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72:勇者ヨシハルと風の魔法少女②(ヨシハル視点)


 冒険者パーティ“疾風”のコルトに窮地を救われた俺達は、そのままの流れで冒険者登録をしに来たこと、無一文で今夜泊まる宿はおろか食事すらままならない事を告げた。


「なんだ、初心者どころかまだ冒険者ですら無かったって事か。アイツらは……!」


 逃げていったモヒカン達に対して怒り心頭のコルト。

 俺は「そんな事より」と切り出した。


「すまないが教えて欲しい。聞いた話だと登録するのに料金が掛かるとの事なんだが、その、前借りは出来たりするのか?」


「登録料の前借りはできる。事情を説明しなければいけないが。あと宿についてだが、ギルドは町にある幾つかの宿屋と提携を結んでいて稼げない冒険者たちが格安で宿泊できるようになっているんだ。だからギルドカードの他に証明書を発行して貰うといい。それを宿の店主に渡せば少なくとも半年間は食事と寝泊まりに困らない」


 恥を忍んで内情を暴露した俺を励まそうとでも考えたのか、一転してにこやかに答えてくれた。

 どうやら無一文どころか何かに追われるように着の身着のままギルドの門を叩く人間もいるらしい。

 そういった人達が登録した直後に行き倒れないようギルドは宿屋と提携を結んでいて、そこでは格安でサービスを受けられるのだとか。

 半年間という期限があるのは、この期間内に稼げるようにならない冒険者は評価ランク的に降格もしくは除籍になってしまうから。


 まあ、冒険者の中には働き方を調整して評価の上げ下げをすることで何年も安い料金で宿に入り浸っているようなのも居るが、そういう人間に関してはグレーゾーンとしてギルド側は目を瞑っているようだ。と、こっそり耳打ちされた。 


 こういった諸々含めて待遇が良いのは、稼げない冒険者が満足に仕事をこなすより先に飢えと寒さで路上死してしまうとギルドとしても貴重な労働力を失ってしまうわけだしよろしくないと。

 いや、どちらかと言えば不正を行ったり犯罪を犯して信用が落ちるのを防ぐ意味合いの方が強いのかも知れないが。


 いずれにせよ受けられる仕事と言っても最初のうちは子供の小遣い稼ぎくらいの報酬しか得られないから何らかの措置は必要になるだろうとは素人でも察しが付く。


 それで金銭の前借りはできるらしい。

 持ち逃げしないよう監視の目は厳しくなるが、それだって当然と言えばその通り。


 あと重要な事だが冒険者は社会的な地位という意味では最底辺となる。

 スラムで暮らしている乞食よりはマシくらいに考えておけば良い。

 故に貴族どころか冒険者ではないただの一般人に対しても正当防衛が立証できる状況でもない限りは手を出してはいけない。


 下手に暴力事件を起こせば一発アウトで逮捕されて牢屋行き。

 裁判という制度はあれど大抵の場合で有罪判決になるというおまけ付きときたもんだ。

 冒険者ギルドは国家という枠組みを超えた組織力ネットワークを持ちながら、しかし所属する冒険者は自由奔放でギルド内のルールにしか縛られない。何処へ行くのも何をするのも自由。

 そうなるとどうしたって周囲の目は厳しくなる。

 根無し草に優しい国なんて存在しない。

 差別されているのではなく、区別されているのだ。


「ああ、定期的に初心者用の講習会が開かれているから最低でも一回は顔を出しておくんだ。生き残るための知識が得られるだけじゃなく高ランク冒険者やギルド職員に顔と名前を売っておけば後々得をする」


 顔を覚えて貰っておけば、実績が認められて昇格する際にすんなり上げて貰えるのだとか。

 なるほど良い情報を聞けた。


「ありがとう、感謝するよ」


「気にするな。誰だって最初は初心者だ。それに誰の手も借りずに全部を一人で背負える人間なんて居ない。守らなきゃいけないものがあるなら尚のこと誰かに頼る事も覚えた方が良い」


 言いながらコルトは俺の後ろを見る。

 そこには雨宮が、一ノ瀬姉妹の姿があった。


「じゃ、俺達はもう行くよ。頑張れよな」


 彼は軽く握った拳でポンと俺の胸を叩いた。


「ああ、ありがとう」


 本当に格好良い奴だな、なんて思った。

 彼の仲間達であろう男女が「ガラにも無いことを」とか「格好カッコ付けちゃってまあ」などと野次を飛ばし、彼は「うっせ~よ」なんて照れて返している。

 本当に良いパーティなんだと、素人であるはずの俺が見ても分かった。



 それからは何の問題も無く受付嬢――名はカイナさんというらしい、短く尖った耳を見て驚いた俺に彼女はクスクスと笑いながらハーフエルフであると教えてくれた。見た目は中学生くらいだが実年齢は俺より年上なのだとか。なお後ろから突き刺さる視線が痛かった――から説明を受けて、雨宮の代筆で必要書類に記入した。


「――はい、手続きは以上です。ではヨシハルさん、アイナさん、ナツキさんとミフユさん、四人の登録を行います。パーティ名は既にお決まりですか?」


 にこやかな接客。

 対する俺達は「パーティ名!?」と目を輝かせる。

 こういったチーム名とか考える時って本気で悩むよな?

