93:鐘の鳴る刻④
レーザー光線の雨がルリとその仲間達に向けて降り注ぐ。
ルリは、否、居合わせた人々は誰一人として反応することが出来なかった。
ヴォン。
「なっ……?!」
気付いたときには既に光の雨が放たれていて自分の周囲で弾かれたように曲線を描いていた。
予め対光学攻撃の魔法を掛けておかなければこの瞬間でパーティは全滅していただろう。
「何が起きた? ……何をされた?」
口に出したルリの頭の中で瞬時に幾つかの可能性が浮かび上がる。
だが一つ一つを検証するには時間が足りない。
これはもう可能性を一つに絞って決め打ちで対処するしかない。
つまりは、自身の命を賭け金にしたギャンブルを強いられているといった事実に辿り着くのだった。
「やってくれる……!!」
苦々しげに吐き捨てる。
ルリは最初の攻撃が終わった間隙で周囲の様子を見回す。
フロアの壁に光学兵器と思しきセキュリティ装置は見当たらない。
なのに四方八方に突如として出現した光線。
ある瞬間を境として、まるで映画のフィルムを切って別のフィルムに繋げたような前触れの無さ。
時間と空間を操られたのかも知れないと思った。
どこか別の部屋で発生させたビームをこちらの空間に転移させたのかと。
だがそれにしては術式の展開する気配が感じ取れない。
絶賛発動中の熱源探知や魔力探知にも反応が無かった。
『ほぅ、さすが“この場所”に辿り着いただけのことはある。セキュリティに対する防御は万全と言う事か。ならばこれはどう凌ぐ?』
巨大なポリゴン顔が愉しげに嗤う。
ルリはちょいとイラッとした。
ガシャン……ドサッ。
「?!」
そんな折りに後ろで物音がして慌てて顔を向ける。
すると視界の隅で倒れている少女の姿を見つけた。
白い雲の様に床面を覆い隠す冷気の上に突っ伏して動かないのはパティッシュで、この袂にてレミーが狼狽えて立ち尽くしている。
「パティッシュさんが私の前に出てきて、いきなり倒れて……!」
最初、先ほどのレーザー兵器がどこかの部位を直撃したのかとも思ったがレミーは元より戦槌娘だって外傷は見当たらない。
にも関わらずパティッシュはピクリともしない所を見るに、何か別の攻撃を受けて行動不能状態になったのだと判断できた。
「……なるほど、そういうこと」
ルリは僅かに顔を歪めつつ理解の色を表した。
創造主ともなれば自らが作った眷属の状態なんて一目見て分かる。
パティッシュには『死亡』という状態が付与されていた。
攻撃を受けてダメージを負ったワケじゃあない。
強制的に、回避するしないに関わらず死体に変えられてしまったのだ。
「おかげで理解できた。貴方は確かに“ある意味で神”なのね」
『ご理解いただけて何より。ならば諦めて死を受け入れるしか手立てが無いことも分かっただろう?』
機械柱の前に浮かぶポリゴンがしたり顔で曰う。
しかしルリは首を軽く振って、不敵な笑みを浮かべる。
「いいや、逆だよ。君をぶち殺す算段がついた」
『ほう?』
ちょいと興味を引かれたといった様子で巨大顔が傾く。
丁度そのタイミングで『ピロンッ♪』とルリが携える魔法杖が電子音を奏でる。
ルリはニタァ、と笑んで顔を見つめ返した。
「今終わった。何が終わったのか、君に分かるかな?」
『何を言っている?』
「君の敗因は私が何者かを理解しようとしなかった事。私は最初の問答で“瑠璃色の大賢女である”と答えたはずなんだけどね」
『即ち、お前はこの世界が神々の作った箱庭の中の登場人物の一人でしかない、といった話だろう? それ以上の意味があるとでも?』
「本当に呆れたお馬鹿さんね。額面通りであれば、当の大賢女サマは月の裏側にあるダンジョンの最下層で勇者達がやって来るのを手ぐすね引いて待ってなきゃおかしいの。けれど私は今、古代遺跡の地下で貴方と相対している。話が食い違っているとは思わなかったの?」
『……?』
「まだ分からないのね。だったら目に見えるよう明確な形にしてあげましょうか」
ルリが杖を掲げた。
「――領域展開」
すると次の瞬間に周囲の風景が変貌した。
床面が消失し、或いは壁も天井もが分解されて彼方へと吹っ飛んでいく。
立ち替わるように出現したのは無数の歯車だった。
