僕の父が残したもの
「あまり意味は良く分かっていなかったんだけど、結人が違う世界の人を連れてきたら、それが、『その時』だって言われてたの」
つまり父は僕が違う世界の人を連れてくることを予想していたということなのか。
「ねぇ、結人くん。結人くんのお父さんって、玲人っていうの?」
「そうだよ」
「結人くんって、苗字は柏木って言ってたっけ?」
「ああ」
「私、なんで気付かなかったんだろう」
ここなが呆けた顔をした。そして、大きな瞳を力強く見開いて、僕を見る。
「そっか。だから結人くんを見た時、とっても気になったんだ。先生と面影が似ているから……」
僕とここなの先生の面影が似ている?
「私が探している先生って、柏木玲人っていう名前なの」
「え……?」
ということは、僕の父がここなの先生っていうことなのか?
あまりに想定外過ぎたここなの先生の正体。ここなの先生が僕の父だとしたら、父は一ヶ月前まで普通に健在で、ここなの世界に居たことになる。
「でも母さんは、父さんは他界したって……」
「そうよ。お父さんは結人が産まれる前に他界したのよ」
えっと、他界?つまりは他の世界に行くこと。まさか、死んだっていうことじゃなくて、本当に言葉のとおり、《《他の世界に行った》》ってことだったのか!?
「母さんは前々から他の世界が存在していたことを知っていたってこと?」
「実際に行ったことはないけど、玲人さんから聞いていたわ」
僕は一気に打ち明けられた事実に、どっと疲れた。食卓の上に上半身を預ける。
「結人くん、大丈夫?」
「結人、どうしたの?」
「大丈夫じゃない。どうしたのじゃない」
僕は父と母に、壮大な勘違いを18年間もさせられてきたということじゃないか!
柏木玲人、僕の父。
僕は父の写真を見たことがないから、どんな容姿をしているかも知らない。
僕が産まれる前に他界した父は、不動産を取り扱う仕事をしていたそうだ。母が働かなくても生活できるようにと、僕らに不動産をいくつか残してくれた。このアパートも母が大家だったりする。
だから贅沢三昧というわけではないけれど、家族二人が不自由なく暮らせるくらいのゆとりはあった。
母は僕を十分に愛してくれていた。だから、父が居ないことを辛いと思ったことは無い。よく話す隼人も父子家庭だから、片親であることに抵抗もなかった。
だとしても、それは父が亡くなったと思っていたからこそだ。どうしようもないことだと思っていたからだ。
僕は身体を起こすと、母を咎めるような目で見る。
「母さん、なんでそんな大事なこと、教えてくれなかったんだ」
「え?玲人さんが他界しているって話?」
「そうじゃなくて。父さんがまだ生きているって話」
「あれ?言ってなかったかしら?」
母は首をかしげる。
「言ってない。そりゃ、僕も亡くなったって思い込んでいたから、敢えて聞いていないかもしれないけど。だけど、父さんはもう帰ってこないって言っていたじゃないか」
他界した。もう帰ってこない。と聞かされたら、そういうことだって思うだろう。
「えー?だって、玲人さんはもう帰ってこないもの。だって、そういう約束だし」
「約束って……」
生きている。僕やここなみたいに世界を移動できる術が存在している。それならば、帰ってくることだってできるのではないか。
「まさか、父さん。僕以外に子供がいるとか?」
ここなの世界では、ここなの父でもある。もしかしたら、父の実の子供、僕の腹違いの兄弟がいるのかもしれない。
「私、先生に聞いたことがあるけど、作った子供は一人だけって言っていたよ。だから結人くんだけだと思う」
ここなは父に、そんな話を聞いたことがあるようだ。じゃあ、尚更どういうことなのだろう。
ここなは僕の父とは血はつながっていないが、父親代わり。僕と母をこっちの世界に置いて、どうしてここなの父親代わりをすることになっているのだ。
「玲人さんは、あっちの世界ではここなちゃんの先生なの?」
「そうなんです。お父さんでもあります」
「あら、そうなの!そしたら、私とここなちゃんも家族のようなものね!」
「確かにそうですね!私、結人くんのお母さんのこと、ずっと前から知っているような気がしていて、家族って言ってもらえて嬉しいです!」
「私もよ!こうして会えて、気持ちがジンっとしているわ!」
ここなと母は喜び合っている。二人についていけない僕の思考。一人置いてけぼりにされる。
僕はまだ良いとしよう。母さんが傍に居てくれたから。
だけど母さんは、それで良かったのか?
