81:勇者ヨシハルと風の魔法少女⑪(ヨシハル視点)
「――なあ、ルアフ。俺はお前の家族構成がいまいち分からんのだが」
俺達の前には今、他の木々と比べて一回り大きな巨木と、その幹の根っこ辺りが膨らんで、さも最初からそうなるように成長しましたとでも言わんばかりの民家がでんっと鎮座する風景があった。
その樹木と隣接してほんの少し控えめな大きさで似たような建造物がある。
また反対側には窯を設えた小屋。
更に隣に石造りの四角い建物があって、屋根に据え付けられた大きな煙突からモクモクと煙が上がっている。
俺達の前に現れた紅髪ポニーテールの女。
見た感じの年齢は俺より一つ二つ上に思われるが実際のところは分からない。
ルアフが対応したところ彼女は自身を“焰”と名乗って、森の中で野宿するのは危険だからと一晩の宿を貸してくれることになった。
それで、どこに案内されるのかと思いきや、集団的転移魔法を発動。
移動時間一秒にして今の光景を拝んでいると、そんな次第になっている。
俺が家族構成を聞いたのは、ルアフは森に住み着いた賢者を指して姉であると呼ばわった。目の前に居る焰も姉妹であると。
あと何人姉妹がいるのか俺でなくても気になるだろうよ。
質問を受けた薄緑色髪忍者はちょっと考える仕草をしてから口を開く。
「あたしを含めて12人。あと姉が一人いて、最後に一番上のお姉ちゃん、かなぁ?」
自信無さそうな答え方が気になったが、その辺りは後にしよう。
とにかく14人居るワケだな、と頭に入れておく。
ってか大家族だなオイ……。
「焰ちゃんは12人の内の一人だから、あたしと序列は同じ」
めっちゃ気になる言い方をされた。
序列って何だ?
そりゃあ確かに兄妹姉妹の間柄じゃあ理不尽なまでの上下関係ってのは存在している。
いつの世も弟や妹といった立場は報われないものだ。
そう考えると12人の序列が同じ位置にあるってのは逆におかしい。
二人の姉だけが偉いとするこの態勢は何だ? って話にもなる。
上下関係がない兄弟姉妹といえば同時に生まれた場合、つまり双子とか三つ子とかそういった関係性の場合に限られるんだけど。
そうするとコイツらのお母さんは12人を同時に出産したって事になる。
犬や猫じゃああるまいし、本当にそんなことが可能なのか?
異世界人ってのは地球で暮らす人類とはまた別の種族なのか?
疑問が頭の中をグルグル回る。
いや待てよ、と思った。
ひょっとしてコイツの言う姉妹ってのは血縁上の家族ではなくて、養子として引き取られたとか、そういった関係なんじゃないか?
例えば彼女らの親となっている人物が大金持ちの好事家で、捨て子だったり戦争孤児だったりを養っている施設から女の子達を引き取って娘として育てているだとか。
慈善事業ってヤツか。
めっちゃ良い人じゃあないか。
いや待て、そうとも限らんぞ。
ルアフにしても焰さんにしたって見目麗しい女の子だ。
この子らを引き取った後は、日ごと夜ごとにベッドの上で可愛がるとかいう痴態を繰り広げている可能性だって無きにしも非ずってもんだ。
そう考えると彼女らがめっちゃ不憫に思われた。
「というか、その可哀想な物でも見るような目を止めて貰えないかな? 何を考えたかは知らないけれど、たぶん間違っていると思うよ」
視線を向けるとルアフがジト目で返してくる。
なんだ違うのか、とか人の心を読むとかお前エスパーかよ、などと思ったものの話を引っ張らない賢明な俺である。
後ろにいる雨宮や一ノ瀬姉妹の様子を一瞥したところで樹木の家から人が出てくるのを察知。
慌てて目を前に向け、こちらに向けて歩いてくる輪郭を見つけた。
「勇者さんご一行ですね。お師匠様がお待ちです」
栗色髪の少女が金属杖を手に携え俺の前に立つと、そう告げる。
ここで違和感とその正体について察した俺。
俺はイスカリオテ城の混乱に乗じて逃げ出して以降、今に至るまで自分を「勇者だ」と明かしたことは無い。
なのに眼前の、年の頃12や13といった風情の幼娘は迷うこと無くこの言葉を選んでいる。
つまり誰に聞くでもなく俺が勇者だと最初から分かっているって事だ。
勿論、俺は彼女とは初対面だ。
そしてもう一つの疑惑。
それはルアフに向けられていた。
彼女は初めて会った日、俺がどこかのパーティに所属しているかを聞いておきながら、自分が加入する事については嫉妬されるからと断っている。
俺に仲間がいることを予め知っていなければ出てこない台詞だ。
そんな両者に繋がりがある。
普通に考えれば最初から結託していて、何らかの目的があって俺に近づいて来たかに思える。
