08:光と影の境界線
ギルドマスターさんの部屋でどうにか危機を回避した私はすでに用事を終えているからと足早に立ち去る。
大通りに出たところで女性ばかりのパーティと擦れ違ったけれど彼女たちの顔を見ることさえしなかった。
だって、街を練り歩いて買い物に勤しむことしか考えていなかったから。
お金は昨日と今日の合算で3,000Gをちょっと超えたくらい。
お金の単位は“ギメル”と読むし実際に充てられているのはLに似た文字なのだけれどもここではあえてGとしておこう。
私はこれまで無一文だからと服屋のショーケースを覗き込んだりしなかったけれど、今日初めてウィンドウショッピングに勤しみ、そして世の中の残酷さを思い知る。
「なんでこんな高いのよ……」
私の感覚だと1,000Gもあれば普段着の二着や三着は買える筈だった。
公爵家の令嬢が着るドレスともなればそりゃあお値段だって増し増しなのだろうけれど、実際のところお金の遣り取りなんて見る機会は無かったし、だから貴族家は元より庶民感覚での衣類の相場が全く分かっていなかった。
うむ、見て回った結論を言えば普段着にするようなヒラヒラした服でさえ平均で10,000Gくらい、上等そうな物になると更にゼロの数が増える。
そう考えると実は最初に買った家具――シーツ、クッション、鏡は合わせても9,000Gくらいだった――は非常に安価な代物だったのだと今更になって思い知った次第だ。
仕方が無いので昨日発見したパン屋でバケットなど買って中央広場のベンチで休憩、暫くしたら帰ろうと心に決めてぼんやりしていると、どこからか活気や喧噪とは違う怒鳴り声が聞こえてきた。
「アンタ達、いい加減にしなさいよ! 私はイヤだって言ってんでしょ!」
「良いじゃねえか、ほら、こっち来いや!」
「離して! 誰か!!」
「喧しい! 可愛がってやるつってんだから大人しくしやがれ!」
どうやら痴情のもつれ等では無いらしい。
見るからに利発そうな娘さんをチンピラ風の男3人で取り囲み白昼堂々拉致しようとしている。
他の通行人はどれもこれも面倒事に関わりたくないとでも言いたげな表情で目を合わせようともしないし割って入ろうともしていない。
「はぁ……、ま、良いか」
私は溜息を吐いて立ち上がるとそちらへと足を向ける。
4人の所に駆けつけた時には事態がエスカレートしており男の一人が娘さんを後ろから羽交い締めしていた。
「人の往来のある場所で何やってんの」
「あ? なんだテメェ」
ズゴッ!
間髪入れずに男の脇腹に握り絞めた拳を叩き込む。
男は娘さんを離して身をくの字に折り曲げる。
そこへ軽い調子で足を振り上げ、無防備な後頭部へと踵を振り下ろした。
ゴッ!
「おげぇ……!」
男は顔面から石畳に叩き付けられ、そのまま動かなくなった。
微かに痙攣しているし、死んではいないと思いたい。
「よくもやりやがったなクソアマ!」
「良く見りゃコイツの方が良い女じゃねえか、仲間を痛めつけてくれたんだ、謝罪代わりに今日一日相手して貰おうぜ」
片方は激昂した様子で、もう片方はイヤらしい笑みを浮かべてそれぞれ私の左右に回り込む。
解放された娘さんはといえばやや乱れた服もそのままに私の後ろに隠れていた。
ってか、私を盾にすんな。
思いながら右手に握られている魔法杖を両手で持ち直し、クルッと一回転させると柄の先端で男の腹めがけて突き出した。
「げはっ?!」
男は予測していたようで腕でガードしようとするも、防御した腕ごと、身体ごと後ろへと吹っ飛ばされた。
杖だからと勘違いしてはいけない。
私は能力値を改ざんしているから簡単に振り回せるけれど、装甲板に覆われている内側だって石や金属が詰まっている重量物の塊なのだ。
大剣に引けを取らない超重量級の杖で突かれるってのに生身の腕でガードしようなどとは考えが甘すぎるだろ。
