78:勇者ヨシハルと風の魔法少女⑧(ヨシハル視点)
――当初は一週間ほどで切り上げるはずだった現場仕事は、しかし二週間を終えても継続されていた。
「オラァ! なんだそのへっぴり腰はぁぁっ!!」
「ひぇえぇ!」
勘違いをしてはいけない。
怒声を飛ばしているのがルアフ。
情けない声をあげているのが俺である。
コイツ修行が始まってから三日と経たない内から本性を表しやがった。
爽やか系美少女ヒロインなんかじゃあねえ。
鬼軍曹系ヒロインだ。
最初は仕事が終わってからギルドの訓練場で行われていた特訓は、ごく自然な流れでギルド会館の外周、次に町の中を一周駆けずり回るとかいう荒行へと形を変えていた。
歩く、走る、躱す、蹴る、殴る。
これを一連の流れとして何セットも反復する。
視界では真っ白なお星様が絶えずキラキラと瞬いてるとかいう危険な状態で、終わった頃には息も絶え絶え。もうじき死んでしまうに違いないと確信する程度には疲労困憊だった。
「ぜはっ、ぜはっ、ぜはっ!」
「よぉ~し、よく走り抜いた! 偉いぞ!」
ギルド会館横の訓練場まで駆け足で戻ってきた俺達。
全力疾走で走っていた筈なのにルアフは汗一つ掻いていやがらねえ。
「くそっ!」
途轍もない敗北感と惨めさが胸をガリガリと削っている。
勘弁してくれ! 俺のライフはもう0なのよ!!
全身から噴き出す汗を拭い取る余裕さえ無く。
なのに褒められるとちょっと嬉しい俺。
躾けられているのか俺は?!
「よし、次は組み手だっ! 構えっ!」
「ちっ、くしょう!!」
襲い掛かってきた師匠と徒手格闘。
突いた拳も薙いだ蹴りも即座にいなされ反撃される。
ガシィ!
と空中で交差した足と脚。
バチリと火花が散ったかに思われた。
「そうだ! それが氣術における“蹴り”だ! 分かったか!」
「っなろうっ!!」
拳を引き絞って放つ。その手首を掴まれ一本背負いされる。
あとコンマ数秒もしたら固い地面に脳天から叩き付けられる。
必死になって掴まれた手首もそのままに自分から飛んで空中で一回転、どうにか靴裏で着地することが出来た。
「だいぶんとマシになったじゃあないか、ヨシハル」
「ぜはっ、ぜはっ、そりゃどーも」
彼女がニヤリとし、全身に大汗と冷や汗と脂汗を掻きながら俺だってニヤリと笑み返して見せる。
俺の手首を掴んでいる手を空いている手で掴み返して思い切り引っ張る。
体全部を手繰り寄せられたルアフ。
咄嗟に離された手。
後ろに倒れ込みながら自由になった腕を彼女の首に絡めて極める。
そのまんま顔面から床に落とせば勝ちだ。
などと思った俺が浅はかだった。
「おいコラ、顔は女の命だぞ」
ゾッとする声で囁かれた。
俺の顔が鷲掴みされ、力任せにぶん投げられる。
ゴッ、と後頭部に激痛が走り、視界いっぱいに星が散る。
最後に見た物と言えば、とんでもないスピードで迫ってくる彼女の拳だった。
――こうして、互角に渡り合えたと思った次の瞬間で簡単に意識を刈り取られてしまった俺。
気絶から回復したときには見学していた雨宮に膝枕される格好になっていた。
「良かった。気が付いたのね義晴くん」
「……ああ、まだ生きてる。というか死んだかと思った」
彼女は珍しく困った顔をして目を上げる。
視線の先を追えば、ルアフが申し訳なさそうに突っ立っていた。
「いやー、ゴメンね。つい本気になっちゃった」
テヘペロ。じゃねーよ!
