79:勇者ヨシハルと風の魔法少女⑨(ヨシハル視点)
宿屋“渡り鳥の巣”に帰ってきたとき一ノ瀬姉妹はテーブル席に着座して注文した料理が運ばれてくるのを待っている所だった。
俺と雨宮は同じテーブルの椅子に腰を落ち着けると自分たちもと料理を注文。それから二人の顔を見つつ話を切り出す。
「と言うわけでだ。そろそろ町の外に出る依頼を受けようと思うんだが、お前達の意見を聞いておきたい」
「うん、何が『と言うわけで』なのかサッパリ分かんないわ」
話を端折ったのがマズかったらしい。姉の夏樹がジト目で文句を言う。
まったく面倒臭い奴だ。
「いやなに、ルアフが外の依頼受けても良いんじゃね?って言うし、俺もいつまでも町に引き籠もってんのもどうかなーとは思ってたしで、……そうだな、具体的には明後日くらいからそういう依頼を受けていこうと思ってるんだ」
明日は土建屋仕事の棟梁や職人さん達に一言くらい挨拶しておきたかったし、何より現場が一段落つきそうな感じだしでそっちの方に顔を出したい。
オッチャン達は気の良い人達で、だからある日を境に突然来なくなるといった不義理な真似はしたくなかった。
「ま、良いんじゃない? こっちは何日も前から道具も揃えてるし、森に生えてる野草も一通りは頭に叩き込んでるからむしろ一体いつまで町に籠もってんだと思ってた所だし」
夏樹がちょっぴり口を尖らせる。
美冬ちゃんが同調して頷いている。
「じゃあ明後日からということで」
「あ、けどあの子、ルアフちゃんはどうするの? 一緒に行くの?」
「それはまだ何とも。その辺りも聞いておかないとな」
二人の表情を見る限り、仮にルアフが同伴する事になったとしても何か思う所があるという話でもなさそうだ。
雨宮に目を遣れば「私はどちらでも良いわ」と言葉に出しておいて、更に一歩踏み込んだ話をする。
「むしろ可能なら一時でも良いからパーティに入って欲しいかな。彼女が凄いってことは義晴君の方が分かってるでしょ?」
「ああ、でも良いのか?」
過去にルアフを誘った際に返された言葉を思い出す。
嫉妬されるのが嫌だからと断られたのだ。
俺はどこぞの物語に登場する鈍感主人公とは違う。
仲間達、特に雨宮と一ノ瀬がそれぞれ友情以上の感情を俺に向けている事を理解している。
理解した上で気付かないフリをしているのだ。
卑怯かも知れない。でも今は色恋ごとよりも生き延びることを優先させたいから、パーティ崩壊を招きかねない言動は可能な限り抑えている。
俺は勇者という職業とこれに伴う権能を持ってこの世界に召喚されている。
勇者が成すべき事と言えば魔王の討伐と相場が決まっているし、俺の能力ってのはたぶんそっち方面に特化した代物なんだろうと、そんな気がしている。
だが、それだけで成就できるかと言えば、恐らく厳しい。
仲間達の力がどうしても必要になると、これは直感的な確信だ。
だから事を終えるまでは色恋事には目を瞑っておこうと考えている。
例え、その結果として彼女達を悲しませる事になったとしても。
そうでないなら不公平感を与えないようギリギリの綱渡りをするしか無かろう。
全員を同時に同じだけ愛するか、色恋から完全に遠ざかるかの二者択一。
中途半端は一番良くないのだ。
いや、というか。この世界で一生を終えるつもりならむしろハーレム状態にした方が良いかも知れないんだ。
魔王を倒したらその後どうすんだって話になるワケだし、三人と離ればなれになりたくないと考えるなら、ずっと4人で生きていこうって事なら可能であれば全員とも娶ってしまうのがたぶん後悔のない人生になると思う。
でも元の世界に戻るチャンスがあったなら俺は間違い無く帰還を望むだろうし、じゃあ日本に帰り着いてから三人とどういった関係を築くのかと問われてしまうと答えに窮してしまう。
だから今は一線を越えられない。
これが俺の結論なんだ。
まあ、水の魔法少女を名乗った彼女の事もあるんだけどな。
つらつら考えている間に話は進んでいたらしい、ルアフのパーティ加入について反対意見は無いということで話は纏まっていた。
テーブルに置かれた各人の料理を前に「いただきます」と手を合わせた後は一心不乱に胃に掻き込む。三人は女の子であるからとアピールしたいのか啄むようなペースで食べている。
チッ、気取りやがって。
などと思ってしまう俺である。
その後は姉妹は自室に戻ってそのまま就寝。
俺と雨宮はそれぞれに桶に汲んだ水で体を拭いてから自室に戻った。
ここ連日と変わらず、部屋を訪れた雨宮に神聖魔法で筋肉をほぐして貰えば気分良く眠れたもの。
「あ、そういやパーティ名どうしよう?」
目を閉じて意識が落ちる間際に考えたのはそんな事である。
