92:鐘の鳴る刻③
古代遺跡の深層、格納庫から更に奥に続く廊下を歩けば途中に幾つかの扉を発見、しかしルリは見向きもしないで奥へ奥へと突き進む。
この頃になると二人と一匹は彼女が建造物の隅々までもを掌握しているのだと悟って、どこか気の抜けた様子になっていた。
「さて、ハッキングでシステムの管理者権限を奪った私だけど、ここから先はデータが読み取れない不可侵領域。何が出てくるかも分からないから気を抜かないでね」
ところが廊下の突き当たり、見るからに重厚そうな縦横3メートルの鋼鉄製ハッチの前で立ち止まった賢者はその様に曰う。
管理者権限があっても閲覧できない領域というのは、つまり全体を統括しているシステム側であってもアクセスできない独立した区域といった話になる。
上層階に設置されていたセキュリティ用ゴーレムなどとは比べものにならない強力な防衛装置がある可能性を示唆していた。
ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン。
巨大なハッチが左右に押し開かれていく。
ルリは何もしていなかった。ハッキングでロックを解除するといった行為を行っていない。
にも関わらず開いていく扉。
重苦しい音と共に奥の暗がりが徐々に形を表してゆく。
「あちらさんは歓迎してくれるみたいだ」
ルリは言いながら魔法杖に囁きかける。
「戦闘モード、起動。多重詠唱システム展開、アクセラレーション」
カコンッ、と杖の先端部分、槍の穂先のように尖った可動部が開いてその内側に真っ赤なコアが二つ顔を出す。
ボッボッと排気ノズルから勢いよく火が出る。
「先にバフを掛けておこう」
――《魔法障壁》。
――《魔力探知》。
――《熱源探知》。
――《防御力強化》。
――《耐衝撃》。
――《身体能力強化》。
――《空間把握》。
――《耐状態異常》。
――《物理攻撃緩和》。
――《光学攻撃緩和》。
およそ10個の能力向上系魔法を同時展開させる。
それら術式は発動者だけに留まらず、居合わせた全員に対して効果を表し彼女らの体躯にも光を宿した。
「……何て言うか、ターミネーターに出てたようなのが居ますね」
「液体金属で作られたゴーレム……、また珍しいモノを持ち出してきたわね」
鋼鉄扉が開ききれば、床を覆い隠す様に流れ出てくる冷気。
薄暗がりの奥に佇む金属塊の輪郭を浮かび上がらせる。
それらは金属の光沢に包まれた人型の物体。
人間を模したような形ではあれど顔はのっぺりとしている。
数は三体。それぞれ目の位置に赤い光が灯ったかと思えば、滑らかな動きで歩き始める。
何も持っていないと思われた手がニュルリと溶け出したかと思えば機械的な造形へと変じる。
一体はビームガン、一体は光学剣、最後の一体は巨大な鎌といった具合だ。
「二人とも、サクッと終わらせるわよ!」
「「はいっ」」
ルリの言葉に反応してレミーとパティッシュが息ピッタリに返事した。
「さあ、始めようか。魔法使いの闘争というものを!」
ルリの形がヌルリと空気に溶ける。
瞬間的な移動でゴーレム一体の前にやってきたのだ。
そして拳でぶん殴る。
「オラァ!!」
ズドンッ!
殴られた人型の上半身が木っ端微塵に吹き飛ぶ。
え、魔法使いの闘争とか言っておいてぶん殴るの?!
後ろで愕然とするレミーの事なんてお構いなしに、ルリは下半身だけになった個体を蹴りつけて吹っ飛ばした。
ガシャアァァン、なんて盛大な音を立て遙か向こうにあった壁に激突したゴーレム。
「分かりやすい暴力は世の中の問題をほぼ全て解決する。これが真理というものだっ!」
ババンッ! と名言を吐く勢いで曰い、左右から襲い掛かってきたゴーレムに対しては魔法にて対処する。
――《神の振動領域》。
ビィィィン、と金属を叩くのともまた違う甲高い音がこだまする。
すると両機体が攻撃動作を中断、いやあらゆる動作を停止させられて硬直。
白銀色をした体表にビッシリと亀裂が走った。
「液体金属は単純な衝撃や砲撃、斬撃、核熱、高温、低温に至るまでほぼ全ての害意を無効にする。けれど、一つだけよ~く効く攻撃があるのよねぇ。特定周波数の振動、即ち神の音階と呼ばれる細微な振動は金属の性質を変容させ硬化させる。つまり――」
ズガシャァァ!
