美術室の怪異の真実
5.
「楽器の保管庫はここだよ」
しずくの壊れたマリンバが保管されている場所に僕たちは訪れた。
ここなが保管庫の鍵を開け、一緒に中に入る。保管庫の中は防音素材で作られているからか、シンとし過ぎていた。自分の耳の感覚が変になりそうだ。
「これが壊れちゃったしずくのマリンバだよ」
台車の上にはひび割れたケースが乗っていた。ここながそのケースの側面にある蓋をスライドさせる。中を見ると、先日みたマリンバよりも一回り大きい楽器が入っていた。透明のクリスタルの管が連なって並んでいる。
だけど、その管は無残にも割れている箇所がたくさんあった。美術室にある接子象の頬の傷もそうだが、綺麗なものに傷が入っていると、なんとも切ない気分になる。
マリンバが壊れたと聞いた時、部品が外れたとかくらいにしかイメージしていなかった。それならば、修理することができる。
しかし、目の前の管はクリスタルだ。割れたものを修理するとしたら、管ごと入れ替える必要がある。そうなると、新しいクリスタルの管を作らないといけないし、繊細な音を奏でるマリンバだからこそ、ただ入れ替えるだけでは済まないだろう。修理には相当な時間が掛かりそうだ。
「このマリンバ、修理するのにどれくらい日数が掛かる?」
しずくがあの曲を演奏すると言ってくれたとしても、その演奏日までに修理が間に合わないかもしれない。
「日数?」
「何日間くらいかかるのかなって」
「え?1日でなおるよ。っていうか、数時間くらい」
「……す、数時間?」
僕は頭が混乱してきた。この状態のマリンバが数時間でなおるっていうのはどういうことなのだろう。
「え……えっと。どうやってなおすの?」
「修復士さんに来てもらって、お願いするの。修復士さんは鉱物で作られたものだったら、最初に出来上がった時の状態へ元通りにすることができるんだ。食器や家具とかも鉱物で造ってるから、欠けたり割れたりしたら、いつも修復士さんにお願いして、再利用してるよ」
「そんな技術があるんだ。どういう仕組み?」
「詳しい方法は私、専攻していないから勉強してない。だけど、その鉱物それぞれに合う振動数とか周波数とか特有の音があるらしくて、修復士さんはその音を理解しているから、その音を作り出して形成したり、逆に細かくしたりもするみたいよ」
鉱物の種類に合わせて、それらを加工する技術が、ここなの世界にはあるということか。
「科学技術は、僕の世界よりもかなり進歩してるんだね」
ここなの住んでいる世界は、原始時代のような自然豊かな場所だから一見勘違いするけれど、考えてみたら、ここなたちの住まいやそれ以外の建物も僕の世界では存在しない未知なものが多かった。
「鉱物だったら、割と普通だよ。砕いたり、直したり、普段からよく見てる」
「しずくさんのマリンバもその技術でなおしてもらえるってことなんだね」
「うん。マリンバも鉱物で出来てるからね。同じ方法でなおしてもらえる」
修理にかかる時間は気にしなくてもいいということには安心する。
「そういえば、マリンバが壊れた理由は分かった?」
「おそらく音のせいだろうって言われた。あのマリンバは音階が広い分、割れやすいんだ。だから、防音効果が高い石膏で出来たこのケースに入れて保管しているんだけど、たぶんこのスライド式の蓋が開いちゃって、予定外の音が中で反響したんじゃないかって話になってる。このケースごとヒビが入っているから、たぶんそうじゃないかって」
「石膏…、音……」
「普通なら滅多に出ない音なんだって。不運としか言いようがないって言われた。でも、また楽器が壊れるのは勘弁してほしいな。修復士さんにお願いする対価を考えると、ね」
確かに割れる度に何かしらの対価が必要になるのだから、頻繁に起こってしまうのは困るだろう。
「そういえば、今日はどうして楽器の保管庫を見に行きたいなんて言ってきたの?」
「僕の学校でも、ちょっと奇妙な事象が起きていて、なんとなくピンときたことがあったんだ」
実際にこの楽器保管庫を見て、ここなの話を聞いて、これまで僕の世界で起きてきたことを思い返すと、やはりそうだと僕の中で繋がっていく感覚があった。
「ちなみに、このマリンバをなおすとしたら、この場所でお願いするの?」
