見えているものが違う?
「本当だ。なんでこんなところに井戸があるの?」
続いて集まってきた他のメンバーたちが、口々に『井戸』という言葉を発するのを見て、僕は隼人たちに目を向ける。その後、また切れ間があった場所へと視線を戻すと、不思議なことに、切れ間はそこから消え、変わりに井戸が出来ていた。
「……え?」
僕がさっき見ていた時には、ここに井戸なんて無かったはずだ。それなのに、何度目を瞬かせても、そこにはしっかりと井戸が出現している。
「柵もなくて危ないな。誰かが落ちたら大変だな」
そう言いながら、井戸に近づいていく隼人たちを見てヒヤリとする。さっきまで人影が中に入っていった場所でもある。隼人たちが消えてしまうのではないかと不安になったが、井戸の周りを囲んで、中を覗き込んでも、吸い込まれはしなかった。
「中は真っ暗で何も見えないわね」
「縄梯子がある。下に降りることはできるみたい」
恵利華と楓が井戸の中の様子を言う。
「こんなところに井戸がここにあったら、危なくない?蓋をするか、埋めちゃうとかして欲しいんだけど」
「こんな井戸、もう必要ないだろうしな」
桃花と健也は、井戸そのものをどうにかしてほしいようだ。
「だけどな。井戸って、埋めたくてもできなかったりするらしいぜ」
隼人が意味深な顔をして、話し始める。
「井戸は埋めちゃいけないとか、完全に蓋をしてはいけないとか聞いたことないか?」
「私も聞いたことある。お祓いしないと本当に危ないとか言うよね」
楓が隼人の話にのる。
「そうそう。こんな場所にあって危ないのに、敢えて開けっ放しの井戸って、結構いわくつきだっていうぜ。蓋をしたり、埋めたりしようと試みたけど、しようとすると必ず事故とか不幸が起きて、結局できなかったりすんだってよ」
「えーー、怖っ」
「だから、関わると井戸の神様の怒りに触れるかもしれないぜ」
「へぇ、まさに触らぬ神に祟りなしなんだぁ。隼人、詳しいんだねぇ」
オカルト好きの隼人の話に、桃花は意外にも熱心に食い付いていた。それに対して健也だけは妙に反発し始める。
「バカバカしい。そんなの迷信だろ?あり得ないって!」
健也の様子に、桃花がからかうように言う。
「そんな風に言って、健也は本当は怖いんじゃないのー?」
「ち、ちげーよ!怖くねーよ!」
そう言いながらも、健也の様子はちょっと怖がっているようにも見えた。僕はそれがちょっと嬉しかった。正直、僕はその井戸に怖さを感じていた。井戸を覗き込めるみんなの度胸がすごいとも思っている。
「うっそだぁ。怖がってるよぉー」
桃花が楽しそうに健也をさらにからかい始めた。僕はそんな二人を見て、和んでしまう。場の和ませ方はいろいろあっていいのだと改めた。
* * *
美化清掃を終えた日の放課後、班の六人で星種レジャーパークに来ていた。ゴミ拾いを頑張った甲斐あって、景品として、この施設の優待チケットをゲットしたのだ。
施設の一階は見覚えがあった。以前、ここなの好奇心に引っ張られて一度だけ入ったことがあるゲームセンターだ。二階以上には行ったことがない。
「カラオケ、ボウリング、卓球かぁ。どれか一つ、選べるらしい。恵利華、場所的にどう?」
隼人が恵利華の体調を気遣う。
「どこもそこまで混んでないみたいだし、どれでもいいわよ」
恵利華もここに来たのは初めてらしく、物珍しそうに周囲を見ていた。
「ボウリングにしようぜ!三対三の対抗戦だ!」
「班分けはどうする~?私、柏木くんと一緒がいい!」
元気な健也と桃花のノリにそのまま乗っかると、僕はその二人と同じチームになった。ボウリング経験がないのはおそらく僕と恵利華だ。対抗戦ということだけど、足を引っ張らないといいのだけど。
「まぁ、頑張れよ」
「柏木くん、応援してる」
「結人、達者でね」
隼人、楓、恵利華から、憐れむような目で見送られる。
「ボウリング、できるかな」
「おう。そっちも頑張れ」
「え?」
そっちもって、ボーリング以外に頑張ることがあっただろうか。
勝手分からず、健也の行動を真似てカラフルなボールが並んでいる場所の前まで来る。ボールの一つを持ち上げるとかなり重い。色によって番号が書かれているけれど、どれを選んだらいいか分からなかった。
