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82:熟々と


 紙の上を走るペンが黒い線を描き続けている。

 ふと目を上げれば積み上げられ束になっている紙。

 目算で百枚と少々といったところだろうか。


 私は家の地下室で作業に追われていた。

 客人達には既に夕食を振る舞っていて、今は順番で入浴を済ませて貰っている。

 彼らに宛がうべき部屋というのは存在していないので、テントと簡易的な寝具を貸し出して樹木いえのすぐ横に設営、就寝はそこで行って貰う手はずになっていた。


 そして私は家の地下で作業開始、今に至るといった話だ。



 ――勇者として異世界ちきゅうから召喚された相良義晴君とその仲間達。

 雨宮愛菜ちゃん、一ノ瀬夏樹ちゃん、あと一ノ瀬美冬ちゃん。

 この4人を連れてきたのはルアフで、この子は私が以前に作った疑似人格の内の一人だった。


「お姉ちゃん! あたしもデバイス欲しいっ!」


 四人、というかリーダーの義晴君と話をした後、ルアフからお強請ねだりされてしまう私。

 どうやら焰の手甲型魔法杖サルビアを見て羨ましく思ったらしい。

 なので相良君に稽古付けてくれたらそのご褒美として作ってあげると言い含めておいた。

 今やってる作業というのは彼女に送るためのデバイスその図面と記憶領域にインストールするシステムの作成。

 といっても形に関しては焰の手甲の左腕バージョンにすると決めていたし、システムだって既存の物にちょちょいと手を加えて左腕に装着する手甲型として使いやすいよう最適化するだけなのでそんな手間暇は掛からない。


 というか問題は次に控えているアイテム、勇者ヨシハルに渡すための『聖剣』の作成だ。

 聖剣と言いながら剣を打つ考えなんて最初から無い。

 “聖なる剣”が欲しいなら東の国のドワーフ鍛治屋にミスリル鉱石を渡して作って貰えば良いじゃない。

 私としては、最低限必要な機能のみを備えた魔導具マジックアイテムとしての聖剣を彼に渡せば事足りるのだ。


「けど勇者達を連れてくるとは流石の私も想定してなかったわ」


 集中力が途切れたところでつい溜息交じりに呟いてしまう。

 ルアフが彼らと遭遇して、あまつさえ徒党を組んで森に入り込んだのは完全に誤算というか、予期しない事態だった。

 偶然が重なった結果なのである。

 ルアフの属性は風。

 風は気まぐれで自由奔放、なのに繊細。

 創造主たる私が言うのも何だがめっちゃ扱いづらい子だった。


 迎えとしてほむらを差し向けたのだって、彼らが道に迷って遭難しかけていたから仕方なくなのであって。


 相良ヨシハル君に対しては、ゆくゆくは相対して裏ラスボスとしての威厳を見せつけるつもりだったけど、このタイミングだとぶっちめる事さえできたもんじゃねえ。

 だって、彼らのレベルとか能力を考えると手加減に手加減を重ねたデコピンの一発でさえ頭部を爆発飛散させちゃいそうだったし。

 今の時点だと“勇者”っていうスキルを持っているだけの一般人でしかない。

 せめてもうちょっと強くなってから会いたかったよと愚痴らずにいられない私である。


 それはそうと、彼に作って渡すと言った聖剣だが。

 実のところ材料となるミスリル金属は必要量だけは既に確保していたりする。

 過去に蹂躙したハイファン王国領のドワーフ渓谷、第12号坑道。

 そこには精神感応金属オリハルコンのみならずミスリル金属の材料も少量ながら埋まっていたのだ。


 オリハルコンもそうだけど、ミスリルだって単一の金属ではない。

 ミスリル鉱石から抽出した金属塊インゴットをベースにあれこれと混ぜ込んだ合金なのだ。

 ミスリル単体は粘りはあるけど非常に柔らかくて武具なんかには使えた物じゃあ無い。

 この辺りを誤解している人達がこの世界にはごまんと居る。本職である筈の鍛治屋ですら分かってないのが多いときたもんだ。


 本式のミスリル金属の精製法というのは、この世界では古代文明で発見されたものだし、更に厳しい条件下で作られる“超重ミスリル合金”に至っては地球とも違う別の異世界でしか製造できない。

 なお超重ミスリル合金の用途は宇宙戦艦の装甲板や巨大人型兵器……ああ、いや、巨大ロボの装甲はオリハルコン系の合金だったか? まあ兎も角、少なくともこの世界で本式のミスリル金属というのはほぼ見かけることが無いってのが現状なのである。


 で、話を戻すと。

 材料は既に揃っているし、内部の機構に関してだってパパッと図面引けば終わる話。

 根を詰めれば丸一日で完成してしまう。

 でも私は十日は掛かると義晴君に告げていた。

 なぜか?