と思った俺。
「でもヨシハルは流石だよね。二週間でここまでやれるようになるなんて、才能の塊だよまったく」
「俺も自分で驚いてる」
うん、言われてみれば確かに異常だ。
今じゃ“氣”という物を幾らかでも扱えるようになっている。
昼間の現場仕事だって楽勝になりつつあるし、筋力がとんでもない速度で進化しているからだと自分でも分かるんだ。
……ああそうか。これが“勇者”っていう職業の能力なのかと不意に理解した。
成長する速度が尋常じゃあないんだ。
常人が何年も掛けて会得する技能であっても、切っ掛けさえあればほんの数日、物によっては瞬間的に本質を理解し自分の物にする。
言わば得られる経験値が10倍固定でかつレベル上限無しのRPGをやっているようなもの。
ほんの少しでも切っ掛けを与えてしまえば後は爆発的な速度で強くなっていく。
これが勇者の性質。
そりゃあこれだけの神懸かり的な能力がありゃあ魔王とだって戦りあえるだろうよ。
自分で言うのも何だがこの際ハッキリさせておこう。
“勇者”ってのは正真正銘のぶっ壊れスキルで、所持している奴は例外なく化け物になる。
確実に、だ。
だから魔王は攻めてきた。
奴はハイファン王国も、城に住む王様達にしてもどうでも良かったんだ。
最初から眼中にも無かったんだ。
勇者という権能を持ってこの世界に召喚された俺を、育ってしまう前に息の根を止めておこうと考えた。
だから初手で城に攻め入った。
俺だって立場が逆だったら迷わずそうしていただろうよ。
奴の判断は決して間違いでは無かった。
ただ、それ以上の化け物が同じ場所に居合わせていたから奴の目的は成し遂げられなかった。
単にそれだけの話でしかないのだ。
「ねえ、それだけ動けるようになったんだし、そろそろ町の外に出てみない?」
ルアフの言葉で現実に引き戻される。
町の外。それは強さを実感した俺にとって、とても魅力的に思える言葉だった。
「ああ、……っと俺の独断では決められない。仲間達と話し合わないと」
即答しかけてすんでの所で思い留まる。
後頭部に当たる太ももの柔らかさを堪能しながら俺が答えると「このヘタレ」とかいう呟きが聞こえたような気がした。
「まあ良いわ。思う存分話し合って決めてちょうだい」
ルアフは溜息交じりに言ってから踵を返す。
「じゃ、あたしゃ帰って寝るわ」
「ああ。ルアフ」
「なにさ」
「ありがとな」
「女の子に膝枕された格好で感謝されても説得力無いよ?」
なるべく優しい顔で言った筈なんだが、ジト目で返されてしまった。
見上げた先にある雨宮の顔は何とも言えない微妙そうな笑みを浮かべている。
そして訓練場から立ち去った背中。
俺は身を起こして、手を差し出して雨宮を立たせてやる。
「……私は、義晴くんがそうしたいって思うなら付いていくだけだよ?」
「ええと?」
「町の外に出るって話」
「ああ、うん。ありがとう」
ちょいと時間差があったせいですぐには分からなかったが、どうやら雨宮の中では色々と考える事があったらしい。
礼を述べつつも消えていった背中を追うように出入り口へとつま先を向ける。
「宿に戻ったら一ノ瀬達とも話をしないとな」
「ええ、そうね」
一ノ瀬姉妹が俺の特訓を見学していたのは最初の三日か四日だけで、予想通りそれ以降は先に宿に戻るようになっていた。
姉妹は今ごろ夕食と格闘しているか、もしくは先に風呂……桶に入った水で体を拭く行為? を行っているに違いない。
ギルドを出た頃にはもう夜になっていて、街の明かりがポツポツと家々の軒先を照らしているだけといった風情である。
俺は肩を並べて歩いている雨宮に、ふと気になったことを聞いてみる。
「そう言えば、雨宮って聖女なんだよな?」
「ええ、そういった職業? は持ってるわね」
「能力としての職業は別として、雨宮ってば宗教に関わってるのか?」
ここシーリスには教会がある。
確か最初に彼女が請け負った仕事は教会の奉仕活動に関係するものだったように記憶している。
雨宮はその後も何回か同じ仕事を請け負っているそうだが、神様仏様に祈りを捧げている所を見た事が無いなと、そんな事を考えてしまったのだ。
素朴な疑問に彼女はちょっと考えてから答えた。
「関わりそのものはあるけど、正式に教育を受けた人間でもなければ教団に入会もしていない、彼らから見れば完全なモグリになるけどね」
要するに敬虔な信徒と呼ぶのも烏滸がましい程度にしか関わっていないということ。
彼女は、だって、と言葉を継ぐ。
「そもそも私にはそんな暇はないもの」
神への祈りを端折っても、全く口にしなくても奇跡を発現させる聖女という存在。
それは特定の使命を背負って生まれてきたからこその、ある意味で“代償”なのだと彼女は言った。
「神にこれこれをしなさいって命令されている証が“聖女”っていう職業で、そこに信仰心とかは関わっていないの。だから私は神様を愛していないし信用もしていない」
ただし存在そのものに対しては、居ると。
この世の何処かで人間達の愚行を眺めてニヤニヤと悦に浸っている悪趣味な何者かが存在している事は確信しているのだと雨宮は言った。
「そんな事よりも、今は私たちに何が出来るのかを考えましょうよ」
どこか大人びた顔で彼女は俺を促す。
長期滞在している“渡り鳥の巣”の看板と軒先に吊されたランプの光が俺達の視界に映り込んでいた。




