夏至の当日
4.
美化清掃に参加してから、恵利華が教室に居られる時間は以前よりも増えていた。
恵利華は自分から女子たちの輪に入っていくことは無いけれど、楓と二人で居ることや、楓に連れていかれて、他の女子とも会話している時もある。
丸一日、教室に居るということはまだ難しいようだけど、進歩である。
「……クラスの色に慣れてきたのよ」
屋上に広げられたランチョンマット。大きな弁当箱。普段もそれなりに種類豊富なおかずが入っているが、今日の内容はそれ以上に豪勢だ。
隼人が目を輝かせる。恵利華は楓と昼食を取るようになっていたから、三人で昼食を食べるのは数日ぶり。
僕がここ最近の恵利華の変化について話題にすると、恵利華は素直にそれを認めた。
「……お、おかず、全部食べてよねっ!持って帰るの面倒なんだからっ」
隼人にお礼がしたかったのだと言えばいいのだけど、こっちに関しては素直になれないらしい。
「余ったら、午後の間食用にする!全部、食べるぜ!」
隼人は口におかずを運びながら、自身の弁当箱にもおかずを詰め込んでいた。
僕はもうお腹いっぱいで、お茶を飲みながら、空を見上げる。
青い空に穏やかな雲が流れる。日差しはあるが、風はまだ涼しいから、屋上ランチも悪くない。
テルが気にかけていた夏至は今日だけど、あれから任務の依頼はないし、周囲で変わったことも起きていない。
至って平穏。この時は、このまま何事もなく時が経つのだと、心からそう思っていた。
ガチャっと屋上の入り口が勢いよく開く。
「あー!ここに居たんだぁ!」
そして大きな甘えた声が聞こえてきて、桃花が僕たちの方へと駆け寄ってくる。
恵利華が途端に、顔をしかめた。美化清掃の後、変化があった恵利華だけど、桃花との関係は平行線のようだ。
「恵利華さん、ごめん。桃花さんが、柏木くんがどこに居るのかってしつこくて……」
「楓ちゃん。しつこいってなによぉ」
桃花は文句を言いつつも気にはしていない。至ってマイペースなのはこれまでどおりだ。
「僕に用だったなら、外れるよ」
せっかくクラスに居ることに慣れてきたのに、桃花との関係が変にこじれるせいで後退するのは避けたい。僕はその場から立ち上がる。すると恵利華の指が、僕の服を掴んだ。
「……いいわよ、気を遣わなくても」
そっぽを向いたまま、恵利華がそう言う。
「柏木くんにお願いがあるの。こないだゴミ拾いをした山に、一緒に行って欲しいの」
「え……、あの山に?」
「桃花、場所をよく覚えてないから、一人では行けなくて」
「……僕も、あまり覚えてないよ」
まったく分からないということではなかった。そこまで分かりづらい道筋でもない。だけど、どうして僕が桃花を案内しないといけないのだろうかという疑問は大きい。
「結人じゃなくても、健也に頼めばいいんじゃないか?」
隼人が間に入ってくれる。
「……健也は今日、お休みだもん」
「じゃあ、健也が来たら、お願いすればいいじゃないか?」
僕が行かなくても済むようにと、隼人が更にはぐらかしてくれたけれど、桃花はみるみる顔を曇らせ、急に声を荒立てた。
「ダメなの!今日じゃないとダメなの!!」
さっきまで甘えるような余裕さがあったのに、その様子が消える。その桃花の変化に、その場にいた皆が言葉を一瞬無くした。
「……結人、行ってあげて。私も行くから」
一番行くのを拒否するであろう恵利華が、低く落ち着いた声でそう言った。
僕は驚いて、恵利華を見る。恵利華の真剣な顔つきに、何かを察する。
「分かった」
僕は頷く。その日の放課後。僕と恵利華だけではなく、結局、隼人と楓も一緒に行くことになった。
* * *
「健也くんもきっと一緒に来たかっただろうね」
「彼が休みじゃなかったら、こんなことにはなっていないんでしょうね」
楓と恵利華は隣にならんで歩いていた。場所を教えて欲しいと言った桃花は、山の一本道に入った途端、意外にも一人先頭を切り、ずんずんと先を歩いていた。
