眠気がぶっ飛ぶ時ってたまにある。
鈴音姉さんから動画を見せてもらいながらも、うつらうつらとしていると、鈴音姉さんが口を開いた。
「碧、もしかしなくても眠い?」
「まぁ、眠いっちゃ眠い。水飲んだら八時までは寝るつもり」
少し寝ただけでもパフォーマンスに凄い影響が発生する。最低でも二時間は寝ないと、体が疲労感を訴えるのだ。鈴音姉さんは……時差ボケを治している最中なのか、なんだか眠そう? ヨーロッパとかに行ってから数日はそうなってることが多い気がする。
「私も夜に目が冴えるんだ」
「だろうね。今回はどこに行ってたんだ?」
「イギリス」
イギリスかぁ……遠いなぁ。鈴音姉さんはフットワークが軽いから、どこまでも行ってしまう。英語も話せるみたいだし、凄い人だ。趣味だったダンスを仕事にできるレベルにまで極めている鈴音姉さんは、大学卒業後にはダンスの道をさらに追及すると話していた。家を出るとは言っていなかったから、多分ここを拠点にして色々活動するつもりなのだろう。
……あ、ダンスと言えば。
「姉さん、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど。ダンスのことで――――」
「碧もダンスを始めるの? 全部教えてあげるよ」
ダンスという言葉を出した途端に、鈴音姉さんの目が輝き出した。
「いや、ちゃんとしたダンスではないんだけど……」
「大丈夫、ブレイクダンスもダンスの一つ……」
「そうじゃなくて、ゲームでやるんだよ」
「ゲーム? ゲームってことは……リーヴラシル・フロントライン?」
俺が頷くと、鈴音姉さんが訝しげな表情を浮かべて首をかしげた。蛇ノ目家は俺以外、ゲームについてはあまり詳しくないが、リヴラインは色んな場所で話題になっているし、夜食を食べた時に軽く話したから知っているようだ。
「踊り子なんてないよね? 知り合いもやってるみたいだけど、そういう話は無かった」
「無い。けど、クエストで踊るんだ」
「ふぅん……どんなの?」
ソフィアから渡された動画を鈴音姉さんの端末に送り、再生してもらう。何度見てもフラメンコと神楽とワルツが神憑りな比率で融合した踊りだ。ダンスについて一家言ある鈴音姉さんも小さく唸るくらい、その舞いのレベルが高い。
何度も――――具体的には五回くらい――――視聴を続けた鈴音姉さんは、ポツポツと言葉を呟いてから俺の方を見た。
「凄いね、このゲーム。無理なく混ぜ合わせてる」
「凄いよな。……で、これを踊れるようにしたい。教えてくれるか?」
「……いいけど、碧が踊るべきなのは、多分この踊りじゃないよ」
「え?」
この踊りじゃない? テンライが踊っているのは、この踊りのはずだ。ソフィアだって、この踊りを覚えないといけないって言っていたし、この踊りで間違いないはず……なんだけどなぁ……?
