76:勇者ヨシハルと風の魔法少女⑥(ヨシハル視点)
「――というワケで、情けない話だが彼女に助けられたんだ」
ギルドで報告。ならず者冒険者三人が武器を手に斬り掛かってきたので撃退した。彼らが三人とも死体になった事を告げた。
対応してくれた受付嬢がギルド長に話を通してくれて、結局は正当防衛が成立する見通しになった。
一番最初に彼らが俺たちパーティにちょっかい掛けてきたのは職員も含めて居合わせた全員が目撃している事だし、そこで恥を掻かされたと逆恨みして襲撃したともなれば返り討ちに遭ったからといって被害者ヅラなどはできない。むしろ自業自得なのであの世で後悔なり反省なりすれば良いと。
これがギルドとしての見解だった。
なお、状況が許せばギルド側が仲裁に立つこともある。
冒険者同士のイザコザなんてものはそう珍しい話ではなく、地域によっては頻繁に起きていることであるらしい。
ここシーリスでは西と北それぞれに砦を臨む立地である事から駐留する守備隊や衛兵の数が多く、そのため治安が守られていて今回のような出来事は滅多に起きていないが、魔物が頻繁に出没する地域であったり情勢不安な国の領内では血の気の多い人間や暗殺や密輸など犯罪に手を染めている者が紛れ込んでいたりで冒険者同士のイザコザが絶えないのだとか。
とは言えギルドとしては優秀な冒険者を失う事は即ち損失なので、衝突する両者の片方でも泣きつけば横合いから割って入って落としどころを提示するとか色々と便宜を図ってくれるそうだ。
今回は単にモヒカン三人衆が誰の言葉にも耳を貸さなかったのと血の気が多かった、こちらが彼らの襲撃を予想していなかった等々の要因が重なって起きた不幸なすれ違いに過ぎないと、その様に説明までされてしまった。
「冒険者が社会的に地位が低くて、なおかつ荒くれ者が多いといった話は紛れもない事実ですからね。それに彼らは普段から素行が悪くて裏で犯罪に手を染めている疑いもありましたから、これを機に本格的に調査が始まるでしょう。いずれにしてもヨシハルさんは事故に遭ったくらいの気持ちで忘れてしまった方が良いです」
受付嬢のエルフ女性はどこか他人事のように嘯いたもの。
異世界の住人は強かなものだと、俺としてもちょっと肩すかしを食らった格好だ。
それと、ルアフの戦闘能力について詮索されなかった事に違和感を覚えたが、聞くに見るからに貧弱そうな体型であるからといって相手を侮るのは冒険者として三流。
どんなスキルや奥の手を隠し持っているかも分からない。
ルアフは世間一般の価値観から見ても美少女で、そんな女の子が冒険者稼業で生計を立てるともなれば、普通に考えて何らかの技術を持っている。そうでなければアッという間に誘拐されて奴隷商に売り飛ばされるかもしくはゴロツキの餌食だ。
だから受付嬢としても彼女が登録する際に二言三言忠告しただけで登録手続きを終わらせてしまった。
まあ、記入用紙に特技として「格闘術」と記載していたそうなので、その辺り察してくれたのだろう。
ルアフがモヒカン達を肉片に変えた技術というのは、体内の氣を使って行う武術というよりは、魔法と氣を組み合わせたオリジナルの闘法であるらしい。
簡単な説明ではあったが、逆に小難しい理屈を言われても理解できない代物で、なので本気で習得しようと望むならめちゃくちゃハードな修行で本能で理解するところまで体に叩き込む必要があるとか無いとか。
俺は顔では平静を装っていたけど本音ではちょいとビビっていたりである。
こうして問題なく本日の報酬を受け取った俺達は手を振って別れ、彼女はそのまま外へ、俺はテーブル席で待っていた仲間達三人と合流した。
「お疲れ様、義晴くん。何かあったの?」
雨宮が神妙な顔で聞いてきたので顛末を話す。
彼女らはこの世界の非情さ残酷さを垣間見たように驚き同情の視線を投げ掛けてきた。
「だが今回の件で俺は思い知った。この世界じゃあ何をするにも何処へ行くにしても強くなきゃ始まらないってこと。だから彼女、ルアフに戦えるよう鍛えて欲しいって頼んだんだ」
そこまでを一気に説明したところ、三人は納得はしてないけど理解はするみたいな顔になった。
雨宮は聖女で回復役。一ノ瀬姉は賢者として前衛の支援と魔法による攻撃を主体としている。
美冬ちゃんは、いたいけな少女に前に出て戦えなんて言えるわけが無いだろう?
