ここなの父への思い02
ここなは父さんのことを父親としてではなく、別の意味で好きなの?なんて聞きずらくて、伝え方に戸惑う。なんて聞いたらいいんだ!
「先生って呼ぶのは、本当に先生だからだよ?」
だけど、ここなの返答はあっさりしていた。
「え?」
「音楽専攻の学校の先生なの。先生はピアノ科で、私はピアノを専攻する前から習っていて、幼い頃から私の先生。だから、先生って呼んでる。しずくもそう呼んでる」
「……ああ。そうなのか」
僕の中で割と引っかかっていた部分だったのだけど、あっさりと否定されて拍子抜けした。
そういえば、しずくも父のことを、お父さんではなく、玲人先生と呼んでいた。ここなの世界では、両親も先生も、自分たちを導く大人という意味では同じ立場なのかもしれない。
だけど、父さんが音楽専攻の先生で、ピアノ科?父さんがピアノを弾く?
僕の世界では不動産業と聞いていたから、音楽とかピアノとか無縁そうに思えてしまう。
「だから余計にだったんだと思う。家ではお父さんだし、学校では私の先生。私の生活の中で、先生と関わっている時間が一番長かったの。だから、あの日も先生は言ってた。私とは関わりすぎたかもしれない。なんのために、この世界では、わざわざこんな大家族という構成を組んでいるのか。その意味が無くなるって」
ここなの世界で、わざわざ大家族という構成を組んでいるその意味。
「依存の分散?」
「……うん。私、先生に依存しすぎてたの。先生が居なくなってから、気付いた」
確かに近くにずっと居ると、自分がどれほど相手に頼り切っているかを気付きづらい。僕も隼人が行方不明になった時、やっと隼人のことをしっかりと見ることができた。
「私、今18歳でしょう。20歳になったら、もう学生ではなくなって、自分がやりたいことや好きなことを生活に役立てたり、周りの人たちに貢献できるような活動をすることになるの。私は音楽専攻だから、その方面の活動をしようとちょっと前までは思っていた。だけど、この歳になって、本当にこの道なのかなと疑問を抱くようになったの」
「音楽が嫌になったとか?」
「ううん。音楽は好き。ピアノを弾くのも好き。だけどね、何て言うのかな。ずっと音楽をやっていきたいのか。音楽でみんなを楽しませたいのか、喜ばせたいのかって考えたら、何か違うなって思い始めたの」
「好きならそれでいいんじゃなくて?」
「なんか違うんだ。好きだけのことではなくて、そうじゃなくて。もっと音楽ではない別のことで、誰かの役に立ちたいって、なぜか漠然とそう思っているの」
それはとても難解な課題ではないかと思った。僕自身、今どうするかなんて、何も考えていない。
高校二年生の僕は高校を卒業したら、どうするつもりだったのだろう。自分にも置き換えても、更に重たい難解な課題としか思えない。
「私、やりたいと思うと突き進んでしまうところはあるんだけど、あまりに気持ちのままに走っちゃうから、後々になって、これで良かったのかなって不安になることがよくあるの。それで、先生によく、こうなっちゃったけど、どうしたらいい?って聞いてたんだ。
先生はいつも、そんな私にアドバイスをくれていた。それでいつも何とかなってた。そんなこともあって、いつものことのように先生に相談しちゃったの。『私は卒業後、どうしたらいいと思う?』って。それを聞かれた先生は、すごくショックな顔をして、固まってた。その時、『もうこれ以上、うちらは関わらない方がいい』って言われちゃった。すごく悲しかった」
それでここなは泣いたのか。悩んでいるここなへの返事に、ちょっと冷たすぎる気はしたけれど、ふと来條がしずくに言った言葉も思い出した。
『しずくのためにはならない。自分で考えなさい』
あの優しそうな来條がそういうことを言うのかとあの時も思ったけれど、きっと父がそう言った言葉の裏には同じ気持ちがあったのだろう。
「父さんは、ここなに自分の未来は自分で考えて欲しかったのかもしれない」
「……うん。私も今はそう思う」
ここながまた自分を恥じるように笑った。恥じらう事じゃないと僕は思った。僕だってまだまだ、ここなの一歩にも及ばない。この先の未来なんて、まだ見えない。
ここなの悩みを聞いて、ここなには本当に申し訳ないのだけど、僕は自分の中のモヤモヤがだいぶ晴れてしまった。あの本の内容を理解できない僕は、自分が劣っているのではないかと自分を卑下していた。
隼人やここな、しずくの三人と自分を比べて、僕は自分の価値を計り、自らそれを下げていた。きっとしずくもそうだから、自分の作った曲を、自分の演奏を信じられなくなってしまったんだろう。
