94:鐘の鳴る刻⑤
「マジかぁ~……」
夜。
大樹の家の地下で椅子に深く腰掛けていたルリが背もたれに身を預けながらぼやいていた。
古代遺跡という名の要塞、その奥深く。
上位存在とおぼしきポリゴン顔を撃破した際にルリはほんの数秒間だけ未来を覗き見ることになった。
六対13枚の翼を後光を演出するかの如く輝かせる鋼色髪の少女。
アレを紛う事なき敵であると認識したルリ。
そこまでは良い。
問題なのはこの映像内で自分が握り絞めていたデバイスにある。
今使用しているデバイス“ダリア”はツインコアを並列起動させるという無茶振りを実現した超廃スペックな機体となる。
だが未来の映像で自分が使用していた機体には6つのコアがあった。
六連核水平対向機構、シルキーシックスなんて大仰な名称を持つとんでもねー化け物機体だった。
しかもそれだけじゃあない。
後ろに背負ったバックウェポンに2つ、左右腕部に装着された手甲にそれぞれ1つずつ。腰ベルトに一つ、靴のくるぶしの辺りにも設置されていた。
6+7=13。
総計13個のコアを並列起動させて、数百にも及ぶ魔法を同時に展開するとかいう「お前は一体何と戦ってるんだ?!」と問いたくなるような仕様を実現していた。
相手はそこまでしても勝てるかどうか分からないくらいには強者なのである。
「うぁぁ……思いつかねえ……」
いやルリだってアカシックレコードと接続し、数多の世界に渡る記憶を垣間見た身。図面を引くにしたって知識は豊富なのである。
だがあらゆる世界のあらゆる技術を網羅しても、個人用の武装で13個のコアを同時にしかも安定して運用するなんて有り得ない話なのである。
6コアまでなら分かる。システムの組み方も物理的な回路の生成法にしたって現行機の延長線上にあるからそう難しい話じゃあない。
問題なのは回路で接続されているワケでもない体に装着するタイプの機器をどうやって杖側のシステムとリンクさせるかといった話だ。
確かにリモートコントロール技術を応用すればデータの遣り取りだけなら成し得る。
だがそれだと動作にタイムラグが生じる上に電波の送受信の兼ね合いから命令が飛んでしまう可能性も排除できない。
家のエアコンを操作するのと違って、戦闘が行われる中で発生する遅延や動作不良は即時の死を意味する。
じゃあ有線方式にするかと言えば、それもあまりよろしくない。
それというのも戦っている間というのは当たり前だが最高レベルの機動性が要求されるからだ。
接続部を物理的に破壊されたり自分の動きに耐えかねて接触不良を起こして動かなくなるなど問題外と言えよう。
もっと言えばエネルギー消費の問題。
13個のコアを駆動させようと思えばそれだけで途轍もない魔力が秒刻みで消費されるだろう。
燃費が最悪なのだ。
なので人体とは別に魔力の供給源が必要になる。
ならば魔力電池を準備して外装に据え付けるか?
否。一つや二つの電池なんかじゃ到底足りないし、何より機体が重くなりすぎて身動きが取れなくなる。
じゃあどうすれば良いのか?
この7つのコアを上手い具合に動かす方法が思いつかなくてルリは苦悩しているのであった。
「待てよ……? いや、けれど……」
悶々と悩み抜いて遂に一つの案を捻り出したのは明け方前の事。
暗黒の世界に差した一条の光かとも思われたその案は、しかしとんでもねー問題を抱えていた。
「大量のミスリルが必要……、ドワーフの国にある鉱山を丸ごと収奪できれば、あるいは」
一睡もしていなかったせいで理性とか冷静に考える事が吹っ飛んでいたのかも知れない。
『神々の箱庭』というゲームを現実と見立てた場合、主人公たる勇者はドワーフの国で聖剣を作って貰う流れになる。
ドワーフ達の国は大規模な鉱山を所有しており、故に鍛冶技術が頭一つ抜けていると、そんな話だ。
ここで重要なのは勇者義晴には既に魔王討伐を可能とするためのミスリル製の聖剣を曲がりなりにも作って手渡しているといった話。
つまり義晴が件のアイテムで魔王を仕留めることが出来た場合、そもそもドワーフ国に向かう必要がない。
何が言いたいのかといえば、ドワーフ国を武力で制圧して大量のミスリル金属を奪えないか?
といった話である。
ミスリルを入手できたなら、今現在抱え込んでいるデバイスの問題をクリアできる方法が現実味を帯びてくる。
幸いにして古代遺跡の格納庫にて古代の空中要塞が眠っているのを確認している。
アレを使える形に改装して成層圏まで打ち上げる。
打ち上げた後は衛星として宇宙に浮かべておけば良い。
浮かべておいて魔力の供給源とするのだ。
マイクロウェーブによる魔力の転送は別の世界で実用化されていた。
「なんかいけそう……」
これに紐付けられてもう一つの技術に思い至った。
入れ墨、もしくはタトゥーの技術だ。
太古の民族は自分を強く見せる為に全身にタトゥーを彫っていた。
それらは勇ましさや美しさを表現していて、彫った人間の精神や肉体に少なからず影響を与える。
自分が強くなったような気になるのは思い込みというだけでなく呪術的な意味合いも含んでいるのだ。
そして肉体に直接彫り込まれた紋様というのは、24時間死ぬまで発効し続ける。
じゃあ傍らに立て掛けられた魔法杖はどうか?