仲間が一撃で再起不能に陥ったのを目の当たりにして残りの一人は怖じ気づく。
「このクソアマ! 覚えていやがれ!!」
威勢の良い捨て台詞を残して逃げだそうとした。
「誰が逃がしてやると言った?」
もちろん逃がすつもりは無い。
割って入ろうと決意した瞬間から、どちらかがもう一方を殲滅するまで戦いは続くのだ。
私に拳を向けた以上は降伏も逃亡も認めない。
大人しくぶち殺されろ。
……いや殺しはしないけど。街の中で人の目もあるからね。
私はリュックを背負い魔法杖を握り絞めた見るからに魔法使いといった出で立ちのまま、瞬間的に逃げようと駆け出す男の真ん前へと回り込み、「ヒィ?!」なんて恐怖に引き攣った声を聞いたときにはすでにその鳩尾へと拳を叩き込んでいた。
ズンッと手に伝わる確かな感触。
男が白目を剥いて倒れ込んできたのでバックステップでやり過ごす。
結果、私の足下にチンピラの後頭部が転がってるなんて光景になった。
私はそれからチンピラの頭を髪から掴み上げて囁く。
「次に私の視界に入ったら、狩るぞ」
聞こえているかどうかは分からないが、一応は警告しておく。
そうすれば彼は今後私の見ているところで娘さんを拐かそうとはしないだろう。
もしもお礼参りと称して仲間達を引き連れ襲い掛かってくるようなら、その時こそ広域殲滅魔法で塵芥に変えてやろうと、これはワリと本気で思ったことだ。
「あ、ありがとう御座います、お姉様♡」
荒事が片付いたところで助けた娘さんがお礼を言ってきた。
でもそのお姉様って何よ?
簡素ながら小綺麗な衣服は街で暮らす平民といった様相で、それでいて面立ちは整っていて可愛らしい。年齢は私と同じか一つ下といったところか。
瞳の中に恋する乙女にありがちな光を宿しつつ迫ってきたお嬢さんに、私は何とも言えない気持ちになった。
「うん。じゃあ気をつけてね」
立ち去ろうとしたところで外套の裾を指で摘まんで制した娘さん。
「あ、あの、せめてお名前を」
「ああ、ええと。私はルリ、ただのしがない薬売りよ」
「ルリお姉様……♡」
彼女は私の名を反芻してうっとり。
いや、そこは名乗り返せよ。と思ったけれど、あんまり関わりたくないなあと思い直して踵を返す。
「あの! 私はヒナっていいます! またお会いしたいですお姉様!」
「だから、私はあなたにお姉様と呼ばれるような人間ではないし、そもそも街に住んでいるワケでもないからそうそう遭うことなんてないでしょうよ」
なんだか思い込みの激しい娘さんであるらしい。
いくら顔かたちが可愛かろうと出会ってまだ数分しか経っていない人間にお姉様と言われても喜びなんて全く湧かない。むしろ警戒してしまう。
私は溜息一つ零すと彼女と向き合い、言い含めた。
すると目に見えてしょんぼりして、悪くないはずの私が何故だか罪悪感を覚えてしまった。
「でも、まあ、会えたら良いね」
なので申し訳程度に取り繕った。
ヒナは「そうですね」と落胆の表情を無理矢理にでも笑顔へと変える。
なんだか守ってあげたくなっちゃうような顔と表情だ。
私は後ろ髪引かれる気持ちを抑え込み踵を返す。
すると向こうからやって来る鉄鎧姿の衛兵さんを見つけた。
この後の事を言えば遅れて駆けつけた衛兵さんに事情を説明。チンピラ三名を引き渡して解散。
ヒナちゃんとも別れたけれど、去り際に聞いた話だと彼女は商人の娘で、父親というのがこの街でも有数の大店の店主であるという事。
最初は強引なナンパかと思ったけれど、ひょっとしたら別の要因から本当に誘拐されそうになっていたのかも知れない。
白昼堂々、それも街の中央広場とかいう目立つ場所で女の子一人を大の男3人で囲むともなれば何らかの裏の事情があると考えた方が自然だろう。
なので去り際の彼女には親に言って護衛を付けて貰うなりして我が身の安全を確保するよう言い含めておいた。
