住所が結び付ける僕らの繋がり
4.
メモに書かれていた二つの住所。一つは僕のアパートの住所。だからまず、特定できていないもう一つの住所に行ってみることにした。
該当した住所には、四方を低い塀に囲まれた一軒家が建っていた。家の表札には『辻村』と書かれている。気配を探ってみたが、この家の中に人の気配はないようだ。
「『辻村』という人の家みたいだけど。ここなは心当たりある?」
「うーん、ないかな」
「隼人は?」
「あるわけないだろう。結人はどうなんだよ」
「僕もない」
誰も心当たりのない他人の家となると、インターフォンを押す理由も見つからない。どうしたものかと迷っていると、隼人が家の裏奥を覗くように見て、指をさした。
「この家の裏、例の空き地じゃないか?」
「本当だ。ここなが『先生の庭』って言っていた場所だ」
「先生が大切にしている庭?」
「そう。僕はここながその空き地に立っていたのを見てる」
「じゃあ、なおさらだな。向こうの空き地に行ってみようぜ」
白いフェンスに囲まれた特にこれといって何もない土地。僕らは白いフェンスの一つだけ解放された入口から、ここなと一緒に中に入った。
「ここがその先生の庭だよ」
あの時、ここなはこの空き地から、住居の裏壁を見ていた。その住居は、『辻村家』だったのか。
「え?ここが?」
ここなが驚きを隠せない顔をする。
「何にもないんだね……」
その表情はとても寂しそうだ。
「ここなの世界ではどんな庭なの?」
大切にしている庭というくらいだから、こんな何にもない場所ではないのだろう。
「いろいろな花が咲いてる。芝生もあって、もっともっと自然がある」
ここなの言葉に反して、この場所は正反対だ。砂と小石しかない。緑と言えるのならば、放置された雑草ぐらいだ。
「僕が見た時、ここなはここに立って、こっち側を見てたよ」
僕はその場所に立って、その時の状況を再現する。ここなも僕のその位置に立って、周囲を見回した。
「この何にもないこの場所が先生の庭だとしたら、こっち側には先生の家があるの」
「先生の家」
そうなると、ここなの世界では先生の家が建っている場所に、こっちの世界では辻村という人の家が建っているということになる。
ここなが持っていたメモに書かれていた住所の一つは、先生の家が建っている番地ということになるのだろう。
その考え方でいくと僕のアパートの住所にはずっと来條の姿が見える。
もう一つの住所は、ここなの世界では来條が住んでいる集会所の番地ということになるのではないか。
そもそも何故ここなの父親であり、先生でもある人物が、ここな達には読めない文字を書けるのだろう。しかも僕の世界の住所を書くのだから、こっちの世界の住人なのか?
* * *
「ここな。ここが僕の住んでいる家」
二階建てアパートの前に立ち、僕はアパートを指さした。
「さっき見た家とは形が違うんだね」
「さっきの家は一軒家って言って、ひとつの家族だけが住む家なんだ。これはアパートって言って、四つの家族がそれぞれの部屋に住んでる」
「四つの家族。この小さなスペースに四つの家族も入ってるの?」
「四つの家族って言っても、一人か、二人暮らしだからね。スペースとしては十分広いよ」
「え?ひと家族、一人か、二人なの?」
「厳密に説明するとちょっと違うんだけど、ひと家族二人っていうのはあるよ。僕だって、母さんと僕の二人家族だし、隼人も父さんと妹とで三人家族だよ」
「そんなに少ないんだ」
ここなの驚きようは意外だった。三人という数はそこまで少ないというほどの数ではない。
「ここなの世界では違うの?」
「家族は平均二十人くらい居るよ。私にはお父さんが二人。お母さんが三人。兄弟は十五人いる。今、一緒に住んでいる人数となると、ちょっと減るけど」
「お父さんが二人で、母さんが三人?血のつながりとかはどうなってるの?」
「血のつながり?」
「ここなを産んだお母さんとか、そのお父さんとか」
「ん……えっと、私の身体の元になっている二人ってことかな?」
「そういうことになるのかな」
「その二人だとしたら、私は一度も会ったことないの」
「その……、聞いていいのか聞いちゃいけないのか分からないんだけど、その身体の元になっている二人と一緒に過ごさないのはよくあること?」
