88:ちょっぴり悪辣な堕とし方⑤
ドーム状に広がる玄室の中では今まさに絶体絶命のピンチが繰り広げられていた。
片足をレーザー光線によって切り飛ばされた雨宮愛菜が石造りの床に倒れたきり激痛と死への恐怖で身動きもできない有り様。
そんな友人のところまで駆け寄り手を差し伸べようとするものの彼女を治療する術すら持ち合わせず、或いは視界奥からやって来る巨大な鉄の人型どもに絶望の息を漏らす一ノ瀬夏樹。
また焰はと言えば横殴りに薙ぎ払われた衝撃で壁に激突、口元から血を吐きつつ半ば埋もれる格好の己が肢体をどうにか動かそうと藻掻いていた。
ゴーレム共から第二射が放たれたが最期、恐らくは全滅の目を掻い潜ることは出来まいと三者共に諦観の念を抱いていた。
キィィィ……、パシュゥ。
そんな蹂躙劇のど真ん中に光の柱が顕現する。
何事かと目を向ける少女達。
彼女らの視界に新たに現れた輪郭は、文字通りの希望の光にすら思われた。
「まだ生きてるね」
「え、まさか……美冬?」
「うん。でも話はあと。今はコレをどうにかするよっ!」
金色の艶髪を揺らしつつ、魔法少女と化した美冬が背後と言葉を交わしゴーレム達へと向き直る。
機械の守護者達は新たに出現した立ち姿に数秒ほど混乱したのかレッドランプを点滅させるも、やはり敵と識別したようで腕部の発射口を少女一人へと向けた。
「魔法少女を、ナメるなぁ!!」
美冬が吠えて両手で何かを押し止めるように突き出せばその眼前に光の盾が出現する。
ほぼ同時に放たれた幾筋もの光線。
だが殺傷力増し増しのビームは全てが湾曲したように軌道を変えられ後方の壁に吸い込まれていった。
「今度はこっちの番だ!」
突き出していた掌を今度は左右に広げた。
すると美冬の左右にボーリング球ほどの大きさで光の球体が出現する。
「光になれぇぇぇ!!」
――《光子魚雷》!
放たれた光球が白色電球のような強烈な光を放ちつつ、ゴーレムの群へと飛んで行く。
そして群の中央付近で凄まじい爆圧と共に弾け飛ぶ。
ドーム一杯に光の嵐が吹き荒れ、唐突に暗闇へと切り替わる。
強烈な光に眩んだ目では、光が失われた際の暗さに順応できないのだ。
だがそれだって暫く経てば元に戻る。
ドーム状の玄室の真ん中が深く大きく抉れていた。
例えるなら丸形のスプーンで容器入りのアイスクリームをゴッソリ掻き出したような、そんな感じ。
空気に熱は感じない。なので炎や熱による攻撃では無かったと判断することが出来る。
ただ、光の爆発と同時に失われた質量を穴埋めしようとでもするかのように空気がすり鉢状の穴へと流れ込むのが感じ取れた。
魔法少女は戦争兵器としては途轍もない性能を持っている。
新しく形作られた穴の周辺にゴーレムのパーツの一部分であったろう機械塊やら装甲板の欠片やらが落ちている様を見れば、誰も彼もがそう思ったろう。
あまりにも異質な、理解の域を超える光景が玄室の中に広がっていた。
「――美冬、あんたは」
何とも言えない落ち込んだ声で言い掛ける夏樹。
姉の言葉を手で制した美冬は倒れている愛菜のところまでやって来ると、片足を失っている姉の友人と、友人の体の一部だった床に転がっている足とを交互に眺めてから怪我人に手をかざす。
――《復元光》。
すると淡い光がパアァァァっと手から放たれて愛菜の失われた脚部を包み込む。
ほんの数秒もすればあら不思議。
焼き切られていたはずの足が綺麗さっぱり元通りになったじゃあないか。
問題があるとすれば靴も靴下も履いていない素足だった事くらい。
美冬はまだ向こうに転がっている足の方へと顔を向けて言った。
「無くなった部分を復元しただけだから靴はあっちから取って下さいね」
「え、ええ。ありがとう」
何が起きたのかまだ良く分かっていないといった顔の愛菜。
それでも生えてきた足の感触を確かめるように立ち上がると二度三度と足踏みしてみる。
「あなたも聖女に?」
「いいえ、魔法少女です」
疑問を口にした愛菜に、美冬は素っ気なく答えた。
それからの事を言えば、壁にめり込んでいた焰を引っ張り出して救出。
四人になった少女達は球形の監視用ドローンをお供に前進。
通路を塞いでいた壁は焰が装備していたデバイスから接続コードを伸ばしてハッキングすれば五分と掛からず解除することに成功、奥へと続く通路へと足を踏み入れた。
暫く練り歩くように迷宮を彷徨ったところで、先頭を歩いていた焰が「待て」と鋭く制する。
「……愛菜、アレを見てみろ」
丁度角っこになっている壁から顔を出した焰がちょいちょいと手招きして愛菜を呼びつける。
何だろうと言われるままに身を乗り出した愛菜は、そこで衝撃的な光景を目の当たりにした。
