75:勇者ヨシハルと風の魔法少女⑤(ヨシハル視点)
土建屋仕事の二日目。
本日もギルドで証明書を貰った俺達は別々の方へと歩いて行って現場に到着。
大工職人さん達の所へ資材置き場から担いできた木材やら石材やらを運んで手渡したり、はたまた建物の外周を囲うように側溝を掘ってみたりとに“これぞ肉体労働”ってな作業に大汗を滴らせる。
「ヨシハル! 動きが鈍いよ! ほら頑張れ!」
「わ、わーってらぁ!」
俺の隣では明るい薄緑色、翡翠色とでも言うべきか、そんな髪色をしたルアフが昨日と同じように俺の担いでいる倍量の資材を軽々と運んでいる。
やっぱり汗一つ掻いていない。
つくづく化け物だと感心しながら、それでも負けてたまるかと食い下がる。
昼休憩の頃合いともなれば俺は足腰がガクガク笑っていて、しかし余裕のある男を演じようと平静を装うのだった。
昼食は昨日と同じ大衆食堂。
胃液が逆流して吐きそうではあったが食っておかないと仕事が終わるまでに体力が先に尽きてしまうからと一心不乱に胃に料理を掻き込む。
棟梁をはじめ職人さん達はジョッキに注がれた酒を豪快に飲んでいた。
ルアフも彼らに混じって酒を飲んでいた。って良いのかオイ。
昼休憩が終わったら再び重労働。
俺は喉まで迫り上がってきた胃の中身を無理矢理に飲み込んで、作業に集中して動いた。
途中でルアフに何か野次を飛ばされたような気がするが何を言われたかあんまり覚えていない。
――こうして気がついたときには本日の業務は終了。
昨日の同じく俺はヘロヘロで、全身の筋肉が悲鳴を上げているのを感じながらルアフと一緒にギルドに向けて歩いていた。
「ヨシハルは負けず嫌いな上に頑張り屋さんだよね」
「お、おうよ。少しは見直したかこの野郎」
「あははっ、野郎じゃなくてピチピチの女の子だよ~」
「そういやお前、昼飯のとき酒飲んでたけど、良いのかあれは?」
「君は何を言ってるのかね? 可愛い女の子は何をしても許されるんだよっ」
「なんだその自意識過剰」
随分と打ち解けたような気がする。
軽口を叩き合う最中、彼女は笑みを絶やさない。
「世の中には三日坊主なんて言葉があるけど、それは三日目辺りに疲れがドカッと来るからなんだよねえ」
ルアフは言いながらニヤニヤと俺の方を見る。
「君はあと何日頑張れるかな? かな?」
「うっさい、黙れ」
俺が根を上げるのを楽しみにしているとでも言わんばかりの顔にイラッとしてつい語気を荒げてしまう。
彼女は気にした様子もなく「お、ちょっと元気になったじゃん」なんてほざきやがる。
やっぱコイツは苦手だと内心で思いつつ、しかし文句を言う代わりに溜息一つをくれてやった。
「やっと見つけたぜ! この間はよくもやりやがったな!」
と、そんな甘酸っぱい空気をぶち壊す声が余所から飛んでくる。
何事かと顔を向けると頭をモヒカンカットしている三人組が小走りしてくるのが見えた。
「知り合い?」
「いや。ええと、誰?」
ルアフに聞かれても俺にも分からない。
何せ三人組の先頭には顔を包帯でグルグル巻きにした男が居るのだから。
俺の知り合いや友人にミイラ男など居ない。
「んだテメー! しらばっくれてんじゃねえ! テメエに殴られて俺様のハンサムな顔が台無しになっちまったじゃねえか! 慰謝料よこせやゴルァ!」
モヒカンは激昂している。
と、俺の脳裏を過ぎるものがあった。
「あ、俺が冒険者登録する前に絡んできたならず者か」
思い出してスッキリした。
けれど確か、ギルドの規定だと冒険者が一方的に一般人に絡んだ場合、冒険者の方が悪いって話になる筈なのだが。
なんで俺が逆恨みされた挙げ句、慰謝料と称して金品を巻き上げられなきゃいけないのか。
自分の装備を見た。
剣は持ってきていない。鎧も身につけていない。
土木作業するための布の服だけが装備品だ。
今はポケットの中に握り込める石も入っていない。
俺の能力はと言えば、喧嘩のやり方を多少は知っているってだけの素人だ。
例えば格闘技を習っている奴と喧嘩して勝てるとも思わないし、丸腰で武器を持った複数名の屈強な男達をどうにか出来るのかと言えば、ほぼ不可能と言えよう。
相手は、顔面包帯野郎は懐からナイフを取り出し、後ろの二人だってそれぞれ鈍器とショートソードを最初から手にしている。
「冒険者はなぁ! 舐められたらお終いなんだよぉ! 死ねやぁっ!」
まだ冒険者でもないズブの素人に絡んだ挙げ句に返り討ちに遭う。
しかもその光景を大勢の冒険者達に目撃されてしまうという失態。
そりゃあ、そんな恥ずべき光景を衆目に晒してりゃあお終いだろうよ。
というかお前の目的は慰謝料なのか俺を殺害することなのか、どっちなんだ?
