91:鐘の鳴る刻②
古代遺跡、……かつては機械技術と魔導のハイブリッド的な要素を持つ古代文明の侵略者達が、地表の人間達を蹂躙するための前線基地として建造した要塞なのだが、今となっては少なくとも外見は朽ちていつ崩落してもおかしくないといった趣の建築物。
空を飛んで十五分ほどで建物の前までやって来たルリとレミー、パティ、おまけのオコジョといった面子は、二人肩を並べる格好で迷うこと無く内部へと分け入って行く。
「確かこの辺に……、あ、これだ」
ヒタヒタと微かな足音を響かせやって来たのは勇者義晴がトラップに引っ掛かって仲間達と分断された天井から壁が降りてくる通路の手前。
所持する魔法杖からマップを呼び出して目の前に表示させているルリは、何度も壁面と空中に浮かび上がる地図を見比べて場所を特定、積み上げられている石ブロックの一つを指で押す。
するとスルリと陥没したブロックと、入れ違いで迫り出してくる入力端末。
瑠璃色髪娘は杖からコード線を引っ張り出すと装置にくっつけた。
「ええと、管理者権限からパスワードを割り出して、っと……」
ブゥゥン……ピコン。
軽快な電子音が鳴って、次に端末の横で人間二人が並んで通れるくらいの面積の壁が陥没、スライドして新たな通路を出現させる様を眺める。
「さてさて、何が出るかなっと」
口を開けた廊下はそれまでの迷宮然とした風景とは一転、近未来的な作りになっている。
壁、床、天井は継ぎ目の無い滑らかで光沢のある材質で、一見すれば金属にも思われるが触れてみるとほんのり暖かみを帯びている。
光は天井に張り付いた蛍光灯らしき照明器具から放たれ廊下全体を照らしている。
とはいえ光源の器具に目を凝らしても両端に電気を送り込む部品が見当たらないから、実際には蛍光灯ではないのだろう。
天井から視線を落としたルリは軽い調子で嘯くと尚も前へと足を出す。
手にした魔法杖の排気ノズルから不規則にボッ、ボッと炎の息が吐き出されている。
すぐ後ろを歩くのはパティッシュで、三つ編みにしたアッシュ色髪と額に掛けた遮光ゴーグル、それから肩に担いでいる馬鹿でかい鉄槌型デバイス“ナスタチウム”。着用するフレアスカートとTシャツの上に耐熱エプロンを掛け或いは両手に填めた耐熱グローブといった諸々が彼女を鍛冶屋さんってな印象に仕立て上げている。
またお弟子ちゃんであるレミーは栗色の髪を紐で一本に纏めた美幼女で、周囲の雰囲気におっかなびっくり、新型として渡された魔法杖“スターチス”を今は両手で握り絞めている。
身に付けたローブの肩にオコジョが乗っており、そいつは人間だった頃ともなると金になるなら暗殺、誘拐、人身売買なんでもござれの裏ギルドの頭目だった男、つまり性根の腐った犯罪者だった輩である。
オコジョに変えられてからのバンドウは一見して性根を入れ替えたかのように振る舞いはしているものの腹の底じゃあ何を考えているかも分からない。
まあ、彼は知らないが、ルリを裏切ろうとした瞬間に爆散してただの肉片に様変わりするよう仕掛けが施されてはいるのだが。
……当たり前の話だがルリは最初から彼を信用なんてしていなかったし、何ならボロ雑巾のように使い倒してから惨めったらしい死をくれてやろうとまで考えていたりするのだが、今は脇に置いておこう。
出現した廊下を歩き続ける瑠璃色髪少女はやがて突き当たりに到達、足を止めた。
「エレベーターね……」
突き当たりと言っても周囲の様相とはまるで違う。近未来的な壁面から更に一歩踏み込んだ冷たい金属の光沢を放つ真っ平らな壁になっていて、ルリが手をかざすと金属板の一部分に切れ込みが入ったかと思えば僅かに陥没、人間二人が並んで入れるくらいの入り口が口を開ける。
スライド扉の奥は二メートル四方の小部屋になっていて、扉の開閉に反応してか一瞬だけ遅れてパッと明かりが灯った。
「ここからは深層階。システム側で制御されているゴーレムは無いっぽいから、もし居たら放し飼いになってる自立型ってことだし、つまり問答無用で襲い掛かってくる可能性が極めて高いから気をつけてね」
「全部破壊しても良いんですか?」
「ええ。ただし動いていない物にまで手を出す必要は無いから」
レミーが問えば師が答える。
建物のシステムそのものは既に管理権限を奪っているからシステム直下のセキュリティはこちらで操作できる。であれば態々魔法を無駄撃ちする事もあるまい。
対して自立型AIで動いているロボットは、侵入者を見れば即座に排除を試みるだろうから潰しておくべきだろうと、これがルリの判断だった。
三人と一匹が箱の中に入ると音も無く扉が閉まって僅かながら浮遊感を覚えた。
下に向けて動き出した証拠だ。
五分なのか、それとも十分くらいはあったのか。
随分と長く感じられた浮遊感はようやく終わりを告げ、入り口になっていた扉が再びスライド、奥に新たなステージを描き出す。
遺跡の最下層と思しきフロアは薄暗く、壁も天井も見通せないまでに広大だった。
(……そう来たか)
オコジョが念話を通じて呻く。
パティッシュとレミーは見上げるまでに巨大な物体を前に戦いている。
最下層……遺跡の巨大格納庫にでんっと鎮座するのは巨大な、あまりにも巨大な一隻の船だった。
床面が金属製ともなれば宇宙戦艦を連想しがちだがそうじゃあない。