「どうして……?!」
息を飲む場面。
倣って近づいてきた一ノ瀬姉妹が同じように顔を出す。
それは、ドーム状の玄室だった。
愛菜達がゴーレムの一団と戦ったのと同じような部屋で、既に戦闘は終わっているようでそこかしこに鉄くずが転がっている。
そんな戦場のど真ん中で抱き合い口付けを交わしている二人のシルエット。
義晴と薄緑色髪の少女ルアフが、お互いを愛しい者とでも言わんばかりに熱く抱擁し、絡み合う舌の音色がこちらまで響いてきそうな濃厚な接吻を交わしているという……。
愛菜はそれまで信じていた物がガラガラと音を立てて崩れていく音を聞いたように思った。
目の前が暗くなって。
「あ、愛菜?!」
夏樹が慌てて肩を掴んで失いかけた意識を呼び戻す。
それでもショックから地面にへたり込んで肩を震わせる愛菜であった。
◆ ◆ ◆
遺跡から遠く離れた大樹の家で、満面の笑みを浮かべるルリ。
ドローンから送られてくる映像を眼前に拝する様はまさしく「我が意を射たり」とでも言わんばかり。
それもその筈。
一連の流れは全て最初から仕組まれていた事だったから。
美冬は自分の意思で決断したような気になっているだろうが、そもそも彼女に「魔法少女になるしか手段が無い」と言い含めて誘導したのはルリだし、焰に脳内通信で正確な経路を教えたのもルリである。
また合流地点に狙ったタイミングで鉢合わせるよう美冬の歩調を操作していたこともある。
玄室に出現したゴーレムたちは半自立型ではあるが最初から命令を与えておけば考えたように動いてくれる。
先ほどの戦いで愛菜の足が光線に焼き切られたのだって、二足歩行ゆえの不安定さから当てる場所を違えたワケじゃあなく最初からそうするようアルゴリズムを書き換えていたからだ。
仮にも要塞――建造された当時は遺跡などと呼ばれていない――として建造された人工物の防衛機材ともなれば脚部にオートバランサーが組み込まれていて当然。命中精度は決して低くない。
本当なら一撃で侵入者を葬るはずのレーザー光線が愛菜の足に当たったのは、最初からそうせよと命令を受けていたからに他ならない。
殺すなと、しかし死なない程度のダメージを与えるようにと。
なぜって、愛菜は聖女だから。
聖女に、それ以上に優れた回復手段を見せつける為にはその身で痛みを味わって貰うのが一番効果的だったから。
今の時点で、故に美冬の、というか『魔法少女』の有用性をこれでもかってくらい誇示されている愛菜。
次に見せるべきは心の拠り所となっていると思われる義晴が他の女とイチャイチャしている光景。
聖女アイナの気持ちはこれで深い絶望に飲まれたはず。
全ては愛菜にこの光景を見せる為の茶番だったのだ。
「さてさて聖女ちゃん、君の事もちゃあんと貰ってあげるからね」
人間を極悪なカルト宗教に引きずり込むにはどうすれば良いのか。
メンタルが壊れる寸前までそいつを追い込めば良い。
絶望に打ち拉がれる出来事が無いというのならこちらで用意してやれば良い。
あとちょっとで自ら命を絶とうかといったところで救いの手を差し伸べてやるのだ。
そうすれば如何に頑強な精神を持っていても陥落は必至。
やり方が悪辣?
全くそんなことは無い。
この世界の価値観とは、権力や金や武力で脅して言う事を聞かせるなんて当たり前。
誰かが欲しいものを持っているのを見つければ殺して奪い取る。美しい娘を見かけたら即座に飛び掛かり拐かして陵辱の限りを尽くす。
こんな事が罷り通る世の中なのだ。
中世ヨーロッパ的な文明であるということは、単に科学技術が未発展というだけじゃあない、世の中の常識や価値観が原始人よりほんの少しだけマシっていうだけのクソッタレな世の中だと言う事も同時に意味している。
ならばルリのやり方はむしろ良心的。
ひどく遠回しながら相手の心に寄り添い、かつ自身の目論みをも遂げんとする最良の手段と言えよう。
「でも、まぁ。勇者君は貰ってあげない。君は死ぬまで勇者として神様とやらの奴隷として戦い続けていれば良いよ」
賢者と呼ばれる瑠璃色髪の少女は自分を善などと呼ばわったことなど一度として無い。
善か悪かは別として倫理的道徳的に宜しくない所業であることなんて重々承知の上。
しかし、くだらない道徳心のために己が足を止めるのは間違いなく悪であると知っている。
だから目的を遂げる為のあらゆる手段を排除しない。
それがルリの本性なのである。
「うん、分かってたけど、マジぱねっすお師匠様」
テーブルの上に浮かんでいる映像をニンマリと見つめているルリ様。
その背後でお弟子ちゃんが囁いたけれど、彼女の師は聞いちゃいなかった。