「ピアノを弾くのを止めたのはね。自分の本当にやりたいことを見つけるために、一度、離れてみようと決めたからなの。本当にそれで良かったのかは、今の自分には何もないから、やっぱり不安になる。でも結人くんと出会って、『CWC』の任務に関わっていると、ちょっとずつだけど、自分の未来が見えてきそうな気がしているの。漠然とだけどね。しっくりくるものがあるんだ」
「そうなんだ」
ここなにとって『CWC』の任務がそんな風に役立っていたとは思ってもみなかった。僕は自分の特殊能力が疎むものではなく、役立てるものになればという思いで取り組んでいるけれど、ここなにもここななりの価値があったようだ。
「だから、結人くんと出会えたことは本当に感謝しているんだ。今はまだ先生に胸を張って、自分の未来について話すことはできないけれど、先生と再会できた日には、自分がどんな未来をどう歩みたいかを伝えられたらいいな」
僕はこれまで見てきたここななら、きっと大丈夫だと思った。
「自分の気持ちに真っ直ぐなここなを僕はすごいと思っているよ。後々になって不安になることがあるって言っていたけど、自分の気持ちが分かるからこそ、今は見えなくても、そのうちきっとたどり着けると思う」
僕は思った気持ちをここなに素直に伝えた。
「そうかな?」
「そうだよ」
僕の真っ直ぐな思いが伝わったんだと思う。ここなが嬉しそうに僕に笑みを返してくれた。その笑顔に救われる。ここなはそうやって、周囲を和ます力もある。
「正直に言うと、僕も今回いろいろと考えさせられることがあって、僕は本当に自分に自信がないんだなって実感した」
「え……?結人くんが?」
ここなは僕の発言にとても驚いた顔をした。僕はここなから、そんな風には見えていないということなのだろうか。
「自分の気持ちに素直になれないこともある。ずっと周囲にポーカーフェイスを気取ってきたから、
本音を伝えることに抵抗があるし、そもそも本音が分かっていないこともあるかもしれない」
「もしかして、私と一緒にいて、辛かったり我慢していることがあったりするの?」
ここなが凄く心配した顔で僕の顔をじっと見てきた。そう言えば、ここなにずっと振り回されている感はあるけれど、嫌だと思ったことは一度もなかった気がする。
「大丈夫。それは一度もない」
「そっか。それなら、良かったーー」
ここなの頼みごとは断れない。だけど嫌だと思ったことはない。これは、きっとここな自身が持ち合わせている魅力がそうさせているのだろう。
「ここなと出会って、ここなとこうして関わってきて、僕の中で、『目には見えない大切なもの』ができたことに気付いたよ」
「目には見えない大切なもの?」
「ちょっと恥ずかしいことを言うかもしれないんだけど……」
「うん」
「……僕はずっと、自分の特殊能力が僕を困らせるだけで何の役にも立たない煩わしいものだったんだ。だけど、ここなと出会ってから、それが真逆になった。こんな僕でも役に立てることがあって、充足感を与えてくれるものになったんだ。
だから、僕はここなとの出会いにも、こうして一緒に居られることにも感謝していて、ここなに出来る限りのことをしたいって思ってる。その気持ちが行き過ぎて、さっきみたいにここなを傷つけてしまうこともあるかもしれないんだけど」
「ううん。それ以上に、結人くんにはこれまでも十分に私はもらっている。私、思い出すと気付けば突っ走っちゃっているでしょう。そんな私の近くに結人くんが居てくれるってことが本当に心強いんだ。私はずっと、結人くんに救われているよ」
「そうなんだ」
「うん」
僕らは互いにちょっと恥ずかしさを隠しながらも微笑み合う。
目に見えない大切なもの。それは人によってそれぞれで、関わるものや相手によっても変わる。
ここなと父との間にあるもの。しずくとマリンバ。しずくとしずくの友達。阿砂と石膏像。母と父。
みんな、その目に見えない大切なものができて、嬉しいことをもたらすこともあれば、辛いことを抱えてしまうこともある。だけど、それで立ち止まったとしても、また進んでいけたらいい。僕らがこうして一歩、先に進めたように。
そして、出来ることなら僕は、しずくにも立ち止まったままでいて欲しくなかった。
「しずくさんの目には見えない大切なものも、僕も少し分かった気がするんだ。だから、しずくさんにあの曲、もう一度、弾いて欲しい」
しずくの演奏はしっかりと形になっていた。だから無かったものにしてしまうのはもったいない。
「私もそう思う」
ここなが強く頷いてくれたから、それが僕の勇気になる。
「それで、ちょっと考えてみたんだ」
しずく自身が、自分の作った曲を大切なものだと思えるようになるように。そのために、僕が今、できることをしてみたい。僕はここなにどうしたいかを話し始めた。
次回の更新は本日12時の予定です。




