恵利華のために僕ができること
「……じゃあ、あの先まででいい」
恵利華は観念したらしく、人だかりが抜けた先を指した。大きくもう一度、息を吐いてから、視線を人並みから道路へと映す。
僕たちの様子がおかしいことに気付いた隼人は、急いで走り寄ってきてくれた。
「隼人。ゴミ拾いだけど、人通りがないところに変えられないかな?」
僕がそう言うと、隼人はすぐに恵利華の事態を理解してくれたようだ。
「そうか、分かった。そうする。おっし、とりあえずここは抜けて休憩しよう。行こうぜー」
隼人は僕と恵利華の様子を気にする他の三人を促して、前へ向かう。
「恵利華、歩くよ」
頷く恵利華を連れて、僕たちは繁華街の賑わいを足早に通りぬけた。
* * *
あまり人気の少ない公園まで来ると、恵利華は少し落ち着いたようだった。
楓が買ってきてくれた水を受け取り、「ありがとう」と言ってそれを飲む。
楓はとても気が利くようだ。辛そうにしている恵利華に、気遣いながら話しかけてくれる。恵利華も楓に返答できているから、この二人の関係はこの先も上手くいきそうだ。
気にかかるのは桃花だった。桃花はどうやら恵利華のことをよく思っていないらしく、少し離れたところから、険しい視線を送っている。
そして僕は僕で、どうしたらいいか分からない相手が居た。それは健也だ。理由は分からないが、健也は僕を避けていた。
「結人。この水を健也に渡してきてくれないか?」
「僕が?」
「そう。頼む」
それなのに、隼人はやたら、僕が健也に関わることを強要してくる。
「菊池くん。コレ、班長から」
「………ああ」
健也は僕を一度チラ見した後、そっけない態度で僕から水を受け取った。そんな様子だから、続きの会話なんて起きるはずもない。
正直、クラスメイトから冷たい態度を取られることに僕は慣れていて、そんな相手と関わらないようにしてきた。
だから健也との関係をこのままにしておくのは僕としては別にありなのだけど、隼人はそれを良しとはしてくれない。
「恵利華の体調があまり良くないから、ゴミを拾う場所を変更したいんだけどいいかな?」
僕は隼人から聞いてこいと頼まれた内容を健也に伝える。
「……班長になら従う」
健也の言葉から、ひしひしと僕のことを良く思っていないことが伝わってくる。僕は隼人の元に戻り、健也の言葉を伝えると、「おっけー。ありがとう、結人。この調子で次も頼むぜ」と隼人は軽やかに笑った。
「……分かった」
僕は反論せず、答える。隼人に従うのは、「クラスメイトと歩み寄る」と以前約束した手前と、恵利華の友達作り作戦において、僕の行動も関わると言われたからだ。そうなると、隼人に協力するしかない。
「恵利華の調子も戻ってきたし、じゃあ、どこに行くか!あまり人が居なくて、ゴミがありそうなところかぁ」
うーんと、隼人が唸ると、楓が閃いた顔をした。
「そんな場所、私、知ってる」
楓の言葉に、僕たちは食い付いた。
* * *
「山登りなんて聞いてなーい」
みんなから遅れをとっている桃花から、そんな声が飛んでくる。
息を少し切らしている僕はそれに答える余裕はない。繁華街から、山間の中へと足を進めた僕たちは、緩やかな上り坂を昇り続けていた。
運動部の隼人、健也、そして、このルートを提案した楓は、この上り坂が丁度よいのか、足取りがまだまだ軽いようだ。健也は桃花の近くで「頑張れ」と励ましてくれている。
少し立ち止まって、僕たちが桃花に振り返ると、桃花はすぐさま恵利華だけに、非難するような目を向けてきた。その目は確かに『あなたのせいでこんなことになったのよ』と言いたそうではあったが、桃花はそれを口にしなかった。
「もう本当、嫌になっちゃうぅ」
その代わり、駄々をこねるような言葉が発せられた。恵利華はそれに、カチンときてしまったようだ。
「ちょっ……」
「恵利華」
桃花に文句を言おうとした恵利華の肩を僕はぐっと抑えた。すぐさま、恵利華は僕を睨んできたけれど、僕は恵利華をじっと見て、首を横に振った。恵利華は「……ふん」と鼻を鳴らして、文句を言うのを我慢してくれる。
友人作り作戦において、相手の感情の色で反応し過ぎないようにしようと恵利華と話していた。桃花が恵利華に対して、良くない感情を持っているのは明らかだ。恵利華がその色に反発したいのは分かる。だけど、恵利華から喧嘩を売るは避けたかった。
