73:勇者ヨシハルと風の魔法少女③(ヨシハル視点)
簡素ながら夕食を終え、入浴――そんなわけ無いだろうと思いながらもどこかで日本にあるようなのを期待していたがやっぱりそんなことは無かった。行水に毛の生えたような代物だった――を済ませた俺達は、重い足を引きずって各々の部屋へ。
後は朝が来るまで泥のように眠るばかり。
閉ざした窓の隙間から差し込む陽の光に薄ら目を開けてベッドから身を起こし、ガラスなんて上等な物など填め込まれていない単なる木の板を押し開けば朝の風景が目に飛び込んでくる。
でも、それでも新鮮に思われた。
誰からも監視も束縛もされない中で見る景色は、どこか輝いて見えた。
「根無し草に優しい国なんて存在しない、か……」
ふと昨日聞いた言葉を思い返す。
自由であるという事は、言い方を変えれば誰からも尊重されないって話でもある。
社会の枠に囚われていない人間を、そうでない人間が信用するわけが無いだろ。
野垂れ死ぬ事と隣り合わせの自由。
しかし、だからこそ社会的な立場が最底辺である冒険者という職業に人は集まってくるのだと、しがらみの無くなった今になって理解した。
いや、まあ、金稼がないと食っていけないし、借りた金も返さないといけないんだけどな。
部屋を出て、宿屋の裏口から出た先にある井戸で水を汲み顔を洗う。
この世界では歯を磨くという行為は布の角になってる部分で拭くか、木の枝を細く削って爪楊枝みたいにするかギザギザにカットして歯に付着した食べかすを削り落とすといったやり方が主流となる。
そして行うのは食後の寝る前。
なのでここでは遣るにしても簡単に済ませ、汲んだ水で口を濯ぐ方にこそ重きを置く。
どの時代のどんな世界であっても歯が重要な事は変わらないのだ。
「あ、義晴君、おはよう」
「ああ、おはよう雨宮」
後ろから声を掛けられて振り返れば、そこに雨宮愛菜の立ち姿を見つける。
身だしなみを整えている所を見られるのがどうにも気まずくてそそくさ退散する俺だった。
部屋に戻って鉄軽鎧を身に付け剣を腰に差した俺は、仲間達と合流して一階食堂へ。
朝食を腹に詰め込んだらギルドへと向かった。
「大盛況だな……」
雰囲気で言えばスーパーのタイムセールにおばちゃん達が群がっているような、そういう光景に近い。
立ち並ぶ掲示板とそこへ張り出された依頼紙は、高収入低リスクの物から剥ぎ取られていく。
俺も負けじと屈強な野郎共の中へと乱入したが、如何せん登録してすぐの評価なんて無いに等しい冒険者が受けられる仕事なんて町のドブさらいか店の接客手伝い。
町の外に出て行くような物と言えば薬草納品などの素材採集に限られてくる。
「薬草なら近くにあるシーラント樹海に入ることになるが、今は止めておいた方が良い」
素材採集は魔物討伐と違って必ずしも戦闘を行う必要がない。
それに森の中なら採集できるのが薬草だけ何てことも無かろう。
額面上の報酬は低いが実際にはかなり実入りの良い仕事となると、そんなことを何処かで聞いたように思った。
故に薬草採取の依頼紙に手を伸ばしたのだが、ここで急に後ろから声を掛けられてビクリと肩を震わせた。
「ああ、コルトさん」
「よぅ、昨日ぶりだな」
アッシュ髪の好青年冒険者は、自分ではそう言っておきながら樹海での魔物討伐に関する依頼紙を剝がして手に持っている。
「薬草採取は、そんなに危険なのか?」
「場所を変えよう」
何の依頼紙も持たないまま俺はコルトの勧めに従いテーブル席に戻っていく。
そこには雨宮や一ノ瀬姉妹といった俺の仲間もいるが、別のテーブルにはコルトの仲間であろう三人の姿もあった。
コルトは自分の仲間達を手招きすると俺達のすぐ隣まで移動させた。
「いや、薬草それ自体は樹海のワリと浅い所で採れるから問題無いと言えばそうなんだが、ここ最近になって森の最深部付近に賢者様が住み着いてな。彼女の魔法がとんでもない威力で、そのせいで討ち漏らしというか奥にいた魔物たちが逃げ出して広範囲に拡散してるといった状況が偶にあるんだ」
そう説明したコルト。
「ただ」と付け加える。
「お前が考えて居るように採集系の依頼は確かに実入りが良い。費用対効果で考えると討伐依頼に引けを取らないくらいだ。だがそれは、森で上手く立ち回れるだけの知識と経験を持っているヤツに限られる。素人が森に入っても無駄に時間が掛かるだけだ。遭難のリスクも高いしな」
魔物との戦闘を避けるにしたって、どの方向にどういった方法で退避するのか分かっていないと回り込まれて結局は戦闘を行う羽目になる。
それに採集場所は町の外。つまり悪い事を考えている輩どもが誘拐を目的に襲ってくる可能性だって無きにしも非ず。
コルトは雨宮や一ノ瀬姉妹に目を向けて言う。
「だから行くなら万全の準備で取り掛かった方が良い。特にこんな綺麗どころが揃っているパーティともなれば彼女らを守れるだけの実力が無いと碌な事にならない」
最後に彼は俺の方を見る。
ああ、そうだな。全くの正論だ。