だが、だとすると今度はルアフとの出会い方が説明つかなくなる。
俺とルアフが最初に顔を合わせたのは、ギルドの依頼で建築現場に出向いた先のこと。
誰かに強制されたワケじゃあない。俺が自分の意思で選んだ仕事なんだ。
その赴いた先での邂逅を狙って作り出すなんてまず不可能と言えよう。
つまり何が言いたいのかといえば、疑いがあっても点と点が線で繋がらないって話だ。
だが彼女らには何か意図するところがある。確実に。
「お出迎えに感謝する」
栗色髪美幼女には会釈程度に頭を下げておいて、踵を返した彼女に追従する。
背後で仲間達が付き従っているのを気配から感じつつ、こうして俺達は建物の中へ。
「いらっしゃい、随分と時間を掛けたのね勇者さん。名前は相良義晴君、だったかしら?」
「ああ、色々あったんだ。そんな事より聞きたい事がある。答えてくれるよな、瑠璃色の大賢女様?」
一目見て直感した。理解した。
召喚された日に朝霧有紀君が教えてくれた。
この世界が『RPGと酷似した世界である』と。
元の世界に帰る方法は『瑠璃色の大賢女』が知っているという。
そして彼女は必ず世界の何処かで勇者の活躍を眺めている筈だと。
数々の疑問に辻褄の合う答えを用意しようと思うなら、今このとき俺の前に立っている少女こそがそれであると考えるのが妥当と言えた。
そりゃあハイファン王国が勇者一行を国元に呼び戻すために放った刺客という線も無いとは言い切れないが、ここに来るまでに砦を越えている身としては可能性は低いと断ぜずにいられない。
なぜって、賢者は最近になって森に住み着いたと言うがこの時点では俺はまだイスカリオテ城にいたのだから時系列で考えると噛み合わない。
また諜報員として敵国――王国にとってアルベティアは侵略対象国なのだから紛れもない敵国となる――に送り込まれたスパイであると呼ばわるにしたって、それにしては目立ちすぎている。
特定の地域や組織から注視されている時点で任務失敗だ。
それら諸々の要素を併せた時、一見して突拍子が無い飛躍した考えかも知れないが朝霧君が告げた『瑠璃色の大賢女である』と判断することが一気に現実味を帯びてくる。
ゲームのシナリオ通りなら月にある迷宮とやらに潜んでいる筈の大賢女。
でも、どこかで勇者の動向を見ているというのならごく近い場所にいなければおかしい。
となれば大賢女ご本人でないにせよ、その目となる役割を与えられた人物。視界などの五感を共有する存在であるとしておくのが逆に最も正解に近い回答になるだろうと、そう俺は思ったワケだ。
一瞬面食らった顔をした瑠璃色髪少女は、次に口角を吊り上げて含み笑いする。
艶やかな瑠璃色髪と優しげで儚げな美しい相貌。
その手に握られた杖は、明らかにこの世界で普及している物と一線を画する金属杖。
白いワンピースの上に紺色のマントを羽織っている立ち姿は可憐。
水の魔法少女ユウとどこか面影が重なる顔に胸を締め付けられながらも俺はニヤリと笑んで見せた。
「なんだ、脳筋かと思ってたけど意外と勘所も悪くないのね」
「そりゃどうも」
ふふふっ、お上品に笑むお嬢さん。
俺は不敵な笑みを絶やさず言葉を重ねる。
「じゃあ早速だが聞かせて貰おう。俺達が元の世界に戻る方法を」
聞かせるために誘導したと、確証は無くとも確信はしていた。
だから名前とか目的とかよりも先に言葉に出しておく。
彼女は一つ頷いて答えた。
「結論から言えば全くの不可能では無いけれど、目印が無い以上は極めて難しい所業になるでしょうね」
「もう少し分かりやすく」
「世界は無数に存在し、今も増え続けている。だから次元を跳躍する術式には座標を指定するための目印が欠かせない。……あなたは、元居た場所に自分の肉体の一部であるとか『縁を繋ぐ物』を残してきているのかしら?」
彼女の言葉によると肉体というかDNAよりも更に細微な情報集積体『因子』を各々の世界に生きる動植物は保有しているのだとか。
それで、一個の存在をこの世界から外へ弾き出すだけならいつでもできる。
しかし弾き出された先に因子が無いと座標が定まらず、良くて似ているだけの別世界に漂着、悪くすれば次元の狭間を永遠に彷徨うことになるらしい。
「せっかく勇者として召喚されたわけだし、与えられた役割はこなしていきなさい」
「それは魔王を倒せって話か? 実力的に無理だろ、どう考えても」
瑠璃色髪が言うので即座に反論、肩を竦めて見せた。
例えばあと十年くらい強者と戦い続けて相手の技を盗みレベルを上げまくればそういう目もあり得る。