 受付嬢カイナさんは考え込みそうになった俺達を即座に牽制、後日で構わないと言ってくれた。

 そして少々待たされてからギルドの登録証と宿に渡す書類、前借りした銅貨二十枚を手渡されてギルドを後にしたわけだ。


雨宮「これでようやく宿に泊まれるね」


俺「ああ、思ったより手間取ったな」


一ノ瀬妹「義晴さんはやっぱり愛菜さんと相部屋ですか?」


雨宮「ちょ、美冬ちゃん?!」


一ノ瀬妹「え、だって――」


一ノ瀬姉「美冬、そういうデリケートな問題に首を突っ込まない!」


〃妹「あ、そっか、お姉ちゃんも――」


〃姉「うっさい黙れ」(グリグリグリ……)


〃妹「痛いってば! 助けて義晴さんっ! お姉ちゃんが虐めるの!」(ぴえんっ)


〃姉「あざといにも程があるわよ美冬!」


俺「ほら、遊んでないでさっさと行くぞ」


 女三人寄ればかしましいとはよく言ったものだ。

 普通に考えりゃ性別の都合から俺の一人部屋と三人同室、もしくは別々の部屋か?

 場合によっては俺の方が他の宿泊客らと相部屋になる可能性だってある。

 それなのにどうして俺と三人の中の一人とで相部屋する前提なのか。


 そうこうするうちに、俺達はギルドの受付嬢カイナさんから教えて貰った宿に到着する。


「思ったより普通ね……」


 何を期待していたのか雨宮が言葉にする。

 軒先に掲げられた看板には文字が無く、その代わりベッドと鳥らしき意匠が施されている。

 カイナさんから聞いた話だと“渡り鳥の巣”という屋号であるらしい。

 まあ、ギルド内限定で言えば「鳥の巣」もしくは「巣」だけでも通じるらしいが。


 木製扉を開けて書類を手渡しチェックイン。

 宿の女将おかみさんは恰幅の良い腹と豪快に笑う姿が印象的な婦人で、その娘であるらしき10歳くらいの女の子が部屋まで案内してくれた。


「ええと、ヨシハルさんはこちら。アイナさんはその隣で、ナツキさんとミフユさんはその向こう。部屋割りに問題があるようでしたらいつでも言って下さいね。今の時期はまだそんな混んでないですから」


 三部屋を借りる事ができた。なので俺、雨宮、一ノ瀬姉妹で割り振ることにした。

 階段を登って二階の奥まった部屋だ。

 だがそのぶん料金増し増しになって、おかげで素寒貧すかんぴんである。

 明日は何が何でも働かないと今度こそ野宿する羽目になるだろう。


 各々に部屋を割り振っておいて幼女は夕飯の時間と、トイレと公衆浴場の場所を口頭で告げる。

 名をミューレちゃんと自ら名乗ったが、彼女は一通りの説明を終えると幼い少女に似つかわしくないニンマリとした笑顔で俺達を一巡見回した。


「ああ、でも、あんまり大きな声をあげると響きますんで、悪しからず」


 こいつ、今のは絶対にエロい意味で言ったよな。

 などと思いはしたが、小っちゃい子を相手に青筋立てて怒鳴り散らすなんてみっともない真似はできないと自分に言い聞かせる。


「じゃあ、後でね義晴君」


 雨宮が優しげな笑みを浮かべて部屋に入った。

 倣うように姉妹も。

 後で。というのは晩飯の時間になったら落ち合って一緒に一階食堂に行こうって話である。



「――やっとゆっくりできる」


 部屋に入った俺は自分に言い聞かせるように言葉に出して、それから身に付けていた騎士用の軽鎧を脱ぎ捨てベッドに突っ伏す。


 ここに至るまで気の休まる時が無かった。

 本当に波乱に満ちた日々だったぜと顧みて呟く。

 扉の向こうから微かながら喧噪が聞こえるが、一階食堂の天井が吹き抜けになっていてそのせいで騒いだ声がここまで響いてくるからだろう。

 部屋はベッドと飾り気の無いクローゼット、あと手紙を書いたりできるよう机が窓際に設置されている。

 簡素だが、まだちゃんと稼いでもいない冒険者が寝起きする場所としては贅沢すぎる環境だ。

 これはもう安定して稼げるようになるまでは効率重視で数をこなさなきゃならんなと独り言ちた。


「それにしても。……俺、勇者なんだよな?」


 他に誰も居ない部屋でベッドに転がっていると、つい湧いて出た疑問を口にしてしまう。

 召喚された直後に調べたところ確かに俺の職業クラスは勇者となっていた。

 でもここ数日間で俺はその辺の一兵卒にも劣る弱々のザコ助である事を身に染みて理解させられた。

 そんな俺に魔王を倒せだって?

 冗談も休み休みにしてくれ。

 気持ちが落ち込んでいく。

 脳裏に過ぎったのは水色髪の少女の顔。

 可憐で儚げで、彼女の事を思っただけで胸がキュッと締め付けられる。

 彼女は。水の魔法少女ユウは、今ごろ何処で何をしているのか?

 もう一度会いたいな。

 それは、思っても口に出さなかった本音だ。

 彼女は自分より弱い人間に興味は無いと、そんな事を言ったように思う。

 だとしたら俺はもっと強くならなきゃいけない。

 どうすれば強くなれるのか?

 一体どうやれば彼女に認めさせることができるのか?

 考え出したら堂々巡り。

 だが、それでも。今は目の前の事を確実にこなしていくしかないと自分に言い聞かせて、気持ちを切り替えるのだった。



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