こっちの世界では事情がない限り、子供を産んだ両親が家族だ。両親が何人も居るということも稀だ。
「一緒に住んでいる子供も居るよ。私たち家族の中でも居るし。でもずっと一緒に居るっていうわけでもないかな。成長に合わせて、お父さんやお母さんが変わるし」
ここなの世界は農業などの生産に関する在り方も違うと思ったけれど、家族の考え方も僕の世界とはずいぶん違うようだ。
「僕の世界だと、家族っていうのは身体の元になっている二人とその子供で家族って単位なんだ。もちろんそうじゃない家族もあるけど、基本はその形が普通」
「えぇ……。ぜんぜん違うんだね」
「だからこれから紹介する人は僕のたった一人の家族で、母さん。ここなの世界でいう身体の元になっている人」
「お父さんは居ないの?」
「父さんは僕が産まれた時には居なかった」
「そうなんだ。本当にたった二人の家族なんだね」
僕はアパートの玄関ドアを開けると、家の中へとここなを入れた。
「母さん、ただいま」
ここなは部屋の中を興味深そうに見ていた。だけど、話したいことや聞きたいことは後でまとめて聞くと伝えていた。僕が合図するまで、会話はしないようにしようとお願いもしていた。
母は自分の部屋で取り込んだ洗濯物をたたんでいた。帰ってきた僕に気付く。
「結人、おかえりなさい」
「母さん、話したいことがあるんだけど、それが終わった後、時間ある?」
「ちょっと待ってて。すぐに終わるから」
僕はダイニングキッチンに戻った。食卓の椅子を動かし、僕の椅子と来條の椅子を横に並べる。どうやら来條は不在にしているようだ。ここなには、来條がいつも座っている椅子に座ってもらった。
母が自室から出て、ダイニングキッチンへと歩いてきた。僕が来條の椅子の位置を変えたので、母が勘違いする。
「あら、椅子を移動して、どうしたの?眼鏡さんの位置が移動したの?」
「母さん、まずは椅子に座って」
「どうしたの、改まって。何か相談事?」
母が優しい顔で首を傾げる。
僕は母を椅子に座るように促してから、ここなの隣の席に座った。
「相談事って言えば、そうなるかな。僕が他の人には見えない人が視えるのは知っていると思うけど、最近、会話できる人が出来たんだ」
「会話ができる人?」
「ああ。その人は僕より1つ年上の女の子なんだけど」
「あらっ」
母は楽しそうに軽い声を上げる。
「か、母さん。ふざけているわけじゃなくて…」
母のその反応にちょっと戸惑って、照れる。
「はいはい」
母がフフっと微笑む。
「そ、それで、彼女に相談されていることがあるから、母さんにも話を聞いて欲しくて」
「いいわよ、どんなこと?」
「話す前に、その彼女を紹介したいんだ」
僕はここなを見る。ここなが小さくうなづく。僕らは母に見えない位置で、二人の小指を絡ませた。
「え?……あら!可愛いぃぃ!」
ここなの姿が母の目の前に現れた瞬間、母は僕の予想外の黄色い声をあげた。
「は?」・「え?」
僕とここなは戸惑いの一音を同時にあげる。
「結人、可愛い子じゃない!お名前は何て言うの?」
母はここなが突然見えた驚きよりも、ここなの容姿に食い付いた。すぐにここなに向かって名前を聞いてくる。
「……く、来栖ここなです」
ここなは突然、名前を聞かれて驚いていた。慌てて答える。
「来栖ここなさんね!私は結人の母のゆりと言います」
母は自ら自己紹介して、にこにこする。
「きゃあ、結人が可愛い女の子連れてきちゃったわ、どうしましょう〜」
か、母さん。論点が違うと思うんだけど……。
僕は母の天然さを再認識して、唖然とするしかない。
母の興奮が落ち着いてきてから、僕はここなと一緒にこれまでのことを説明した。母は始終、僕らの話を楽しそうに聞いていた。そして話し終わった後、僕らに衝撃的なことを言った。
「そっかぁ。玲人さんが言っていた『その時』が来たってことね?」
玲人は僕の父の名前だ。
「父さんが言っていた『その時』?」
引き続き、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
結人の父が残していった言葉、『その時』とは。
次の更新は明日12時30分の予定です。
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