隼人のモテ期?
7.
保健室の窓から柔らかな風が吹く。消毒液の匂いが鼻をかすめた。テーブルの真ん中にはおかずのみの弁当箱が三つ。
「ついに、俺にモテ期が到来した」
いつもなら真っ先に食べたい総菜を確保する隼人が、箸すら持たずに宣言する。恵利華はそんな隼人を一瞥した。
「アルコールの匂いで、頭がおかしくなったんじゃない?」
「おい、恵利華。それはひどくね?」
隼人が恵利華をジト目で見る。恵利華はそんな隼人を構わずに、僕へと話を振ってきた。
「結人が自覚するならまだしも、ねぇ?」
「僕が自覚って?」
僕が首をかしげると、二人からの無言の圧。その意味も分からず、眉間にしわをよせると、二人はアイコンタクトをして、呆れ顔で小さく頷き合っていた。
恵利華が教室に顔を出さなくなったから、昼休みは僕たちが保健室に足を運ぶことにした。気を遣わなくてもいいわよと恵利華は僕たちを最初は拒んでいた。
だけど最近はそうでもないらしい。お手伝いさん手作りの総菜の量が明らかに増えた。毎日自分で弁当を作っている隼人は、その総菜を今では当てにしている。
「だけど、マジなんだよ。ここ最近、すごく視線を感じるんだ。気付いて振り返ると、姿を隠しちゃうんだけどさ。いつも俺の後を追っかけてくるんだよね」
「……ねぇ。それってストーカーってやつじゃないの?」
「まぁ、そういうやつか?」
隼人はあっけらかんとしながら、嬉しそうに唐揚げを口に運ぶ。今度は僕と恵利華がアイコンタクトをとる。
「ヤバくない?」
「良くないね」
僕と恵利華は神妙な顔つきで大きく頷き合った。
* * *
休日、僕と恵利華は電信柱の影に身を潜めていた。視界にギリギリ入るくらいの距離で、隼人が街ブラをしている。
「結人、気配を探って」
「ああ、分かってる」
僕は深呼吸をして、隼人の周辺に居る人の気配を探る。さっきも、その前も感じた同じ気配を察知する。僕は恵利華に、その存在の場所を伝えた。
「目深に帽子を被っている、茶色の上着と紺のパンツのあの人がそうっぽい」
「あれね。ふーん、体つきからして女性ね。明らかに怪しい恰好ね」
そう言って、その相手に鋭い視線を送っている恵利華の姿を僕は眺める。服の好みをとやかく言うものではないが、恵利華は大きなサングラスまで身に付けて、全身黒づくめだった。ミニスカートじゃなかったら、恵利華の方がストーカーだと思われてもおかしくない。
「なによ、結人。私に言いたいことがあるみたいじゃない。言いなさいよ」
「……そんなもの、無いよ」
ぎくりとするが、恵利華の機嫌を損ねることを敢えて言う方が恐ろしい。
「嘘を言ったってバレるって分かってるでしょ?」
「……あ!隼人が見えなくなる!急ごう!」
「あ!こら、結人!」
僕はそそくさと早歩き。僕たちはモテ期が到来した隼人のために、ストーカー調査に乗り出していた。
ストーカー女性は一定の距離を置きながら、隼人の後をつけていた。その行動はぎこちなく、尾行の仕方は素人だ。隼人が気付いたのも頷ける。
その女性が、隼人が街中で興味を示しているものをチェックしているのは間違いないなかった。隼人が立ち止まり物色した場所では、その女性も必ず立ち止まる。そしてそれが何かを確認していた。
数時間歩き回った。隼人は公園のベンチに座り、ホットドッグを嬉しそうに頬張っている。木の陰からそれをじっと見ている女性が居るというのに呑気なものだ。その二人からさらに離れたところで、僕たちは身を潜める。
「恵利華はあの女性、どう思う?」
「色を見る感じ、隼人に対して関心があるのは確かみたい。だけど愛とか恋とか、そういう類じゃないわね。っていうより、あのオーラの感じ。私、知ってる気がするのよね」
「恵利華もそう感じる?僕もあの気配を見慣れている気がしていたんだ」
美味しそうなホットドッグ。隼人の口に入っていくそれを無意識に目で追っていると、僕の隣でグゥとお腹の鳴った音がした。頬を赤らめた恵利華がお腹を押さえながら、そっぽを向く。
「……隼人だけズルい」
恵利華の口から零れた言葉に、僕は小さく笑う。
「恵利華、隼人に連絡してくれる。もう終わらせよう。僕もお腹が空いた」
緊張感が薄れてしまいそうになるが、後もう少しの辛抱だ。
* * *
隼人が真っ直ぐな路地に辿り着いた。隼人と恵利華のスマホの通知が鳴り合う。行動開始だ。隼人が突然振り返り、ストーカーの女性が居る方向に歩き出す。
それに気付いた女性は焦って来た道を戻ろうとする。そして、僕と恵利華は、まんまとその行く手をふさいだ。
逃げられなかった女性は路地の壁に張りつき、僕たちにさらに追いつめられる。女性の被っていた帽子がズレて、見知った顔があらわになる。
「阿砂先生。何をしているんですか?」
「……ははは。柏木、東条。奇遇だなぁ」
阿砂は僕たちを見て、非常に引きつった顔をした。
* * *
ホットドッグを食べたばかりのはずだ。だけど隼人はラーメンを啜るかの勢いで、ナポリタンを平らげようとしている。昼時もあって、ファミレスは賑わっていた。テーブルには阿砂の奢りで頼んだ料理が並んでいる。
ストーカーまがいをしたことを阿砂は潔く認めてくれた。だけど、その理由については、はぐらかしてなかなか話し出さない。
「料理は揃いましたよ。どうして隼人をつけ回していたのか、そろそろ教えて貰えませんか?」
阿砂は目を泳がす。教育実習生でもある阿砂がいち生徒を追いかけまわしていた。学校に報告すれば、それなりに問題になる。