「うん。音を遮断できる空間が良いから、この場所は最適なんだ」
なら尚更に可能性は高くなった。
「ちょっと実験のようなものをしてみていい?」
「実験?」
僕は付けてきた腕時計を確認する。そろそろ来るだろう。
予定していた時間を時計が示した時、楽器保管庫の防音壁から、隼人が浮き出るように出現した。互いの世界の床の高さが違うからか、隼人の下半身は、保管庫の床の下に埋まっている。そのまま前に進んでくるから、異様でしかない。僕の友人がそんな光景を作り出しているのは変な気分だ。
隼人は僕に気付かないまま、ある位置まで歩いていき立ち止まった。そして、床から這い上がってきて、隼人の全身が映し出される。
「ここな。この楽器ケースの台車を動かしていい?」
「え?うん」
ここなには隼人がみえていない。だから、何が起きているのかはまったく分からないだろう。
僕は台車を隼人の居る位置まで持っていく。そのうち隼人は人差し指で、長方形を描くように、同じ位置を何回もなぞり始めた。
僕はその指の位置に、スライド式の蓋が付いているケースの側面を合わせる。そして、ケースを挟んで隼人の真正面に立った。
隼人の指の動きが完全にケースの側面の角をなぞる状態が完成してから、僕はスライド式の蓋を動かした。すると隼人の手の動きが止まる。僕と隼人の二人の目線は、その蓋に注視した。
真向いに立っている隼人が今度は蓋に手を伸ばす。楽器ケースの蓋は僕が触っていないのに勝手に閉じていった。
「蓋が閉じたよ!何が起きているの?」
僕の隣で見ていたここなが驚いて覗き込んでくる。
「隼人が僕の世界側で、この蓋を動かしたんだ」
「どういうこと?」
「今、ここで、『CWC』が起きてる」
一度閉まった蓋を僕がもう一度開けると、隼人が一気に、目をキラキラさせたのが分かった。そして何かを叫んでもいる。目の前でオカルトな事象を体験して、興奮しているのだろう。僕は思わず小さく吹き出してしまう。
僕はケースの蓋を閉めて、そしてすぐにその場から台車を動かした。もうこれで『CWC』は消えたはずだ。
『地球にある世界は互いの位置により、条件を満たすと干渉する』
これは、辻村家二階の書庫にある資料に書かれていることで、『CWC』を起こしてしまう避けられない理。
「何か分かったの?」
「ああ。しずくさんのマリンバが壊れたのと、僕の学校の石膏像が割れたのは、『CWC』が関係していた」
そして、過去に阿砂の前で起きた美術室の怪異も『CWC』がおそらく関与しているのだろう。ここなの世界に鉱物を音で直す技術が存在しているなら、『CWC』が起きる空間さえあれば、それが可能だ。
「僕の学校の美術室の窓枠と、このケースの側面がまったく同じサイズなんだ」
偶然にも、同じ位置にこのケースが置いたことで作られてしまった空間。テルの言う通り、今回の『CWC』は流動的だ。
石膏像が割れたあの日、生徒が暑くて窓を開けた時、その窓を一気に全開にしたわけではなく、画板に押さえられた画用紙を飛ばさないように遠慮した開け方をしていた。
だから、中途半端にあけたその窓枠の位置が隙間風を一瞬作り出してしまったのだろう。それが運悪く、普段なら出ない音を作りだしてしまった。その結果、このマリンバも割れてしまったのだ。
もう『CWC』が起きないと分かったのだろう。隼人がその場から動き出した。僕はそんな隼人を見送る。やっぱり一度も目は合わなかった。こうして世界が違うと、隼人も僕が見えなくなってしまうんだなっと、分かってはいたけれど、少し悲しくなる。
隼人とは、事前に時間を決めて、美術室の窓枠をなぞって欲しいとお願いしていた。そして、窓が勝手に開いた時は『CWC』が起きた時だと伝えていた。隼人の協力のおかげで、その原因を確認することができた。
「そろそろいいですか?楽器を運びたいのですが?」
保管庫のドアから声が聞こえて振り返ると、そこには見覚えのある顔がそこにあった。僕が美術室に行く度に見かける異世界の住人である男性が立っていた。
「すみません。もう終わります」
ここながその男性に頭を下げる。僕に小さく「この楽器保管庫の管理人さん」と教えてくれた。
「なるほど」
僕はついに、彼が過ごしている景色を見ることが出来たようだ。
次回の更新は本日21時です。




