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09:指名依頼


 ……なんだか、何にもする気が起きない。

 ベッドに寝転がったまま、私は天井を見上げている。

 魔法で変形させて作った部屋の天井は木目調ではなく中央部分が反り返っており外に向かうにつれて緩やかなカーブを描く形になっている。

 端的に言えば密度が高くて断熱性も遮音性も申し分なく雨漏りするなど考えもつかない樹木のうろとでも表現すればいいだろうか。

 吸い込まれそうな造形が気になったのは最初の夜だけで、就寝二日目ともなれば慣れきってむしろ安心感すら覚えるようになっていた。


 そんな天井から目を背けると、今度はテーブルと、この上に並べられている空の小瓶が視界に入る。

 冒険者ギルドで依頼の報酬とポーションの引き取り代金を受け取って、大通りでチンピラに絡まれている女の子を助け出し、物価の高さに打ち拉がれつつ帰宅してからは半ばふて寝して今に至る。

 買ってきたバケットを囓っていればお腹も膨れたしで、今日は朝から憂鬱さと戦っているといった次第だ。


 窓の外では雨が降っている。

 昨日の夜から降り出した雨は真夜中頃がピークであったらしく寝ていても微かながら雨音が聞こえていた。

 今はもう雨もすっかり止んでいるのだけれども、しかしどこまで行っても大自然のど真ん中ともなると足下はぬかるんでいて歩き回るだけでも難儀すること間違い無し。

 故に私はパジャマ姿でモソモソとベッドの上を転がってみたり。

 というか湿度の兼ね合いなのか自慢の瑠璃色髪がくせっ毛になっている。

 髪質が直毛なので普段のヘアアレンジは簡単なのだけれども、一本一本が細いから言い換えると気温や湿度の影響をモロに受けてしまうということでもあって。

 櫛の通りが悪くなると途中で引っ掛かって痛い。そうなるともう外を出歩くのも億劫になって結局はベッドの上で自堕落に時を過ごすなんて羽目になる。

 まったくもって難儀な話であった。


「ん~……」


 呻いてまた転がる。コロコロと、コロコロとベッドの上で寝返りを打つ。

 それから思いついたようにバッと布団から飛び起きた。


「よし、街に行こう」


 この憂鬱を払拭するためには街をブラつくのが一番であると何の脈絡も無く思った私は、それから寝間着をパパッと脱ぎ捨てシャツを着てスカートを履いて、ネクタイを締める。

 そこから腰ベルトにポーチをくっつけ外套を羽織り帽子を頭に乗っければお着替え完了。

 ベッド際に立て掛けてあった魔法杖を引っ掴めば気分はすっかり魔法使いである。


「出発っ!」


 急に高揚し始めた気持ちを胸にしまい込んだまま家を飛び出したら後は飛翔魔法でひとっ飛び、ってなもんだ。

 本日はポーションを作っていないし、せいぜい手持ちの薬草ブツが納品依頼と合致したらその場で終わらせ小遣い稼ぎでもしようかなくらいの考えだったのでリュックは背負わない。

 高度300メートルにして時速60キロくらいの緩やか飛行であっても地形の影響を受けない一直線の道程であれば小一時間と掛けずに目的地に到着したものである。



 そんなワケでやって来ましたエルダの街。

 お馴染みになりつつある路地裏に降り立った私はここでも認識阻害まほうを展開しつつ大通りへと躍り出る。

 王城のある大都市と比べると些かこぢんまりとしているが――これは印象ではなく実際に都市としての規模が小さい――だからこそ逆に落ち着けるというか、私はごく個人的にエルダが好きだと言わざるを得まい。

 人々が織りなす活気と喧噪を潜り抜け、てくてく歩いて冒険者ギルドが置かれている建物へと足を踏み入れた私は、やはり採集関連の依頼書の張り出されている掲示板で足を止めて一巡見回し。

