77:勇者ヨシハルと風の魔法少女⑦(ヨシハル視点)
三日目の重労働。
雨宮の回復魔法でリフレッシュしていた俺は昨日と同じかそれ以上の動きで木材を肩に担ぎ運び出していた。
「えっほ、えっほ」
妙な掛け声が口から勝手に出てしまうが、気にしてもしょうがない。
とにかく一定のリズムで動くよう心掛けていた。
「あれ、ヨシハル、何か調子良いみたいね?」
「まあな」
ちょっと意外そうなルアフの言葉にも簡単に答えるだけ。
なんでそうしているのかと言えば、これが一番楽だから。
一定のリズムと呼吸で重い物を持ち運びするのと、そうでないのとでは疲れ方が違う。
長時間になる程その差は歴然。
分かりやすい例を上げれば長距離ランナーがそれだ。
規則正しい呼吸と筋肉の動きによって全身に酸素を送り込み効率の良いエネルギー燃焼を促す。
今日の朝になって突然に閃いたんだ。
ひょっとして体の使い方を間違えてたんじゃあないかって。
なので早速この思いつきを試していると、そういった理由である。
(思った通りだ。前にバイトしてたときも最後の方ではそうなってた。体がそれが一番楽だと理解したから自然とそうなったんだ)
人間に限らず生き物はいつだって常に楽な動きをしようと試みる。
最小限の動きで最大の結果を出そうとする。
だってその方が楽だから。
一つの物事を楽にこなせれば、次のアクションを行う余裕が生まれる。
そうやって人類は進歩してきたんだ、とか何とか哲学的なことを考えながら。
えっさ、ほいさと資材を運び、穴を掘って、また運ぶ、運ぶ、運ぶ……。
気付けば昼になっていた。
体はキツいと言えばキツいけど、昨日、一昨日と比べると全然余裕がある。
テッテレー♪ ヨシハルはレベルが上がった!
……いや、ゲームじゃあるまいしそんなアナウンスは無いのだが、頭の中でそんなファンファーレが鳴り響いている心境だったのさ。
「ヨシハル、体力付いたっぽい?」
「いや、体の使い方を少しだけ変えてみただけなんだ」
「ふ~ん、さすが……」
大衆食堂に向かう間際、ルアフから褒められてしまった。
何だか面映ゆい。
職人のオッチャン達に混じって出てきた大皿に山盛りされた麺料理を一心不乱で胃に掻き込む。
嘔吐感は無い。体が軽い。
俺、絶好調っ! ってな感じか。
昼からの仕事もそんな調子だったものだから、仕事が終わって証明書にサインして貰ってからも体はまだ充分に動ける状態だった。
「なあ、ルアフ。鍛えて欲しいとは言ったけど何処でやるんだ?」
「何処でも良いけど、そうねぇ、ギルドの脇に訓練場があるから、そこでやろう」
「OK」
言葉を交わしつつ二人肩を並べて歩く夕暮れ時。
ギルドで仕事終わりの報告を済ませてからでも一時間くらいなら時間を捻出できそうだ。
体の調子を確かめるも、まだ限界には至っていない。
――こうしてギルド脇にある訓練場までやって来た。
俺の前にはルアフ。
後ろには雨宮と一ノ瀬姉妹。
雨宮は兎も角としてなんで姉妹まで来ているのかと聞くに、どういった訓練が行われるのか興味があったからなのだとか。
まあ、仲間を見捨てて先に宿に戻る事に後ろめたさを覚えたからなのかも知れないが。
一ノ瀬夏樹は案外と生真面目だし、美冬ちゃんは寂しがりだし、そうなるのは当然だったのかも知れない。
でも、まあ、俺が特訓と称してビシバシ鍛えられている姿を見ていればその内に飽きて帰っていくだろうとタカを括っていた。
「――じゃあ、最初に説明からしておくね」
すっかり師匠モードになっているルアフさんが腕組み仁王立ちで口を開く。
「まず世の中には三種類の目に見えないエネルギーがある。一つは魔力。魔法使いたちが術式の発動に伴って消費する力。今の内に言っておくと、魔法というのは魔術的な構文とか呪句を媒介にして擬似的に自然現象を引き起こす技術なんだ。つまり言い換えるとどれだけ規模が大きかろうとも自然現象を超えた事象は引き起こせない」