近くに居た健也は慣れているのか、迷うことなく一つのボールを手にしていた。隼人は恵利華に付き添っていて、離れた場所にいる。わざわざ隼人の元に聞きに行くよりも、目の前にいる健也に話しかける方がきっと良いのだろう。
「菊池くん」
「……なに?」
案の定、返事は冷たかったけれど、無視はされないのだからきっとマシだ。まずはボールを選ばないことには始まらないから、どのボールが自分に合っているのかを判断しないといけない。
「このボールって、どうやって投げる?」
「は?」
「結構重たいだろう?僕はあまり腕の力がないから、軽い方がいいのかなとは思ってるんだけど、一番軽いのもそれなりに重さあるし、投げて落としたら、床に穴とか開かない?」
「……まさか、ボウリングやったことないのかよ?」
健也の顔が固まる。対抗戦だし、足手まといになってしまうことは申し訳ないけど、隠すわけにもいかない。僕は素直に頷いた。
「……これまで一度も?」
「ああ」
健也は眉をひそめて僕を見たあと、眉尻を下げて困った表情をした。
「……このボールは投げるんじゃなくて、転がすんだよ。柏木、体重いくつ?」
「体重?60キロくらいかな」
「……それなら、11ポンドくらいがいいんじゃない?後は投げてみてから、調整」
「じゃあ、コレってことだね」
僕は11と書かれたボールを手に取る。ボールには穴が三つ開いている。これはどう扱うのか戸惑っていると、そんな僕を見かねてか、健也が持ち方も教えてくれる。
「……こうやって、中指と薬指と親指を入れても持つんだよ」
僕は試しに入れて持ってみる。こんな重たいのに、意外と持てるものなんだなと驚いた。ちょっと感動していると、健也は僕から離れていかずに、そのまま僕を困ったように見ていた。言葉は冷たいけれど、僕を気にしてくれているのは伝わってきて、嬉しくなる。
「菊池くんって、優しいよね」
「……は?」
「井上さんのこともずっと気遣ってるしさ」
「……ま、まあな」
「二人はとても仲良いし」
「……そ、そうか?」
最初はワチャワチャと騒がしいなと思ったけれど、美化清掃の間、二人が事あるごとに話しているのを見るのが、だんだん楽しくなっていた。
ああして場の空気を賑やかにするクラスメイトがいるということは、大切なことなのだと思えてきた。それに健也の桃花を気遣う様子を見ていたら、根はとても優しい人なんだとも分かってきた。
「良いなって思う。見てて、僕も楽しいよ」
僕が微笑むと、健也は目を見開いた。そして、ずっと困っていた顔が緩まって、広角をあげて笑う。
「しゃーねーな。投げ方も教えてやるよ」
「助かる。ありがとう」
健也はその後も、丁寧にボールの投げ方を教えてくれた。何度か練習するうちに、ボールはレーンの中央に転がるようになり、ピンをいくつか倒せるようになった。
恵利華も隼人に教えて貰って、投げ方はマスターしたようなので、対抗戦が開始される。
バコーン!と気持ちがいい音を鳴らし、健也がピンを全部倒す。僕と健也はハイタッチする。
僕の結果はまずまずだけど、健也と桃花が順調にピンを倒してくれるから、隼人の班よりもずいぶんとリードを取れていた。
逆に隼人の班はあまり点数に拘っていないようで、恵利華が失敗しても、三人は笑顔を交わしているのが伺えた。班分けはこれで良かったのかもしれない。
ボーリングの席は三人席だから、健也と桃花に挟まれるのだけは避けたくて、必ず端に座るようにしていた。
すると桃花が僕の隣に一度座ってくるのだけど、桃花が一瞬離れたすきに健也が僕の隣に座ってくれるから、僕は健也と話す機会が増えていた。
僕に対して冷たいと思っていたけれど、ボーリングの一ゲームが終わるころには、そんな気配はまるで無くなっていた。
クラスで多くの友達と盛り上がれる健也だけあって、僕から話題を考えなくても、健也がいろいろ話してくれる。だから会話が続く。さすがだなと僕は感心した。
「一ゲーム目は俺たちの勝ち!!イエーイ!」
「二ゲーム目もしよう!」
一ゲーム目の勝った余韻そのままに、引き続きもう一ゲームをすることになった。その合間で、桃花が洗面所へ席を離れて、僕と健也は二人で待ち時間となる。
「柏木はさ。好きな子いるのか?」
「え?……好きな子?」
続きは明日の朝7時に更新します。




