90:鐘の鳴る刻①
「――色々して貰って本当に感謝する。この借りはいずれ必ず」
「そうね。その内に利子つけて取り立てるからヨロシクね」
勇者一味のリーダー、相良義晴の差し出した手に握手を返してルリは微笑む。
彼には即席ながらの聖剣を手渡して、なのでもう引き留めておく理由も無い。
お役御免というか、“用が済んだならさっさと次に行きやがれこの野郎”なのである。
なおこの聖剣、剣と付いてはいても斬ったり突いたりするような代物では無い。
魔王を殺す武器。という意味で言うならば剣の形をしている必要がないのだ。
そもそもの話としてミスリル系の金属は剣の刀身とするには向いていない。
作るなら鉄と鋼で鍛えた刀身の真ん中部分に流し込むなりして魔力的な要素を高めるのが正しいやり方となる。作った刀身を別の素材でコーティングするのも有り。
それを踏まえた上で、「魔王」というのは一種のスキルであり呪いともいえる代物だった。
魔王は普通に殺したのでは死なないし、運良く殺せたとしても時間を置いて何度でも蘇る。
要するに輪廻転生とかそういった世界の理に介入するシステムそのものが「魔王」なのである。
なので「魔王を殺す方法」とは単に物理的、肉体的に破壊するのではなく、魂魄に刻まれた因子を根こそぎ書き換えて死というものに介入できなくする事を指す。
輪廻に手が出せなくなれば、そこらにいる魔物と変わらない。
後は強い力でぶっちめてしまえばOKだ。
いわゆるルールブレイカー。
ルリがミスリル金属で作成した呪物は、そういった性質の武器なのである。
だから剣の形をしていない。
大きさは短剣ほど。グリップの上に円柱状の物体……地球の知識からいえば散髪屋さんの軒先に置かれている赤・青・白の筋が螺旋状に描かれたサインポールのような物体が据え付けられていて、発動時には回転する仕組みになっている。
一見して幼子をあやす玩具にも思えるが、そこには超高レベルな術式が十五層に渡って練り込まれており、金銭に換えたとするなら余裕で国が一つ買えてしまうくらいの価値になる。
「ルアフと焰に関してはあなた達とは別行動を取って貰うわね。この国にとっての脅威は魔王だけじゃないから」
「ああ、それで頼む」
握り合っていた手を離したところで念を押すルリに、義晴は口元を引き締めて頷いた。
少々前に説明されていたが、このアルベティア公国に深く根を下ろす組織として教会が挙げられる。
教会は催事を取り仕切るという名目の元、民草から金を巻き上げ、美しい娘あらば理由を付けて攫って陵辱の限りを尽くした挙げ句に奴隷として市場に立たせる。
まさに腐りきった権威の象徴ともいうべき宗教団体だった。
そして近日、国王側が新たに聖女を擁立した事に端を発してキナ臭い動きが見られると。
ルリとしては魔王よりはむしろそちらこそを問題視しており、ゆえにルアフと焰、他数名を派遣し首都リガーデンに潜り込ませておく腹づもりである事を明かしていた。
「じゃ、せいぜい足掻きなさいな、青臭い勇者様」
「ああ、分かってるさ。……ありがとう」
去り際に軽く言葉を交わす両名。
勇者義晴はそれから踵を返し、三人の仲間達が後を追ってつま先の向きを変える。
雨宮愛菜、一ノ瀬夏樹、一ノ瀬美冬。
少女達はそれぞれ一瞬だけルリに視線を向けたがその意味するところを義晴は知らない。
魔法少女、即ち眷属と化した彼女らは既にルリの操り人形で、そうなると勇者の行き先だって簡単に変えてしまえる。トドメの一撃として愛菜に夜這いでも掛けさせておいて勇者を籠絡させておけば今後ルリの障害として立ち塞がることは無かろうとタカを括っていた。
勇者達がシーラント樹海からの脱出を試みている頃。
大樹の家ではルリが新しいデバイスの制作に取り掛かっていた。
ルアフに専用機を作って渡す事を約束していたからだ。
弟子のレミーに工程を教える目的もあって、今回は最初から最後まで一貫して付き添いを指示していた。
新型デバイスが完成したのは翌日の明け方で、この時には師弟揃ってハイテンション。
ひゃっほ~! なんて小躍りしつつベッドに飛び込んだかと思えば一転して死んだように眠ってしまうと、そんな感じである。
「――はい。と言うわけで完成しました。新型デバイス、MW-07“フリージア”、名前の意味は純潔、友情、信頼……って聞いちゃいねえ」