彼女は指をピッと一本立てて曰う。
「二つめは“氣”。体内のチャクラで練り上げる動的なエネルギー。魔力が精神から絞り出されるものとするなら氣は肉体から発生する。そして魔法と違って術式を必要としない。手から火とか水は出てこないけど代わりに即効性があって、自分の身体に対して絶大な効果を発揮するし、物体に流す事でそこにある性質を変えたり出来る。どういう事かと言えば――」
ルアフは言葉を切ると周囲を見回しテクテクと歩いて行った。
何をするのかと見守っていると訓練場の隅っこに生えていた雑草、剣先みたいに尖った葉っぱを一本ちぎって戻ってくる。
「見てなさいよ」
俺の前に差し出された雑草の葉。
勿論力なくしなだれている。
ルアフは二度三度と呼吸を整えた。
「ふっ!」
短く息を吐くのと同時に垂れていた葉っぱがまるで針のようにピンと立った。
「「?!」」
四人揃って驚きに目を見開く。
彼女はそれから足下に転がっていた握り拳ほどの小石を拾い上げるとヒョイと上へと投げる。
落ちてきた小石めがけて軽い調子で腕を振り抜いた。
地面に落ちた小石は真っ二つになっていた。
断面は物凄く滑らかだった。
「これ、は……」
「氣術を極めた人間は葉っぱ一枚でも相手を切り裂ける。私はまだそんなに熟達しているワケじゃあ無いけれど」
「あんた凄ぇな……」
それだけを言うのが精一杯の俺に、彼女は照れ笑いをした。
「それで話を戻すと、世の中にはもう一つエネルギーがある。それは聖神力。宇宙に遍く流れる無限の力。聖女や司祭などの神職は祈りの力でエーテルを我が身に降ろし、神の奇跡を顕現させる。魔力でも氣でも同じ事はできるけれど、いずれにしても人間の体に流し込めるエーテルの量には限りがあって、限界を超えたエネルギーの流入は肉体の崩壊もしくは消滅を誘発する結果になる」
ルアフが見たのは俺ではなくこの後ろにいた雨宮だった。
後ろで息を飲む気配を感じる。
「――とまあ、私たちが扱える力を三つ説明したワケだけれど、君の場合は最初に氣の扱いを覚えた方が良いと思うわけ。魔力に関しては自然と出来るようになると思う。それで良いかしら?」
「ああ、構わない」
彼女が実演として葉っぱで石を切って見せたのも、こちらを勧めようとしているからなのだろう。
なので素直に頷く。
それに魔法も神聖魔法にしたって、俺のパーティには既に使える人間が居るわけだし、使えることに越したことは無いのだろうが今は後回しにしても構わない。
急いで習得すべきは“氣”なんだろうと、俺の直感が囁いていた。
「よろしい、じゃあ簡単ながら体捌きの訓練から始めようか」
「ん?」
「ああ、説明不足だったか。氣とは肉体から絞り出される。そして効率的に氣を運用しようと考えれば必然的に武術の動きになる。だから最初に歩き方、走り方、躱し方、殴り方、蹴り方といった基本の動作を徹底的に体に覚え込ませる。氣そのものの内包量を増やすとかは一人でも出来るし体が疲れ切っていても問題ない。というわけで先に動作からね」
「お、おう」
言わんとする事は理解するが、どうにも納得しづらいな。
なんて思いながらも彼女の言葉に従い体を動かす。
そこから陽が沈みきるまで行われたのは歩行方の訓練だった。
ただ歩くだけなのにめちゃくちゃハードに思われた。
おかげで小一時間ほどしか動いていないにも関わらず全身汗まみれ。息も絶え絶えになっていた。
「最初はキツいけど慣れれば心肺能力だけじゃなく筋力も俊敏性も底上げされるから、絶対に損はしないよ」
「う、うっす……」
地ベタにへたり込む俺を見下ろしながら彼女はニカッと笑んで見せる。
帰ったら雨宮に疲労回復の魔法を掛けて貰おう。
そんな事を考えつつ「じゃあね~」と手を振り去って行く背中を見つめたものである。