天井から降り注ぐ光が連動して動き続ける機械的な様相を描き出している。
『これ、は……?!』
ポリゴン顔から驚愕に満ちた声が漏れた。
ルリは何も持っていない手でポリゴンを、もしくはその背後にてそそり立つ機械柱を指差す。
「この世界はあなた達“上位存在”が作った箱庭。けれどあなた達からでは直接的な介入は出来ない。だって存在している次元が違うのだもの、当然よね?」
笑みを深めたルリが告げる。
本来、直接的に介入できない存在がそれでも別の次元に干渉しようと思うなら、ソレ用の端末を用意して該当世界に設置するしか手立てが無い。
即ち、ポリゴン顔もしくは背後の柱というのは、そういった機能を与えられた器物であるという事だ。
「だから私は貴方と私が同時に存在するこの空間を外部から切り離した。するとどうなるのかと言えば、貴方は全から個に成り果てる」
『……切り離した、だと?』
ポリゴンが何かを察したようにルリの言葉を反芻する。
「貴方が行った攻撃とは、割り込みを掛けた上で対象物の状態を強制的に書き換えたというそれだけのこと。もっと言えば予め設定された攻撃手法や状態を狙った座標に落としただけ。
であるならば、状態異常を解除するプログラムを組んで同じ座標に上書きやれば元通りになるよね」
言ってから指を鳴らす。
すると背後でモゾモゾと動く衣擦れの音。
死亡状態だったパティッシュが復活した証左であった。
「私はね、この領域に踏み入れた際にはもうハッキング用のウィルスを走らせていたのよ。貴方というインターフェースを解析して外界から切り離すために。……そうしないと私の情報を拡散される恐れがあったから」
『お前は……お前はあぁぁぁ!!』
大音量でポリゴンが吠えた。
意にも介さずルリは告げる。
「神は屠られ、世界は書き換わる。
私は神を殺す者。アーカーシャの剣。
そして愚物はもう眠れ」
歌うように奏でるように冷涼な音色を紡ぎ出したルリ。
『おのれ矮小なる反逆者の分際でぇぇっ!!』
対する声は必死の叫び。
ルリが何かを捕まえる様な手つきで腕を伸ばし、突き出した先でギュッと握り絞める。
するとポリゴンの奥にあった柱がメキャリと音を立てて拉げ、断末魔の悲鳴が轟いた。
周囲にあった歯車たちが崩壊し、崩れ落ちてゆく。
現実と幻想の境界線が曖昧になって、塵になって融けていく。
――その中で見た。
鋼色の髪を風に靡かせ夜の闇の中に佇む少女の姿を。
少女は背に六対13枚の純白の翼を生やしていた。
破壊神アリステアの後継者。
ルリは直感で理解する。
そいつは必ず殺さなくてはいけない敵。
世界の異物。排除せねば世界が壊れる。
そいつを屠れるのは神殺しの力を持つ己のみ。
そいつとはいずれ必ず対峙することになるのだと。
周囲の景色が元の玄室へと戻った。
ただしフロアの中央にあった機械柱は囓られた林檎のように拉げて捻れていた。
暗がりは静寂に包まれている。
足下を這っていた冷気はいつの間にやら失われ、金属製の真っ平らな床面が露出していた。
「――あの、お師匠様。勝ったんですか?」
背後から声を掛けられて顧みれば、まだ実感覚束ないレミーが機械杖を両手で握り絞め立っているのが見える。
ルリは一つ頷いてつま先の向きを変える。
「勝った負けたの話じゃないけど、そうね、今回は何とか凌げたわね」
「アレは一体何だったんですか?」
「私たちの感覚で言えば“神様”って事になるのかしらね。私たちが暮らすこの世界を作った頭のおかしな奴ら。けれど存在している次元が違うからこちら側からでは観測できない」
「じゃあ、師匠はゴッドスレイヤーって事ですか?」
「そんな大層なモノじゃあないわ。倒したわけじゃなくて彼らがこちら世界に介入するための端末を一つ潰しただけだし」
「それでも凄いです!」
話の内容なんて半分も理解できないお弟子ちゃんが分からないなりにでも師を称える。
ルリは苦笑を禁じ得ず、ってなもんだ。
「さ、帰りましょ。パティー、資材庫にあるインゴットは総ざらいするからね」
「うぇ~い!」
戦槌を担いで魔法少女というよりは鍛冶屋さんとしか思われないパティッシュがホクホク顔で返事したものである。




