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80:勇者ヨシハルと風の魔法少女⑩(ヨシハル視点)


 襲い掛かってきたゴブリンは三体。

 対して俺達は五人。

 数の上では優勢に見えるが、だからといって油断は許されない。

 何故って、雨宮と一ノ瀬姉に関しては魔法職なのでどうしたって防御が紙装甲になるし、美冬ちゃんに至っては攻守共に戦えるような能力スキル実力レベルも無いから。


 だからといって俺が秀でているのかと言われればそれ程でも無い。

 鉄製軽鎧は重量の割に防御性能が高いが、それでも単なる布製の服を着ているのと比べれば圧倒的に重いのでそのぶん動作が緩慢になる。

 体を鍛えておいたおかげでそこまで鈍重では無いとはいえ俊敏性の低下は否めない。

 どんな攻撃であっても当たらなければ意味がないからな。


 この中で一番強いに違いないルアフは機敏さと一撃必殺を可能とする膂力を持ち合わせているが、あくまで臨時で加入しているメンバーでしかない都合上、おんぶに抱っこというワケにもいかない。


 端から見れば、チグハグ感の否めない徒党(パーティ)だろうよ。


「シッ!」


 ズパンッ。


 襲い掛かってきた一匹の首を、剣で薙ぎ払って落とす。

 イスカリオテ城の騎士隊武器庫から拝借した剣は、とにかく折れない曲がらない。

 恐らくは町の市場に出回ってる物より材質が一段上なのだろう。


 ハイファン王国は侵略して領土拡張する事をとする軍事国家で、だから配備される武器防具だって魔物だけじゃなく人間、つまり戦争することを前提とした物を揃えていたと、そう考えた方が自然だった。

 一匹の魔物を狩るのが目的ならもっと大型にするか、もしくは切れ味に重点を置くだろう。

 そうでないのは、長時間、敵兵と剣を交え斬り伏せ続けなければいけない状況を想定していたからだと今になって思う。


 王国から公国の町に辿り着くまでに何度か戦闘は行っていたが、刃こぼれ一つしていない所を見るに、やはり水の魔法少女の判断は正しかったと認めるしか無かろう。

 強靱なこの剣を入手できたのは全て彼女ユウがそうしろと助言したからなのだから。


「フッ!」


 バスンッ。


 目端ではルアフが、対峙した一匹の腕を付け根から切り飛ばし、返す刀で首を胴体から切り離していた。


「くっ!」

「抜かれた!?」


 一匹が俺達の間をすり抜けて列の中盤へと駆けていくのを目端に捉える。

 慌てて方向転換する俺と叫びながら懐から何やら黒い鉄器を取り出すルアフ。

 ゴブリンがメイスを振りかざして紙装甲の雨宮めがけて突進する。


『ギギッ?!』


 ゴッ。


 そんな子鬼が次の瞬間に身を仰け反らせてどうと倒れた。

 目を彼女の奥へとやれば、スリングショットもどきを手にした美冬ちゃんが肩で息をしながら立っていた。


「ちょっとはお役に立てましたか?」


「……凄いな美冬ちゃん」


 どこかで練習でもしていたのか。

 距離が近くても当てるのは難しい筈の投擲を難なくこなした彼女。

 拾ったのか最初から腰の小袋にストックしていたのか小石を投げつけたのだ。

 単に腕の振りだけで投げるのと違い遠心力を上乗せして放たれる石つぶては立派な凶器になるのだと顔面を潰され地面の上でピクピクと痙攣しているゴブリンを見て思った。

 チームのマスコットだとか侮ってました御免なさいと内心で謝罪する小心者チキンな俺である。


「剥ぎ取るのは左耳、だったはず」


 それから一ノ瀬夏樹が俺に向けてそんなことを言った。

 この時の俺は投擲された石に顔面を潰されながらもまだ息のあったゴブリンに近づきトドメとばかりに首に向けた切っ先をそのまま真下へと落としていたところで、せめてあと数秒くらいは待てやと思っていたり。

 それでも粛々、死にたてホヤホヤの死体から耳を削ぎ落とすのだった。



 ――初っぱなの戦闘に勝利した俺達は、もう一度辺りを見回し誰の気配も無い事を確認してから森に踏み入る。

 受けている依頼はあくまで薬草の納品であって、ゴブリン等の魔物をどれだけ倒しても依頼の完遂とはならない。

 ただし倒した魔物の部位を提出することでそのランクに応じた報酬が後付けで支払われることになっているので戦う事が全くの無意味とはならないのだが。


 森の中を真っ直ぐ突き進んで小一時間もすればギルドの書庫にあった資料に掲載されていた採集場所に到着。

 五人で手分け――と言っても決してお互いの声が聞こえないもしくは姿が確認できない距離までは離れないよう事前に話し合っていた――して薬草らしきものを手掴みで引っこ抜いていく。

