自分らしく一歩前へ
窓辺の棚に見た目が同じ大きな石膏像が二つ並んでいるのは、なかなかに異様な光景だった。
「どうして美術室に同じ石膏像が二つあるのか。これはこれで、なんか新たなオカルト話が生まれそうだな。違いを五個見つけられたら、願いが叶うとかどうだ?」
隼人が二つの石膏像を見比べ始める。僕も二つの像の頬を見比べた。二つの石膏像の頬はどちらも綺麗に、つるっとした触り心地の良さそうな丸みを帯びていた。
「柏木、東条。ありがとうな。おかげで実習期間中に、美術室の怪異を体験できた」
阿砂は昨晩、帰宅しなかったようだ。昨日と同じ服を着ていた阿砂は、朝から生徒たちにからかわれていたが、僕たちは本当の理由を知っていた。
「いいえ。阿砂先生がそんなに喜んでくれるとは思ってなかったので、こちらとしても調査が役に立って良かったです」
阿砂の表情は、これまで見てきたよりも遥かに明るくなっていた。いつだって笑っていたと感じていたのに、今の表情を見れば、あれは作られた笑顔だったのだと分かる。
「結人、隼人。居る?」
美術室に恵利華が入ってきた。隼人が驚く。
「あれ?恵利華。どうしたんだ?美術室に来るなんて」
恵利華は阿砂が居るからと、絶対に美術室に近寄らなかった。それなのに、確かにどういう風の吹き回しだろう。
「テルから言われたのよ。阿砂先生に会い行けって」
テルが恵利華に?それはどういうことだろうか。
「よう、神道。結局お前には、一度も美術を教えてあげられなかったな。残念だよ」
阿砂が恵利華に笑いかける。
そんな阿砂の声掛けに、恵利華はいつものようにフンっと突っぱねるのかと思ったが、ただ何も言わず、阿砂をじっと見て、目を見開いて固まっていた。
その様子が明らかに変だったから、僕は恵利華の肩を軽くつつく。
「恵利華、どうかしたの?」
「……え、あ、うん。そうね」
だけど恵利華は僕の問いかけにもうわの空で、ぼそりと小さく声をこぼした。
「テルが私に見せたかったのは、これだったのね」
恵利華はそのあと、「もう要は済んだわ。阿砂先生、さようなら。お元気で」と言って、美術室を去って行ってしまった。まだ実習期間は少し残っているのだけど、相変わらず、引き際が早い。
「まぁ、短い間だったけど、お前たちの先生を体験できたのは良かったよ。この学校にもう一度、来た甲斐があった。お土産話もできたしな」
阿砂は僕たちに、ニカリと笑った。美術室の怪異のことだけではなく、母校にはエスパーが3人もいるとか、そんな話をするつもりなのだろう。今更、否定するのも面倒なので、阿砂にはそう思わせておくことにした。
阿砂が窓辺に並んだ石膏像たちを愛おしそうに撫でた。阿砂と石膏像の間にある思い出。それが阿砂を縛り付けて苦しめてきたのかもしれない。
だけど、大切なことを教えてくれたキッカケにもなっていた。そして、まだ見ぬ未来へと進ませてくれる。
「私、決めたよ。律のところに行く。名を残さなくても、評価されなくても、自分の好きなことを貫きたいからな」
そう宣言した阿砂の笑顔は、あどけなく眩くて、高校生のような青春の色を放っていた。
9.
