86:ちょっぴり悪辣な堕とし方③
恐らくは古代の超科学文明。今となっては誰が何の目的で作ったのかも分からない遺跡。
遺跡の地下一階で勇者パーティは分断と挟撃の憂き目に遭った。
「こういった罠の場合、大抵は合流する為の通路が用意されているか罠の解除スイッチが何処かにあるものだ。だからまずは動き回って合流する方法を探すんだ!」
「あ、ああ、了解だ!」
壁一枚隔てて義晴と最後尾の焰とで遣り取りする。
前後から襲い掛かってきたロボットたちは瞬く間に制圧することが出来た。
義晴の傍には薄緑色髪のルアフが不安なんて欠片も無いといった面持ちで、今は倒したばかりの円柱型機械の成れの果てを踏んづけて腕組みしている。
また焰の近くには後衛としてまだ大した活躍もしていない雨宮愛菜と一ノ瀬夏樹が、こちらはちょいと不安げな顔をしていた。
愛菜にしても夏樹にしたって、これまでの戦いでは前衛の義晴を援護する格好だったから自らが近接戦を行うといった事は考えてもいなかった。
焰は確かに前衛としても優秀であろう雰囲気をビシバシ放っているけれど、二人はそこまで信頼できるほど長く一緒に居るわけでもないし、何を考えているのか分かりかねる部分もある。
そんな諸々の不安を胸に抱えたまま、二つのグループは各々に壁から遠ざかっていくのだった。
◆ ◆ ◆
「ど、どうしようルリさんっ!?」
「う~ん、これはちょっとマズいわね」
一方、拠点である大樹の家ではルリと一ノ瀬美冬がテーブルに置かれたクッキーとお茶で緊迫感を誤魔化しつつ監視装置から送られてくる映像を眺めていた。
美冬はルリに絶対的な信頼を寄せているのか、そもそも疑うという発想が無いのか泣き出しちゃいそうな顔ですぐ隣に居るお姉さんに問い掛ける。
どうしよう、というのは。
ルリはドローン型の監視装置からリアルタイムで送られてくる座標を元に転移する事ができるわけで。
つまり現地に赴くべきじゃあないかと遠回しに言っているのだ。
なのにルリは腰を上げようとしない。
マズい状況と口では言っておきながら加担しようとする素振りさえ見せない。
ルリは、「でも」と言葉を繋ぐ。
「……美冬ちゃん。私が出て行くのは簡単なんだけど、それは義晴君達の立場から言えば借りを作ることになる。この遺跡に行くよう仕向けたのはあくまで彼が使うための道具を作るための材料を自分で取ってきなさいって話でしかないからね。だから可能な限り、ギリギリまで私は手を出さないと決めているの」
瑠璃色髪を指で掻き上げるとティーカップを手に喉を潤す。
けれど美冬の不安は払拭されることが無い。
「この件に関しては、あなた達が自分の力でどうにかしなきゃいけない。この“あなた達”という中には当然あなたも含まれているのよ美冬ちゃん」
テーブルの上に浮いている映像から目を離すと美冬の顔を真っ直ぐに見据えたルリ。
美冬は「え?」と疑問を表す。
この後に及んでまだ自分を部外者と認識していたのかも知れない。
「あなた達の地力を大幅に引き上げる方法が一つあるわ。それは美冬ちゃん、あなたが私と契約を交わして魔法少女になること。これまでパーティのお荷物だったあなたが凄い力を得れば、それはそのまま勇者パーティの強化に繋がるの」
ルリは神妙な顔で美冬の目を覗き込んでからフッと視線を映像へと戻す。
「あ、あの。契約というのは?」
「あなたの魂の一部を私に譲渡すること。……魔法少女はその大きすぎる能力の代償として、力を振るえば振るうほど魂を削られていく。本来であれば、力を使い果たす事はそのまま死を意味する。けれど、私という保管所に予め魂の核になっている部分を預けておくことで消失は免れる。私はこれを“契約”と呼んでいるわ」
ルリは淡々と告げる。
美冬はちょっと考えてから疑問を口にする。
「あの、元に戻すということは出来るの?」
「一度交わされた契約は即座に発効され解除することはできない。私が死亡した場合、私が預かっていた魂がどうなるのかは分からない。理屈から言えば解放される筈だけど、それが契約者のところにすぐさま戻るのかまでは観測のしようがないし、そのうえ魔法少女が元通りに普通の人になるのかと言えば、その可能性は無い。だって本人の根幹部分に手を入れて改造しているワケだからね」
