父に繋がる新たな出会い
1.
「いやぁ~。自由にできる一軒家があるなんて、贅沢だよな~。羨ましいなぁ~」
大きな図体が、家の主に負けない図々しさを発揮していた。どの口が言っているんだろう。三人掛けソファを一人優雅に占領している人の言葉ではない。
「隼人は十分、この家に入り浸ってるだろう?」
辻村家二階の空き部屋には、すでに隼人の私物が持ち込まれている。リビングにも知らぬ間に遊び道具が増えていた。
僕が呆れた顔をしていると、隼人はフフンと、してやり顔を返してきた。寝転んでスマホをいじりながら、話しかけてくる。
「ここなちゃんは今日来るのか?」
「たぶん、そろそろ来るんじゃないかな」
僕ら三人は予定がない時は必ずと言っていいほど、この家に足を運んでいた。ここなはもともと庭の世話をしていた。それもあり、以前より頻度よく顔を合わせるようになっていた。
この家の表札にある『辻村』という人物。それが誰なのかは未だ分かっていなかった。そしてそれ以外にも、この家には解明できない『謎』が三つあった。
一つ目。この家の中であれば、住む世界が違っても姿が見えて、会話ができること。僕がここなに触れていなくても、隼人はここなが見える。これはけっこうありがたい。
二つ目。ここなたちの世界に出る玄関と僕たちの世界にでる玄関が二つあること。そして、ここなは僕たちの世界に行くことができる。だけど隼人はここなの世界に行けない。それがどういう理由なのかは分からないけれど、僕にとっては安心材料。隼人がこの家のせいでまた神隠しに合うのは困る。
三つ目。辻村家には二階があり、部屋が三つある。そのうち二つは寝泊まり用にしているが、残りのもう一つの部屋は鍵が掛かっていて開かない。その鍵の在処を部屋中探し回ったけれど、見つからずじまいだ。
隼人はどうして俺だけここなちゃんの世界に行けないんだと、とても悔しがっていた。僕らの世界側にある神社の開かずの門も、あれ以降は開いていない。
それもあって、隼人は神道神社の調査に未だ燃えている。
僕とここなは、『先生』もとい『父』探しに気持ちがシフトしていた。
ピロンっと隼人のスマホから音が鳴ったなっと思ったら、「まじかよ!」と隼人が声をあげた。飛び起きて、スマホの画面をガン見している。
「どうかしたのか?」
「やべぇ情報を手に入れた!神社の娘が、俺たちのクラスに居る!」
「え……、そんな生徒いる?」
クラスメイトと仲が良いというわけではないが、そんな話を聞いたことがない。
「不登校で来てない生徒がそうらしい」
クラスに不登校の生徒が居ることは知っていた。いつも空いている席があるからだ。
「神道恵利華ちゃんっていうんだってよ。さっそく会いに行かないか?」
「どうやって会いに行くんだ。面識もないし、理由もない」
「そりゃもちろん、敢えて理由を作ってさ」
僕は正直そこまでして、その生徒に会いに行くのはどうかと思った。ただでさえ不登校なのだ。いろいろ事情を抱えているはずだ。
「さすがに止めておいた方がいいと思う」
「ダメか?」
「ダメだ」
「そっか」
隼人もさすがにそれ以上は言ってこなかった。無理強いできることではないというのも分かっているのだろう。
この時の僕は、その彼女と会うことになるなんて、思ってもみなかった。
* * *
「ちょっと、あんた」
放課後。校門前で、僕は突然、呼び止められた。そこには、この学校の制服を来た黒髪のセミロングボブの女の子。
甘い展開になる雰囲気ではない。威嚇するように睨まれているし、腕を組んだ仁王立ちに行く手を遮られているからだ。
「柏木結人ってあなたのことよね?」
彼女はつんけんした声で、僕の名を呼び捨てた。
「……そうだけど、君は?」
あまりに横柄な態度で、僕の顔は強張ってしまう。
「私は恵利華。神道恵利華」
まさか隼人が言っていた神社の娘?
