友人に伝えたい思い
4.
青空が眩しい。鳥たちの声が軽やかで明るい。空気がいつもと違うと感じてしまっている自分に僕は一人小さく笑う。
心はいつになく明るかった。その理由は分かっている。
ここなを助けられた。しずくの本を見つけられた。
それが些細なことであったとしても、今の僕には嬉しかった。
教室のチャイムが鳴り始める。隼人の席を見るが、隼人はまだ戻ってきていない。
ホームルームが始まるというのに、部活が長引いているのだろうか。
『見えない方が気を使う』というここなの言葉に、僕は気持ちを改めていた。
隼人に僕の特異体質のことを話そう。
上手く説明できるか分からないけれど、聞かれたことに素直に答えてみよう。そう思い始めていた。
「東条隼人。居ないのか?」
担任が隼人の名を呼ぶ。隼人は一限目の授業が始まっても、結局姿を現さなかった。
高校二年になってから、隼人が居ない教室は初めてだった。昼休憩の弁当も一人で食べると味気ない。隼人が話題をふって、僕が相槌を打つ。そんな時間が当たり前に馴染んでいたことを思い知る。
「柏木、ちょっといいか?」
放課後、帰り支度していると、担任が僕の元に歩いてきた。
「話したいことがあるんだ。別室に行くから、ついてきてくれ」
「え…、あ、はい」
僕は呼び出されるようなことをしていた。ヒヤヒヤしながらついていくしかない。
誰もいない準備室に入るように促される。
「どう言い訳しよう、どう謝ろう」と考えていたら、担任はまったく予想外のことを聞いてきた。
「柏木が東条と最後に会ったのはいつだ?」
「隼人……とですか?昨日、部活に行くって言っていた隼人と教室で会ったのが最後です」
何故、隼人のことを聞かれるのだろう。
「そうか。落ち着いて聞いて欲しいんだが……」
「はい」
「東条が昨日の夕方から行方不明になっている」
「え……?」
隼人が行方不明って、どうしてそんなことになっているんだ。
担任から、その経緯を聞かされた。
隼人は昨日、部活に参加せず、自宅にも帰った形跡がないそうだ。
隼人は僕と逆で父子家庭。昨晩、隼人の父親は仕事が夜勤で、年の離れた妹は親戚の家に宿泊だった。
今朝、登校していないことを父親に連絡したことで、この事態が発覚したそうだ。昼を過ぎても隼人の行方が掴めず、父親が捜索願を出した。いまだ見つかっていない。
隼人の行き先に心当たりはないかと聞かれたが、浮かばなかった。
隼人が学校以外は何をしているのか、どこに寄り道をするのか、僕はまったく知らなかった。
隼人はどこに行ったのだろう。昨晩は自宅に帰れないような、もしくは帰りたくないようなことが起きたのだろうか。
隼人は早くに母親を亡くしていることもあって、自分勝手に家族に心配をかけるような性格ではないのは知っていた。そこは僕らの唯一の共通点でもある。
行方不明になった原因はあるはずだとは思ったが、考えても見当はつかない。
纏まらない思考を抱え、行方の定まらない足どりで昇降口にたどり着くと、
「なぁ、お前。隼人の幼馴染だよな?」
隼人がよく着ているテニスウェア姿の男子生徒に声をかけられた。
「俺、隼人とダブルスを組んでいる河合。お前は……」
「柏木です」
「そうそう柏木だったな。隼人がどこに行ったか、心当たりあるか?」
河合の質問に戸惑った。担任からは隼人が行方不明であることを口外しないように言われていた。どう返していいか困る。
「部活の顧問の話だと、隼人は体調不良だって言ってたけどよ。隼人と昨日の夜からずっと連絡が付かないんだよ」
続いた彼の言葉ですぐに察する。事情は聞いていないが、何か様子がおかしいと感じているのだ。
「昨日、部活の時間になっても来なかったから、LINEしたんだよ。そしたら、どうしても行きたいところがあるから、済んだら部活に戻るって返事が来た。
だけど、待ってたけど来ねえし、返事も無いしよ。前に柏木が体調崩して送っていった時があっただろう?あの時は戻ってきたのにな」
僕がここなに初めて会った日、浮ついた僕を隼人は自宅まで送ってくれた。やはりあの後、部活に戻ったのだ。
「僕も昨日の放課後は会ってないんだ」
「なんだ、そうなのか。隼人がテニスより優先するのは、妹のことか、柏木のことだけだからよ。今回も柏木絡みで、何か知ってるかと思ったんだよ」
河合の顔は明らかに沈でいた。連絡が付かないとなると心配になるのは無理もない。
「これから隼人の家に行く予定だから、何か分かったら教えるよ」
「本当か!頼むよ」
若干、顔色が良くなった河合に、僕は大きく頷いた。
河合の話から一つ、分かったことがあった。隼人はどうしても行きたいところがあったということ。それは何処だろうか。
隼人が僕をいつも強引に連れて行こうとするところは、たいがいオカルト絡みのスポットが多い。もしかすると、そっち関連なのだろうか。