ここは現実だ。町の外までは衛兵の目は届かない。
雨宮や一ノ瀬を誘拐しようと暴漢が襲ってきても何ら不思議じゃあない。
それなら、と言葉に出した。
「経験は仕方が無いとして、知識を得る事と強くなること、どうすれば出来るんだ?」
「知識に関してはギルド会館、ここの二階に本を保管している部屋がある。そこへ行けば薬草だけじゃなく棲息している魔物とその討伐方法、地形に関する情報が得られる。植物全般に関して採集場所は元より食べられる物と毒のあるもの正しい採集方法など最新の情報が得られるはずだ」
ギルドが保管している本というのは図書館にあるものと違って冒険者達が危険を顧みずに仕事を行い得られた情報を精査、蓄積した記録である。
そしてこういった情報を提供することで依頼達成の報酬額が増えるといったシステムになっているから必然的に最新の情報が得られる。
まあ、とはいっても専門家が機材や人員を集めて調査しているワケでは無いから嘘や解釈違いの話だって幾らかは混じっているが。
「冒険者の多くは体が資本の単純労働者と考えているようでこういった情報に目を通そうともしないが、実際には高ランクのパーティほど頻繁に情報を集めて活かしているんだ」
コルト説明は腑に落ちるものだった。
彼は自分が持っていた依頼紙をテーブルの上に置いた。
「例えば、俺は今回シルバーウルフの討伐依頼を受けるつもりだが、実はこれとは別に本命の依頼を受けている。道の途中で結構な頻度で遭遇するから一緒に受けておくと美味しいって意味であって、俺達自身、絶対に完遂しなければいけないってほどの重要案件では無いんだ」
本命の依頼があるから安心して受けられる。
成功すれば僥倖。失敗しても大して懐は痛まない。
「依頼の中には違約金が発生しない物もあって、討伐関連には特に多い」
珍しい個体や移動ルートを頻繁に変える魔物は討伐どころか遭遇することすら難しかったりする。
なので同じ種に対して複数の依頼紙を発行するケースもあって、そういったものには失敗しても違約金が発生しない。
彼は依頼の実情に関して淡々と説明してくれた。
「君たちが今の時点で受けるべきは店の手伝いや土木関係の仕事、手紙の配達やドブさらいのような町の中で完結するものに絞った方が良い。コツコツと実績を積み重ねる傍らで剣の腕だったり薬草の知識、森の歩き方について勉強し、少しずつでも装備を整えていく。地道で派手さなんて欠片も無いが、こういった下地を作った人間が結果として長生きする。大きな報酬を手にすることが出来るんだ」
なるほど、とつい唸ってしまう。
功を焦って半端な実力で外に出れば、魔物にとっても人攫いにとっても格好の餌食になってしまう。
どれだけ華やかで煌びやかな英雄的活躍を望んでも、死んだら全てが御破算。
何よりも大切にすべきは自分の命で、自分が長生きする為に勉強し鍛えて実績を積む。
それが出来ない奴から消えていくものだと彼は寂しそうに笑った。
「幸いにも地味な仕事は遅い時間でも残っているから焦る必要がない。仲間達と相談するだけの時間も取れるから吟味して選ぶといい」
彼はそう締め括ると席を立つ。
彼の仲間たちも立ち上がって追従する。
プシッという音につられてふと目を上げると、緑色のローブとマントを身につけた恐らくは魔法使いであろう少女と目が合う。
緑色の髪を三つ編みにした眼鏡っ娘がニヤリと笑んで見せるが、その手に握られた杖らしき物体はどこからどう見ても世間一般で見かける魔法使いの杖とは違っていた。
というか排気ノズルから煙が出ている杖なんて初めて見たぞ。
「良いでしょコレ。特別製なのよ?」
彼女は金属製の装甲に覆われた魔法杖の表面を愛おしげに撫でて、それから最後尾の亜麻色髪娘に背中を突かれて足を前に出す。
名前も聞けなかったな。
いや、俺達に対して名乗るだけの価値がないと、そう判断したのかも知れない。
何やら対抗心が湧き上がってくる。
「雨宮、一ノ瀬、せめて一週間かそこらは彼の言葉に従うとしよう」
今求められているのは勇敢さではなく着実に稼いで必要なものを揃えられるよう努力すること。
この期間に剣の腕を磨く。
それ以外では森に分け入って行くにあたり必要な知識を身に付ける。
コルトの言ったことは全てが正論であったと思う。
三人の美少女達と共に冒険し旅を続けていくのなら、足りない物が多すぎることも確かなのだ。
「うん、それで良いと私も思う」
雨宮が微笑んで頷く。
姉妹も同様だ。
それで俺達は四人揃って、改めて掲示板の前に立った。
……なお、ドブさらいとか便所の清掃とかで臭くなって三人から距離を置かれるのが嫌だったので大工の手伝いを選んだ俺。
雨宮は教会から出ている奉仕の仕事。
姉妹は花屋の売り子をそれぞれに選択していた。
報酬の金額としては俺のが一番高いけど、一番ツラそうにも思える。
男が肉体労働するってのは古から定められている人間の種としての在り方なんだろうな、なんてご大層な事を考えて遠い目をしてしまう俺だった。