「……」
「ま、リスクという意味では“聖女”とそうは変わらないわね。美冬ちゃんは聖女と魔法少女の違いって分かるかしら?」
ここで話題の方向性をちょっとだけ変えようとでもするように、ルリが軽い調子で問い掛ける。
勿論、そういった基礎知識なんて持っていない美冬には首を横に振るしか手立てが無い。
瑠璃色髪の賢者様は指を一本立てて講義を始める。
「――例えば、司祭や神官といった神職は祈りの言葉を囁くだけで神の奇跡を発現させているけれど、本来なら一時間か二時間は掛かるはずの儀式を朝の祈りの際に済ませておく、つまり詠唱の大部分を予めストックしておくことで、術式の起動キーになる文言を唱えるだけで奇跡を顕現させているわ」
「そして奇跡を起こす仕組みを言えば、祈りの力で宇宙から聖神力という高次元エネルギーを引っ張って来て自分の身に降ろす、言わば神降ろしとも言える行為に他ならない。
「この前提を“聖女”と呼ばれるものに当てはめるなら。聖女は自分の魂を触媒として神聖力を引っ張って来ているワケだけれど、力を使用した際に消費されるはずの魂を“神”が“加護”という名目で肩代わりする。だから聖女はリスク無しの詠唱無しで奇跡を起こす事が出来る」
「ただし、だったら聖女は何も対価を支払わないのかと言えば、そうじゃない。聖女は神の意志を代行する言わば操り人形であり、もっと言えばスキルを与えられてから死ぬまで神の意志に背くことが出来ない。そりゃあそうよね。神様だって自分の思い通りにならない人間に肩入れしようだなんて思うワケがないもの」
「今も何処かから世界を眺めて悦に浸っている、性根の腐りきった神気取りの存在がその手駒とすべく選んだ娘。それが聖女というものの正体よ」
雨宮愛菜は聖女というスキルを所持している。
この聖女という、たった二文字の言葉にはそういった意味が込められているのだとルリは告げた。
「じゃあ魔法少女はどうなのかと言えば、これだって理屈は同じ。自分の魂を触媒として神聖力を我が身に降ろす。だから奇跡を顕現させるのに祈りの言葉は必要無いし、規格外の能力を発揮できる」
「けれど消耗を肩代わりしてくれる存在が無い以上は、力を行使しすぎれば魂が枯渇し死に至る。そこで考案されたのが今言ってる方式。契約という形で魂の一部分を別の所に移しておくことで死のリスクを回避する。この方法を執れば神の操り人形になる必要は無い。本人の自由意志が何より尊重される。誰のために何を行うのか、全てを自分で決めたい人にとっては魔法少女になるという選択は決して悪い物ではないわ」
一通りの説明をしたところで大きく息を吐き出す。
「とは言え、これはあなたの今後の人生に関わる話だから、よく考えて決断しなさいな」
ルリはそこまで言ってから肩の力を抜いた。
美冬はすぐには答えられないようで口を噤んでしまう。
それで良いと賢者は微笑んだ。
……ルリが述べた説明は事実であった。
ただ、言っていない事もある。
それは、ルリと契約を交わして魔法少女になるということは、この時点で体の組成を書き換えられるという事で。分かりやすく言えばユウキと同じようにルリと五感を共有する言わばアバターのような存在にするべく神経や脳の構造もしくは精神に至るまでを自由に弄り回せるといった話である。
そして改竄されたが最期、アバターはこれを操作するプレイヤーに対して何の疑問も抱けない。
また美冬の姉、一ノ瀬夏樹が既に契約を交わし魔法少女になっている事実も告げていなかった。
夏樹の行動や思考は既に好きなように操れる状態になっていたのだ。
でも、パーティが分断されてしまったこの状況であっても、圧倒的で一方的な力の行使は行わないよう思考を誘導していた。
だって、ルリが目論んでいたのは美冬に自発的に魔法少女になる決断をさせることであり、と同時に雨宮愛菜に対しても足掛かりを作ることなのだから。
ルリはただ遺跡を発見しただけで済ませては居ない。
スキャンし、内部で生きていたシステムをハッキング、管理権限を収奪した上で義晴達を向かわせているのだ。
雨宮愛菜。即ち聖女を神の手から奪い取る事こそがルリの目的だった。