そう思いはしたが、逆恨みして凶器を手に襲い掛かってきている彼らを相手に素手で太刀打ちなど出来る筈もなく。
(ああ、これは死んだな……)
場違いなまでに冷静に予想していた。
相手は自分を殺害して金品を強奪する考えで襲撃しているのだ。
まだ陽も沈んでいない町の中で武器を手に素手の人間を襲うというのは、つまり生かしておく気が無いって事を意味している。
突き詰めればやったモン勝ち。
後で町の治安を守る衛兵にとっ捕まって、最悪は処刑されるかも知れない事すら覚悟した上での凶行なのだ。
であれば、生き延びる可能性はとても低いと言わざるを得ない。
被害者は同情や憐れみを向けられる事はあっても、それで何かが取り戻せるワケじゃあない。
世界は非力な者の命に価値を認めない。
殺して奪って犯した奴が一方的に得をするというのが世の中なワケだ。
じゃあ俺はどうすべきかと考える。
「しょうがないか。……ま、タダじゃ死んでやらない」
ルアフには目配せして逃げるよう伝えておいて、俺は腰を低くして身構える。
一人なら差し違えるくらいはできるかも知れないと標的を顔面包帯男だけに絞る。
「ダメだよ、ヨシハル。君にはもっと強くなって貰わないといけないんだから」
と、そんな俺の前に立ち塞がった背中。
ルアフが単身、俺を庇うように前へと進み出たのだ。
「ちょ、おい、逃げろって」
「ああ、大丈夫。すぐに終わる」
夕日に照り返す薄緑色の髪。
俺よりもずっと小さな背中。
彼女は肩越しに顧みて「ふっ」と笑んだ。
「このジャリタレがぁ!!」
何が気に障ったのか更にヒートアップしたモヒカン男がナイフ片手に突っ込んできた。
次の瞬間に見た光景は想像を絶するものだった。
――氣術、《連環殺》。
ヒョォ。
風が啼き。
時間が急に緩やかになった。
凍り付いた風景の中で、少女の輪郭が残像を尾のように引き連れて悪漢どもの背後へとすり抜ける。
一番奥で、髪が風に靡くに任せる後ろ姿。
「……はぇ?」
モヒカン男が間抜けな声を上げたかと思えば、その体躯が輪切りになって石床を赤く染めた。
メイス、ショートソードを手にしていた二人も一秒遅れて同様の末路を辿る。
彼女が何をしたのか全く分からなかった。
ただ、自然体の形へと体勢を戻したルアフの、顧みた顔に浮かぶ凄烈な笑みに心を奪われた。
儚げで恐ろしげな彼女の姿を美しいと思ってしまった。
赤く染まった細い指先から血が滴り落ちている事すらも、その美しさを飾り立てる装飾品に思われた。
「なあ、俺にそれを教えてくれないか?」
スルリと口を突いて出た言葉。
彼女は俺の方を見て驚いたように目を見開く。
「俺には戦う力が、守りたい奴を守る為の力が要るんだ」
我知らず追い縋るように足を前に出していた。
石床に転がっている誰かの臓物も血肉も何とも思わず踏みつけ歩いていた。
「ああ、君は、こっち側の人間だったのね」
ルアフは何かを理解したように笑みを浮かべ、俺の方へと向き直る。
「いいよ。私自身はそう強くはないけれど、君を同じくらいまでなら鍛えてあげられるから」
「ああ、頼むよ」
夕日に映える少女の姿が、キラキラとして輝いているかに思われた。
俺は少なくとも今この瞬間は、自分が間違ったことを言っているとは露程にも思わなかった。
三人の冒険者くずれが殺害された現場にはもうじき町の衛兵達が駆け付けてくるだろう。
それよりも早く彼女は俺の手を取って、ギルドに向けて走り去るのだった。
……いや、先にギルドの方に報告しておかないと色々と面倒な事になりそうだったからな。