隼人から彼女のことを聞いていなかったら、僕は適当に返事をして、逃げ出すところだった。
揉め事はあまり好きではない。攻撃的な相手とは関わらないほうがいい。
「どんな奴かと思ったけど、なんだ普通の生徒じゃない」
面識もなく、接点もなかったはずだ。そんな相手に突然そう言われるのは、ちょっとムカっときた。
「あんた、何者なの?」
「……何者と言われても」
ちらつく怒りを抑えながら、どう答えようか、どう対処しようか頭を悩ます。眉間にしわを寄せたまま、恵利華のことを見続けてしまう。
「な~んだ。あまりパッとしない人ね」
はい?それを本人に向かっていうか普通?
もう返事をする気にもなれなくて、関わることすら面倒くさく感じてきた。もう無視してしまおう。
そう思った時、恵利華はイライラしながら声をあげ、気にかかかるワードを口にした。
「《《テル》》は、なんでこんな奴に資格があるって言うのかしら。本当、意味が分からない!」
テル?今、彼女はテルと言ったっか?
父には『テル』と呼ばれていた友人が居たと母から聞いていた。
神社の関係者から『テル』という言葉。見逃すことはできなかった。
「今、テルって言った?」
「はい?」
「今、テルって言っただろう?」
強い口調で聞き返すと、
「い、言ったけど、何?テルがどうかしたわけ?」
と、恵利華はテルの存在を認めた。
「そのテルっていう人はどんな人?何歳くらい?見た目は?」
「ちょ、ちょっと待って。わ、私はテルの話をしたいわけじゃないのよ」
「君が僕に何をしたいのかよく分からないけど、僕はテルのことが知りたい。彼は今、どこにいる?」
僕が詰め寄ると、恵利華は途端にたじろぎ始めた。攻撃的な割に、相手からの圧には弱いタイプなのかもしれない。
「な、なんでそんなに、テルのことを知りたがるのよ?」
「僕は父さんを探してる。父さんの友人にテルという人が居るらしいんだ」
「あんたの父さんがテルと友達?」
その言葉に、恵利華は大きく目を開いた。今度は僕を観察するかのようにじっと見つめてくる。
「……そういえば、あんたの色って、よく見たら変ね」
「僕の色?」
よく分からないことを言う。どういうことかと更に聞き返そうとした時、どこからか軽快なメロディーが流れ出した。
「誰よ、こんな時に」
メロディーの元は恵利華のスマホからのようだった。恵利華は持っていたスマホを取り出し、画面を見る。
「あー、もうテルからじゃん!」
恵利華はすぐに画面をタップする。
「テルからなのか?」
テルからの着信だとしたら、できることなら話したい。せめて探している『テル』本人なのか、確認してもらいたい。
だけど恵利華は静かになったスマホをポケットに仕舞った。
「え?出ないのか?」
「いいのよ。私はあんたに用があってきたの。聞きたいことがあるのよ」
僕もテルのことを聞き出したい。だけど、恵利華の話を聞かないことには先に進め無さそうだ。
「……僕に何を聞きたいんだ?」
「神社の門のことよ」
恵利華自身から神社の門のことを聞かれるとは思っていなかった。僕もそれについては確認したいことがある。隼人にしたって、そのために神社の関係者を調べていたのだ。
「神社の門のことなら僕も聞きたい。それで?」
また恵利華のポケットから軽快なメロディーが流れ始めた。恵利華はスマホを取り出そうとせず、「あんた、あの神社の門を通った?」と聞いてくる。
「門は通った。……なぁ、スマホ鳴ってるよ」
スマホから流れるメロディー音は軽快すぎる上に、音量がうるさかった。もしかしたらテルからかもしれない。僕はそっちが気になって、話の続きをする気になれない。
「いいのよ」
恵利華はスマホをポケットから取り出すと、また着信拒否をしたらしく、音が止まった。一度、静まり返ったスマホ。だけど、すぐにまた着信音は鳴りだした。それも更に大きな音量、会話ができないくらいのうるささ。
「あーーー、もう!」
しつこい着信音に観念したんだろう。恵利華はスマホをタップし、耳に当てる。
「なんなのよ。今、人と会っているんだから、邪魔しないでよ」
恵利華は着信相手に文句を言う。
「は?今すぐ帰れって、どうしてよ!」
恵利華の剣幕が周囲に響く。
受話器の相手は恵利華に何を言っているのかは分からないが、恵利華は「なんでよ?」「どうしてダメなのよ?」と言い争っている。