いずれにしたって今後ヒナちゃんと深く関わる事なんて無かろうと考えて、今日のことは綺麗さっぱり忘れることにした。
そして世界がオレンジ色から薄闇色へと移り変わる頃合いになって私は飛翔魔法にて街を抜け出し家路を急いだ次第である。
◆ ◆ ◆
――日中、標的とする少女の誘拐に失敗し牢屋にぶち込まれたチンピラ三人は、当日の晩には釈放されていた。
街でも有数のある権力者からの指示で、男達は詰め所から解放されたその足で街の一角、治安が余り宜しくないとされる一角へと赴く。
男達が赴いた先は酒場。
荒くれ者というよりは無法者たちがよく通っている店で、奥に備え付けられている薄暗い一室で彼らは別の男と対面していた。
「ほぉ、つまりテメェらはか弱いメスガキ一人にボコられてオメオメ戻ってきたって事かよ」
「へえ、すんません、バンドウさん」
チンピラ三人は怯えた顔で頭を下げる。
一方の男はソファにふんぞり返り、両脇に水商売系かとさえ思われる艶めかしい女達を侍らせていた。
黒いコートに黒いシャツとズボン。ネクタイだけが赤いなんて出で立ちから怒気が溢れ出る。
「おうテメエら、俺達が何なのか知ってるよな?」
バンドウと呼ばれた男が怒りをない交ぜにした笑みを浮かべ、懐に手を突っ込む。
抜き取られた手は、この時点で空になっていた。
「ヒッ?!」
ドサリと物音がして、チンピラ達が息を飲む。
チンピラの内の一人が突然床に崩れ落ちたからだ。
その心臓にはナイフが突き立っていた。
「俺達“レード”は街を裏で牛耳っている組織なワケだ。って事はだ、依頼された仕事は真面目に確実にこなさなきゃならねえ。分かるよな?」
「は、はい! 俺達はナメられたらお終いです!」
怯え竦むチンピラが半泣きで声を張り上げる。
男は「そうだ、分かってんじゃねえか」と口角を歪める。
「だからさぁ、女にやられたっつーならソイツも一緒に攫ってこい。三人で足りないなら二十人でも三十人でも集めりゃ良いんだよ。クスリ漬けにして調教して市場で売るかバラしちまえば終わる話だろ? だからよぉ、俺ん前でボサッと突っ立ってねえでソイツ探しに行けや」
「「は、はいっ!!」」
恐怖に支配されたチンピラ達が凄い速さで回れ右して去って行くのを男は愉快そうに見つめる。
テーブルに置かれていたブランデー入りのコップを指輪だらけの手で持ち上げ喉を潤す。
十年前か、或いはもっと前からなのか。いつの頃からか街では冒険者ギルドとは別種のギルドが幅を利かせるようになっていた。
暗殺、誘拐、麻薬密売。
貴族家の娘を攫って身も心も堕としきり変態貴族に売りつけるなんて珍しい話でも何でもない。
敵対派閥の貴族を暗殺するようにと依頼されたときにはどうなるのかとも思ったが蓋を開けてみれば呆気ないほど簡単に遂行できたし、そのうえ非常に実入りが良かった。
国の法律では確実に犯罪となる仕事を請け負い遂行する裏ギルド“レード”。
登録しているメンバーは泥棒であったり殺し屋であったりといずれも経験豊富な闇社会の住人達。
今回そんな彼らが請け負ったのは取るに足りない小さな仕事だった。
商人の娘を拉致、数日のあいだ監禁すること。
この間に交渉を進め、うまくまとまれば娘は解放。上手くいかなければ攫った娘は二度と日の目を見れないよう沈める。
それだけの簡単なお仕事だ。
過去の実績から考えれば失敗する要素は何も無かった。
依頼主は商売敵に当たる店の店主で、故に依頼料は前金で貰っている。
だからこそしくじるわけにはいかなかった。
社会の裏側で暗躍する組織であるが故、尚のこと失敗は許されないのだ。
バンドウはコップを空にすると威勢良くテーブルに叩き付けた。
それから立ち上がると足早に部屋を出て行く。
彼の行き先は誰にも分からなかった。




