祝福に満たされる夜
バラードの曲が流れ始めれば、周囲の空気は一気に落ち着いたムードに変わった。
低音のゆったりしたリズム。深みのあるボーカル声。キャンプファイアの炎のゆらめきさえ、静かに揺れていた。
僕はこれまでのことを振り返る。
無事、テルの任務もイベント実行委員もやり遂げることができた。その実感が確かにあった。隼人に頼もしくなったとも言われた。
僕は隼人と恵利華を見て、そしてその周りにいる今回僕たちを助けてくれた実行委員の仲間たちにも目を向けた。
これまでまったく関わりを持とうとしなかったこんな僕に、彼らは快く手を差し伸べてくれた。
気持ち悪がられること、嫌われることを恐れて、避けてきた。
だけどそれは自分自身の問題で、僕が歩み寄れば、彼らはそれに応えてくれる。
しかも今回は、他の人には見えないここなが僕の隣にずっと居た。それなのに、僕が恐れていたことは起きていない。
周りがどうなると心配するんじゃなくて、僕がどうするかが大切なんだ。
今回、僕が頼もしく思われたのも、達成感を感じているのも、助けてくれた実行委員のみんなのおかげだ。だからみんなに、感謝を伝えたい。
そう思ったけれど、僕はそのタイミングが分からなかった。
彼らは音楽に集中していたり、会話をしていたりと行動は様々。人によっては距離があって、声をかけるにも勇気がいる。
キャンプファイアーが終わった後にみんなを集める?
だけど、楽しい余韻の後に後片付けなんて気分が下がるという提案で、僕らは既にやるべきことを終わらせていた。
どうしたらいい……?っと、思った瞬間だった。
周りが急にキラキラと光り輝き始めて、辺りがぽわ~っと金色の光に包まれた。
『きゃあ、なにこれー』『すっげー、きれーー』『どういう演出ーーー』『最高すぎるーー』
綺麗な光の粒が宙を舞っていた。星や蝶など、いろいろな形をしている。鮮やかで色とりどりな暖色系。そんな神秘的な光が、キャンプファイアーを囲んでいる生徒全員を包み込んだ。
手を伸ばすと、それは熱くない。すり抜ける光の結晶。さながら空気の空間プロジェクトマッピングだ。
「結人、なんだよこれ。こんなのも用意していたのか?」
隼人が僕に尋ねてくる。そして、実行委員のメンバー全員の目が僕に集まった。
『結人が任務に尽力したら、ご褒美を用意するよ』『どんなご褒美ですか?』『俺が結人を助けるために役立つ最大な何か、かな』
テルとの会話を思い出した。それは確かに、僕を助けるために役立つ最大な何か。
僕を包み込む光と空気が、声を張り上げる力をくれる。
「みんなに感謝を伝えたかったんだ!みんな!今回は手伝ってくれて、本当にありがとう!すごく助かった!嬉しかった!!」
僕は全員に聞こえるくらい大きな声が出せた。ずっと避けてきた。
関わらないようにしてきた。だけど、そんな自分を変えると決めた大きなの一歩。
「楽しかったな!」
「良い体験ができたぜ!」
「また一緒に何かしようね!」
実行委員のメンバー全員で笑い合う。
「この光、とっても綺麗ね……。この場所全体の色がみんな同じ色。みんなの心も空気も……」
いつも眉間にしわを寄せている恵利華の顔が惚けていた。だけどそれが分かるくらい、僕の顔も緩んでいた。
不思議な感覚だった。この場所にいる生徒全員の心が同じ方向を向いている。課外授業中の恐怖や混乱はもういっさい無い。ただ満ち足りている。
『今、この瞬間が最高』
そう伝わってくる鼓動が。波動が。僕たちを丸ごとを包み込んで、震えていた。
「まったくどんな手品だよ。ありがとう、テル」
僕は空に向かって、小さく呼びかけた。
その僕の言葉に答えるかのように、周囲を包んでいた星や蝶、丸い粒が一気に光量を増したかと思ったら、パッと弾けた。そして僕たちに光のシャワーが降り注いだ。
4.