「あー、もう分かったわよ!バカテル!」
終いに恵利華は声を張り上げた。受話器の向こうはテルなのだと分かるが、恵利華の話を聞く限り、僕が望む方向にはいかない展開だ。
「ねぇ。テルって誰だ?それだけでも教えて……」
「《《じゃあね》》!柏木結人!」
恵利華は話の途中にも関わらず、受話器にそう聞かせるような言い方で、僕に別れを告げた。そして、すごい勢いで僕から離れていく。
「え……」
恵利華はあっという間に遠くに行ってしまった。恵利華の激しさに圧倒され、追いかけるタイミングを失った。
神社の娘に会えた。だけど、彼女は電光石化のごとく現れて、嵐のように去っていった。
翌日、僕は部活の朝練から帰ってきた隼人に、恵利華と会ったことを話した。
「そんな感じだったから、話も出来なかったんだ」
「だけどそういうことなら、彼女に会う価値はありそうだな」
彼女は『神社の門』のこと。そして『テル』という知り合いがいる。この二つはまさに今の僕らを進展させる情報源だ。
「それでどんな子だった?」
「とにかく気性が激しい」
「俺、会ってみたいな」
「ホームルーム、始めるぞー」
担任が教室に入ってきた。僕らが教室の入口を見た時、その後ろを黒髪のボブの女子生徒が続いて入ってきた。
「隼人、あの子だ」
「え?」
それはまさに噂をしていた彼女だった。
「おぉ。神道。よく来たな。みんな席に座れー。ホームルーム始めるぞぉー」
普段登校していない女子生徒が入ってきたからか、教室内の生徒たちがざわつき始めた。僕は彼女の荒々しさを目の当たりにしていたから、警戒していた。だけどクラスメイトの男子はちょっと浮き立っている。黙っていれば、結構美人だ。
恵利華は僕を見てきて、何故かキッと睨んでくる。僕は怪訝な顔をするしかない。
「なるほど、確かに気性が激しい」
隼人は面白そうに小さく笑うと、自分の席へと移動していった。
「あの子、今、睨んでなかった?」
他の女子生徒がコソコソと話している声が聞こえてくる。
この攻撃的な態度で、僕以外の生徒にも話しかけるのを想像する。これは波乱の予感しかない。僕は震えた。
ホームルームが終わった瞬間、隼人はすぐに僕のところに来た。
「結人、一緒に話しかけに行こうぜ」
「え、うーん」
恵利華の席は、廊下側の一番前の席。恵利華は席に座り、教科書を出すためか、鞄のチャックを開けている。
教室内はいつもと違う微妙な空気を帯びていた。隼人のように声を掛けようと伺っている生徒もいるが、敬遠している生徒もいる。
こんな状況下で、僕は恵利華に近寄るような勇気を持ち合わせていない。彼女が一人で居るなら、試してみないことはないけれど……。
「結人が行かないなら、俺は行くぜ」
隼人はこういう時、気にせず踏み込める方だ。恵利華の方に歩いていく。
恵利華がその気配に気づいて振り返った。そして、近づいてくる隼人ではなく、僕をじっと見た。目が合う。
隼人が恵利華の席に近づく前に、恵利華は開いていた鞄のチャックをすぐに閉じた。スタっと立ち上がり、鞄を肩にかけて教室から出ていってしまう。
「あ……」
立ち去り方はもはや華麗だった。あたかも隼人はそこに存在しなかったかのようなふるまい。その恵利華の行動に、隼人はその場で固まっていた。昨日と同じで、彼女の逃げ足は速い。
「……なぁ、行っちゃったよぉ」
隼人は負けた犬のような顔で僕のところに戻ってくる。気の毒な隼人に苦笑いを返す。彼女の行動は突拍子もない。
チャイムが鳴り、次の授業が始まったけれど、恵利華は戻ってこなかった。
隼人が授業終わりに担任に聞きに行ったら、具合が悪くなり早退したそうだ。
ホームルームだけの登校だなんて、いったい何をしに来たんだろう。
恵利華の登場によりざわついた教室は最初だけだった。二時限目以降に居ない生徒のことは、放課後になると話題にすら上がらなくなっていた。
それから数日経ったけれど、恵利華はその後、また登校してくることはなかった。
引き続き、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
新しいヒロインの登場です。
この子がこれからどんな展開をもたらすのか……?
ぜひ、感想お気軽のお待ちしております。
皆さまの応援がとっても励みになります!
次回更新は明日12時30分の予定です。




