井戸の中に広がる世界
テルはあの井戸について、異世界を行き来するものだと言っていた。
この世界の住人ではない人達があの場所に消えていくのを見た僕にとって、もし本当に健也が桃花のために、あの井戸に入ってしまったとしたら、嫌な予感しかしない。
井戸はそのうち消えるということだったけど、こないだと同じ場所に存在していた。中は真っ暗で、健也と桃花が中にいるかは分からない。縄梯子はそのままになっていて、降りられそうではある。
「この井戸だけど、もしかしたら神社の門と同じ効果があるかもしれない」
井戸に張り付いてる三人に僕がそう伝えると、隼人と恵利華は僕と目を合わせた後、その言葉の意図をすぐに汲み取ってくれたようだった。
「神社の門って?」
楓は一人、首をかしげる。
「じゃあ、もし二人がこの井戸に入っていたとしたら、俺の時と同じことになっているのか?」
テルから僕以外、絶対に入るなと忠告されたくらいだから、その可能性は大いにあった。
「さっき占ったら、桃花さんは助けが必要で、彼女自身ではどうすることもできないし、助けが来なければ、良くない結果になるって出たわ」
恵利華が隼人にそう伝えると、「良くない結果?」と隼人は途端に怪訝な顔をする。
「……井戸の中ってガスがあって、窒息するとか聞いたことがあるよ」
楓が重たい声で静かに言い、僕たちはもう一つの別の意味があるかもしれないと分かり、青ざめる。
「……救助を呼ぶか?」
隼人が正解が分からず、伺うように聞いてくる。
「私、連絡する!」
楓がすぐにスマホを開いたけれど、焦った声を出した。
「え?どうして電波がないの?ちょっと向こうにいって、連絡してくる!」
楓はすぐさまその場を離れていき、僕たちは顔を見合わせた。僕は意を決する。
「助けが必要で、もし隼人と同じ状況だとしたら、救助隊が来てもどうにもできない。井戸の中には、僕が入るよ」
異世界を行き来するというなら、僕はここなの世界に何度も行ったことがある。隼人の時も、ここなの時も、二人を元の世界に帰すことができた。僕以外は入るなということならば、僕ならば、対処の仕様があるということなのだろう。
真っ暗な井戸の中を覗き込み、正直ちょっと手が震えた。先が見えない暗闇が不安を煽ってくる。僕はゆっくりと足を縄梯子に引っ掛ける。
ギシっと鳴るその縄は体重を預けられるほどにはしっかりとしていたが、足を乗せる板は細く、慎重に下りないと踏み外してしまうかもしれない。
「お、俺も一緒に!」
隼人が井戸に乗り出したから、僕は声を上げた。
「隼人はダメだ!」
「なんでだよ!」
恵利華が隼人の肩を掴む。
「テルが結人以外は絶対に入るなって連絡してきたのよ。良くない結果というのが最悪なことを意味すらなら、隼人だって命の補償はないかもしれないわ」
隼人はそれを聞き、悔しそうに身体を引く。恵利華は自分が言ってしまった言葉の重さを悔やんでか、苦しそうな顔をして僕を見た。
「……結人、気を付けて」
「ああ。恵利華、隼人が無茶しないように、見張っておいて」
普段あまりしない恵利華の表情に、恵利華が落ち着くように、そして僕自身も不安になり過ぎないようにと、ちょっと砕けた口調で笑って見せる。
すると恵利華は小さく頬を緩めて、軽く冗談を言ってくれた。
「任せといて。隼人が暴れたら、網でしばっておくわ」
それにならって、隼人が嘆く。
「俺はいったいどんだけバカ扱いなわけ?」
「あはは」
僕たちは自然と笑い合い、緊迫を少し緩めた。僕は幾分、気持ちを落ち着かせて、井戸の中へと降りていった。
* * *
井戸の中を降りていく中、手足に縄梯子の感覚があること以外、感じ取れるものは何もなかった。神道神社の赤い門を抜けた時のような、『空』の空間にずっと包まれている。いつしか足場がなくなったと思ったら、僕は気付けば、光の波の中に浮いていた。
「なんだ、ここ」
井戸を降りた先に、僕はここなが住んでいる世界があるのではと思っていた。大地があり、空があり、自然があり、建物がある、そんな人が住んでいるような世界があるのだと思っていた。
だけど、目の前に広がっていたのは僕が想像していたものはまるで違った。それは宇宙といった方が近い。僕の周りを光り輝くたくさんの粒が浮いている。
その粒の表面には色がある。上を見上げれば、金色からオレンジ、ピンクといった暖色系の光が飛び交い、下の見れば、緑、水色、青、紫、茶色と寒色系の光が光っている。
一番近くにある1つの粒に僕が焦点を当てると、その粒の中に景色が見えた。その粒の中には、大地、空、自然、そして建物と人が存在していた。
今僕が居るこの空間ではなく、その粒の中にこそ、僕の理解ができる世界があった。
「どういうこと?」
他にも浮いている粒に焦点を移すと、僕の身体は勝手にその粒の前へと移動する。そしてその粒の中を見ると、さっき見た世界とは少し違うけれど、そこには同じように世界があった。
『言っただろう?世界は人間の数だけあるって』
「テル?」
姿は見えないが、確かにテルの声が聞こえた気がした。世界は人間の数だけある。その言葉を頭で反芻し、周囲を眺める。色とりどりの光の粒は確かに地球上に住んでいるのであろう人間の数はあると思えた。
「この光の粒の一つ一つが、その人間一人一人が住んでいる世界っていうこと?」
問いかけると、ハッキリとテルの声が聞こえた。
『そういうことだ。試しに、隼人のことを考えてみろ』
「隼人を?」
すると僕の身体はある一つの緑の光の粒へと飛んでいき、その粒の中の世界が見えた。粒に映し出された世界には、井戸を恵利華とのぞき込んでいる隼人の姿が見える。隼人が今、この瞬間に過ごしている世界がそこにあるということなのだろう。
僕は試しに、今度はここなのことを考えてみた。するとピンクに光った粒の前に僕は居て、ここながしずくと話している様子が見えた。場所はここなたちの住居のようだ。周りにはここなの家族の姿も見える。
『状況は掴めたか?そしたら、ちょっと急いだ方がいいかもしれない。結人が入ってきた異世界への切れ間がそろそろ消えようとしている。結人が探している二人は、このたくさんある世界のどれかに迷い込んでる。切れ間が消えたら、その二人はもう二度と本来の自分の世界には帰れない』
「え……?」
もう二度と?ということは、本来の世界から消えてしまうということなのか?
世界はどんなふうに見えていますか?
『人間の数だけ世界のがある』
言葉としては普通に聞こえるけれど、それらが独立しているって考えると、とっても不思議♪
続きは明日の朝7時に公開します!