「母さんはさ。父さんが母さん一人残して、他の世界に行くことは寂しくなかったの?」
「寂しい?どうして?」
「どうしてって」
「お母さんはね。玲人さんの子どもを産むと誓った時には、一人で育てるって決意したの。だけど、それは二人の思いが無くなったとか、嫌いになったとかそういうのではないのよ。
どんなに離れていても一緒に居なくても、二人の愛はずっとここに在るの。お母さんは今でも、玲人さんの愛を感じることができているのよ」
母は自分の胸元に手を当てた。そして偽りなく、愛は本当にあると感じている幸せな笑顔で僕に笑いかけた。
「もちろん玲人さんも、結人のことをとっても愛しているし、大切に思っているわ」
「そうなのか?」
僕は父が僕をどう思っているかなんて、これまで考えてきたことがなかった。だけど、僕の傍にいるのではなく、ここなの世界で父親をしていると聞くと、いまいちピンとこない。
「そうよ。お母さんが結人のことを愛しているのは、ちゃんと伝わっているわよね?」
母が僕の目を見て確認してくる。母が僕のことを大切にしていること、愛してくれていることは十分に感じていた。
「そりゃぁ、まぁ」
僕は敢えて口に出すのが恥ずかしくて、ちょっとぶっきらぼうに答える。
「それなら、お母さんの愛はそのまま、お父さんの愛でもあると思って欲しいな。だって、二人の大切な愛の形があなたそのものなのよ?」
母がまっすぐな目で僕を優しく見る。
その目を見てしまったら、言い返すことはできなかった。それは母の愛を否定することになりそうだったからだ。
「……分かった。じゃあ、どうして母さんが、僕を一人で育てる決意をすることになったのか、その理由は聞いていい?」
父さんはこっちの世界の人では無くて、周りから見えないからとかなら、納得できるけど……。
「理由?えっと、なんだったかしら?玲人さんに頼まれたから?」
「なんで父さんは、母さんにそれを頼んだんだ?」
「え?……うーん?」
母は過去を思い返すように、上を見上げて考え込む。そして、考えるのを止めるとニコリと笑った。
「忘れちゃった!」
ああぁ、どんだけうちの母さんは天然なんだ!
ここなは僕の父を探している。僕はそれを手伝ってあげようと思っていたが、こうなると僕自身も父を探し出して、しっかりと話を聞きたくなってしまった。
その日の夜。ここなは我が家で夕飯を食べて、そのまま泊まっていくことになった。
僕たちはずっと小指を繋いでいるわけにもいかない。母の前で、ここなの姿を消すことになったけれど、母はここなが見えなくなったことを気にはしなかった。
これまで見えない来條のことも気にせず過ごしてきたくらいだ。そのあたりは耐性があるのだろう。いや、恐ろしくド天然だからかもしれない。
そして、僕は数時間後、目のやりどころに困りながら、過ごす羽目になっていた。
お風呂あがりでしなやかな髪。パジャマ姿の白い肌。短パンからスラリと伸びた生足。見てしまったら僕を崩壊させるであろうここなが、僕のベットの上に座っていた。
僕はベッドの床に布団を敷いて、座っていた。この角度から見上げる背徳感も刺激が強い。
「コレ、なんの鍵なんだろうね?」
ここなが同じ形をした二つの鍵を天井へと持ち上げる。部屋の明かりに照らされる鍵。その鍵は、母から僕らに渡された鍵だった。父から『その時』が来たら、渡すように言われていたのだと言う。
「ねぇ、結人くん。どう思う?」
ここながベットから身を乗り出してきて、僕に鍵を見せてきた。
僕はその鍵をチラリと見てから、身体が熱くなるのを感じた。母に借りたパジャマはぶかぶかで、胸元が見え隠れする。
僕はすぐさま目を反らした。焦っていることに気付かれないように冷静を装う。
「おそらく、あの家の鍵だと思う」
鍵の形やサイズから推測する。コインロッカー用の小さいものではない。車用の大きさもない。割と一般的によく見る鍵の形だったから、家の鍵の可能性が高かった。
僕の自宅の住所。あの家の住所が書かれたメモ。そして母から渡された鍵。
会ったことのない父によって、導かれているような気がしてならなかった。
「とりあえず明日、もう一度、あの家に行ってみよう。あと、ここながあっちの世界に帰る方法も見つけよう」
ここなは先生が見つかるまで帰らないと言い張ったが、そうなると僕の家に泊まり続けることになる。今、この現状を目の当たりにして、僕は正直、耐えられない。僕の方が先に音をあげるだろう。
「ねぇ、結人くん」
「ん?」
呼ばれて僕は、反射的にここなを見てしまった。
「私一人だったら、どうすることも出来なかったよ!ありがとう!」
ここなの飛びきりの笑顔が、僕に向けられた。
足の指先から手の指先まで、電気と熱が絡み合って、躍動する。火照りが半端ない。
「あ、ああ」
僕はもうそれしか声に出せなくて、思考はもうキャパオーバー。
それ以降、ここなのことも含めて、何かを考えること自体、放棄した。
引き続き、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
今回もイメージ画像作ってみました!
ここな可愛くて、ついつい遊んでしまう、笑。
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