 手持ちの薬草で賄える依頼紙を手で引っこ抜いて受付カウンターへと駒を進める。

 私に応対してくれたのはやっぱり赤毛の受付お姉さんだった。


「あら、いらっしゃい。精が出ますね」


 お、今日は昨日と違って態度がフランクだ。

 昨日のよそよそしい態度はひょっとしたら私の主観的なもの、つまり勘違いであったか、或いは彼女のごく個人的プライベートな理由に端を発していたかのどちらかだろう。

 そう思ってちょっとばかり安堵する。

 ……そうか、私案外に気にしてたんだな。

 と今ごろになって気付いてしまったり。

 昨日と同じように薬草の納品を済ませて、けれどポーションは持ってきていない旨を告げると彼女はあからさまに落胆の表情を見せたけれど、まあそんな日もあるさとスルーしておいた。


「あ、ルリさん。話は変わりますけれど貴女を指名しての依頼があります」


「指名って、依頼ってそんな事も出来るの?」


「はい、依頼主が信頼の置ける人物であるとギルド側が判断しており、かつ指名される側の冒険者が一定以上の評価を得ている場合に限り、そういった依頼方法があります」


「そですか」


 実績というよりは信用するに足る人物かどうか、って意味合いなんだろうなと解釈した。

 だって普通に考えて冒険者ギルドというのは本質的には仲介屋であり、依頼に対してその依頼が完遂可能であると判断した人員を手配する役どころになる。

 なので直接的に個人を指定しての依頼なんてのがまかり通れば、極論としてギルドなんていらねーじゃんといった話に行き着いてしまうワケだ。

 人員を選定する必要な無いなら、そもそも個人同士で遣り取りした方が時間も早く済むし中抜きがないぶん金銭だって直接的ダイレクトな額が提示できるからね。

 だから指名依頼はギルド側としてもあまり好ましくない筈。

 それでもなお個人に依頼が掛かるというのは、双方に余程の信用が無ければ成立しない。

 裏で結託して何らかの違法行為に及ぶ可能性だって無きにしも非ず、だし。


 これらを踏まえた上で私個人宛に来ている依頼があるらしい。

 個人的には面倒くさそうなので断りたい所存なのですが。

 いやいや、それ以前に私ってまだ駆け出しのペーペーなワケですけれど、そんな信用なんてあるの?


「念のために言っておきますけれど、私、薬草採集とポーション造りくらいしか取り柄がありませんよ?」


「ええ、私もそう言ったのですけれど、依頼主が他の人間は信用できないと仰せられまして」


「なぜに?」


 口ぶりから察するに対応したのは彼女自身であるようだ。

 ってか他の冒険者が信用できないって言うならそもそも冒険者ギルドに依頼掛けんなや、と言いたい気持ちでいっぱいだ。


「この依頼って断る事は可能ですか?」


「ええ、勿論です。けれど内容には目を通して貰わないといけないの」


 私が消極的なことに勘付いたようで、受付お姉さんはどこか安堵の表情を見せる。

 それから彼女は一通の依頼紙をそっと私の前に差し出した。

 手に取って無言のまま目を通す。

 依頼主はフューデルという人物だった。

 そのような人物に心当たりは無い。

 しかし、つぎに文面に目を通したところ心当たりのある名前が出現した。


「ヒナちゃん……遅かったか」


 依頼内容はこうだ。

 娘であるヒナが誘拐された。

 まだ犯人から脅迫状の類は送られてきていない。

 娘を一刻も早く見つけ出し救出して欲しい。


 ヒナちゃんは昨日の昼頃に3人のチンピラに絡まれているところを助けた。

 彼女には護衛を付けて貰うよう言い含めておいた筈だが、どうやら間に合わなかったらしい。

 そりゃあ昨日の今日なので何らかのトラブルに巻き込まれて何処かで宿泊せざるを得ない状況に陥ったと考えられなくも無いが、その場合なら少なくとも親に何らかの話が伝わっているだろうし、また私のように家を飛び出したという可能性にしても、商人の娘であるなら親は従業員にも話を聞いて回っただろうし。