もちろん桃花が恵利華に口頭で直接喧嘩を売るようだったら、かばうつもりではいた。楓が桃花に聞こえないくらいの声で話しかけてくる。
「恵利華さん、ごめんね。私がこんな場所を提案しちゃったせいで」
「それはちがうわ。そもそも私が具合が悪くなったせいよ。こちらこそ、ごめんね」
楓と恵利華はお互い謝ったあと、そっと笑い合う。それを見た僕と隼人も、顔を合わせて、笑い合った。
「そうだ結人。桃花ちゃんに、「山登りしてみたかったんだ」って声をかけてきてくれ」
「は?なんで?」
健也に話しかけることは同意してきたが、桃花に自ら声をかけることには抵抗を感じた。それに桃花の隣には、僕を避けている健也がいる。
「それでこの場は丸く収まるんだぜ?俺らは安泰」
「あはは。隼人くん、受ける!でも、それいいかも!」
楓が楽しそうに笑った。恵利華もそれにつられて、楽しそうに乗っかってくる。
「結人。頼んだわ」
「えぇぇ!?」
隼人だけじゃなく、他の二人にもノルマとして課せられてしまい、僕は声をあげてしまった。
「結人くん、どうしたのー?」
僕の声が聞こえたのか、少し離れていた桃花が声を掛けてくる。
「結人がなー。山登りしてみたかったんだってー」
隼人が桃花に聞こえるように声を上げる。
「えぇ、そうなのー?じゃあ、桃花、頑張るーー。みんなで一緒に登ろうー」
桃花が急にやる気を出し、足早に歩き始めた。
「桃花。それなら俺が荷物を持ってやろうか?」
頑張りだした桃花に健也が気遣う。
「健也の助けなんていらなーいって言いたいけど、今日だけはそうする」
「おう」
健也は桃花から荷物を受け取り、嬉しそうにする。
「ほらなぁ。僕ら安泰」
「あははは」
隼人たちが楽しそうに笑う。よく分からないけれど、班の空気が良くなったことは確かみたいで、追い付いてきた桃花と健也も合わせて、六人は山の中へと向かって、更に足を進めた。
* * *
目的地について早々、桃花は不快感とも躍動感とも取れる複雑な声を出した。
「うわぁ。本当にたくさん放置されてるぅ」
良いか悪いか、楓に連れてこられた場所にはたくさんのゴミが散らばって捨てられていた。山道から少し奥まった場所にある広場。
もう葉だけになっているけれど、周囲には桜の木が所々植えられている。花見に来た人達やこの場を集会所にしている人達が置いていってしまうのだろう。
僕たちはさっそく、火ばさみでゴミを分別しながら拾い集めた。
「ここを通るときは拾ったりしてたんだけどね。一人だとそんなに持って帰れないから、ずっと気になっていたんだ」
「楓ちゃんは、山登りが好きなんだ?」
隼人が尋ねると、楓は下を向いたまま、答える。
「好きっていうわけじゃないけど、お姉ちゃんに付き合って、山登りはしていたんだ。最近は一人で学校の裏山には登ったりしてる」
ここまで通ってきた山道はハイキングコースでもある。本格的な山登りをする人達はこの山道をよく通るようだったから、楓もこの道を知っていたのだろう。
楓の表情は僕から見えなかったが、恵利華は考えるような目でそんな楓をじっと見ていた。二人の様子が僕は少し気にかかる。
「ここに落ちているゴミを集めたら、トップ3を狙えるかもしれないな!」
健也が言うように、僕たちが持ってきていた袋は十分にゴミでいっぱいになっていった。
ゴミが一番集まっていた場所がほとんど片付いてきたので、僕は場所を移すことにした。
広場の端に、ペットボトルが落ちているのを見つけ、そちらに近づく。そして僕は異様な光景を見てしまった。
広場の外れ、藪の奥。そこに、どこからともなく人影が現れて、一つの場所で消えていく。
気になって近づくと、そこには、何もない空間に真っ直ぐの縦線が光っていた。空間の切れ間。そして、その切れ間に一人、また一人と人影が近づいてきては、消えていく。
彼らは僕の世界の住人ではないとハッキリと分かった。纏っている服装が僕たちとはまるで違う。異様ではあるが、恐怖は感じない。その人達の表情がみんな笑顔だからだ。
「結人。どうかしたのか?」
その場で固まり突っ立ている僕の元に、隼人が寄ってくる。
「ああ。ちょっと気になるものがあって……」
僕が空間の切れ間をそのままじっと見ていると、隼人も僕の視線の先を見てから、驚きの言葉を放った。
「こんなところに井戸があるんだな」
「え?井戸?」
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