だが十年の歳月をこの世界で過ごせば、仮に元居た日本に帰れたとしても普通に暮らしていける自信が無い。
この世界は弱肉強食が常で、腰に凶器をぶら下げて歩いている以上は気に入らなければ殺して奪い取れば良いってのが倫理観になる。
そんな人間が平和ボケした日本に帰り着いた日にゃあ翌日には凶悪殺人鬼として新聞の一面を飾ることになっちまうだろうよ。
だから帰れるなら早いに越したこと無いのだ。
なのにこの女は言う。
「異世界から召喚された勇者達が確実に生まれ育った所へ帰還しようと思うならゲームのシナリオ通りに事を進めるしか無いでしょうね。いわゆる『シナリオの強制力』とかいったものを逆手に取る方法。でも安心なさい、あなた達は必ずしも魔王を殺す必要はないの」
「……どういう意味だ?」
首を傾げた俺に彼女は言葉を重ねる。ドヤ顔だ。
「魔王だって魔王という役割に就いているに過ぎない。本人が自覚しているかどうかに関わらず。勇者が魔王を倒す。字面だけ見れば戦うって意味になるのでしょうけれど、要点を抜き出すと『魔王という役割を空白にする』ってことになる。つまり魔王をその玉座から引きずり下ろした時点で条件が揃うって話なの」
「どうやって?」
身を乗り出した俺に彼女は笑みを深める。
「一つ、二つになるけれど、面白い話を聞かせてあげましょう。魔王バハネルは、水の魔法少女にゾッコンLOVEよ」
「……は?」
「どうやら今代の魔王は虐められて悦んじゃうような、ちょっとアレな所があったみたいで、自分を傷つけた水の魔法少女にご執心らしいのよ」
「お、おう……」
「それで彼、北にある城を飛び出しちゃったみたい」
すまん、頭がついていかない。
脳みそが理解を拒んでいる。
なのにこの大賢女、俺に情報を飲み込む猶予すら与えてくれない。
「じゃあ魔王が向かった先はどこなのか? ……ここで二つめの情報。水の魔法少女ちゃんは今、アルベティア公国の首都にいて、国王の意向から近々『聖女』の称号を得ることになったみたい。教会と揉める事は確実だってのに、よくやるわと私は思うのだけれどね」
「つまり……」
「聖女が誕生したら、次はお披露目ということで街をあげてのお祭り。パレードが行われるわよね。魔王は確実にこのタイミングを狙って仕掛けてくる。教会側だって黙っていない。国王に権威を持って行かれないよう暗殺者を差し向けてくるでしょうね。……ここで問題です。そんな三つ巴の修羅場を収めようと思ったら何をしたら良いでしょうか?」
ドヤ顔が一転して意地悪そうな笑みになった。
答えに悩む俺に、彼女は失望したとも取れるつまらなそうな顔をする。
「時間切れね。答えはあなたが聖女を横合いから掻っ攫う、よ。国側は教会の企てとして糾弾するでしょうし、そうなると教会は迂闊に動けなくなる。あなたが勇者である事を明かすことで国は認めざるを得なくなる。伝承だと聖女と勇者は仲間になるって確定しているみたいだからね、異を唱えれば国民の反感を買うワケだしそんな愚かな真似はしないでしょう。その上で魔王を役割から解放してあげなさい」
「どうやって?」
「……この世界には聖剣と呼ばれるものがある。でもそれは聖なる力を宿しているから聖剣なんじゃなくて、与えられた役割を無効にする、ルールや法則を書き換える道具の名称が『聖剣』なだけ。そして同じ効力を持つ呪的器物は、私にだって作れてしまうの」
そう言えばユウは俺達に東の国へ行けと告げていた。
鉱山でミスリル鉱石を掘って、鍛治屋に渡して聖剣を打って貰えと。
もしもこの場で聖剣なる物を手に入れる事が出来たなら、東の国まで赴く必要が無くなる。
時間的にとんでもない短縮になるって話だ。
「じゃあ、その聖剣とやらをくれ」
横柄に言ってみた。
「あと十日ほど掛かるわね。材料が手元に無いから」
あっさり返される。
「聖剣が完成するまでの間、あなたはここで修行していきなさい」
「え、いや、でも俺達は依頼を受けてる最中で――」
「黙らっしゃい!」
ピシャリと制される。
大賢女さんはめっちゃ強引な人であるらしい。
「ルアフと焰を教育係として付けるわ。十日間で可能な限り強くなりなさい。でないと突っ込んでいった先で返り討ちされるわ」
「お……押忍……」
つい頷いていた。
冒険者としての仕事という意味では未達成になるから評価落ちるんだろうな、とか。見回したところ俺以外に男って居ないっぽいけどそれはどうなんだ、とか。
色々思う所はあったものの、眼前でニコニコしている凶悪美少女の圧にイヤだとは言えない俺だった。