 彼には最低限これくらいはって所までレベリングして貰わなきゃ話にもならないから。

 一般人の強さのままで魔王と対峙なんかしたら瞬殺されちゃうこと請け合い。

 せっかく聖剣を作って渡しても使う暇さえ与えられずに消し炭にされてしまうからだ。


 だから焰とルアフを彼の専属コーチとして付けた。

 十日間という期限は、タイミングを合わせるため。

 想定外とは言えここまで来た以上は最大限に利用させて貰う腹づもりなのさ。


 具体的にどう利用するのかと言えば。

 現在私の眷属となっているユウキちゃん。彼女は今アルベティア公国の首都というか王城の中で礼儀作法の教育を受けている。

 国王が認めた聖女として公表したものの、本来であれば聖女認定は教会側が行うべき物であると難癖つけられて、そのせいでパレードの日程がズレ込んでいるのだ。

 国境を越えて広く信仰されている宗教組織をガン無視とか流石に無理だろ。

 そうすると双方が納得できる形に落とし込むため議論を重ねる羽目になる。


 そりゃあ聖女が取り仕切るイベントなんてほぼ教会の利権が絡んでくるワケだし、向こうだって必死で難癖付けて潰そうとするでしょうよ。

 というか私でなくても暗殺者を差し向けたり首都の至る所に爆弾仕掛けてみたり、はたまた軍部をけしかけてクーデターを起こそうと企てるくらいはするだろ。


 パレードが行われる当日、高確率で何らかの事件が起きると私は予想している。

 魔王が絡んでくるかどうかは正直に言えば微妙なところだけど。

 ここに勇者ご一行様をぶつけたいと思っているのさ。


 なおパレードが行われるまではユウキちゃんは暇だったりする。

 王様というか王子様の意向もあって礼儀作法の……彼らの思惑から言えば妃教育になるのだろうけれど、日々精進させられている現状。教育係に任命されている筆頭メイド長はめっちゃ厳しい人のようだ。毎夜ユウキちゃんは涙で枕を濡らしつつの就寝となっている。

 いとかなし。

 ちなみに私自身はこう見えて元大貴族家の令嬢なのでそういったお作法については今更学ぶ必要すらなかったり。


 ああ、そうそう。

 私にはユウキちゃんを含めて13人の眷属いもうとがいるけれど。

 視覚などの五感や幾ばくかの思考を共有していて完全にとはいかなくとも操り人形と化しているのはユウキちゃん――分かりやすく例えるならプレイヤーが自分のアバターを操作してるような感覚――だけで、他の12人は「何となくそんな気がする」ってくらいにしか行動も思考も読み取れない。


 これではマズいだろうと思ったので、私と12人との間で共有する連絡網のようなものがある。

 有り体に言えば脳内チャットといったところか。

 デバイスにも似たような通信機能は付けているけれど、これとは全くの別回線で行われる姉妹間ネットワークにユウキは含まれていないというか、意図的に含めていないが。


 焰を迎えにやれたのは、ルアフからの救難要請が私の所に送られてきたからだ。

 というか『ボスケテ』はねーだろ。

 ボス助けての略だってよく分かったな私と自分を褒めてやりたい気分だ。


 で、このネットワークを使って眷属いもうとの何人かに公国の首都リガーデンに向かうよう指示を出しておいた。

 それは先に現地入りさせておいて義晴がしくじった場合のフォローとか諸々を任せたいと思ったからだ。

 また教会の動向を探って、妙な事をぱじめようとした瞬間に幹部連中を皆ごろゲフンゲフン、悔い改めるよう優しく優しく諭してやれば良いかな、なんて。


 ユウキが滞りなく聖女の称号を得たら、次は航空魔導士部隊の編成が始まるだろう。

 この時に障害になりそうな奴らを先に叩いておきたいってのが私の思惑なのである。



 この世界は『神々の箱庭』という異世界ちきゅうで作られたゲームに酷似している。

 しかしシナリオは既に大きく違えていた。

 というか、私が書き換えている。


 なぜそうするのか?

 答えは簡単。私がツマラナイからだ。

 シナリオの途中で殺害される筈だったクソのような姫君のお供として一緒に碌でもない結末を迎える予定のモブ令嬢。それが元来私に与えられていた役割ロール


 それが気にくわない。

 だから報復したい。

 神を気取って世界を眺めているクソ野郎共にとびきりの後悔と絶望を進呈してやりたい。


 奴らが何処に居るのかを私は知っている。

 そこへ行くためには幾つかの手順を踏まなければいけなくて、だから世界を簡単に滅ぼしてしまえる力が手の中にあっても極力使わないようにしている。

 シナリオの強制力が働かないギリギリのラインで、物語を改竄していくのだ。


 シナリオを阻害する異物として認識されてしまうと、世界から弾き出されてしまう恐れすらあるから。


「くくっ……」


 熟々物思いに耽っていた私は含み笑いしてからハッと我に返り、目の前の作業に没入していく。

 ゲームのシナリオ通りに事が進むなら、近いうちにハイファン王国の大規模な侵攻が始まるはず。

 北方の魔王領から数十万もの魔物達が押し寄せてくるなんて話もあったか。

 他には東の獣人達の国ダイクンが滅ぼされるなんてエピソードだって控えているのだ。


 悠長にはしていられない。

 邪魔するヤツは全部をぶち殺し、全部を征服し服従させる。

 全ては私の悠々自適なスローライフのために。



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