 だが何より、仮に昨日の夜に攫われたとして、今はまだ昼過ぎといった時間帯。

 この時間で既に依頼が行われているということは午前中にはヒューデルさんはここへ来ているということ。つまりこれ程の短期間で、脅迫状が届いていないにも関わらず誘拐されたと断言できるという事は最初から何らかの確信があったということに他ならない。


「一応聞いておきますけど、誘拐の救出と行方不明の捜索だと依頼料に違いがあるんですか?」


「ええ、10倍くらい違うわね」


「え、そんなに?」


「そりゃあ、誘拐が行われたって話だと必ず犯人がいて、そういった人間は大抵が複数でかつ武装しているものだから」


「じゃあ最初は行方不明の依頼だったけど後になって誘拐と分かった場合は?」


「交渉前に解決した場合はそのままの料金で通すわね。だから普通は聞き込みをして誘拐と断定された時点でギルドが依頼主と再交渉するの。勿論依頼を受けた人間にもそのまま続けるか降りるかを確認するわ」


 行方不明者の捜索と誘拐された人間の救出とでは必要とされる技能が違うし仕事としての難しさだって段違いになる。だからギルド側としても人間を再選定しなければいけない。

 そうすると時間が余計に掛かる。それだけ被害者の生存率が落ちてしまう。

 だから依頼者は誘拐であると分かっている場合は最初から救出依頼を掛けなければいけないと受付嬢は教えてくれた。


「分かりました。じゃあ、この依頼は受けます」


「本当に良いの?」


「ええ、やり方はだいたい分かってますから」


 念を押した受付お姉さんに私は頷いて見せる。


「では、まずは依頼主さんと直接会って状況を確認して下さい」


「分かりました」


 私が受け取った依頼紙を返すとお姉さんは紙に印鑑を押して、引っ込めるのと同時に別の紙を差し出す。

 それはこの依頼について私が受諾した旨を記した書類で、依頼主と面会する際に見せる為の物らしい。


「住所は商業街。“フューデルの店”という看板が出てるわ」


 なるほどヒューデルさんが経営している“ヒューデルの店”ね。

 ……そのまんまやないけ!

 と思いはしたが緊急時につきそういったツッコミは無しの方向で。


「分かりました」


「無理だと判断したらすぐに言ってね」


「ええ。ありがとう」


 書類を手に取り腰のポーチに仕舞い込んだ私はそのまま踵を返す。

 居並ぶ掲示板にに左右を塞がれたところで一度だけ顧みると、受付お姉さんがどうにも心配そうな顔で私を見つめていた。



◆ ◆ ◆


 ヒューデルの店は案外と簡単に見つかった。

 デパートかよってな建物の壁面にこれ見よがしに看板貼り付けてりゃイヤでも分かるってもんだ。

 入り口を入ってすぐにスーツ姿の店員さんが居たので書類と共にヒューデル氏との面会を求めたところすぐに上層階の一室へと案内された。


「ああ、貴女が娘の言うてたルリさんですか」


「はじめまして。冒険者のルリです」


 どちらかと言えば企業の社長室を彷彿させる部屋で、やや訛りのある言葉遣いで私を出迎えたのは恰幅の良い中年男性で、同室ではヒナちゃんの母親と思われる女性が青ざめた顔でソファーに腰掛けている。


「そっちは家内のアンジェです」


 ヒューデルさんの紹介を受けてアンジェさんが会釈する。

 私は「早速ですが」と切り出した。


「状況を教えて欲しいのですが、まずどうして捜索ではなく救出のご依頼を?」


「ええ、一週間くらい前から(ウチ)の周りを彷徨うろついてる怪しい連中がおる言うて従業員から報告があったんです。それ以前から同業の店でなんや変な動きがあったて噂があって。いつかやりよるやろなとは思うとったんです。せやから店の警備は厳重にしとったんですけど、まさか娘に手ぇ出してくるとは思わんくて……、それで昨日娘から聞いてホンマは今日は護衛依頼出す筈やったんですけど、こんな事になってしもて」


