僕に与えられた試練
1.
辻村家二階。鍵の掛かったドアノブに、僕は小さな鍵を差し込んだ。ゆっくりと回す。カチリと音がして、禁断の箱をあけてしまったかのような緊張感が走った。
そっと押し開き、中を覗き込む。白いレースカーテンから淡い光が差し込んでいる。部屋は薄暗い。だけど、中の様子はある程度分かった。
壁の片面は造り付けの本棚。中には様々なものが入っていた。紙束、ノート、ファイル。厚手の背表紙の本もある。
一見、考古学者の私室にも思えた。土器、遺跡の破片、調度品や仏像など、歴史を感じさせる小物も置かれているからだ。
部屋の角には一人用の机と椅子も置かれていた。その机に妙に惹かれる。父はこの机を使っていたのだろうか。足が自然と、その場所へと引き寄せられる。
椅子を引き、父が座っているところをイメージする。会ったことはないけれど、僕の中でうっすらと、その姿が思い浮かんだ。
机の上には一冊のノートが置かれていた。中を開くと、左側は日本語、右側は読めない文字が書かれていた。その文字はしずくの本に書かれていた文字と似ている。おそらく、ここなたちが使っている文字なのだろう。
内容は索引だった。索引の一番上に書かれている書類を探し、一ページ目に書かれた文章に目を通す。
『地球上にある世界の共通点。
1.地球という惑星に住んでいる。
2.地球の天・大地・空は一致している。
3.地球にある世界は互いの位置により、条件を満たすと干渉する』
これまで僕が体験していたことを思い返したら、とても腑に落ちた。二つの世界で共通して、同じ山が見えたこと。川や海の方向が同じだったこと。天気も一緒だった。
そして3の「互いの位置により、条件を満たすと干渉する」。これが『CWC』を起こす要因だ。図書コーナーや神道神社で起きた現象。
テルとの会話を思い出して、不安になる。
僕は今後、それを解決していくことができるのだろうか。
ガチャっと下の階で、どこかの扉が開いた気配がした。僕は慌てて手にしていた資料を元の場所へ戻す。
「結人くーん。居るー?」
ここなの声だ。
「二階にいるのー?」
見つかるわけにはいかない。興味関心にまっしぐらなここな。神社の門の一件もある。書庫にある情報の危険度が分からない手前、うかつに話せない。
僕は当面の間、書庫部屋の鍵の存在を秘密にしておこうと決めていた。
* * *
「なんだここに居たんだね!」
ここなの顔が二階へと繋がる廊下にヒョコっと現れたのと、僕が書庫部屋近くの男子部屋の前に立ったのは同時だった。
「ああ。前に忘れ物をしたのを思い出して、それで」
平常な声は出せているだろうか。
「そっか。おやつを貰ったの!一緒に食べよう!」
「あ、ああ。先に行ってて。すぐ下に行く」
「はーい」
ここなは疑わず、すんなり下に降りていく。僕はここなの足音が完全に聞こえなくなってから、書庫部屋の鍵を静かに掛けた。
階段を下りてリビングに戻ると、ここなはお皿にお菓子を用意していた。
「来條さんが旅をしていた時に気に入ったお菓子なんだって。テルさんがお土産で持ってきたの。紅茶味とコーヒー味があるけど、はんぶんこでいいよね!」
両方の味を味わいたいんだろう。ここなの嬉しそうな顔を見て分かった。やっぱり自分の気持ちに正直で真っ直ぐだなっと、僕は微笑んでしまう。
「テルさんって、とても明るい人だったね。テルさんと二人きりになった後、どんな話をしたの?」
こうやって遠慮なく、気になったことも聞いてくる。それを羨ましいとも思うし、素晴らしいことだとも思う。だけど、僕に向けられると事情は変わった。
「……えっと」
焦って次の言葉を考えていたが、ここなは待ちきれなかったらしい。勢いよく、聞いてくる。
「先生のことはなにか聞けた!?」
ここなが知りたかったのは、父のことだったらしい。テルから聞かされた父の話はそこまで多くはない。新たな情報はなかった。
「父さんのことで聞けたのは、僕と同じように違う世界の人が見えていたってことかな。だけど今は母さんのことが見えなくなったって言ってた」
「そうなんだ。家族なのにお互いが見えないなんて、寂しいね」
「そうだね」
母は父にこちらが呆れるくらいベタ惚れなのに、会えたとしても見えない。あんな母のことだから気にしなさそうだけど、僕としては切なく感じる。
「そうだ。ここなに話しておきたいことがあるんだ」
「なあに?」
テルとの会話の全てを話せないけれど、これはここなに伝えておいた方がいい内容だ。僕は話題を切り出す。
「来條さんと父さんが『異なる世界を跨いでおきる事象や事件』を解決していたっていう話を聞いただろう」
「うん、聞いた。あの後、来條さんとその話をしてね。『CWC』って呼んでるんだってね」
「ああ。それを今度は僕に解決して欲しいって、テルに頼まれた」
次の瞬間、ここなが目がパッと大きく開いた。その目で、僕を射貫いてくる。
「結人くん!」
「は、はい」
思わず、敬語でたじろいでしまった。
「それは、私も協力していいんだよね!!」
ここなはもう乗り気だった。待ってました!と言わんばかりの気力が十分に伝わってくる。
「だって占い師さんが言っていたもん!今、私が出来ることを誰かのためにすることで、望む道は見えてくるでしょうって。結人くんの傍にいることが鍵だって。これのことだったんだよ!」
あの占い師は恵利華だったわけだが、当たると噂されていただけのことはあるのかもしれない。
「あれはそういうことだったわけか」
この未来を予想していたということなのだろう。そして、テルの任務を手伝うことが、父探しにつながると言っていた。
「結人くん!来條さんや先生のように、私たちも貢献しよう!」
『CWC』は、僕の世界だけの問題では済まない。だからこそ、他の世界の住人であるここなの存在は大きい。
「ここなが助けてくれるなら、本当に助かる」
僕では心許ないのではと思っていただけに、ここなのやる気は僕を励ます勇気になった。
2.
