅子に縛られた父の目で、僕ではなくスケッチブックを凝視する。
「……浮いてる?」
父の口から声が漏れた。そうか。父は僕が見えないから、スケッチブックが浮いているように見えているのだろう。
僕は持っていたスケッチブックを父の膝の上に置いた。そして、椅子の後ろへと周り、父を縛っている縄をほどく。
「父さんは、どうしてこんなことになっているの?辻村って、ここに描かれている女性のこと?」
ほどきながら問いかけたけれど、その答えは当たり前だけど返ってこなかった。だけど変わりに、小さく震えた声が僕の心を貫く。
「……ゆ、結人なのか?」
「そうだよ!」
父が僕に気付いたことが嬉しくて、すぐさま答えたけれど、父には聞こえていない。縄がほどけ、父は椅子から立ち上がると、虚ろで定まらない目を、僕の方へと彷徨わせる。
「そうか。結人も『CWC』に関わっているんだね。輝人と会えたんだね」
輝人。それはテルの本名だ。父は一人納得したような顔をして、静かに優しく微笑む。
「……だけどね。もう私を追わないでほしい。私がしていることは、結人が関わることじゃない。これは私の問題なんだ。いいね?」
父の優しい声が僕の行動を戒める。
父さんを追ってはいけない?関わることじゃない?
やっと父さんに会えたのに?父さんがこんな良く分からない目に合っているのに?
僕が見えないとはいえ、一人で納得し、僕を突き放そうとする父に、どうして?っと強く反抗したくなる。
「元気でね」
父はそう言うと、その場から離れていく。
僕は慌てて、父の身体を掴もうとしたけれど、それはするりとすり抜けた。
父の目の前に、光の切れ間が浮かび、父はその中に消えていく。僕は父が消えた光の中を、すぐさま追いかけようとした。
『結人!追いかけるな!』
テルの大きな声が今度は僕を呼び止めた。
どうしてテルまで?僕はせっかく会えた父さんと、もっと話したいのに!
父が消えた光が今にも消えそうで、僕は気持ちのまま、父が消えた光の先へと向いていた。走り出したとき、僕の意を反して、強烈な痛みに襲われる。
「…………っ!!」
頭が割れそうに痛い。息苦しい。眩暈がする。
僕はその痛みに耐えきれなくなり、成す術もなく、僕はそのまま気を失った。
次回、第二章終了して、第三章に入ります!
続きは明日の16時に公開します。
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