74:勇者ヨシハルと風の魔法少女④(ヨシハル視点)
肉体労働は男が負うべき甲斐性だ。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「ゴルァ! さっさと運ばんかいっ!」
「はいぃっ!」
土建屋のオッチャンにドヤされつつ木材数本を肩に担いで運び出す。
汗は滲み、半日しか経っていないというのに足腰がガクガク言ってるぜ。
「くぅ……!」
だが何よりも俺の男としての尊厳をぶち壊しているのは、俺の横で細身の美少女が、両肩にそれぞれ俺が担いでいるより多い木材を楽しげな表情を振りまきながら運んでいるところだ。
何処をどう見たって俺より筋肉ついていない、スレンダー体型が過積載も甚だしい荷物を軽々と持ち上げている。汗一つ掻いていやがらねえ。
俺がおかしいのか?
この世界の女の子ってのはみんなこうなのか?!
理不尽な光景に叫びたい気持ちでいっぱいだ!
「おうお嬢ちゃん、そんな細っこい体で凄ぇな!」
大工の棟梁が豪快に笑って彼女を褒め称える。
「いやいや、そんな事ないッスよ!」
褒められたお嬢ちゃんがニコーッと笑顔で答える。
チキショウ! と内心で毒づく俺。
だが彼女の怪力っぷりがこの世界でも異常なんだと分かってちょいと安堵する。
そんな自分に気付いて自己嫌悪のスパイラルってなもんだ。
いや、実を言えば俺だって日本に居た頃にアルバイトで土建屋仕事をしたことがある。
一ヶ月間の夏休みを丸々費やしての短期バイトだ。
この時だって最初の一週間こそ全身筋肉痛になったが以降はどうにかこうにか言われたように動けたはずだ。
なのに今は丸っきり動けていない。
最初は俺の身体能力が落ちたからなのかと訝しく思ったが。
実はそういった話じゃあなくて、この現場で求められている運動量がめちゃくちゃハードル高いんだと昼休憩で一息吐いた頃合いになってようやく気付いた。
「ヨシハル、君も負けず嫌いだよね」
「やかましいっ!」
彼女は名を“ルアフ”といって、一昨日に冒険者登録したピチピチの新人なんだと自己紹介された。
何というか、コイツはいわゆる陽キャってやつだ。
男共と一緒に酒飲んで「うぇ~い!」とか言ってそうな、そんな感じの奴。
俺的にちょっと苦手なんだよな……。
昼休憩での食事は現場近くにあった大衆食堂で行われた。
職人さん達に連れられて入った先、丸テーブルに着席して昼間っから酒を呷る。
オッチャン達がジョッキ片手に、大皿に山盛りされた麺料理とゴツいウィンナーをガツガツ頬張る。
俺やルアフも負けじと食事を口に突っ込む。
代金は棟梁が支払ってくれた。太っ腹だ。尊敬する。
一時間以上ある休憩を終えたら再び重労働。
資材置き場からえっちらおっちら木材を肩に担いで職人さん達の所へ。
穴を掘れと言われればスコップ――木製のデカいシャモジらしき板の先端部分を鉄で補強したようなスコップ未満の道具――を手に掘って掘って掘りまくる。
木の柱と土壁、そして石材で造られている家は、こうして日が暮れる頃ともなればどうにかそれっぽい輪郭を表し始めていた。
「ニイチャンひ弱だが根性あるな! できれば明日も頼みたいところだが、どうだい?」
「うっす、大丈夫ッス!」
「お嬢もな!」
「うぇ~い!」
棟梁からそれぞれ依頼の達成証明書にサインして貰った。
手順は完全に派遣社員のそれだ。
証明書には明日も寄越して欲しいといった旨の走り書きをしておいて、紙を俺達に戻す。
俺達は頭を下げて踵を返す。
「うぇぇ、全身の筋肉が悲鳴を上げてるぜ……」
「良かったじゃない。生きてる証拠だよ」
ゲンナリする俺にルアフが笑いかける。
首より上で切り揃えたセミショート髪は明るい薄緑色をしていて、それが夕日のオレンジ色の光を照り返してキラキラ輝いているかに思われた。
改めて見る横顔は、めちゃくちゃ可愛い。
どこか魔法少女を名乗ったユウに似た面立ちにドキリとする。
現場仕事で一緒になっただけの新人冒険者。
気の多い奴だと思われたくなくて、つい目を逸らしちまう。
「そう言えば、ヨシハルってどこかのパーティに入ってたりするの?」
「ああ、といっても同郷の馴染み三人と組んでるだけだが、昨日登録したばかりで、まずは勉強とか諸々の準備を終わらせてから外に出る仕事をしようってなったんだ」
「そっか~」
夕日を浴びながら交わす何気ない会話。
なんだこの甘酸っぱい空間は?!