受け取った瞬間から喜色に顔を綻ばせて小躍りするルアフに、意気揚々説明しかけた瑠璃色髪娘がガックリと肩を落とす。
それはルアフの髪色に合わせた若草色のガントレットだった。
焰の右腕に装着されたサルビアを反転させたような造形は、左腕に装着するよう作られている証拠である。
とはいっても攻撃性重視のサルビアとは違って、こちらは隠遁魔法、捕縛や状態異常に重きを置いた搦め手に秀でたセッティングとなっている。
ルアフが風の魔法少女であり、性質的に忍者に近い事からその様な内容にしていた。
「まあ何でもいいわ。とにかく、約束は果たしたんだから、次はアンタ達の番。公国の首都に潜入して教会の動きを監視して、なんなら排除すること。あとユウキちゃんがピンチだったら手を貸すこと。他の姉妹と連携して上手いことやってちょうだい」
「は~い」
さっそく手甲型デバイスを腕に装着してご満悦のルアフが返事する。
コイツ大丈夫かよ。なんて思ってしまう創造主だ。
「しかし姉上、姉妹の中では一番最初に生まれたというその娘ですが、何故そこまで目を掛けるのですか?」
ここで焰が怪訝そうに聞いてくる。
ルリは事も無げに答えた。
「だってあの子は私の操作キャラ、アバターだからね」
「ああ、そういう……」
一瞬で関係性を理解した彼女が納得して頷く。
創造主が自分で操縦する人物なのだから姉妹間ネットワークに含める必要がない。
またユウキが窮地に陥る状況ともなれば、暗殺者を差し向けられる物理的な危機であろうと、正体がバレてしまうような立場上の危機であったとしても、第三者の介入が必要となる局面であろう事はほぼ確定している。
そしてそれらの問題を解決するためにはギルドで雇い入れた冒険者や城内に配置された衛兵・騎士などでは信頼性でも実力という意味においてもお話にもならない。
だから姉妹、超常の能力を持つ魔法少女たちに影ながら護衛するよう命じているのだと焰は察した。
「畏まりました。そのご命令、謹んで拝命致します」
「焰ちゃんはホントに固いわねえ」
最初は「お姉様」と呼ばわっていたのに気付けば「姉上」などと呼ぶようになった堅物娘。
ルリの予想では、それはキャラ崩壊とかじゃなくて、パティが「お姉様」と、ルアフが「お姉ちゃん」と呼んでいるから自分も何か特別な呼び方しないと没個性になっちまうと危機感を覚えたか張り合っているか、とそんなところだ。
慇懃に頭を下げた焰に、苦笑いを禁じ得ない瑠璃色髪娘であった。
こんな感じで準備が整い次第出立していった妹たち。
彼女らの背中を見送った後、まだ居残っているパティ――パティッシュに声を掛けたルリ。
「パティ、遺跡に行くからアンタも来なさい」
「うぇ~い!」
身の丈ほどもある巨大な鉄槌型デバイスを肩に担ぐ格好のパティが陽キャかよってな明るい声を返した。
「あとレミーちゃんとバンドウ君、君たちも来なさい」
「え、遺跡の探索ですか?」
お呼びがあってきょとりんと首を傾げる栗色髪幼女。
その肩にオコジョのバンドウが乗っている。
「いえ、遺跡の構造は把握してるし、ハッキングしてるから警備のゴーレムだって反応しないわ。……まあ、言ってしまうと遺跡の地下格納庫に面白い物を見つけたからアクセスできないか試してみようかな、と」
(地下格納庫……まさかとは思うが万能宇宙戦艦とかモビルスースがあったりはしないよな?)
念話でバンドウが問うてきたがルリは無視。
オコジョは肩を竦める素振りをするばかりであった。
「念のために水と食料は持っていくわよ。ああいった場所では何が起きるか分からないからね」
遺跡というのはほんの数日前に勇者一味が潜ってミスリルを取ってきた例のダンジョンである。
発見してすぐにハッキングして管理者権限を強奪しているからセキュリティに引っ掛かる事は無い。
しかしルリが目指そうとするのは義晴たちが彷徨った表層階ではなく深層にある階だった。
「上手くすれば神様とやらと接触できるかもね」
なんて呟きを残して家に出戻ったかと思えば、お手製のデバイス“ダリア”を手に取ると入力モードで即興ながらプログラムを組み始める。
その間にお弟子ちゃんは数日分の食料と水、あと毛布などをリュックに詰め込み準備を済ませた。
「じゃ、サクッと終わらせちゃいましょう」
それから三人と一匹は空へと躍り出て最速最短一直線で遺跡へと飛んでいく。
ルリはこの時点で征く先に何が待ち受けているのかを大凡ながら理解していた。