隼人に促され参加することになった課外授業は、二日後に迫っていた。
恵利華を含め僕ら三人は予定どおり同じ班。必要な備品も買い揃えて、荷物も準備万端。母に気楽に楽しんでいらっしゃいと励まされてもいる。
僕は特異体質により、不慣れな場所に行くのが苦手だ。だから、行く予定になっているキャンプ場に下見もしていた。だからこそだ。
「予定していたキャンプ場が急遽休館になったから、キャンプ場が変更になった」
担任から、そう告げられた瞬間、僕は頭の中が真っ白になった。
変更先は『星空広がる森キャンプ場』。そのキャンプ場を検索した隼人が、あのウキウキした表情を見せた時の更なる絶望。思い出しただけでも胃が痛い。
「このキャンプ場、怪奇現象が起こるって噂になっているんだって!ポルターガイストが起きるらしい!」
ポルターガイストは物体が浮き上がったり、怪しい音がなったり、発光・発火が起こる現象だ。そんな怪奇現象が起きるキャンプ場にどうして行くことになったのだ。しかも二日後。距離があるから、放課後だけでは下見に行けない。
参加を辞退しよう。僕は担任に申し出に行こうとしたが、「もちろん一緒に行くよな?」「そのポルターガイストの真相を一緒に暴こうな?」と、隼人の圧に阻止された。
* * *
気が重い。不安で仕方がない。疲れた足取りで帰宅した。母を気遣えないくらいに萎えていた。
「ただいま」
覇気のない声がダイニングに漏れる。
「よぉー。なんでそんなしけた顔してんだ?」
そんな僕の暗さを吹き飛ばしてしまう驚きの顔がそこに居た。
「な、なんでいるんですか!」
テルが僕の席で、お茶を飲んでいた。反射的に後ずさる。
「結人に話があったんだよ。ねぇ、ゆりさん」
「ええ、そうなんですって。結人、おかえりなさい」
テルはもう既にダイニングに馴染んでいた。昔からの知り合いのような空気感を放っている。
「どうして僕の家に居るんですか!」
驚きも相まって、テルに強めに反発する。
「結人。玲人さんのお友達なのよ。遊びに来てくれたっていいじゃない。そんなことは言わずに仲良くしなさい」
母につかさず注意された。実際には軽いけれど母なりのきつめの声。
今日が初対面だよね?と母を疑いたくなる。僕が居ない間に、テルの肩を持つくらいには二人の交流は深まったようだ。
「ゆりさん。結人の部屋、借りるね。俺、そのまま帰ると思うから、また今度」
「はい。また玲人さんのお話を聞きにきてくださいね!」
母はテルにもあの惚気話を聞かせたのだろう。母の嬉しそうな天然スマイルに、僕は苦笑いする。
自室に入り、ドアを閉めた。なんとなく、母には話を聞かれたくなかった。
「こっちの世界で会えるとは思っていませんでした。それに姿も映し出せるんですね」
僕はここなの世界では、ここなが居ないと映し出せない。だけどテルは両方の世界で普通に会話まで出来るようだ。
「そのあたりは、俺くらいになるとどうにでも出来るよ。この世界への理解が深まれば簡単なことだ。お前が驚くような手品だってできるぞ」
テルは人差し指を立てるとクルクルとその場で動かした。机にあったノートや鉛筆が突然、宙に浮き上がる。目を疑う。
それは僕の頭上に集まってくるから、ポカンとそれを眺めてしまう。次の瞬間、それらはガチャガチャっと音を立てて、僕の頭に落ちてきた。
「う、うわぁ。なにするんですか!」
「すごい手品だろう?」
僕は床に散らばった筆記用具を集めながら、軽くテルを睨む。
「……手品には種明かしがあるんです。これに種明かしはあるんですか?」
どうやって物を浮かしたのだろう。だけど、テルが宇宙人だというならば、何らかの能力を持っていたとしてもおかしくはない。
「どうだろうな。結人が世界への理解が深まれば、或いは」
「答えになっていないです」
テルが言っていることを、僕は理解できない。
「今のは、ポルターガイストみたいだろう?この現象が起きるパターンは何種類かあるんだよね」
「ポルターガイスト?」
聞き覚えのある言葉だった。いや、僕の今の悩みのネタはまさにそれだった。
「課外授業に参加するんだってな。星空広がる森キャンプ場だっけ」
「……なんで知ってるんですか?」
「ゆりさんに聞いた」
「……嘘ですね」
テルはニカリと笑う。今回の急な変更を母にはまだ話していない。そして引っかかっていたのだ。そのキャンプ場で摩訶不思議な現象が起きていることも。
「結人、今回の任務を伝える」
引き続き、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
さあ、ついに結人に初任務です!
結人の成長を見守ってください。
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次回の更新は明日12時30分の予定です。




