07:ギルドマスター
尚も固い表情で促す受付お姉さんに付いていった先は建物の二階、一番手前にあった扉の前で、彼女はノックを二回鳴らすと「マスター、お連れしました」と声を張り上げる。
すると扉の内側から「おう、入れ」なんて野太い声が聞こえてきて、彼女を先頭に部屋に押し入った私の図となる。
「彼女が数日前に登録を行ったルリさんです」
「ほぅ、その娘が」
部屋は応接室らしき様相だった。
奥に重厚感漂う木製机があって、そこに幾ばくか御髪に白い物が混じり始めているヒゲ面の男性。
一般の成人男性よりもずっと肩幅が広く、ゴツいといった印象しかない。
また顔の造形は精悍を通り越して厳ついとしか言い様がなく、私を見る目は鋭い。
視線のレーザービームでも当てられている気分だ。
「それで、用件は?」
社交辞令や長々しい挨拶なんてすっ飛ばして単刀直入に聞いてみる。
もしも自分の立場や生活を脅かすような言葉が出たら一も二も無く魔法を発動、受付さんもまとめて排除してやろうか……なんて物騒な事は考えてないよ。ホントだよ?
とはいっても一応は体術のスキルも取得しているワケだしちょいと荒っぽいことになっちゃうのは致し方ないと諦めて貰うしかなかろう。
いや、だってほら、色々と気に掛けてくれている受付お姉さんといってもそれはビジネス上での話で、私は自分の身の安全を第一に考えてるから、私にとって脅威になり得る情報を持っているのだとすれば、ネタを共有している可能性のある人間も一緒くたに処するのは当然でしょうよ。
誰にも気付かれない程度に僅かながら腰を落とした私に、真正面のギルドマスターさんは手で制する。
「何も身構える必要は無い。今回呼びだてしたのは幾つか確認したいことがあったからなんだ」
口元に笑みを浮かべつつ、しかし鋭い双眸の視点を私に定めたまま彼は曰う。
魔法杖の排気ノズルから「プシッ」と息が漏れて、臨戦態勢を崩す気が無いと理解したのか彼は溜息を吐いて、それから机の上に一本のポーションを置いた。
「まず、これについて尋ねたい。このポーションを納品したのは君で間違い無いだろうね?」
努めて温和な口調でマスター氏が確認する。
最初からピリピリとした空気感を感じ取っているからなのか名乗ったりしないし私にしても彼の名前などには欠片ほどの興味も無い。
「ええ。……それが何か?」
赤い液体の詰まった瓶は私の記憶にあるものと一致している。
なので頷いて見せる。
するとギルド支配人は「うむ」と鷹揚に頷き返すと次の言葉を投げ掛けてきた。
「では聞くが、これは一体何なのだ?」
「え、ポーションですよね?」
彼の真意が分からなくて思わず素で答えてしまった。
真意を確かめるような、射竦めるような目と見つめ合う。
数秒間の後に厳めしい顔の男が告げた。
「……少なくとも、我々がポーションと呼んでいる薬品は怪我の治りを早くするもので、それとて全治一ヶ月の深手をせいぜい一週間に短縮させるのが関の山。浅い切り傷などであっても、飲んでから一日二日は掛かるだろう。即ち、探索や討伐依頼に際して応急処置用の医薬品として携帯するような物なのだ」
「はぁ……」
そりゃあそうだろう。
テレビゲームじゃあるまいし飲んですぐさま受けた傷が塞がるようなら、それはすでにポーションとは呼ばない。霊薬って呼ばれるだろうよ。
コイツは何を言ってるのかと訝しく思っていると、彼は何を考えたのか懐から短剣を抜いて自分の手の甲を思い切りよく切り裂いた。
一瞬こちらに飛び掛かってくるものかと身構える私だったけれど彼の凶行を前にしてコイツ狂ったのかと別の意味で戦慄する。
「問答無用でリストカットって。……え、かまってちゃん?」
「違うわい!!」
自傷行為なんてのは大抵の場合が注目されたい相手して欲しいといった欲求から出てくる衝動的行動だ。
なので呆然としながらツッコミ入れたのだけれども、彼は意に反して強い言葉で否定する。
「まあ見ていろ」
そう言うと、机の上に置いたまんまのポーションを手に取りコルク栓を抜くと直接傷口に掛けたじゃあないか。
彼の意図について思い巡らせている間に、驚くべき事象が起きる。
なんと手の甲の傷口がみるみる塞がっていくじゃあないか。
これには私も唖然とした。
「こんなポーションは見たことが無い。お前さん、これをどうやって手に入れた?」
「いや、普通に作っただけですけど」
特別なことは何も……、と言い掛けて言葉を詰まらせる。
ストレージから引っ張り出す。という動作を挟んではいる。けど、だからといってそれだけでこんな効果にはならない筈だ。
だって、過去に実験しているから。
捕まえた小動物をナイフで傷つけ試作品を飲ませたところ、ちょっと快復速度が早いなとは思ったけど、それだけだった。
というか患部に直接ぶっ掛けるなんて普通はそんな使い方しないんじゃないの?