魔法杖をぶん回して左右の敵をぶん殴れば相手はパウダースノーもかくやといったきめ細やかな欠片へと変じて床面に漂う白煙の池に落ちていった。
「ガラス細工よりも脆くなる特性。分かっていればどうという事もない」
凄いとしか言いようのない光景に息を飲んだのは見守っていた面々。
しかし佇むルリは腰を落としたまま微動だにしない。
フロアの奥まで吹っ飛ばされた下半身に、飛び散ったはずの上半身が寄り集まっていき再結合、凄まじい勢いで再構築されていく様を目端に捉えていたからだ。
「逆に言えば、それは振動を叩き込んでからでないと倒せないって話でもあるのだけれどね」
ほんの数秒ほどでダメージを回復させた人型金属がユラリと立ち上がる。
その両手に灯った光学の刃。ゴーレムは仲間を破壊された怒りも恐怖も感じさせることなく駆け出し突っ込んできた。
「ちぃ!?」
ヴォン。と空気を薙いだ光の太刀筋。
大きく飛び退いたルリ。
しかし敵は少女の着地点を予測して構わず踏み込んでくる。
「パティッシュ!」
床に足を付けてから踏ん張るでもなく自ら転んで攻撃をやり過ごしたルリは、後ろで介入のタイミングを見計らっていた戦槌娘を呼びつける。
パティーは「うぇ~い!」などと返事しながら飛び込んできて、構えた巨大金槌をフルスイング。
バチコ~ン、とゴーレムが吹っ飛ばされた。
「パティー、あなたのデバイスにも振動系の魔法は入れてるわ。こちらから周波数のデータを送っておくから術式に組み込んで倒してちょうだい」
「アイアイマム!」
パティッシュは軍人風にビシリと敬礼して返し、同じ手で額の上にあったゴーグルで目元を覆い隠す。
一瞬だけボンッとアッシュ髪が逆立って、その体躯から闘気にも似た気勢が迸る。
肩に担いだ魔法戦槌の表面にビッシリと赤い幾何学模様が浮かび上がった。
「そんじゃ、一丁やっちゃいますかねえ」
コォォォ。
両手に戦槌を握り直す。
視界の奥で吹っ飛ばされて拉げたゴーレムの輪郭がすぐさま復元されこちらに向けて駆けてくるのが見えた。
「ふぅぅぅ……」
大きく息を吸って吐く。
パティーは体全部で戦槌を振りかぶった。
「いくぞオラァァァ!!」
――《破天鋼槌》あぁぁぁっ!!!
戦槌が一回り巨大になったタイミングで振り抜く。
今まさに少女に手が届きそうな距離で、ゴーレムが真上からカッ飛んできた質量に瞬間的に押し潰され粉々に砕け散った。
「うっしゃぁ!!」
どうやら見せ場に飢えていたらしい。
満面の笑みでガッツポーズをキメる。
というか性質的に鍛治屋である彼女はどうしたって裏方仕事がメインになる。なのに本人は目立ちたがり屋ときたもんだ。
華々しい活躍がしたいと渇望していたって不思議でも何でもない。
戦いを終えたパティーが晴れ晴れとした表情になるのを確認してからルリは一行を先導して更に奥へ。
玄室から伸びた廊下を進んでいけばもう一枚鋼鉄扉があるのを確認した。
「魔力収束開始、輻射結界敷設。威力を絞って、と……」
――《対消滅》。
キュゥゥゥ、ヴンッ。
ルリが魔法を発動させると扉が開くのを待つことなく装甲板が円形にくり抜かれた。
かつて貴族家の屋敷を敷地ごと無に帰した消滅魔法で、行く手を阻む扉に風穴を空けたのだ。
「呼び鈴の代わりになったかしら?」
涼やかな顔で嘯いて奥の部屋へと身を滑り込ませる。
後続の二人は言葉も無く追従。
三人はフロアの床と天井を繋ぐ格好で金属製の柱がそそり立っているのを発見した。
『ようこそ、侵入者の諸君。待ちかねたぞ』
柱の手前にポリゴンで描画されたような人間の顔らしき立体映像が浮かび上がり、そいつは横柄な態度でそう告げた。
「あら、お出迎えしてくれたのかしらプレイヤーさん。それとも神様とでも呼べば良いのかしら?」
ルリは不敵に笑んだ口元もそのままに言葉を返す。
背後で見守るレミーは顔一杯に疑問符を張り付け、少しでも情報を得ようと聞き耳を立てている。
「ハッキングで管理者権限を奪ったにも関わらず読み取れない情報があるって事は、私より先に同じ事をしてシステムそのものを弄った存在がいるってこと。であれば、つまりはそういう事よね?」
名探偵気取りで推理を語った瑠璃色髪少女。
ポリゴン顔は愉快そうに笑い声をあげた。
『はっはっは! これは驚いた! この世界に裏側を知る者があろうとは! ならば問う。娘よ、お前は一体何者か?』
急に笑みを引っ込めた立体映像に、ルリは告げた。
「そうね。あなた達の流儀に従うなら“瑠璃色の大賢女”とでも訳するのが自然かしら」
『面白い。実に面白い!』
破顔した顔面。
『ならばシね!』
次の瞬間、鷹揚な声が轟き四方八方からレーザービームの雨が降ってきた。