 感情が昂ぶっているのか訛りが激しくなってくるヒューデル氏。

 でも彼の言わんとする所は理解できた。

 彼は当初、店に強盗に見せかけた賊が入ると想定していたのだ。

 自分や家族に対する心配は後回しだった。

 その辺りに関しては責められない。頭の中が商売のことでいっぱいだったら、危機に際しても真っ先に商品の心配をするものだから。

 要するに後手に回った。それだけの話なのだ。

 それだけの話ではあっても致命的だった。いや、娘から話を聞いたところから行動に移そうとしていたのだから、むしろ彼の対処は迅速であったと言えよう。

 今回は相手がそれ以上に早かった。だから先手を取られた、といった内容なのである。

 充分に家族想いの良いパパさんであると私は思った。


「ではまず最初に彼女の居所を絞りますので、何か彼女の持ち物などがあればお借りできませんか?」


「持ち物というと?」


「何でも良いんです。普段から身に付けていた物であればなお良いのですけれど」


 夫婦の顔を見回す。

 すると母親の方が「あっ」と声に出して立ち上がり部屋から出て行ってしまった。

 暫くして戻ってきた彼女の手には髪留めが握られていた。


「娘がよく付けていた物です」


「ではお借りしますね」


 私は安心させようと微笑み、差し出された髪留めを受け取った。


「少し場所をお借りします」


 次に断りを入れてソファーに座り込むと、腰のポーチからケーブルを取りだし片方を髪留めにくっつけ、もう片方を魔法杖の手元に備え付けられている接続ポートに差し込む。


「解析開始、パターン記憶」


 キュ、キュイィィィィ……ン。


 すると杖の内部で微かな駆動音が響いた。


「これは一体何を……?」


「魔法です。ヒナさんの精神パターンを記憶させて、街の中に一致する物が無いかを探知するんです」


「ほぇ~、魔法っちゅうのは凄いもんですな~」


 何やら感心している。

 娘さんが心配で仕方ない筈なのに、やっぱりこういう部分は商売人と言うべきか。

 商売の種になりそうな物があればすぐに意識が向いてしまう。

 それはたぶん商売人のさが。彼はきっと骨の髄まで商人なのだ。


「完了っと、では術式構築」


 ――《照合探知ベリファイサーチ》。


 私を起点として床と天井に紫色の魔術回路が出現する。

 そして頭上に顕現した回路が回転しながら天井へと昇っていって消えた。


「……候補18件、絞り込み……候補6件、更に絞り込み……候補1件。これかしら? じゃあ次はこの座業を起点に100メートル範囲を再探知。……なるほど、30、いや50といったところ。確定っぽいわね」


 私はニヤリと笑んで立ち上がった。


「見つけたので迎えに行きます」


「え、早っ!?」


 驚愕の表情を浮かべるヒューデルさんに大凡おおよその位置を教えておいて、二時間が経過しても戻らなかった場合にはギルドに赴いて再度依頼を行うよう言い含めた。


「え、でも君一人で行くんか? 他の仲間は?」


「その辺りについては大丈夫です。あと、可能であれば今言った地域に人が寄りつかないよう喧伝して欲しいです。ひょっとしたら街の一角が丸ごと更地になっちゃうかもですし」


「わ、分かりました」


 ニッコリ笑んで見せると何故だか彼の顔から血の気が引いていった。

 奥さんの方は最初から顔が青かったので色が変わることは無い。


「では、お仕事を終わらせに行くとしましょうか」


 私はカツリと杖の柄で床を突き、そして歩き出す。

 向かう先は街の反対側、即ちならず者がたむろしているとされる無法地域の一角だった。


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