となると必然的に俺が一人で前に出て敵を倒したり攻撃を受けたりといった役どころになるワケで、つまりパーティの中で一番頑丈でなければ三人の命が脅かされるって事になる。
だから俺は強くならなきゃいけない。
だから強い人間から戦い方を学ばなきゃいけない。
「明日から仕事終わりに稽古を付けて貰う約束をしてるんだ。なので先に宿に戻った方が良い」
昨日、今日と三人は俺を待ってくれていた。
でも今後もとなると随分と遅い時間まで待たせてしまう事になる。
そう思って提案したのだが、雨宮は静かに首を振った。
「そういう事なら私も同席するわ。だって格闘術とか剣術の訓練といえば怪我が付きものだし、すぐに回復させられる人間が近くに居た方が時間的な効率は良い筈だもの」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
目から鱗の俺。
「分かった。じゃあ頼む。でも無理はしないでくれよ」
「分かってますってば」
雨宮が柔らかい笑みを浮かべる。
一ノ瀬姉が何か言いたそうにしていたが、結局は最後まで何も言わなかった。
それから俺達は席を立って宿へと向かう。
宿屋“渡り鳥の巣”に帰り着いた俺達は本日の支払いとして銅貨を手渡すと夕食と入浴という名の行水――桶に入った水と布で体を拭く行為。汗を掻いた体なのでそれだけでも幾らかはスッキリする――を済ませて自室まで帰ってくる。
ベッドに寝転がると直ぐさま睡魔が襲ってきてそのまま……。
コンコン。
「義晴君、まだ起きてる?」
意識が落ちかけていたところで響いたノックの音で重い瞼を無理矢理にこじ開ける。
「ああ、いや、まだ起きてる」
重い身体を引きずってベッドから這い出すと扉の前まで歩いて行って開けた。
「ごめんなさい、迷惑だった?」
「いや、大丈夫」
微笑む雨宮を部屋の内側へと招き入れる。
彼女がどういった理由で部屋を訪れたのかはすぐに察しが付いた。
昨日と同じく俺の溜まった疲れを癒やすためだ。
彼女は聖女という職業を持っており、おかげで神聖魔法に適性がある。
聖女は本来であれば冗長な祈りの言葉を簡略化もしくはすっ飛ばして癒やしの奇跡を発動させることができるのだ。
「じゃ、ベッドに横になって」
「ああ、頼む」
言われるままにベッドに身を横たえると、その袂までやって来た雨宮が、それこそ聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべて俺の胸に手を添えた。
「尊くも慈悲深き女神よ。かの者に癒やしの奇跡を与え給え」
――《回復》。
パアァァ、と白い光が彼女の手から放たれ、同じ光が俺の体にまで波及する。
全身から疲れが抜けていくのを肌で感じていた。
光はすぐに治まって、羽根のように軽くなった体を確かめるように手をグッパと握ってみる。
「ありがとう。これで明日もどうにかやっていけそうだ」
「うん。疲れたらいつでも言ってね」
雨宮は立ち去ろうとして、けれど思い留まってベッドから起き上がったばかりの俺に抱きついてきた。
「お、おい、雨宮――」
「義晴君が無事で良かった。本当はね、戻ってくるのがちょっとだけ遅かったから心配したの」
「ごめん」
「いいの、怪我も無いみたいだから。でも私たちが仲間だってこと忘れないでね」
それはもっと頼って欲しいという彼女の願いだった。
抱かれる身に温もりが伝わってくる。
ああ、本当に良い奴だな雨宮は……。
今はそういう事は考えるべきじゃあない。
そう分かっていても込み上げる気持ちがある。
つい、俺の方からも手を伸ばして彼女を抱き締める。
一瞬だけ肩がビクリとしたが、雨宮は何も言わない。
数秒か数十秒だったのか。俺達は抱き合い、それから互いの体を離した。
「明日も早いんだから、もう寝なさいよね」
「お前は俺の母親か」
「じゃ、お休みなさい義晴くん」
「ああ、おやすみ」
別れの言葉を囁き合って、そして彼女は部屋を出て行った。
去ってしまった背中はひどく儚げで、小さく感じられた。
それから再びベッドに寝転び目を閉じる。
瞼を上げたときにはもう朝になっていた。