「他の一般で手に入るポーションでも同じ事をやってみたが、傷口が勝手に塞がるなんて事にはならなかった。……もう一度聞くが、これは一体何なんだ?」
今度はちょいとドスを利かせた問い掛け。いや尋問だ。
私は色々と考えて口を開く。
「見たまま、ポーションですよ」
「嘘を吐くな!」
「なぜ嘘だって言い切れるんです?」
「何を――」
私は頭をフル回転させつつ乗り切ることとする。
彼が信じないと言った瞬間に、攻撃魔法で脳みそぶちまけてやる算段だった。
「貴方は別のポーションでも試したと言いましたけど、そもそもポーションなんですかソレ? ポーションってのは怪我を治す薬でしょ? 怪我したところに掛けて治らないならそれはポーションとは言わないのでは? 私が納品したのは紛れもなくポーションです。それ以上でもそれ以下でもありません。もしも私が作る薬をポーションと認めないのであれば余所の街なり、余所の国なり、他を当たりますけど?」
ちょっと苦しいか?
内心でドキドキしながら、それでも表面上は平静を装って説明する。
さあ、どう出る?
手合いの反応を窺う。
私たちはきっちり3秒間見つめ合った。
「分かった、そういう事にしておこう」
ギルドマスターは盛大な溜息を吐いて結論づける。
よし勝った、と密かに拳を握る。
「他に用が無いなら私は行きますね」
ポーションという枠で高性能だと言うなら引き取り価格をつり上げておくべきだったな、なんて思いながら、けど変に目を付けられたくない私が颯爽と踵を返す。
ここで焦った声で呼び止められた。
「おいちょっと待て。話はまだ終わっていない」
「まだ何か?」
やれやれしつこいオッサンだぜ、とでも言いたげな顔を取り繕って振り返る。
すると彼はすでに立ち上がっており、自分の机を回り込むと私の真ん前に立った。
「昨日、スタンピードがあったのは知っているな?」
「ええ、衛兵さんから避難するように言われましたから」
ああ、この件か。
けど認識阻害魔法は回しっぱなしだったから私の仕業であると特定するのは難しい筈。
なのでごく平然と切り返す。
ヘタに挙動不審になると返って怪しまれるのだ。
「結果は見たとおり、街に被害は無かった。それどころか一人として怪我を負った人間がいない。ざっと見回しただけでも三千は下らないだろってな魔物の群れが押し寄せたにも関わらず、だ」
「そうですか。……ええと、それと私にどういった関係が?」
あくまでシラを切る。切り通す。
ここで私がやったと認めてしまえば絶対に碌な事にならないから。
誰とも知れない権力者に目を付けられ祭り上げられる未来なんて考えただけでゾッとする。
また、有名になってしまえば実家の家族達の耳にも入ってしまうかも知れない。
そうなると権力闘争の道具、良くても政略結婚まっしぐらだ。
シナリオ通りに王女の取り巻きAへと逆戻りさせられるかも知れない。
どう転んでも道具にされる未来しか無いなら断固として否定しなければならない。
私は自由を得るために家を飛び出したのだから。
「お前さん、何か知らないか?」
「いえ、何も」
再び対峙する二人。
一瞬だけ火花を散らした視線。
私はそこは絶対に譲らないぞと目に力を込める。
ややあってギルドマスターは「ふぅ」と肩の力を抜いた。
「いや、何も知らないならそれで良い。まあ、その、なんだ。薬草採集とポーション造りに精を出してくれる冒険者というのは得がたい人材だ。これからも頑張って欲しい」
「ええ、そのつもりです。ではこれで」
私は安堵の息と共にカーテシーなど披露して見せる。
それはちょっと地が出たというか、貴族家の娘の習慣というか。
「ああ、そうそう。まだ自己紹介してなかったな。俺はバッカス=クロード。エルダ冒険者ギルドの総支配人だ」
「私はルリ、ただのしがない薬売りです」
名乗られたなら名乗り返すのが礼儀。
そう思って偽名を口にする。
魔法使いの杖と外套&トンガリ帽子を装備しておいて薬売りとはこれ如何に、と思わなくも無いけれど無用の面倒事に首を突っ込みたくない以上はこれで押し通す。
「おう、頑張ってな」
バッカス氏はそう言ってニカッと笑んだ。
私は微笑んで、今度こそ身体の向きを変えるのだった。
◆ ◆ ◆
――冒険者ルリが退出したところでバッカスは「ふぃ~」と息を吐き出し崩れ落ちる。
何事かと居残っていた受付嬢が駆け寄ったが男は手で制した。
「いや大丈夫だ。……しかし、あんな化け物がこの世に存在するとはなぁ。参ったぜ」
「え、あの子が、ですか?」
言葉の意味が飲み込めない嬢に、男は頭を振って答える。
「お前さんはアレの目を見ても何も思わなかったのか? まあ、死線超えてなきゃ分からんか。……アレはたぶんエンシェントドラゴン級に強い。本気でやり合ったら、たぶん負ける」
「ギルドマスターでもですか……」
バッカス=クロードは過去に伝説と呼ばれた冒険者パーティに所属しており、古代竜の討伐に成功し生還した。この功績を認められギルドマスターになったのだ。
「腕には自信があったんだがなあ……。あの娘、顔は可愛いが中身は全くの別物だ。悪いが慎重に対応してくれ」
「かしこまりました」
バッカスは抜けてしまいそうな足腰に活を入れて立ち上がると、元の革張り椅子に腰を落ち着けた。
「ひょっとしたら勇者の仲間になるかも知れない逸材だ。くれぐれも逃がしてしまわないように」
男は受付嬢に告げているのか自分自身に言い含めているのか分からない囁き声で言う。
赤毛の受付嬢は慇懃に頭を下げて退出したものである。




