友達を救い出せ
『あの『CWC』は大丈夫だと思った俺の責任もある。
とにかく、まずは、どの世界に迷い込んだか特定しよう。彼ら自身の世界じゃないから、一度思い浮かべただけでは特定できない。何度か試してくれ』
僕はさっそく健也のことを思い浮かべた。僕の身体は濃い青が連なる空間へと飛び、周囲にある世界を覗き込むも、健也の姿は見えなかった。テルに言われたとおり、幾度と世界を跨ぐ。
そして、やっと薄紫の粒の一つに、健也の姿を見つけ出すことが出来た。
粒の中に居る健也は、路地の建物に寄りかかり、地面の上に疲れ果てたように座り込んでいた。
ぐったりしている様子に緊張が走り、僕は粒に向かって、彼の名を呼んでいた。
「菊池くん!菊池健也!」
座り込んでいた健也がピクリと動いて、世界を眺めている僕の方をみた。声に反応した。それに安堵し、世界の粒の表面に身体を近づけると、吸い込まれるような感覚が走り、僕の身体の半分が、健也の居る世界の中に入っていた。
「か、柏木?」
『彼をその世界から、結人がいる空間に連れ出せ』
テルの指示が聞こえ、僕は頷いて、健也の名を再び呼ぶ。
「菊池くん!僕の方に来て!早く!」
不可解な顔をした健也が、びくびくしながらこっちのほうに近づいてくる。僕は健也が掴めそうな位置まで来ると、健也の腕をつかんで、自分の身体を一気に引いた。
「え!?」
驚く健也の声と共に、健也と僕の身体が全て、世界の外へと飛び出す。健也は周囲の景色が急に変化したことに驚いて、目を大きくまん丸く開いた。
「……ヤバい裏路地で野垂れ死ぬと思ってたら、今度は宇宙空間に放流かよ。そして何故か、柏木も一緒。俺、変な夢を見てるもんだなぁ。死ぬ前の前兆か?」
健也は力のない声で、そう言ってから静かに笑った。ひどく疲れているのは伺えた。それにどうやら健也はこの状況を夢だと思っているようだ。
「菊池くん!井上さんは一緒じゃないの?」
「桃花?……そういや俺、井戸に入ろうとして、そしてどうしたんだっけか」
健也はそう言った後、言葉が出てこなかった。記憶が混濁しているのかもしれない。とはいえ、健也が桃花の居場所を知らないとなると、僕はまた世界の特定からしなければならない。
『健也はひとまず大丈夫だ。次は桃花を探してくれ』
「分かった」
さっきやったことを繰り返し、そしてやっと、桃花のいる世界を特定できた。特定できたその世界は、これまで見てきた粒の色とは明らかに違う、光を帯びていない粒だった。
不気味さを感じるその粒の中で、桃花は目を閉じて倒れていた。彼女の名を外から呼ぶも、彼女はまるで反応しない。世界の外からでは、息をしているのか判断も付かない。
僕は意を決して、不気味な粒へと身体を近づけた。
入った瞬間、一気に湿気と籠った匂いのある空気が僕を纏った。岩壁のゴツゴツした手触り。上から落ちてくる水滴。洞窟なのだろうか。
その世界のリアルな気持ち悪さをまじまじと身体に受け、ごくりと唾を飲む。
身体半分を世界に入れただけでは、倒れている桃花の元へとは届かなかった。残り半分の身体も世界の中へと入れ、入ってきた場所を振り返ると、そこには大きな光の輪があった。
本来は真っ暗なはずなのに、その光があるおかげで、周囲の様子が見えているようなものだ。
倒れている桃花の元まで駆け寄り、桃花の頬を軽く叩く。
「井上さん、起きて!」
だけど、桃花はまったく反応しない。どうしようかとさっき入ってきた光の輪の方向を見ると、その輪はすこしずつだが、さっきよりも小さくなっていた。
この輪が無くなる前に戻らないといけないのだということを感覚的に察し、僕は倒れている桃花を連れて、とにかく外に出なくてはと思った。
気絶している身体がこんなに重いものだとは。桃花をなんとか背にのせて、光の輪から外に出ると、健也がすぐ目の前で待っていた。桃花に気付き、蒼白な顔をして声を上げる。
「も、桃花!」
目を瞑ったままで動かない桃花に、健也は一気に取り乱す。
「おい!桃花!」