阿砂の教育実習期間が終わり、僕たちの任務は終了した。
10年前に偶然に起きた『CWC』に魅入られた観察対象の動向を探り、今後『CWC』が起きないようにすること。
観察対象の『CWC』への執着を手放すこと。テルの思惑はそういうことだったようだ。
「テーブルなんて持ち上げて、どうしたの?」
辻村家にあるテーブルを、ここなとしずくが二人で持ち上げていた。しずくはリサイタル以降、気軽にこの家に遊びに来るようになっていた。
ここなが、しずくとテーブルを動かしながら、返事する。
「ちょっと模様替えをしたくなって。いいよね?」
「え?うん。それはぜんぜん構わないけど」
二人の中では、家具の移動位置が既に決まっているらしく、テキパキと小物を動かしていく。僕は腰を落ち着けて良さそうな場所もなく手持ち無沙汰。
「なんか手伝おうか?」
「じゃあ、このソファを移動させるの手伝ってくれる?しずくと二人だけじゃ、重たくって」
「もちろんいいよ」
ここなに指示された位置へソファを動かすと、このリビングもそこそこ広さがあったのだなっと思わされた。とはいえ、出来上がった家具の配置は普段の使い勝手としてはあまり良く無さそうにも思える。
「そうだ!結人くんに、言いたいことがあったの」
「言いたいこと?」
「結人くんの頼みだったから、仕方がなかったけど、だけどやっぱり、『あの像を割って』というお願いは、やっぱり嫌だった」
ここなが頬を膨らませて拗ねる。僕に怒っているのは伝わってきたが、正直ここなの拗ねた顔が可愛すぎて、反省する気になれない。
「……ああ」
微かな笑みと、ちょっとの申し訳なさを含ませた顔で一言返すと、ここなは更に僕を咎める視線を向けてくる。だけど子犬が怒っているみたいだ。やはり可愛い。
「ここなさん。像はちゃんと元に戻ったのですから、良しとしましょう」
しずくがそんなここなをたしなめる。しずくはここなより三歳年下のはずだが、こんなときは、しずくの方がお姉さんみたいだ。
「嫌なことをお願いしちゃって、ごめんな」
僕はいくぶん幼く見えたここなの頭を軽くポンポンと撫でる。
「……もう。今回だけなんだから」
ここなはちょっと照れた様子を見せながら、僕のことを許してくれた。
阿砂が美術室の怪異を体験したあの夜。僕たちも同じ時間、同じ空間に実は一緒に居た。僕としずくは、ここなたちの世界。ここなは僕の世界。
ここなには、美術主任教諭が新しく用意していた新品の石膏像を落として割るようにお願いしていた。僕たちは前もって、あの美術室の窓辺の棚に『CWC』の空間を作っておいた。
そして、阿砂が棚の上に置いたとき、その空間に鉱物を元の形に戻す特別な音を流してもらえるよう修復士に依頼したのだ。
「そういえば、対価は結局どうしたの?」
ここなとしずくに今回の計画を依頼したとき、それは何とかなるから任せといてと言われた。だから、それに甘えてしまったのだけど。ここなとしずくが目を合わせて、微笑みあう。
「それはこれから……考えます」
そして、僕はしずくにニコリといたずらっぽい笑顔を返されてしまった。
しずくのときに、僕がしずくに言った言葉が返ってきたから、なんだかとても嫌な予感がする。
「しずくちゃーーん。持ってきたよーー」
玄関から隼人の声が聞こえてきた。
「隼人さんだ!結人さん、ここなさん。運ぶの手伝ってください」
玄関には、続々と楽器が運ばれてきていた。電子ピアノ。卓上木琴。パーカッションセット。そこそこ広い玄関フロアのはずだが、床はあっという間に埋まっていく。
「おねえちゃーん!」
「葵ちゃん!」
楽器をリビングに全て運び終わった頃、隼人の妹がリビングに飛び込んできた。しずくと葵は抱きついて再会を喜ぶ。
「ほうほう、そうですか。玲人さんはこんな家を建てられていたんですね」
聞き覚えのある声に振り返ると、来條がここなに連れられて、リビングに入ってくるところだった。その来條の後に続いて、修復士の男性もキョロキョロしながら現れる。僕は一気にこの状況を理解した。
「しずくさん、まさか……」
「辻村家プチリサイタルを開催します!」
ここなと隼人、葵にまでニンマリと微笑まれて、僕は身構える。事情を知らされていなかったのは僕だけだったらしい。
「結人さんも参加です。拒否できません」
「……はい」
どうやら僕は、しずくにしっかりと仕返しをされてしまったようだ。
ピアノが弾けるここなは主旋律。打楽器を演奏できるしずくと葵は副旋律とリズム。三人だけで演奏は完結していたのだけど、音楽に無知な僕と隼人も、タンバリンやカスタネット、トライアングルなどの小物楽器を叩かされた。
ハッキリ言って上手じゃないし、タイミングも外す。だけど、観客である来條も修復士も、ずっと楽しそうに笑っていた。
それは僕たちが笑っているから。僕たちが奏でる音を楽しんでいるから。
辻村家はその日、いつになく華やかで賑やかな空間になっていた。
単純なことなんだって僕は気付く。自分が楽しいこと。嬉しいこと。自分が感じる好きをただ全身で感じて、そして動けば、世界の色はいつもよりも明るく輝いて映る。
そうやって、すこしずつ前に進めばいい。
なんて、自由に音を奏でながら、いつになく自然体な自分を、今日はいいなと思えていた。
第二部・第一章 完
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
第二部・第一章(二章分くらいの分量はありますが……)まで参りました!
第二章では、結人の父が登場予定です。また、この世界の更なる真実に迫る内容です。
結人たちの成長が、皆さまの心の奥に響きますように。私も一緒に、成長していこうと思います!
お付き合いくださり、本当にありがとうございます!
引き続き、結人たちに会いに来てくれたら嬉しいです!
ぜひここまでの感想や評価をお願いします!
ブックマークも宜しくお願いいたします!
続き、頑張りまーす!
HiKaRi