――こうして場面は明後日に飛ぶ。
昨日の現場仕事で棟梁達には話をしたし、ルアフに関しても一時的な加入ということで了承を得られた。
なので本日の早朝にはギルドで薬草採集の依頼を引き受けて、準備万端で森へと向かっていた。
受付嬢から得た話だと目的地となる森には町を出て踏み固められた小道を数時間ほど歩けば到着するらしい。
それまでは平原地帯が広がっており、魔物だって極々稀に出没する程度であると。
見上げれば日差しは強く、まばらな雲が時折陽の光を遮る程度。
なのでちょっと汗ばむくらいには暖かい。
「そう言えば、森には賢者さんが住み着いたみたいな事を言われてたな」
道すがら、ギルドに登録した初日に出会ったBランクパーティ“疾風”のコルトさんに言われたことを思い返していた。
森――正式名称は“シーラント樹海”というらしいが奥まったところに賢者が住み着いて、実験と称して火力の高い攻撃魔法を連打しているとか何とか。
それで、この災難から逃げ出した魔物達が森の浅い所まで来ることがあると、そんな話だったと思う。
「ああ、あの人は……」
何気ない世間話のつもりで切り出した言葉だが、予想に反して妙な反応がやって来る。
見れば、臨時加入した5人目のメンバー、ルアフがやれやれとでも言いたげな顔をしている。
「知り合いなのか?」
「まあね。たぶんそれ、あたしのお姉ちゃんだ」
「「「「は?」」」」
事も無げに言ってのけた彼女に向けて、疑問符の嵐が吹き抜ける。
「どうかした?」
「いやいやいや、お前のお姉さんが賢者っていう所がすでに驚きなんだが」
「え、なに、ひょっとしてあたしバカだと思われてた?」
「バカかどうかは知らんけど脳筋だってのは誰の目から見ても間違いの無い事実だろうがよ」
ちょいと傷ついた顔のルアフ。
俺は考えるより先に「え、自覚無かったのか?」と口にしていた。
「町に戻ったら特訓しよう。ぶっちめてやる」
「勘弁してくれ」
笑っているのに目が据わっている。怖い。
俺は肩を竦めて仲間達を見る。
彼女らは諦めろとでも言いたげに首を振っていた。
歩き続けていればやがて森の境目が見えてきて、俺達はほんの僅かだが歩くペースを落とす。
周囲を警戒して進めば必然的にそうなるだろう?
俺の装備は砦に駐留している守備隊から借りた軽鎧でハイファン王国の城からかっぱらった剣を腰に差している。
雨宮は白い法衣姿で縁取りは金の刺繍とか言うゴージャス感の漂う服装だ。手には法衣に合わせて誂えられたのであろう杖が握られている。
一ノ瀬姉は深緑色のマントを羽織っており、その下には膝小僧が隠れるくらいのスカート丈で黒っぽい服を着ている。手には錫杖。腰ベルトには幾つも小物入れが引っ掛けられており、聞けば魔力回復を促進する薬品だとか解毒薬とか、はたまた魔法を行使する際に使う触媒だとかが詰め込まれているのだとか。
美冬ちゃんは軽くて丈夫ななめし革の軽鎧。腰にはナイフがあって腹側にはスリングショットのような物――Y字型の投擲器具だが紐部分はゴムではなく革。小石を引っ掛けて遠心力で飛ばすための道具なのだとか――が差し込まれている。
最後の一人、ルアフは髪色と合わせているのか薄緑色の忍者のような服装で、肩に引っ掛けた片刃直刀もひっくるめてお前身を隠すつもり無いだろとツッコミ入れたくなるような格好になっていた。
そう言えば、コイツと初めて会ったときはどんな服を着てたっけ? ダメだ思い出せない。
と、そんな五人組。
パーティ名はまだ未定としている。
森の入り口に差し掛かった所でルアフが「待て」と鋭く声をあげた。
「今、木々の奥の方に動く物が見えた。魔物かも知れない。戦闘になる可能性が高いからいつでも仕掛けられるようにしておいて」
ルアフは目が良く、今の言葉から察するに気配に敏感なご様子。
いわゆる斥候型という事か。
だとするなら忍者装束らしき出で立ちにも頷ける。
ただし色はどうにかしろと。逆に目立ってるぞと思わなくも無いが。
俺達は互いに目配せして位置関係を確かめる。
陣形的には俺が先頭で斜め後ろにルアフ。
その後ろに雨宮と一ノ瀬。
最後尾に美冬ちゃんといった具合だ。
俺達がここまで来るまでに一匹の魔物とも遭遇していない。
つまりバックアタックは考えなくて良いと判断した。
それ故の陣形だ。
「来るわよっ!」
ルアフが声に出した。
ほぼ同時に森を突っ切って駆けてくる影が三つ。
緑色の皮膚、体格は小柄。
顔は鋭く尖った耳と鷲鼻。異様に鋭い双眸。
いわゆる子鬼などと呼ばれる森の妖魔たちが、手にそれぞれ錆びて朽ちかけた剣や鉈を携えて俺達目がけて飛び掛かってきた。