僕のペースに合わせて、隣にいた隼人が僕に聞こえるくらいの小さく声で話しかけてくる。
「結人。俺、ちょっと気になることを聞いちゃったんだよ」
「気になること?」
「健也、桃花ちゃんに告白したらしい」
「え?」
「健也の仲良いやつが話しているのを聞いたんだ。今日、休んでるだろう?きっと振られたショックのせいで、寝込んでるんだって言ってた。昨日の夕方から連絡もつかないんだってさ」
健也が桃花に好意を持っていることは本人から聞いていた。二人はとても仲が良かったから、告白したら上手くいくのかなと思っていたけど、そういうものではないらしい。
ただ妙に、夕方から連絡がつかないということの方が気になった。ショックは受けたとしても、彼が友人に連絡を取らないということがあるだろうか。
恵利華には何故、山に行く気になったのかは聞いてみた。それは桃花がいつになく真剣な色を放っていたからだそうだ。
桃花の感情が分かるとはいえ、理由までは分からない。だから桃花の願うとおりにした方が良いと、あの時、そう思ったそうだ。
目的地にたどり着きそうな頃、道は途中でカーブを描き、先を歩いていた桃花の姿が見えなくなった。桃花は広場で待っているのだろうと思っていた僕たちだったが、桃花の姿はどこにも無かった。
「桃花さん、どこ行ったんだろう?」
「もっと先に行っちゃったのか?」
広場の中を隼人と楓が探し始める。
「結人。彼女の気配、探れない?」
恵利華が僕に聞いてきて、僕は目を閉じて、深呼吸する。だけど、僕が探れる範囲内に、桃花の気配はどこにもなかった。
「近くには居ないみたいだ」
「そう……。あの子、ちょっと今日は色が変だったのよ。すごく不安定だったし、不安や恐れが強く目立ってたの」
「不安と恐れ……か」
「割と能天気な子でしょう?普段、あまりそんな色を放たないのよ。まぁ、怒りはよく発してたけど」
恵利華の言葉を聞きながら、これまでの桃花を想像した。確かにそうなら、恵利華が今日の桃花が変だと思うのも納得だ。
「仕方がないわね。ちょっと占ってみるわ」
恵利華はポケットに手を突っ込むと、サイコロを三つ取り出した。それを手の中で振り、てのひらを広げる。八面体に難しい漢字が書かれている赤と黒の2つのサイコロと、六面体で、漢数字が書かれているサイコロが1つ、動きを止めた。
「何か分かった?」
「そうね。……事件か、事故かに巻き込まれたと出てるわ」
「え……、事件か、事故?」
「だけど、無事ではいるみたい。ただ……」
恵利華が緊張で強張った顔をするから、良くないことのような気がする。
「助けが必要って出てる。彼女自身ではどうすることもできないし、助けが来なければ、良くない結果になるって……」
「そんな……」
事件か事故に巻き込まれていて、助けが必要となると、僕たちがどうにか桃花を探し出さないといけないということじゃないか。
「み、みんな!」
広場の中に居た楓が、その場で立ち止まり、手元を見たまま声をあげた。僕たちは、急いで楓の元に走り寄る。
「どうしたんだ?」
「桃花さん、今日ずっと様子が変だなって思ってたから、桃花さんの仲の良い友達に、彼女に何か変わったことなかった?ってLINEで聞いてみたの。そしたらね……」
楓の顔がじんわりと血の気が引いていくのが分かる。
「桃花さん、菊池くんに告白されたらしいんだけど……。それで、『井戸に入れる勇気があるなら、付き合う』ってふざけて言っちゃったんだって」
「え……、井戸?」
「まさか、あの井戸か!?」
僕たちは合点がいき、広場から離れた藪の中にある井戸へと走り出した。走っている最中、恵利華のスマホに通知音が鳴った。その音に僕はハッとして、恵利華を見ると、恵利華はスマホの画面を見ながら、怪訝な顔をしていた。
「……テルは何て?」
僕は小さく低い声で聞く。
「結人以外、井戸には絶対に入るなって」
「……僕以外、入るな?」
続きは明日の朝7時に公開します!