 薬草は根っこから引き抜いた方が長く鮮度を保てるとの事で、なので草刈り鎌などの器具は必要ない。

 というか鮮度を保つことを念頭に置くのなら生えている部分の土もある程度くっつけておいた方が良いのかも知れない。専用の鉢植えとか持って来ておけば良いかとも思ったが、そうすると今度は重くなって邪魔になる。

 何かうまい手は無いものかとつい考えてしまったりである。


「よく似ている葉っぱでも毒草なんて事もあるから後で一カ所に集めて選別するわよ」


「はいよ」


 一ノ瀬姉が妙に生き生きしている。

 そういやコイツ、元の世界でもゴミの分別とか細かったような気がする。

 もういっその事、採集は俺達でやってコイツだけ選別専門でやらせた方が早いんじゃあねえの? とか……。


 まあそんなアレコレを経つつ、暫しの採集タイムは時間切れ。

 これ以上森に留まると陽が沈むまでに町に帰り着けなくなると判断した。


「数は何とかなった。よし、帰ろう」


 一ノ瀬をお手本に他の面々も交えて草の束を選別し終えたところで俺がリーダーらしく声に出して見回す。

 異論は出なかったので、一つ頷くと薬草の束――厳密に言えば他にも常時依頼が出ている草花が何種類か混じっている――を布で包んで一ノ瀬妹(みふゆちゃん)が担いでいるリュックに詰め込むと来た道へとつま先を返す。


 陽が沈んでしまえば今度は野営を考えなきゃいけなくなるが、今回は日帰り前提ということでテントは元より寝袋だって持参していない。というか持っていない。無い袖は振れないってヤツだ。


 森の中で迷っても大丈夫なように携帯食料として干し肉と硬いパンを持ってきてはいるが、それだって使用せずに済めば次に回せるのだし、迷う理由なんて何処にも見当たらない。

 余計な動きはしないでそそくさ立ち去るのが結局の所は一番の良策なのだと、俺達は受付嬢などからアドバイスされていた通りに撤収するのだった。



 ――撤収した筈だった。

 少なくとも俺達は森の出口を目指して歩いていた筈だし、途中までは見覚えのある景色だってあった。

 ところが一時間が過ぎ、二時間が過ぎた頃合いになって、最後尾を歩いていた美冬ちゃんがポツリと言葉に出す。


「あの。私の勘違いかも知れないんですけど、もしかしてどこかで道を間違えてたりしません?」


「「「……っ」」」


 それまでめっちゃ嫌な予感を感じていた俺達が言葉を詰まらせる。

 隣を歩くルアフが見上げる。

 木々の間隙から覗いていた空は、今はだいぶんと翳っていた。


「なあ、誰か現在地が分かるような物、コンパスとかそういったスキルでも魔法でも何でも良いんだけど、持ってたりしないか?」


 いやいや落ち着け俺。まだ慌てるような時間じゃあない。

 ちょいと芝居がかった仕草で仲間達を顧みる。

 ここで「あ」と声を上げたのはルアフだった。


「お、何か妙案が?」


「うん、普通に上から見れば分かるじゃん、って」


 薄緑色の忍び装束の彼女。

 ルアフはごくあっけらかんと曰った。


「上からって、空を飛ぶスキルとかあるのか?」


「まあ、似たようなもんさね。ちょい待ってて」


 それから彼女は大きく息を吸って腰を落とす。

 その足下に小さな竜巻が現れたように感じた次の瞬間にはもう、彼女の輪郭はその場には無かった。

 


「うぉ?!」


 真上にジャンプした。行動だけを言えばそうなるのだろう。

 だが跳躍と言いながら2メートルや3メートルなんかじゃあない。

 軽く10メートルは超えている。

 一瞬で周囲の木々を飛び越えて、空の奥へと消えてしまった。

 彼女が落ちてきたのは10秒ほどが経ってからだ。

 滞空時間が半端無い。

 落ちてきた彼女は、高さも落下速度も無視して音も無く着地した。


「凄えな、魔法なのか?」


「んー、まあそんなところ。それよりも残念なお知らせがあるのだけれど、聞きたい?」


「ああ、うん。察しはついたが念のために聞かせてくれ」


「あたし達、来た道とは逆方向に進んでるみたいね。まあ、言ってしまうと森の奥に突き進んでるってこと」


「ふう。じゃあもう一つ、今から向きを変えたとして日没までに森を抜けられると思うか?」


「無理」


 ルアフはキッパリと言い切った。

 俺たち薬草摘みに来ただけなのに何でこんな大冒険してんだと愚痴りたい気持ちでいっぱいだ。


「でも良いお知らせもあるよ?」


「言ってみ」


「あたしの姉妹の一人が近くまで来てる」


「その話詳しく」


 どうやら希望はまだ絶たれていないらしい。

 勢い込んで尋ね掛ける俺。

 ルアフが口を開こうとした瞬間に、どこからか声がした。


「そこで何をしている?」


 音色は凜として冷涼。

 慌てて見回した先で、大木の枝を足場に立っている紅髪少女が厳しい目をこちらに向けていた。



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