輪郭を構成する材料は木の板。
帆は無く、側面からまるでムカデの足のように長い櫂が伸びており、片側だけでも百以上はあるオールが巨体を支えるように床面に付けられている。
それはあまりにも巨大な古代の船だった。
そして、格納庫の大きさは船を据え置いてさえ余裕があった。
「アメノウキフネ……、宇宙戦艦というよりは次元跳躍を目的として作られた“神代の舟”といったところかしらね」
ルリが言葉を紡ぐ。
まるで最初から知っていたような口ぶりに面々が目を向ける。
「あくまで遺された記録からの推察になるけれど、かつてこの世界に移住……というか侵略して征服して支配しようと目論んで次元を越えて来た人々がいる。彼らは自らを神と呼ばわり、地上で暮らしていた人々を虐殺もしくは奴隷にした。彼らは恐怖の帝国“ソーサルキングダム”を建国すると早い段階で大陸を掌握したの。現在教会が崇拝している神エヘイエは、このときの名残。まあ、厳密に言えばエヘイエとは本来は信仰の対象ではなくて、単なる多重次元を一括管理するためのOSに付けられた呼称というかコードネームでしかなかったのだけどね」
朗々と謳うルリ。
居合わせる人々は耳を澄ませて聞き入る。
ソーサルキングダムなのに帝国とはこれ如何に、なんて野暮なツッコミを入れる者はいない。
「けれど或る日、大災害、有り体に言えば上位存在から横やりが入って帝国は滅亡する。結果そこにあった技術は流出。現在この世界で使用されている魔法体系は全てこれが元になっている。とはいっても実際には一割にも満たないごく一部の技術なんだけどね。だって現地人が殆ど理解できなかったから」
手にした魔法杖の柄で床を叩けば「カーン」と甲高い金属音がこだまする。
「じゃあ、この世界で信仰されている神様っていうのは……」
全部嘘?
レミーが囁くように尋ねた。
するとルリは首を振った。
「いいえ、エヘイエの従属神とされている7柱は「神」に近い物になっているわ。
生と死、裁きの神“オシリス”。
武と戦、或いは海の神“ヴィアチェ”
鍛冶と金属、変化の神“ウルヌ”。
愛と美、享楽と煩悩の女神“マーラ”。
豊穣と商売の女神“フレイア”。
知恵と魔法の神“サラスヴァ”。
輪廻と破壊の女神“アリステア”。
元々は“ソーサルキングダム”に属していた人間達は、神性を獲得し、遂には神として崇め奉られてもおかしくない存在になった。まあ、上位存在と戦うために致し方なくというのが真相なんでしょうけれど」
宇宙に遍く流れ続ける聖神力という高次元エネルギー。
このエネルギーは生物ごとに受け入れ可能なキャパがあって、基準値を大きく上回るエーテルをその身に降ろした生き物は体細胞が瓦解して分解され、全く別の存在へと再構築される。
「神」と呼ばわっても全くの間違いではないが、どちらかと言えば聖神力の管理者とした方がより正しい存在へと文字通りに生まれ変わるのだ。
かつて帝国で暮らしエーテル理論を研究していた人々は亡国の際に王から現人神になるか一族郎党の皆殺しかといった二択を迫られ、否応なく神になった。
実験に成功したのは7人だけだったが、本当はもっと多くの人々が強制参加させられ、神化に失敗して存在そのものを消滅させている。
ルリはそこまで詳しくは言わなかったが、それは居なくなった人々に想い馳せても全くの無駄であるからだった。
「ま、エヘイエの従属神として7柱がある、という教会の教えはあながち間違いではないといった話ね」
そう締め括ってルリは見上げるばかりに巨大な方舟を一瞥、もう興味も無いとばかりに歩き出す。
「え、舟を動かすとかはしないんですか?」
レミーが疑問を口にしつつ後を追い掛ける。
「神になろうとして失敗した愚か者どもの船を今の世で復活させる事に何の意味があるというの? 遺物は異物としてここで朽ち果てれば良いと、私は思うのよ」
カツン、カツンと杖の柄が床を突く。
もしもこの船が圧倒的で絶対的な性能を振るえたならば、彼らは上位存在が強いた苦境を見事乗り越えたに違いない。
そうなっていないのは、上位存在の力の前には無力であったか、もしくは肝心な所で動かなくなったかのどちらかだ。
それなら再起動を試みるのは時間と労力の無駄遣いになる公算が大きい。
いや、もっと言えば、かつて帝国を滅ぼした上位存在どもが、方舟の復活を感じて再び押し寄せるかも知れない。
そちらの方にこそリスクを感じるルリである。
「上位存在と呼ばれるものが具体的にどういったモノなのかは私にも分からない。でもこれだけは言える。奴らが訪れた際に、この世界に存在する生き物たちに抗う術は無い。確実に滅ぼされてしまう」
アーカーシャ、アカシックレコード、即ち空間に焼き付いた記憶の中に「上位存在」に関する情報は存在していなかった。
いや、意図的に消去、隠蔽された跡だけが残っていた。
だからルリは確信していた。まだ奴らに勘付かれるワケにはいかないと。
「でも勇者達を手駒にして操っているのが上位存在である確率は高い。レミー、貴女は私の弟子になった身だけど、私の弟子であるという事は“奴ら”と一戦交えるかも知れないって事と同義だから、その辺り肝に銘じておきなさい」
「うへぇ」
レミーの心底嫌そうな呻き声を聞きながら、ルリは格納庫から伸びている別の廊下へと足を踏み入れるのだった。