叫ぶ健也が桃花を抱えている横で、僕は桃花の首筋や手首に振れた。ほのかに温かさがあり、脈もある。口元に耳を寄せれば、微かな呼吸も感じられた。
「息はあるよ。ひとまず落ち着こう」
健也の肩を強く押さえると、健也は「良かった」と桃花を抱きしめ、顔をうずめた。
『結人。戻る方向は案内するから、二人を連れて、とにかく外へ出よう』
テルの支持を聞き、健也を動くよう促して、僕たちは入ってきた井戸の出口へと歩み出した。
* * *
頭上が明るくなった感じた時には、僕の背中の重荷は一気に軽くなった。背負っていた桃花の身体が上へと引き上げられ、すぐさま僕の両腕も力強く誰かの手に支えられた。
オレンジ色の作業着を来た男性たちが何人か見える。完全に身体が井戸の外に出てから、彼らは救助隊なのだと、合点がいった。
顔色がよくない健也と気絶している桃花は、すぐさま担架に乗せられて運ばれていった。僕は簡単に検査を受けたが、受け答えもハッキリしていたからか、その場に留まる。
隼人が『責任を持って連れて帰ります』と宣言したのもあり、付き添いで同行することになった楓と恵利華を連れて、救急隊は下山していった。
井戸の周囲が静かになっても、疲労や起きた事態への興奮からか、僕はすぐには動き出せなかった。井戸近くの木陰に足を投げ出して座り、目の前に映る空を見上げる。
せわしなかった時間が嘘のような穏やかな空。今、目の前に映し出されている景色が、すべてあの光の粒の中のことなのだと思うと、さきほどまで居た空間にあったどの粒がこの世界なのだろうかと考えてしまう。
「健也たち、助け出せて良かったな」
近くにいた隼人は、心底ほっとしているようだった。救助隊への受け答えをしてくれたのはほとんど隼人で、この事態を一番に収拾へと導いてくれていた。
「思ったよりも、結人が出てきたのも早くて助かったぜ。救急隊が到着してすぐだったから、そこまで大事にならなかったんだと思う。まぁ、説教はされちゃったけどな!」
「僕が井戸の中に入ってからどれくらい経ってた?」
「15分くらいかな」
僕の体感としては、もっと長い時間、あの空間に居たような気がする。あの空間とこの世界では、時間の流れに違いがあるのかもしれない。
「それで、中はどんな感じだったんだ?」
「うーん。どう説明したらいいんだろう。宇宙のような真っ暗な空間に、いろいろな光の粒がたくさんあって、それらが光の波のように連なっていて。それで、その光の粒の一つ一つの中に、世界が存在していた」
「光の粒?一つ一つの中に世界?」
「隼人もここなの世界は見たと思うけど、テルが言ったとおり、世界は人間の数だけあって、それらはみんな独立してた」
「じゃあ、俺と結人もそれぞれ別で、その光の粒の中にいるってことか?」
「ああ。隼人の世界を外から見たよ。緑色に光った粒の中で、隼人は井戸の中をのぞき込んでた」
「へぇ。なんか凄いな。緑色ってことは恵利華が言っていた色と同じだな」
「ああ、確かにそうだね」
ここなはピンク色の粒だったから、恵利華が見ている色はその色ということなのだろう。
「俺たちもそろそろ帰るか?動けそうか、結人」
「ああ」
僕たちはその場から静かに立ち上がった。帰る前に隼人が井戸の方を確認したのだろう。驚いた様子で声をあげた。
「おい!結人!井戸が無くなってる!」
振り返ると、隼人が言うように井戸自体は無くなっていた。テルがそのうち消えると言っていたから、その影響なのだろう。
だけど僕には、まだ最初にみた空間の切れ間は残っていた。この切れ間は僕にしか見えないと言われていた。隼人の世界の認識に調整が起きてしまわないように、僕は冷静を保って笑みを返す。
「テルが消えるって言っていたんだ。その時が来たんだろう。これで二人みたいに迷い込むことはもう無くなった」
「そうなのか。そういうことなら、もう安心だな」
夏至に合わせて起きた特別な『CWC』は、これでひとまず一件落着だろう。
僕は山の広場をそのまま離れられるはずだった。だけど……。
結人に訪れる衝撃の更なる事態。
続きは明日の朝7時に投稿します。