「僕も聞きたいことがあるんだけど、隼人から、奇妙な出来事を調べているとか聞いたことある?」
隼人はこの手の調べものをしていて、帰れなくなった可能性もあるかもしれない。
「奇妙なこと?なんだよそれ」
「図書コーナーの浮いた本とか、音楽室で勝手になるピアノの音色とか」
「オカルトみたいなやつか?うーん、そんな話は聞いたことないな」
河合のその返事は意外だった。彼は少し顔を緩ませて、僕をみる。
「お前の話はよくするよ」
「ど、どんな?」
隼人は僕のどんな話をしているんだろう。不安になる。隼人は僕のことをどう言っているのだろうかと怖くもなる。
「どんなかは覚えてねぇよ。覚えてないから、くだらないことだろう。何か食べたとか、一緒に何かしたとか。隼人、本当にお前のこと好きだよなぁ」
河合がちょっと呆れたように、でもその中に嫉妬も混じったような、そんな声色で僕をつつく。
僕の中に今まで味わったことのない感情が湧き上がってきた。河合の前にそのまま立っているのが恥ずかしくなるくらいに。胸がむずがゆく、熱い。
隼人が僕のことを友達として慕ってくれていたということを、人に言われて気付くなんて……。
『見えない方が気を使う』。ここなの言葉がまた染みる。
隼人が僕から離れていくのが怖かった。オカルト話を僕にするのは、特異体質の僕を巻き込んで、奇妙な体験を楽しみたいだけだと思っていた。
だけど隼人は、自分は味方だと伝えたかったのかもしれない。
敢えて振り続けてくれた奇妙な話題も。
これまで時折見せた心配そうな顔も。
僕が隼人に歩み寄れる機会を、作り続けてくれたのかもしれない。
そう思い出したら、僕の心は締め付けられる。
* * *
詳しい事情を知りたくて、隼人の自宅を訪れた。僕のことを知っていた隼人の父は、警察から聞いた話を教えてくれた。
隼人の教科書や鞄、制服は学校のロッカーの中。服装はテニスウェア。財布を持っていないから遠出している可能性は低い。そして隼人のスマホが神道神社に落ちていたことを知る。
すぐにでも神道神社に隼人を探しに行きたかった。だけど神社は警察による捜索が始まり、一般入場は制限されてしまった。明日いっぱいは、神道神社には近づけない。
何故、隼人があの神社に行ったのか知りたい。
翌日、何かしていないと落ち着かない僕は、学校の図書室で『神道神社』について調べてみることにした。
『神道神社』『オカルト』で検索すると、一冊の本が表示された。
それは神社に現れる妖怪や幽霊、祟られる参拝法や儀式、踏み入れたら帰れない神社など、おどろおどろしい文字で紹介されている本。
正直、僕には苦手過ぎる分野だ。じっくり読みたいとは思えず、最終ページの索引から神社名を引き、そのページ数を開く。
見開きに気持ち悪い文体が目に入る。───『神隠し』。
人や子供が突然消えてしまう。神や霊によって、異世界に連れ去られる現象。
本にはその現象が過去に起こった神社が記載されていて、その一つに神道神社の名が入っていた。
忽然と消えてしまった消息不明な隼人。
手掛かりがまったく無く、情報がまるで無い状況。神道神社に落ちていた隼人のスマホ。
背筋がゾッとして、パタンと本を閉じる。
溢れ出す不安な思いを振り払うように、首を横に振る。
隼人があの神社に行ったのは、神隠しについて調べたかったから?
だけど最近、隼人からあの神社の名前が出てきた記憶はない。
僕がこの神社の名前を意識したのは、ここながそれに似た神社名をあげたからだ。
ふと『隼人がテニスより優先するのは、妹のことか、柏木のことだけだからよ』と言った河合の言葉を思い出した。そしてハッとする。
まさか隼人は、僕が図書コーナーでここなと話をしていたとき、僕の声を聞いていた?
だけど、そんなことはないはずだ。あの時間、隼人が図書コーナーにいるはずがない。だって生徒は皆、授業中だったからだ。
ここなとゆっくり話をするためには、授業をサボることが一番だと判断した。だから担任に呼び出された時、そっちの理由でヒヤヒヤしていた。
ああ、まさか。僕のせいなのか。
僕は髪をかき乱す。
体調不良だと嘘をついてまで授業をサボっていると分かったら、隼人は僕を心配するだろう。
見えない誰かと話していて、神道神社のワードが聞こえたなら、神社に何かがあるのかと見に行くかもしれない。
隼人は僕のことを気にしながらも、深く追求しないでくれていた。だからこそ、隼人は自分自身で僕に何が起こっているかを調べようとしたのだろう。
だとしたら何故、神道神社に行ったのか理由がつく。そして、神隠しにあってしまった……?
引き続きここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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