「理由によっては学校に黙っていてあげます。だけど、話してもらえないんだったら……」
「は、話す!話すから!」
そもそも告げ口するつもりはなかったけれど、致し方なくズルい手を使ってみる。阿砂はテルから依頼された観察対象でもある。この機会に、これまで阿砂と接してきて感じた違和感を、どうにかして確認したかった。
「えっと、その……東条が美術室の窓を開けていたのを見てだな」
「美術室の窓を開ける?」
阿砂は意を決したように、グッと手に力を込める。そして次の瞬間、隼人をバッと目で捉えた。
「東条はエスパーなんだろ!?」
「へ?」
隼人はフォークに巻きついてたパスタをポロリと皿に落とした。途端に目を潤ませる。
「阿砂先生には、俺がエスパーに見えるんですか?!」
隼人の表情が感激に溢れている。それはさておき、僕は気にせず、質問を続けることにした。
「どうして隼人がエスパーだと思ったんですか?」
「見たんだよ。東条が手を触れずに窓の開け閉めしていたところ。アレは念力ってやつだろう?」
そう言われて、思い出す。隼人とここなに協力して貰った美術室と音楽保管庫での実験。あの実験を阿砂に見られていたということか。
「東条が開けていた窓は、あの怪異が起きた棚のところだった。だから何か知っているんじゃないかと思って、後をつけていた。なぁ、何か知っているんだろう?この学校に居られるのも残り少ないんだ。もうあまり時間がない」
教育実習の期間が終われば、阿砂はこの学校を自由に出入りできなくなる。それまでに、阿砂はどうしても美術室の怪異の再現をしたいのだろう。
「どうしてそんなに、その怪異に拘っているんですか?」
前回も気になったことだ。だけど阿砂は、僕が確信に触れようとするたびに話を反らす傾向にある。
「それはただ、もう一度あの怪異を体験したくてだな」
その返答は前にも聞いた。これではまた堂々めぐりになる。
僕は私は無関係よっという顔をしながらパンケーキを食べている恵利華を肘で小突いた。恵利華と横目で視線を合わせ、協力して欲しいと目で訴える。恵利華は面倒くさそうに小さく息をこぼした。
「阿砂先生。私、大人の嘘は大嫌いです。本当のことを話してください」
ずっと黙っていた恵利華のことを阿砂は誰か分かっていたらしい。
「……えっと、神道だよな?初日しか会っていないけど」
恵利華はそれに答えず、フンっと鼻をならして、そっぽを向く。
「怪異を体験したいというのは嘘なんですね。じゃあ、本当の理由は何ですか?」
断言して追求すると、阿砂は言葉を探しているようだった。
「……いや、ほらな。そう!あの頬の傷を直す自信がないから、怪異に頼りたくてだな」
「それも嘘ですね」
恵利華がすかさず打ち消す。
「………っ!神道、お前なんだんだ。お前もエスパーなのか?!」
阿砂がワタワタする。恵利華はストローを吸いながら、阿砂に冷たい目線を向ける。苦手だとは言っていたが、恵利華の阿砂に対する態度は、なかなか露骨だ。
僕は質問を変えることにした。拘る要因はきっとコレが絡んでいるのだろうと推測していた。
「阿砂先生は僕に教えてくれましたよね。あの美術室の怪異は、『割れた像が復活すると《《願いが叶う》》』って」
阿砂が息をのむ。僕は確信し、静かな声で続ける。
「どんな願いを叶えたいんですか?」
阿砂はしずかに黙り込んだ。嘘を言っても恵利華に突っ込まれる。としたら、何も言わないという選択になったのだろう。
美術室の怪異は、阿砂が過去、体験したから出来た噂。つまりは、阿砂は前回、願い事をしたということなのだ。それが叶ったのか、叶わなかったのかは分からない。だけど、ここまで拘っている理由はそこにある。
また、あの石膏像には気になるものがある。それは底に書かれていたサインのような文字。そして、思い出したことがあった。美術主任教諭から見せられた雑誌に掲載されたサインのことだ。僕の中で、その二つのサインが重なる。
怪異が起きたその日、阿砂は一人じゃなかった。一緒にそれを体験した人が居る。
「浅木律」
僕は雑誌に載っていたその名を口にする。すると阿砂は、明らかにビクっと肩を揺らして飛び上がる。そして、怯えるような目で僕を見てきた。
「なんで律のことを知っているんだよ。もうお前ら、怖い!」
阿砂は、はぁ~っと大きな溜息をこぼし、観念した表情をした。テーブルにあったインターフォンを押して、店員を呼び出す。
「生ビール1つ!お前らも何か飲め!」
阿砂は注文を取りに来た店員に、居酒屋にいるかのように酒を頼んだ。そして生徒に酒を強要する見習い先生に、僕は苦笑い。
「僕たちは未成年ですよ」
「ジュースでも何でもいい!付き合え!」
タガが外れた阿砂は、ビールのジョッキを手にした瞬間、すぐにグイっと口に当てる。そして二つ頼んでいた片方を一気に飲み干した。
「……奇跡がもう一度起きたら、自分がどうしたいかが分かるんじゃないかって思ったんだよ」
阿砂がさっきまでとは違う落ち着いた声で言う。そして僕たちに、過去の話をし始めた。
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次回、阿砂の過去が明らかに!
更新は明日の7時です。
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