俺は思いながら、なのにスルスルと口から滑り出す言葉に自分でも驚いていた。
「ルアフはソロで活動してるのか?」
「ん~、まあ、そんなところ」
言いながら俺を追い越し、クルッと身を翻して真正面に向き直る。
「俺達と組む?」
「やめとく。嫉妬されるのはヤだから」
ん? と何かが引っ掛かったけど何に対して疑問に思ったのか分からない。
彼女はニカッと清々しい笑みを手向けてピッと人差し指を立てた。
「けど、そうだね。君がこの先もずっと冒険者続けていくのなら、臨時で一緒に仕事することもあるかもね」
「そういう意味深な事を言わない」
まるで長くは続けていないような言い草だ。
まあ、勇者の職業持ちともなれば魔王軍討伐を掲げて北の森に乗り込むなんて話も全く可能性がゼロってワケじゃあないのだろうが。
ちょっと考えた後、再び行き先へとつま先を向けたルアフに小走りして追いついた。
こんな形で二人してギルドまで戻ってきた俺達は受付で証明書を手渡し報酬を受け取る。
ルアフとはここで手を振って別れた。
会館入り口付近にあったテーブルから俺を呼ぶ声があって、そちらを見ると既に仕事を終わらせて戻ってきていた三人がそれぞれに神妙な顔を貼り付けて出迎える。
「お疲れ様、義晴君」
「ああ、雨宮もお疲れ」
「それで、今の子は? 随分と仲よさそうだったけど」
一ノ瀬姉に問われる。
何やら責めるような圧を感じた。
「職場で一緒になった子。ルアフって奴なんだが、凄え奴だった」
「凄い、というのは?」
「俺の倍の木材を俺の倍のスピードで運んでんだぜ。それであんな細い体だ。大工のオッサン達も感心してた。あれは絶対に脱いだら筋肉の塊だろうな」
「……うん、なんか凄い損した気持ちになった」
一ノ瀬姉が何とも言えない微妙そうな顔をする。
雨宮は困ったような笑みを浮かべている。
そこへ美冬ちゃんが切り込んでくる。
「や、そういう事じゃなくて、お姉ちゃんが言いたいのは恋愛対象としてどうかって話だと思います」
可愛らしさを前面に押し出したマスコット的魅力を利用して一ノ瀬妹が真面目な顔をする。
俺はちょっと考えてから答えた。
「例えばどっちかが告白しても、断るか、付き合うことになっても三ヶ月もしないうちに別れることになると思う。上手く言葉に出来ないが、そんな気がする」
出会った初日で相手の善し悪しなんて分かるワケ無いだろ。
そう思いはしたが、どこか安心したふうの美冬ちゃんが見られたので良しとしておこう。
というか惚れた腫れたよりもまず生き延びることを考えるべき時じゃあなかろうか?
「よし、宿に戻ろう。宿代の支払いを済ませて晩飯も食べて、明日に備えないとこっちも体が保たない」
「そうね、義晴君」
随分と楽しげな雨宮。
深くはツッコまないでおこうと座ったばかりの椅子から重い腰を上げた。
なお、悲鳴を上げ続ける全身の筋肉は宿に戻ってから雨宮が《筋肉痛を緩和する神聖魔法》を掛けてくれたおかげで疲れを持ち越さずに就寝することができた。
体を鍛える目的ならこういう魔法は使わない方が良いんだけどと雨宮は前置きしたが、それでも翌朝になって激痛に悶え苦まずに済んだから、まったく聖女様々だと本気で感謝したものだ。
――なお「ルアフ」はヘブライ語で風を表す言葉です。