肩の力を抜いて見上げれば、たくさんの星が輝いていた。
頑張った日の終わりを喜んでいる。そんな風にきらめいてみえる空は、とてもきれいで澄んでいた。
夜の風が頬を撫でる。柔らかくて、心地よくて。それは今、僕の隣にいるここなが纏っている雰囲気に似ていた。
「やっと二人っきりになれたね」
「ああ」
微笑んだここなの顔が僕の心をふわりと和らげてくれる。周囲には誰も居ない。キャンプ場エリアからだいぶ離れた緑の丘。
やっと目を合わせることができる。会話ができる。明日の朝、僕たちが住んでいる町に帰れば、それは叶う。だけど今日のうちに、僕はゆっくりと、ここなと話がしたかった。
夜はだいぶ更けていた。キャンプ場のテントにいる生徒たちは、きっともう寝ている。
「眠い?」
「うん、大丈夫」
ここなの目が僕をじっと見る。僕もその目を見つめ返す。
「私も結人くんと、こうやって話したかったから」
こんな風に目と目を合わせられるということが、大切で価値があるなんて、思いもしなかった。
そうしてちょっとお互いに恥ずかしくなったんだろう。僕たちは同時に頬を緩めて、くすくす笑って目を反らし合った。
「テルさんからの初めての任務。ちゃんと解決できて良かったね」
「ああ、本当に良かった。テルが用意した肩書で、まさか実行委員までやらされることになるなんて思いもしなかったけど」
「私には結人くんしか見えなかったけど、結人くんの会話や様子を見ているだけでも、いろんな人に頼られているんだなぁって、感心しちゃったよ」
「僕はただ必死だっただけだよ。逃げることもできなくて、目の前のことを一つ一つ熟していただけ」
「そうだとしても、任されたからには頑張ろうとしていたってことでしょう?その気持ちが結人くんが挫けないように守ってくれていたんだよ」
僕のその思いが自分自身を保っていたんだとしたら、テルから与えられた肩書は僕に役立っていることになる。とはいえ今回のことは僕一人では成し得なかった。
そうか。いろいろな意味で、僕は守られていたんだ。
「星、きれいだね」
ここなが空を見上げる。
「僕の町だとこんなに星は見えないな」
「私の住んでいるところは、これくらい星が見えるよ」
僕たちの世界の空は同じはずだ。夜でも外灯が明るい僕の町では、こんな風に星は見えない。ここなの世界の夜はどんな感じなんだろう。
「そういえば、まだ夜にここなの世界に行ったことないね」
「じゃあ今度、一緒に真夜中デートする?」
ここながちょっと甘めの口調で、最近覚えたてのワードを使ってみせた。その響きはここなの口から発せられたというだけで、色めき度合いが変わる。
「真夜中デートって……」
声が上ずってしまう。
デートというものは、恋人同士や好意を持っている者同士がするもので…。僕たちは付き合っているわけでもなくて…。
だけど、少なからず僕は、ここなに好意は抱いている?いや、それは人としてであって…。しかも真夜中って……。
「あ!流れ星!」
「え?」
僕一人気恥ずかしさに悶えていたのに、ここなはそんなことはつゆ知らず。今先ほど流れたのであろう星を追いかけていた。
花開きそうだった浮かれた蕾はシュンと萎れる。ここなは僕が感じているような思いなんてきっと持ち合わせていない。
ただこないだ隼人が僕たちの世界観光をデートだとからかったから、その言葉を使いたかっただけみたいだ。
「見えた?」
「……見えなかった」
ちょっと不服そうに応えてしまった。ここなはそれを勘違いする。
「大丈夫!また流れるよ!今度は一緒に見よう?」
ここなが流れ星が見やすいようにと丘に寝転ぶように促してきた。ここなの隣に寝転ぶ。
目の前に広がる空は広い。こんな空の下でふたりきり。僕とここなの心の温度はちょっと違いがある。
だけど少なからず、こうやって一緒に過ごせているということ。それはそれで胸が温かくなる。
「あ、ほら。また!」
「え?どこ?」
「あっち側だった」
「残念。こっちを見てた」
そうして僕たちは、しばらく流れ星が流れるその時を求めて楽しんだ。
* * *
隣にいる声が少しずつ小さくなってきたと感じたときには、ここなは草の上ですやすやと眠っていた。
今朝は早くから動いていた。もう夜も深い。虫の音と共に、ここなの静かな寝息も聞こえてくる。
ここなの寝顔。無防備になったその表情。それは本当に可愛くて、とても愛しく感じてしまう。
右手が気付けばそっとここなに伸びていて、僕はその手を見て、はたと宙で止める。
ここなに触れたい。
そう走り出した思いは、手を引っ込めることが出来なかった。
さらに手を伸ばす。鼓動が高鳴っていく。
引き続き、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
次回、第一部は最終回です!
明日12時30分更新予定。
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