鍵がもたらす僕たちの在り方
『辻村』の表札の前。僕とここなは立っていた。周囲には誰も居ない。こちらを気にしている気配もない。だけど、念には念を入れる。
「この鍵が合うか、私が試せばいいんだよね?」
「ああ、頼む」
ここなは他の人から見えない。今回はそれが好都合だ。
母から受け取った父の鍵。母は父から、この鍵がどこの鍵かを聞かされておらず、『辻村』という知り合いも居なかった。
この鍵が辻村家の鍵だと確証がないとなると、姿が見える僕がこの鍵を試すのは、不法侵入という罪を問われてしまう。
「鍵が開いたよ!」
ここなが少し興奮気味な声で僕に叫ぶ。鍵はこの家の鍵で間違いないらしい。
ここなは待ち切れないらしく玄関ドアを開け始めた。それをみて、僕も急いで外構の門扉を超え、中に入った。
「お邪魔します」
玄関は広々とした作りをしていた。靴箱と思われる棚に、一枚の白い紙とA4サイズの茶色い封筒が置かれているのに気付く。
近づき手に取ると、白い紙は手紙だとすぐに分かった。
『結人へ この家は自由に使うといい。きっと必要になるはずだから 玲人』
茶色い封筒の中を確認すると、この家と土地の権利書が入っていた。
父は僕のために、この家を用意してくれていたということなのか。だけど玄関フロアの様子を見て、違和感を感じる。
僕は18年前から父に会っていない。この家はその間、放置されていたのだろうか。外観はそう思えないくらいに壁は綺麗だし、この玄関フロアも掃除が行き届いていた。
「それ?なあに?」
「父さんからの手紙だった。この家を自由に使っていいって」
「じゃあ、もともとは先生の家なのかな?」
「とりあえず、中に入ってみよう」
「うん!」
僕らは玄関で靴を脱ぎ、目の前にある扉を開けてみることにした。
扉を開けると、そこには広いリビングが広がった。
木目調のフローリングの床。居心地の良さそうなソファ。大きめのテーブル。奥には対面式のI型キッチンとダイニングが見える。
ダイニングとキッチンの間には、二階にあがれる階段があるようだ。その他に、どこかに繋がるドアもいくつかあった。
「あれ!ここ、先生の家だよ!」
「え?」
「このリビング、私、知ってる。数回だけど、先生の家に入ったことがあるの」
ここながドアを開ける前に、その先に何があるのかを言い当てる。
「ここが洗面所で、ここが浴室。それとね。こっちのドアは玄関に繋がるの」
「玄関?」
ここなは、僕らが入ってきたドアとは違うドアを指差した。
「僕らはさっき、あのドアの先の玄関から入ってきたけど」
僕は、ここなとは違うドアを指差す。
「うん、そうだよね。そういえば、あのドアの前にはいつもその観葉植物が置かれていて、通れないようになっていた気がする」
僕が指差したドアの近くには、立派な観葉植物が置かれていた。普段は、その観葉植物で、そのドアは塞がれていたということなのか。
「ほら。やっぱり玄関に繋がってるでしょう?」
ここながドアを開けると、その奥には確かにまた玄関があった。
二世帯住宅のような作りということなのか?
ここなは躊躇いなく玄関へ向かい、中からドアの鍵を開ける。そして、玄関の戸を奥に開いた。
「わぁぁ……、すごい。私の世界に帰ってこれちゃった」
「え……?」
僕はここなの発言に驚く。急いでここなに近づき、玄関の外を見る。
「まじか……」
確かにそこに、ここなの世界が存在していた。僕の世界で周囲にたくさんあった住居も、道路も無くなっていた。広がるのは緑いっぱいの大地だ。
「結人くん、先生の庭を見に行こう!」
「あ、ああ」
嬉しそうに軽やかに玄関の外へと出ていくここなの後を、少し警戒しながら追いかける。
玄関から外に出て、建物の外観を見上げる。そこには真四角の真っ白な建物。大きさは辻村家と同じくらいの大きさだ。
ここながどんどん先に行ってしまうから、急いで追いかける。建物の外周を進んでいくと、色とりどりの花が咲き誇る庭が僕を出迎えた。
ここなが僕に振り返る。
「ね!綺麗でしょう?」
芝生が生えた通路の周りに、鮮やかな花がいろいろ植えられている。イングリッシュガーデンを思わせる広々とした庭。
僕の地元に、さすがにこんなガーデニングをしている家は無い。テレビで観たような庭に僕は魅入る。
「ああ、すごいね」
「そうでしょ?先生、この庭にある植物たちを本当に大切にしていたの。ここ最近は先生の姿が見えないから、私が代わりにお水をあげに来てたんだぁ」
ここなは花に囲まれた道を進んでいく。
「この花はね。先生の一番のお気に入り。白くて気品があって、存在感があって、とっても素敵な花なの!」
ここながある花の前に立ち、僕を手招きする。
白くて大きな花びらがラッパのように開いていた。その花は僕がよく知っている花だ。
「百合の花だ……」
「ゆりっていうの?」
「そう。僕の母さんの大好きな花。そして母さんの名前」
母もこの花が好きだから、我が家のプランターで育てている。
「そうなんだ!ふふふ、やっぱり先生は結人くんのお母さんのこと、大切に思ってるんだね」
ここなが嬉しそうに微笑む。
「……そうみたいだね」
僕はどこかこそばゆい気持ちで、その百合の花を見つめた。
この家のおかげで、僕はここなを元の世界に帰すことができた。
そればかりか、僕らは簡単に、二つの世界を行き来できるようになってしまったようだ。
『きっと必要になるはずだから』と、父が僕にこの家を用意した理由。
父に聞きたいことが更に増えてしまう。
母には後ほど、事情聴取をした。父の行方を探す手掛かりが欲しかったのだけど、散々に惚気を聞かされた。
母は年甲斐もなく今も父にべた惚れだった。
「あの時の玲人さんは恰好良かったの!」
「玲人さんは本当優しくてね!」
父と母の馴れ初めを聞かされる息子の身にもなって欲しい。こっちが恥ずかしくなるくらい父を褒め称える母。
『父は他の人にも見えていたし、普通に会話をしていた』
『この町のことに詳しく、地形や地質を調べていた』
『テルと呼んでいた友人が居た』
得られた情報は少なく、気になったのはそれくらいだった。
父の友人であるテルという人物。キーはその人物かと思ったが、母は会ったことがなく、居場所を知らないというからお手上げだった。
『辻村』『テル』。この両方の名の人物が同一人物なのか、別人物なのかも分からない。今後探っているうちに、それに結び付く何かを見つけたい。
父から貰った鍵は同じものが二つ。ここなとその鍵をそれぞれ持つことにした。
こうして僕らは、この『辻村家』という住居を介して、『父』もとい『先生』の手掛かりを探す日々が始まった。
引き続き、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
こうして始まった
結人とここなの『先生』もとい『父』探し。
それによって導かれる二人の運命は……?
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