杖のコアは魔力を燃料とする媒体で、そこには幾重にも折り重ねた呪術的なシステムが転写されている。
そうすることで魔力を通すことで思った通りの動作をする器物として成立している。
ならばそれを自身の身に刻んでみてはどうか。
魔石などの材料を皮膚の下に移植して、皮膚には魔法のシステムを転写する。
自身をデバイスそのものに変えてしまえば、その上に装着したデバイス各種に対する命令は一切の遅延も無く動作するに違いない。
「ということは、まずは体を部位ごとにコピーして亜空間収納に保存、場面によって切り替えられるようにしなきゃだね」
体を部位単位に交換する所業。
やり方は古代遺跡地下にいたポリゴン野郎の技術を転用すればいい。
指定した座標に対して予め用意していた変化後のデータを上書き保存する。
すると瞬間的に個人の状態が切り替わる。
これを部位ごとに設定していつでも入れ替えできる状態を保持しておけば良い。
術式を体に刻むと、寝ていても何していても術の待機状態が続く。
すると必要量の魔力を常時吸い取られることになる。
術式が複雑で強力ならば尚のこと一秒ごとに消費する魔力量が増える。
これは宜しくない。
なので真っ新な玉のお肌はオリジナルとして残しておいて、コピー品に術式を転写しておく。
必要に応じて肉体の部位をコピーに交換すればあら不思議、全身入れ墨だらけのお姉さんの出来上がりだ。
「まずは試しに指一本でやってみよう」
思いついたら即行動。
と言うわけで机の端に立て掛けられている魔法杖を手に取ると入力装置を呼び出してプログラムを組み始める。
今回は概念実証ということで人差し指だけをコピーして、そこへ魔法の術式データを刻みつけると部位交換。
何やら紋様の刻み付けられた指をしげしげと眺めては家の外に出た。
「じゃあ、発動」
念のためにと家から少々離れた開けた場所まで飛んで行って人差し指に魔力を込める。
するとズドンッと重低音増し増しの発砲音が響いて大樹の十数本に風穴が空いた。
「ふ~ん、案外に使えるじゃん」
ちょっと楽しくなってしまったルリお嬢様。
音に反応したのか樹海の魔物達が寄ってくる。
折角だからと人差し指一本でそれら魔に連なる獣たちを粉砕するイカれた賢者様であった。
――実験の成功を受けていよいよ本格的にシステムを組み始めたルリは、丸三日を掛けて全身の部位をコピーしそこへデバイス用のシステム構文を転写した。
完成したからと意気揚々とチェンジ。
すると我が身が浅黒く変化し、髪まで金色へと変じた。
「あら? 思っていたのとなんか違う……」
髪色を変える魔法なんて練り込んでいなかった筈なのだけど。
あと術式を高密度で転写した結果全身の肌色がダークエルフを想起させる褐色になってしまったじゃあないか。
これは見た目の美しさ的にイマイチであると判断したルリは、術式データの表示色を素体の肌に近い色具合に固定する。
「今度は良い感じ」
すると素肌が透明感のある白っぽい色になった。
金色の髪はそのまま。疑問は残るけど実害は無さそうだったので良しとしておいた。
「じゃあ表に出て運用試験ね」
金髪美少女と化したルリはスキップ踏む勢いで外に出て、全身に施された魔術的紋様の効果を試す。
シーラント樹海に爆音が響き渡り、高レベルの魔物達が断末魔の悲鳴をあげる地獄絵図が顕現する。
次々に屠られ蹂躙される魔物達は、その内にルリを主人と認めるようになった。
樹海の支配者であると。
不可侵の王であると。
気付けば凶悪そのものといった魔物達が、ルリを前にして一様に膝を付き頭を垂れる光景が広がっていた。
当のルリは「まったくワケが分からないよ」と肩を竦めるばかりだったが、それでもシーラント樹海の覇者となった事実を無かったことには出来なくて。
「私は平和と安寧をこよなく愛しているわ。なので、私のスローライフを邪魔する者はタダじゃあ置かない。良いわね?」
数千ともつかない魔物達に言い含めておけば、彼ら或いは彼女らは揃って恭順の意を示した。
(((我らの王は平和を望んでいる! 王の安寧を乱す者は全て八つ裂きにして地獄に送れ!!)))
その夜は満月。
爆撃じみた魔法の連打ですっかり耕され均された丘の上で、魔物達は新たなる樹海の支配者ルリに絶対の忠誠を誓い、敵を余さず葬り去ることを己が胸の内にて決意する。
もちろん、そんな魔物の群の意向なんてこれっぽっちも気付かないルリだった。