「ゲームをやってない私の考えだから、気にしない方が正解って可能性もあるけど」
「うーん……」
眠くて頭が回らない状態でこんな爆弾発言が飛んできては、目が冴えてしまうというもの。水を飲んだら完全に目が冴えてしまった。鈴音姉さんの考えが当たっていたら、クエスト失敗になる可能性が出てきてしまう。それは俺を信じてこの動画を渡してくれたソフィアや、協力してくれると快く応じてくれたヘイズとフラウヤにも悪い。
「姉さんの考えを聞かせてほしい」
「いいよ。……私の考えは、この人の対になる舞を踊るべきだと思う」
対になる、舞。となると……テンライが最後に踊ろうとしていたあの荒々しい舞いが、対になる舞――――俺が踊らなくてはいけない舞なのだろうか。
「この人が表現しているのはきっと、流転。五行って、分かる?」
「火、水、木、土、金だろ?」
「そう。それを表現しているんだと思う」
そう言いながら、鈴音姉さんはテンライの舞をスロー再生しながら話を続ける。
「最初は木。風に揺られる木のような舞。まだ何も知らない、始まりの春。純真さすら感じる踊り」
そう言われると、確かに最初の踊りは凄く穏やかな気がする。風に揺られる木を表現していると言われたら、確かにと頷けるような……そうじゃないような……
「回る。回る。季節が変わって、夏になる。次は火。この人はきっと、素敵な人と出会った。お互いが一目惚れ。燃え上がる炎。情熱的な夏の恋の踊り」
「恋、ねぇ……」
ソフィアが話していた、【叡智の神人テンライ】という名前。この女性の名前のはずだが、どこか引っ掛かっていた。公式からお出しされたカレイドモンスターの名前は【叡淵のテンライ】。叡智とは? 神人とはどんな存在なのか? 色んな疑問が浮かんでは消える。ただ、何となくだけど……テンライとは恐らく――――
「碧はそういう経験はある?」
鈴音姉さんの問いかけで思考が打ち切られる。恋……恋ねぇ……ソフィアとの関係は違うな。お互いゲーム友達という認識だし。うーん、フラウヤとかも違う。あと一人、ゲーム仲間の女性がいるが、その人も違う。となると……
「無い」
「そっか。私はダンスに恋をしてるよ」
あら、詩的な表現。そうなると俺はゲームに恋をしているということになるのか?
「続けるよ。次は土。季節の変わり目。移ろう季節。けど、二人の仲は深まっていく。盤石な土台のように、二人の絆は強くなる」
「ふむん……?」
「そして、秋。金。硬く、堅固な――――壊れることのない愛を手にする。ほら、踊り方が、どこか幸せそうじゃない?」
「……ごめん、分からない……」
「そのうち分かるよ」
いや、多分姉さん並みに感受性とかダンスへの才覚が無いと分からないことだと思うぞ……? 確かにちょっとだけ踊り方が変わったなぁとは思うけど……
「そうして二人は結ばれて――――けど、破局した。その嘆きを表現する、水。冬の表現の舞」
「……離婚したってことか?」
「ちょっと違う。詳しくは分からないけど……そうするしか、二人の望みを叶えることができなかったんだと思う」
二人の望み……か。やはりテンライは、テンライであって、テンライではない……二人一組のカレイドモンスターの可能性が非常に高い。憶測に過ぎないが、姉さんの考えと、俺の疑問を照らし合わせると一致する点が多い。
「そして、その人を想って、その人の舞を踊ろうとして、辛くなって、悲しくなって……寂しくなって。舞を止めた」
「……」
悲恋。悲哀。悲劇。そういう背景を持ったモンスターとか敵キャラというのは、少なくはない。けど、ここまでリアルなゲームでこういう考えや考察を聞いてしまったり、考察したりすると、必要以上に感情移入しそうになるくらい、このゲームはよくできている。まぁ、倒すんだけどさ。それはそれとして、テンライが何を想ってこの舞を披露してくれたのか、そのことについて思いを馳せるのも悪くないだろう。
「ところで、対の舞って?」
「木に金。金に火。火に水。水に土。土に木。この舞が五行の流転を示すのなら、碧が示すべきなのは、相剋を示す舞」
それが、彼女に見せるべき舞なのだと、鈴音姉さんは言った。やってみないことには分からないけど、繋がるものなのか?
「とにかく練習だね。碧は飲み込みが早いからきっとすぐだよ」
「……まぁ、色々考えるのは、練習してから、か」
眠気が消し飛んだ今、やるしかないだろう、練習を。
「早速始めよう。時間は有限だ」
「いいけど……一度寝た方がいいと思うよ。凄い顔だし」
「眠気は完全に消し飛んでるんだが?」
「寝なさい。起こしてあげるから」
ムムム……しかしこのやる気を消すことはしたくない。すぐにでも練習に取り掛かって、ソフィア達を驚かせてやりたいんだが……
「寝ないと、私が一緒に寝るよ」
「大人しく八時まで眠りまーす」
「よろしい。…………今度皆で雑魚寝するのも良さそう」
「ええ……背中痛くなるから嫌なんだけど……」




